あの日の誓いを忘れない

青空顎門

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エピローグ あの日の絆は終わらない

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 懐かしい夢を見た気がした。
 全ての始まりの日。誓いを交わしたあの日の夢を。

「目が覚めたか? 征示」

 隣には彼女の姿。右手には彼女の手の確かな温もり。

「テレジア、様?」
「こら。戦いが終わったら、様はつけない約束だっただろう?」
「戦い…………そうか。生き残れたんですね」

 テレジアの言葉に全てを理解し、開いたばかりの目を閉じて呟く。

「ああ。間一髪だったがな。賭けは私達の勝ちだ。無駄にでかいだけの私の魔力容量が初めて役に立ってくれた」

 征示のみでは一瞬しか耐えられない暴走状態の六元連環の魔力を、直接接触を介してテレジアに送り、その莫大な魔力容量と制御力で数十秒抑え込む。
 それによってアンナ達から処置を受けるまでの猶予を引き延ばした訳だ。

「正気の沙汰じゃないですよ。処置が遅れていたら助けに来てくれたアンナ達ごと消し飛んでいたんですよ?」
「だが、結果、誰一人として死んでいない。その事実以上に今大切なことがあるか?」

 そう勝ち誇った微笑みの気配と共に言われては、たとえそれが暴論であっても征示には反論の仕様がない。結局のところ、彼女には弱いのだ。

「……ヘルシャフトは?」
「魔力を失い、拘束されたよ。私達の勝ちだ。……ありがとう、征示」
「いえ……俺は奴が最も苦しむ方法を取っただけですから」

 強さとは奪うこと。そう頑なに言い続けたヘルシャフトだ。
 奪う力を奪われることこそ、彼にとっては死よりも相応しい罰と言えるかもしれない。

「それよりも、征示。さっきから話を逸らし過ぎだぞ? 約束は守れ」

 逸る気持ちを抑えるように楽しげに言うテレジア。
 正直「それよりも」で片づけていい類の内容ではなかったと思うが、実際のところ彼女が言うような意図がなかったとは言えない。

「さあ、まず、様はなしだ。それと、折角だから呼ばれるなら愛称がいい。ただし、余計な接尾語はなしだ。ちゃんと、レア、と呼ぶのだぞ?」
「…………本気ですか?」
「当たり前だ。それと敬語も禁止だ! 私達は対等なのだからな!」

 強硬に告げる口調とギュッと握り締められた右手の感覚に観念する。

「……………………分かったよ、レア」
「お、おおお、何ともこそばゆいな。だが、それがいい。とても嬉しいぞ、征示」

 心底嬉しそうな声に、その表情が見たくなって僅かに目を開ける。
 と、すぐ隣から見下ろす彼女は童女のような無邪気な笑みを浮かべていた。
 それが自分に対して向けられている事実に、征示は顔が熱くなるのを感じながらも、何よりも尊く感じるその笑顔を眺め続け――。

「ん?」

 そこでようやく周囲の人の気配の多さに気がついた。
 まず、当然だが、病室のベッドに横たわっている征示の隣では、恐らく少し前まで添い寝状態にあったと思われるテレジアが起き上がって征示の右手を握っている。

「あ、あのー、焔先輩? 今こそ空気読まへん先輩の出番なんとちゃいますの?」
「そうだぞ、火斂。いつまで二人のイチャコラを見ていなければならんのだ」

 無駄に不機嫌そうに何故か火斂を責める旋風と那由多が足下の辺りに。

「まあ、その、空気を読まない行動をさせないオーラが出てたんで」
「いいじゃない、たまには。征示君もレア先生も可愛いくてほっこりするわあ」

 恐らく征示とテレジアのために、ついでに自分のために空気を読んでいたのだろう火斂が言い訳をし、その隣では模糊がマイペースに間延びした声を出す。
 二人はベッドの右側、病室の入口付近。

「あ、えと、その、征示先輩も起きがけですし……」

 イチャコラ否定派と容認派との間で水瀬は右往左往している。

「さすがテレジア様。全員見てる前で堂々とデレ全開。ついでに私も」

 そして、さりげなくベッドの左脇で征示の左手を手に取るアンナ。全員集合だ。

「二人の危機に駆けつけて命を救ったと思えば、三日三晩意識を失いつつも、手は固く繋いだまま。意識を取り戻せば二人でイチャコラ。命の恩人である私達にこの仕打ちは余りに酷いのではないか?」
「そん上に、最後に使つこうたあん魔法は、何や二人の初めての共同作業っちゅう感じやったし……まあ、別にええねんけど? 何や妙に腹立つんは何でやろな?」

 普通に不機嫌な顔をする那由多と、謎の威圧感を持った笑みを見せる旋風が怖い。

「ま、待て待て。これは別に――」
「別に? ほお、へえ、何をどう言い訳するんか、楽しみやわあ」
「ああ、全くだ。二人は家族関係なのだから、堂々としていればいいものを。そんなに慌てるなど後ろめたいことがあるみたいではないか」

 これは反応した時点で藪蛇という奴か。

「あ、う、アンナ、助けてくれ!」
「お兄様が初めて私に助けを求めてくれた。嬉しい。けど、この場は無理。そして、私も三日分のお兄様分を補給しないと。すりすり」

 征示の手に頬を擦り寄せるアンナの姿に周囲の、主に二名の視線が一層厳しくなる。

「えっと、レ、レア――」
「ふ、仕方のない奴だな。よし、任せろ!」

 テレジアは手を離すと素早くベッドの上で立ち上がり、腰に手を当てて仁王立ちした。

「いいか! 皆の者! この世は力こそが全てだ! 征示の心を奪いたければ、力を以って己を示せ! だが、我等の絆に敵う力などそうないと知るがいい!」

 火に油を注ぐような発言に、尚のこと病室が騒がしくなる。
 那由多が「絶対に私の婿にして見せる」と声を大きくすれば、旋風が「先輩にはうちを束縛する責任があるんや」と謎の主張をして内紛。
 火斂が「征示爆発しろ。むしろ爆発させる」と恨みがましい声を出せば、相変わらず女装状態の水瀬が「お、落ち着いて下さい」と宥める。
 その隣では模糊が「いいぞ、もっとやれ」と茶々を入れ、喧騒には入らないアンナは征示の傍で「兄姉丼、全然あり」とポツリ。大混乱の様相だった。

「征示」

 そんな中で静かに名前を呼ぶテレジアに征示は顔を上げた。

「お前はあの誓いが救いだったと言っていたな?」

 問いの意味が分からないまま頷く。

「だが、それは私にとっても同じだ。あの日、お前が私の不器用な願いに頷いてくれたこと。それこそが私の救いであり、あの時のお前の涙こそが希望の光だった」

 その言葉に征示は少しばかり驚いた。

「あの日、それまでは惨めな怨恨感情ルサンチマンに過ぎなかった私の理想は本物になった。お前の存在のおかげで奪う以外の強さを心の底から信じられるようになったのだ」

 穏やかな笑みを見せるテレジアに、それが真実と知る。
 本当は、最初の最初から互いに救い救われた対等の関係だったのだ、と。

「だから、私はあの日の誓いを忘れない。たとえ誓いの形が変わろうとも、私達の関係が少しばかり変わろうとも、決してな。そして……あの日結んだ私達の絆が終わることなどない。そうだろう? 征示」

 そう告げたテレジアが浮かべた笑顔こそ何よりも心強い。
 ヘルシャフトの言う通り、奪うことこそが強さだというのなら、彼女こそが征示にとって最強の存在だ。あの日からずっと、彼女のその笑顔に心を奪われているのだから。

(何てな)

 柄にもなく、そんな恥ずかしいことを考えた征示は、未だ続く喧騒を耳にしながら病室の窓の外に今日も変わらず浮かぶ城を見上げたのだった。
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