36 / 38
最終話 玉祈征示は諦めない⑤
しおりを挟む
(征示。やはり、お前は――)
勝利。確かに勝利の目はある。
しかし、それは征示の犠牲の上に成り立つものだ。
「レア先生、こん魔法を使い続けたら、征示先輩は――」
「分かっている。そんなことは……この場の誰よりも知っている」
六元連環はそれぞれの魔力を単純に使うのとは訳が違う。
六つの属性を連続的に循環させる。ただそれだけで新たな属性の魔力がそこに生じると共に、その魔力が無限に圧縮され続けるのだ。
その上、一度連環状態に入った魔力は己の意思では止めることができない。
この暴走を止める方法は唯一つだけだ。基本六属性の魔力を外部から使い切って循環を止め、さらに六元連環で生じた魔力をも全て使い切ること。これ以外にはない。
事実、かつて征示が六元連環によって危険な状態に陥った時には、この方法で彼は九死に一生を得た。あの時は危うく征示自身が分解され、純粋なエネルギーと化し、その周囲全てを消し飛ばすところだった。
しかし、この方法は征示に直接触れていなければ不可能だ。それをするために、もし今全員で戦場に出ていったらヘルシャフトに殺されるだけだろう。
魔導水晶が制御できる安定領域でヘルシャフトを倒せれば、その後に余裕を持って処置ができた。が、戦況を見る限り、それが可能とはとても思えない。
となれば、もはや勝利への道は一つだけ。安定領域を超え、その身の全てを燃やし尽くす数瞬の内にヘルシャフトを葬り去るしかない。
その場合、処置を施す余裕もなく、征示はこの世から消滅するだろう。
あの空の一帯を巻き添えにしながら。
「征示……この私との約束を破るつもりか?」
皮膚が破ける程に拳を握り締め、奥歯を噛み締める。と、そんなテレジアの前にアンナが立ち、普段とは違う強い感情を秘めた表情で見上げてきた。
「約束は、一人が守ろうとするだけじゃ守れない」
「アンナ?」
「テレジア様はお兄様に頼り過ぎ」
その言葉にギクリとする。征示を最も危険な戦いに向かわせることに、引け目を感じていない訳ではなかったから。
「テレジア様には分からないの? お兄様は今、助けを求めてるのに」
次いで発せられた問いにテレジアはハッとしてアンナを見た。彼女が単に征示一人を矢面に立たせていることを責めている訳ではないと気づいて。
「私もお兄様もいらない子だった。だから、誰かに甘えたら、対価もなく助けなんか求めたら、またいらない子になるかもしれないから、言葉にできない。テレジア様だって分かるはずなのに」
「……ああ――」
承認欲求。人は誰からも認められずに生きることなどできはしない。その「誰か」は自分自身でもいいが、それにはある種超然とした強さが必要だ。
親からすら認められなかった子供に、その強さを求めることは余りにも難しい。
思えば、征示があの日以来テレジアに助けを求めたことはなかった。誰かに頼り切りになることもなかった。それは強さに見せかけた弱さ、恐れの裏返しだ。
「私はお兄様に助けてって言える。それはお兄様が大切にしてくれたから。愛してくれたから。でも、お兄様は絶対に口にしない。それは私にとってのお兄様が、お兄様にはいなかったから」
(……頼り切り。……そうか、そう、なのだな。私は――)
常に力になってくれる征示に助けて貰うばかりだった。
二人の関係は奇しくも、あの誓いの通り、主従関係そのもので対等ではなかったのだ。
そして、それ故に征示は、彼を必要と言ったテレジアの言葉を自負の根拠とし、根本のところで自分自身には自信がない。
挙句、必要とされないことへの恐れにより、仲間に危険を強いるよりも自分が傷つくことを是としている。
(くっ、私はっ! そんな形を望んだ訳ではない!)
だから、もう一度征示と向かい合い、素直な言葉を伝えなければならない。
なのに、その征示が危機に陥っているというのに、一体自分は何をやっているのか。
「テレジア様が動かないなら、私が行く。私が、助けに行かないといけない」
「ま、待て! アンナ」
そう告げて背を向けたアンナの意図を悟り、彼女の前に回り込んで押し留める。
「どいて。テレジア様でも邪魔は許さない」
強張った顔で、そして、震える手で弱々しくテレジアを押しのけようとするアンナ。そんな彼女をテレジアは微苦笑と共に抱き締めた。
「……征示も馬鹿だが、私も大馬鹿だな」
「テレジア、様?」
「ありがとう、アンナ。さすがは私達の妹だ」
小首を傾げたアンナの頭を撫でると、彼女はテレジアの考えを察したのか体の力を僅かに緩めた。その様子にどれだけ幼い彼女に無理をさせたか気づき、己の甘さ、弱さに無性に腹が立つ。
「私が行く」
だから、アンナの覚悟を己の覚悟として胸に刻み、戦場を見据えるように顔を上げた。
「後のことは全て任せる。私達の命、お前達に預ける」
そうしてアンナが深く頷くのを確認し、テレジアは征示の許へと向かうためにその場から駆け出した。
勝利。確かに勝利の目はある。
しかし、それは征示の犠牲の上に成り立つものだ。
「レア先生、こん魔法を使い続けたら、征示先輩は――」
「分かっている。そんなことは……この場の誰よりも知っている」
六元連環はそれぞれの魔力を単純に使うのとは訳が違う。
六つの属性を連続的に循環させる。ただそれだけで新たな属性の魔力がそこに生じると共に、その魔力が無限に圧縮され続けるのだ。
その上、一度連環状態に入った魔力は己の意思では止めることができない。
この暴走を止める方法は唯一つだけだ。基本六属性の魔力を外部から使い切って循環を止め、さらに六元連環で生じた魔力をも全て使い切ること。これ以外にはない。
事実、かつて征示が六元連環によって危険な状態に陥った時には、この方法で彼は九死に一生を得た。あの時は危うく征示自身が分解され、純粋なエネルギーと化し、その周囲全てを消し飛ばすところだった。
しかし、この方法は征示に直接触れていなければ不可能だ。それをするために、もし今全員で戦場に出ていったらヘルシャフトに殺されるだけだろう。
魔導水晶が制御できる安定領域でヘルシャフトを倒せれば、その後に余裕を持って処置ができた。が、戦況を見る限り、それが可能とはとても思えない。
となれば、もはや勝利への道は一つだけ。安定領域を超え、その身の全てを燃やし尽くす数瞬の内にヘルシャフトを葬り去るしかない。
その場合、処置を施す余裕もなく、征示はこの世から消滅するだろう。
あの空の一帯を巻き添えにしながら。
「征示……この私との約束を破るつもりか?」
皮膚が破ける程に拳を握り締め、奥歯を噛み締める。と、そんなテレジアの前にアンナが立ち、普段とは違う強い感情を秘めた表情で見上げてきた。
「約束は、一人が守ろうとするだけじゃ守れない」
「アンナ?」
「テレジア様はお兄様に頼り過ぎ」
その言葉にギクリとする。征示を最も危険な戦いに向かわせることに、引け目を感じていない訳ではなかったから。
「テレジア様には分からないの? お兄様は今、助けを求めてるのに」
次いで発せられた問いにテレジアはハッとしてアンナを見た。彼女が単に征示一人を矢面に立たせていることを責めている訳ではないと気づいて。
「私もお兄様もいらない子だった。だから、誰かに甘えたら、対価もなく助けなんか求めたら、またいらない子になるかもしれないから、言葉にできない。テレジア様だって分かるはずなのに」
「……ああ――」
承認欲求。人は誰からも認められずに生きることなどできはしない。その「誰か」は自分自身でもいいが、それにはある種超然とした強さが必要だ。
親からすら認められなかった子供に、その強さを求めることは余りにも難しい。
思えば、征示があの日以来テレジアに助けを求めたことはなかった。誰かに頼り切りになることもなかった。それは強さに見せかけた弱さ、恐れの裏返しだ。
「私はお兄様に助けてって言える。それはお兄様が大切にしてくれたから。愛してくれたから。でも、お兄様は絶対に口にしない。それは私にとってのお兄様が、お兄様にはいなかったから」
(……頼り切り。……そうか、そう、なのだな。私は――)
常に力になってくれる征示に助けて貰うばかりだった。
二人の関係は奇しくも、あの誓いの通り、主従関係そのもので対等ではなかったのだ。
そして、それ故に征示は、彼を必要と言ったテレジアの言葉を自負の根拠とし、根本のところで自分自身には自信がない。
挙句、必要とされないことへの恐れにより、仲間に危険を強いるよりも自分が傷つくことを是としている。
(くっ、私はっ! そんな形を望んだ訳ではない!)
だから、もう一度征示と向かい合い、素直な言葉を伝えなければならない。
なのに、その征示が危機に陥っているというのに、一体自分は何をやっているのか。
「テレジア様が動かないなら、私が行く。私が、助けに行かないといけない」
「ま、待て! アンナ」
そう告げて背を向けたアンナの意図を悟り、彼女の前に回り込んで押し留める。
「どいて。テレジア様でも邪魔は許さない」
強張った顔で、そして、震える手で弱々しくテレジアを押しのけようとするアンナ。そんな彼女をテレジアは微苦笑と共に抱き締めた。
「……征示も馬鹿だが、私も大馬鹿だな」
「テレジア、様?」
「ありがとう、アンナ。さすがは私達の妹だ」
小首を傾げたアンナの頭を撫でると、彼女はテレジアの考えを察したのか体の力を僅かに緩めた。その様子にどれだけ幼い彼女に無理をさせたか気づき、己の甘さ、弱さに無性に腹が立つ。
「私が行く」
だから、アンナの覚悟を己の覚悟として胸に刻み、戦場を見据えるように顔を上げた。
「後のことは全て任せる。私達の命、お前達に預ける」
そうしてアンナが深く頷くのを確認し、テレジアは征示の許へと向かうためにその場から駆け出した。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる