家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。

希羽

文字の大きさ
1 / 4

第1話:手取り18万と、庭の穴

しおりを挟む
「次は~、横浜~、横浜~」

 気怠けだるげなアナウンスと共に、満員電車が吐き出した人の波に揉まれる。
 湿った熱気と、他人の汗の匂い。
 俺、佐藤健太さとうけんた鼻腔びこうをくすぐるのは、現代社会の腐臭だ。
 時刻は23時半。
 システムエンジニアという横文字の職業についたはずが、現実はただのデジタル土方どかたである。

「……あー、死にた」

 スマホの画面には、今月の給与明細が表示されている。
 基本給、安すぎ。残業代、みなし込み。
 控除、控除、控除の雨あられ。

【差引支給額:178,500円】

 横浜の片隅で、27歳の男が命を削って手に入れた対価がこれだ。
 今の日本じゃ、探索者シーカーとかいう一攫千金の職業が流行っているらしいが、運動音痴でビビリの俺には関係のない世界だ。
 俺にできるのは、バグだらけのコードを修正し、理不尽な上司に頭を下げることだけ。

「……帰ろ」

 駅からバスに揺られること20分。
 さらに徒歩で10分。
 街灯もまばらな住宅街のどん詰まりに、俺の城はある。
 築45年、木造平屋建て。
 半年前に亡くなったばあちゃんが、俺に残してくれた唯一の遺産だ。

「ただいまー……っと、暗っ」

 玄関灯は先週切れたままだ。買い換える金も惜しい。
 正直、この家は俺にとってお荷物でしかなかった。
 売ろうにも、駅から遠すぎて買い手がつかない。
 建物は古すぎて価値ゼロ。土地代よりも解体費の方が高くつく始末だ。
 まさに、人生の
 ため息をつきながら、錆びついた門扉を開ける。
 雑草が伸び放題の庭が、月明かりに照らされている。
 週末に草むしりをする予定だったが、休日出勤で潰れたんだった。

「……ん?」

 その雑草のジャングルの中に、違和感があった。
 物置の裏手あたり。
 そこだけ、ぼんやりと青白く発光している。

「なんだあれ……。まさか、不法投棄か?」

 この辺りは人通りが少ないから、家電を捨てていく不届き者がたまにいる。
 もし冷蔵庫とかだったら、処分費だけで俺の小遣いが吹き飛ぶ。
 嫌な予感を抱え、俺は物置から園芸用のスコップを取り出した。
 ザッ、ザッ、と雑草を踏みしめて近づく。

「おい、誰だ。そこになに捨て……」

 言葉が止まった。
 ゴミじゃない。
 穴だ。
 直径1メートルほどの穴が、地面にぽっかりと空いていた。
 そしてその奥から、LEDライトのような青い粒子がふわふわと漂い出ている。

「これ……テレビで見たことあるぞ」

 ダンジョンゲート。
 十数年前から世界各地に発生し始めた、異空間への入り口。
 でも普通、こういうのは山奥とか、廃ビルとかにできるもんじゃないのか?
 なんでよりによって、築45年の民家の庭に?

「うわ、めんどくさ……」

 俺の口から出たのは、驚きよりも落胆だった。
 自宅の敷地内にダンジョンが発生した場合、どうなるんだっけ?
 役所に届け出? 自衛隊が来る?
 もしかして、退去命令とか出るのか?

「勘弁してくれよ……引っ越し代なんてねえぞ」

 その時だった。
 ぷるん。
 穴の中から、何かが飛び出してきた。
 青くて、半透明で、ゼリーのような物体。

「……スライム?」

 ダンジョンのマスコットキャラクター。最弱のモンスター。
 そいつは俺の足元でポヨンと跳ねると、敵意むき出して体当たりしてきた。

 ぽよん。

「……痛くない」

 スニーカーのつま先に当たった感触は、ゴムボールをぶつけられた程度だった。
 なんだこれ。
 テレビじゃ「スライムの酸で溶かされる!」とか言ってたけど、全然そんな気配はない。

「ええい、邪魔だ!」

 イライラしていた俺は、手に持っていた園芸用スコップを振り下ろした。
 カキン、という硬質な音。
 金属製のスコップが、スライムの脳天(?)を捉える。
 次の瞬間。

 パァァァン!!

「うおっ!?」

 スライムが、風船が破裂するように弾け飛んだ。
 あまりにも呆気ない最期。
 そして、キラキラと光る粒子と共に、地面に「カラン」と何かが落ちた。

「……石?」

 拾い上げてみる。
 親指ほどの大きさの、透き通った青い結晶だ。
 月明かりにかざすと、内部で光が乱反射してギラギラと輝いた。

「魔石……だよな」

 モンスターの心臓部であり、エネルギー資源として高値で取引されるアイテム。
 俺は震える手でスマホを取り出し、インストールだけはしてあったアプリ『ダンジョンGO』を起動した。
 カメラ機能で、この石をスキャンする。

『解析中……』

 画面にグルグルとロードマークが回る。
 どうせ、数十円とかだろ。
 スライムの魔石なんて、駄菓子代になればいい方だってネットで見たし。

『解析完了』

 軽快なファンファーレと共に、査定結果が表示された。

【名称】高純度ブルークリスタル(Sランク品質)
【ドロップ元】クリスタル・スライム(希少種)
【推定買取価格】1,000,000 JPY

「…………は?」

 俺はスマホの画面を二度見した。
 いや、三度見した。
 イチ、ジュウ、ヒャク、セン、マン……。
 ゼロが、6つ。

「ひゃくまん……?」

 100円の間違いじゃないのか?
 いや、アプリのバグか?
 俺は慌てて画面をスクロールし、詳細情報を確認する。

『※希少種クリスタル・スライムの核。極めて純度が高く、半導体素材として最高ランクの価値を持つ。市場需要:極大』

 ゴクリ、と喉が鳴った。
 手の中にある、たった一個の石ころ。
 これをスコップで一回叩いただけで手に入れた。所要時間、約5秒。
 今日の俺の日給は、残業込みで約9千円。
 この石一個で、俺の労働の111日分。
 いや、手取り18万の月給に換算すれば……5ヶ月分以上。

「…………」

 俺は視線を、足元の穴に戻した。
 穴の奥からは、まだ青い光が漏れている。
 そしてよく見れば、穴の縁に、さっきと同じ「ぷるん」とした影が、もう一匹顔を出そうとしていた。
 俺はスコップを握り直す。
 心臓が、早鐘を打っていた。
 恐怖じゃない。
 これは、興奮だ。

「……明日、会社休みます」

 誰に言うでもなく呟いて、俺はスコップを振り上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪スローライフ

一樹
ファンタジー
いろいろあったおっさんが外国で田舎暮らしする話です。 小説家になろうで連載投稿してます。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...