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プロローグ 代用品①
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「あ、あの……」
消え入るような声でそう呟いて、瞳を潤ませながら不安そうに見上げてくる見知らぬ少女。その顔立ちはタンポポを連想させるように素朴で可愛らしく、短めに切り揃えられた黒髪は幼さと純真さを表しているように感じられる。
そんな彼女を前に、双海徹は混乱の真っ只中にいた。
彼女の可愛らしさが原因ではない、訳ではないが、直接の原因は彼女の服装。
今日では普段着にしないだろう和装、明治大正時代の女学生のような袴姿であることだった。しかも、それが自然で似合っていることも。
道を尋ねられるだけだったとしても、面識のない人に突然声をかけられれば普通は焦るものだ。加えて相手が見慣れぬ姿では混乱するなと言う方が無茶だろう。
彼女の目的も分かっていないのだから尚のことだ。
「えっと、どうしたの?」
何とか心を落ち着かせ、明らかに年下だろう少女の目線に合わせて腰を少し屈めつつ尋ねる。と、彼女は唇をきゅっと結び、涙を零しながら抱き着いてきた。
「兄様……」
彼女の言葉もさることながら、全く会った覚えのない女の子に抱き着かれるという稀有過ぎる体験に、落ち着かせたはずの心は再び乱されてしまった。
「兄様、兄様ぁ」
少女の目から落ちる涙がワイシャツを僅かに濡らしていく。
泣いている女の子を突き放せる訳もなく、徹はただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
しかし、高校からの帰り道でこの状況は非常にまずい。
万が一知り合いに見られでもすれば、妙な噂を立てられることは確実だ。
突然現れた少女に抱き着かれた、などという話が言い訳として通用する訳がない。
そんな考えが僅かばかり残っていた冷静な部分を働かせ、何とか口を開かせる。
「その、人違い、じゃないかな?」
徹のその言葉に少女は胸から顔を離し、至近距離から見上げてきた。
その余りにも無防備な表情と距離の近さに、妙な後ろめたさを感じてしまう。
「いいえ、兄様は……間違いなくわたしの兄様です。顔立ちも、声も、この匂いも」
少女は再度顔をワイシャツに押しつけ、今度は匂いを嗅ぐように息を吸った。
そんな彼女の一連の行動は極めて自然で、家族に対するような無条件の信頼が伝わってくる。
だが、訳の分からないまま見も知らぬ可憐な少女にそれをされた方としては、心臓の鼓動が速まるばかりだ。そのせいで全身も硬直してしまう。
いい見世物になっている気がして、徹は目線だけを動かして周囲を見回した。
幸いにして立ち止まってまで様子を窺っている者はいなかったが、やはり通行人のほとんどが一瞥程度は視線を投げかけてきている。
「そろそろいいだろう。佳撫」
そんな中で突然かけられた冷たく低い男の声に、佳撫と呼ばれたその少女はびくりと体を震わせた。
密着しているため、それがダイレクトに感じられる。
「レ、レオン……」
つい先程までいなかったはずなのに、いつの間にか徹の真正面、つまり少女の真後ろにその男は立っていた。
突如として現れたように感じたのは、すぐ傍にある路地から現れたからだろう。その道は利用する人が少ないため、歩行者の意識から外れ易い。
レオンという名らしい彼は非常に背が高く、二メートルはあろうかという程だった。しかし、体格のバランスはいい。
佳撫と同じく和装で、明治時代の文豪のような着流し姿だったが、ブロンドの短髪や顔立ちは外人然としていて、その鋭い碧眼は厳しく徹へと向けられていた。
そんな服装と容姿のアンバランスさに違和感を抱くが、それ以上に腰に下げられた日本刀が異様な空気を放っている。まさか本物ということはないだろうが。
「なすべきことを、なせ」
レオンが突き放すように言い放つと、佳撫は怯えたように、加えて何故か酷く申し訳なさそうに徹を一度見上げてから、はい、と俯いて一歩離れた。
「兄様、すみません。一緒に……来て下さい」
意を決したような佳撫の強張った声と共に、手を温かで柔らかな何かに包まれる。
それが佳撫に手を握られた感触だと気づき、徹は更なる戸惑いと気恥ずかしさを同時に感じながら彼女の顔を見た。
「え?」
瞬間、驚愕に目を開く。
今更何に、という感じだが、それはこれまでのものとは比べ物にならない衝撃を徹に与えていた。
いつの間にか彼女の目、その瞳が鮮やかな緑色に染まっていた。
確かに一瞬前まで日本人らしい黒い瞳だったのに。
それは通常人間ならあり得ない色にもかかわらず、どうしてか自然に感じられる不思議で美しい色彩だった。
だからか、その瞳を見詰めていると吸い込まれるような、全てを見透かされるような、そんな錯覚がする。
「行きましょう。兄様」
辛そうに言う佳撫にその瞳で見詰め返され、徹は思わず小さく頷いていた。
魅了されたように拒否する気も起きず、彼女に手を引かれるまま人通りのない路地に入る。その後ろをレオンもついてきていた。
そこで立ち止まった佳撫は心苦しそうに徹を見上げながら、握る手の力を強めてきた。
「世界を、繋ぎます」
そう小さく告げた彼女の儚げな表情に目を奪われた次の瞬間、三人の頭上に眩い光を放つ扉らしきものが出現し、同時に周囲の世界が消滅した。
いや、徹の方がこの世界から無理矢理引き離され、隔絶させられたとでも言うべきか。
「な、何だ?」
何かの力によって急激に己の属する世界から遠ざけられ、徐々に視界が光で埋め尽くされていく。
闇のない光は無と同じであるため、やがて視覚が機能を果たさなくなった。
それに従って徹の意識もまた遠退いていき、完全に世界から弾き出されたような孤独感を受けた刹那、ぷっつりと途絶えてしまった。
消え入るような声でそう呟いて、瞳を潤ませながら不安そうに見上げてくる見知らぬ少女。その顔立ちはタンポポを連想させるように素朴で可愛らしく、短めに切り揃えられた黒髪は幼さと純真さを表しているように感じられる。
そんな彼女を前に、双海徹は混乱の真っ只中にいた。
彼女の可愛らしさが原因ではない、訳ではないが、直接の原因は彼女の服装。
今日では普段着にしないだろう和装、明治大正時代の女学生のような袴姿であることだった。しかも、それが自然で似合っていることも。
道を尋ねられるだけだったとしても、面識のない人に突然声をかけられれば普通は焦るものだ。加えて相手が見慣れぬ姿では混乱するなと言う方が無茶だろう。
彼女の目的も分かっていないのだから尚のことだ。
「えっと、どうしたの?」
何とか心を落ち着かせ、明らかに年下だろう少女の目線に合わせて腰を少し屈めつつ尋ねる。と、彼女は唇をきゅっと結び、涙を零しながら抱き着いてきた。
「兄様……」
彼女の言葉もさることながら、全く会った覚えのない女の子に抱き着かれるという稀有過ぎる体験に、落ち着かせたはずの心は再び乱されてしまった。
「兄様、兄様ぁ」
少女の目から落ちる涙がワイシャツを僅かに濡らしていく。
泣いている女の子を突き放せる訳もなく、徹はただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
しかし、高校からの帰り道でこの状況は非常にまずい。
万が一知り合いに見られでもすれば、妙な噂を立てられることは確実だ。
突然現れた少女に抱き着かれた、などという話が言い訳として通用する訳がない。
そんな考えが僅かばかり残っていた冷静な部分を働かせ、何とか口を開かせる。
「その、人違い、じゃないかな?」
徹のその言葉に少女は胸から顔を離し、至近距離から見上げてきた。
その余りにも無防備な表情と距離の近さに、妙な後ろめたさを感じてしまう。
「いいえ、兄様は……間違いなくわたしの兄様です。顔立ちも、声も、この匂いも」
少女は再度顔をワイシャツに押しつけ、今度は匂いを嗅ぐように息を吸った。
そんな彼女の一連の行動は極めて自然で、家族に対するような無条件の信頼が伝わってくる。
だが、訳の分からないまま見も知らぬ可憐な少女にそれをされた方としては、心臓の鼓動が速まるばかりだ。そのせいで全身も硬直してしまう。
いい見世物になっている気がして、徹は目線だけを動かして周囲を見回した。
幸いにして立ち止まってまで様子を窺っている者はいなかったが、やはり通行人のほとんどが一瞥程度は視線を投げかけてきている。
「そろそろいいだろう。佳撫」
そんな中で突然かけられた冷たく低い男の声に、佳撫と呼ばれたその少女はびくりと体を震わせた。
密着しているため、それがダイレクトに感じられる。
「レ、レオン……」
つい先程までいなかったはずなのに、いつの間にか徹の真正面、つまり少女の真後ろにその男は立っていた。
突如として現れたように感じたのは、すぐ傍にある路地から現れたからだろう。その道は利用する人が少ないため、歩行者の意識から外れ易い。
レオンという名らしい彼は非常に背が高く、二メートルはあろうかという程だった。しかし、体格のバランスはいい。
佳撫と同じく和装で、明治時代の文豪のような着流し姿だったが、ブロンドの短髪や顔立ちは外人然としていて、その鋭い碧眼は厳しく徹へと向けられていた。
そんな服装と容姿のアンバランスさに違和感を抱くが、それ以上に腰に下げられた日本刀が異様な空気を放っている。まさか本物ということはないだろうが。
「なすべきことを、なせ」
レオンが突き放すように言い放つと、佳撫は怯えたように、加えて何故か酷く申し訳なさそうに徹を一度見上げてから、はい、と俯いて一歩離れた。
「兄様、すみません。一緒に……来て下さい」
意を決したような佳撫の強張った声と共に、手を温かで柔らかな何かに包まれる。
それが佳撫に手を握られた感触だと気づき、徹は更なる戸惑いと気恥ずかしさを同時に感じながら彼女の顔を見た。
「え?」
瞬間、驚愕に目を開く。
今更何に、という感じだが、それはこれまでのものとは比べ物にならない衝撃を徹に与えていた。
いつの間にか彼女の目、その瞳が鮮やかな緑色に染まっていた。
確かに一瞬前まで日本人らしい黒い瞳だったのに。
それは通常人間ならあり得ない色にもかかわらず、どうしてか自然に感じられる不思議で美しい色彩だった。
だからか、その瞳を見詰めていると吸い込まれるような、全てを見透かされるような、そんな錯覚がする。
「行きましょう。兄様」
辛そうに言う佳撫にその瞳で見詰め返され、徹は思わず小さく頷いていた。
魅了されたように拒否する気も起きず、彼女に手を引かれるまま人通りのない路地に入る。その後ろをレオンもついてきていた。
そこで立ち止まった佳撫は心苦しそうに徹を見上げながら、握る手の力を強めてきた。
「世界を、繋ぎます」
そう小さく告げた彼女の儚げな表情に目を奪われた次の瞬間、三人の頭上に眩い光を放つ扉らしきものが出現し、同時に周囲の世界が消滅した。
いや、徹の方がこの世界から無理矢理引き離され、隔絶させられたとでも言うべきか。
「な、何だ?」
何かの力によって急激に己の属する世界から遠ざけられ、徐々に視界が光で埋め尽くされていく。
闇のない光は無と同じであるため、やがて視覚が機能を果たさなくなった。
それに従って徹の意識もまた遠退いていき、完全に世界から弾き出されたような孤独感を受けた刹那、ぷっつりと途絶えてしまった。
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