家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。

希羽

文字の大きさ
8 / 18

第8話:Sランク霜降り肉と、覚醒した女神

 金曜日の夕方。
 サラリーマンにとっては華金と呼ばれる、解放の刻。
 だが、今の俺には曜日感覚がない。毎日がエブリデイ・ホリデイだからだ。
 俺は自宅の庭に、これまた即日配送させた最高級バーベキューコンロをセットしていた。

「野菜ときたら、次は肉だよな」

 俺の足元には、クーラーボックスが置かれている。
 中に入っているのは、スーパーの肉ではない。
 さきほど、ダンジョンの第二層「深緑の菜園」の奥地で狩ってきた獲物だ。

【バイソン・キングの極上ロース(Sランク食材)】

 牛と猪を足して2で割ったようなモンスターだったが、俺のスコップの一撃で肉塊に変わった。
 鑑定結果によると、効果は「爆発的な活力向上」と「カリスマ性(覇気)の獲得」。

「炭の火加減もよし……と」

 俺がトングをカチカチと鳴らしていると、フェンスの向こうからヒールを鳴らす音が近づいてきた。
 一ノ瀬葵さんだ。

「……ただいま戻りました」
「おかえりなさい、一ノ瀬さん。今週もお疲れ様で……おや?」

 振り返った俺は、言葉を失った。
 そこに立っていたのは、いつもの「清楚で控えめなOL」ではなかった。
 いや、服装はいつものオフィスカジュアルだ。
 だが、纏っているオーラが違う。
 背筋がピンと伸び、歩くたびに風がなびくような堂々たる風格。
 ポーションとトマトで磨き上げられた肌は、夕闇の中でも宝石のように輝き、瞳には強い意志の光が宿っている。
 美しい。けれど、それ以上に

「何か、いいことありました?」
「ふふっ、わかりますか?」

 一ノ瀬さんは、バッグを置いてフェンスに身を乗り出した。

「今日、クライアントとの全体会議があったんです。無理難題を押し付けてくる厄介な取引先で、いつもなら皆で平謝りするんですけど……」
「けど?」
「私、論破しちゃいました」

 彼女は悪戯っぽく舌を出した。

「先方の矛盾点を全部指摘して、『御社の要求はコストに見合っていません』って突き返したら、向こうの部長さんがぐうの音も出なくなっちゃって。そうしたら、うちの上司たちが急に『一ノ瀬さんすごい!』って掌を返してきて」
「ははっ、やりましたね」

 俺は手を叩いて笑った。
 やはり、トマト(ストレス耐性UP)の効果が出ている。
 今の彼女は、ブラック企業の理不尽な圧力に屈しないメンタルを手に入れたのだ。

「最高の金曜日ですね。じゃあ、今日は祝勝会といきましょう」
「わぁ、いい匂い! もしかして、バーベキューですか?」
「ええ。とびきりの肉が手に入ったんで」

 俺はクーラーボックスから、サシの入った巨大な肉塊を取り出した。
 美しいピンク色の霜降り。
 常温に置いただけで脂が溶け出し、甘い香りを漂わせている。

「す、すごいです……! これ、何のお肉ですか?」
「えっと……『キング牛』のロースです。通販限定の」
「キング牛……聞いたことないけど、絶対美味しいやつです!」

 一ノ瀬さんがゴクリと喉を鳴らす。
 俺は肉を厚切りにし、熱した網の上に置いた。

 ジュワァァァァッ!!

 暴力的なまでの脂の音。
 立ち上る白煙と共に、極上の肉の香りが庭中に充満する。

「レア、いけますか?」
「はいっ!」

 表面をサッと炙り、中はまだ赤い状態の肉を皿に乗せて渡す。
 彼女はフゥフゥと息を吹きかけ、それを口に運んだ。

「んむっ……!」

 一ノ瀬さんの動きが止まった。
 そして、カッ! と目を見開く。

「……溶けた」
「でしょうね」
「噛んでないのに、脂がジュワッてなって……お肉の甘みが爆発して……え、何これ!? 美味しいぃぃぃ!!」

 彼女は頬を押さえて悶絶している。
 その全身から、目に見えないエネルギーが噴き出しているのがわかる。
 Sランク肉の効果、「活力向上」が即座に発動したようだ。

「佐藤さん、これヤバいです! なんか体の奥から力が湧いてきます!」
「あはは、精がつきますからね。ほら、どんどん焼きますよ」
「はいっ! ご飯もください!」

 そこからは、肉の宴だった。
 俺たちは星空の下、最高級の肉を貪り食った。
 ビール(俺)とハイボール(彼女)が進む。
 一ノ瀬さんは酔いが回ってきたのか、上機嫌で会社の愚痴……ではなく武勇伝を語り始めた。
 無能な上司をどうあしらったか。
 セクハラおやじをどう黙らせたか。
 その姿は、かつての「守ってあげたい薄幸美女」ではなく、戦場を支配する女帝そのものだった。

「……ねえ、佐藤さん」

 ひとしきり食べて飲んで、落ち着いた頃。
 一ノ瀬さんが、とろんとした目で俺を見つめてきた。
 フェンス越し、至近距離。

「私、決めちゃいました」
「何をですか?」
「会社、辞めようと思います」

 夜風が、彼女の髪を揺らした。

「今の私なら、どこでもやっていける気がするんです。佐藤さんのおかげで、自分に自信が持てたから。……だから、あんな泥舟にこれ以上乗っている理由がないなって」

 俺はグラスを傾け、満足げに頷いた。

「いい判断だと思いますよ。一ノ瀬さんの能力なら、もっと良い環境があります」
「ふふ、ありがとうございます。……佐藤さんが背中を押してくれたおかげです」

 彼女はフェンス越しに手を伸ばし、俺の手の甲にそっと触れた。
 熱い。
 体温が高い。
 Sランク肉の効果か、それとも――。

「責任、取ってくださいね?」

 彼女は悪戯っぽく微笑むと、「なんて、冗談です。おやすみなさい」と言って、千鳥足で部屋に戻っていった。

「……責任、か」

 俺は残されたコンロの火を見つめながら、苦笑した。
 とんでもない怪物を育ててしまったかもしれない。
 まあ、今の俺の経済力なら、彼女一人くらい一生養ってもお釣りが来るが。
 宴の後片付けを終え、俺も家に入ろうとした時だった。
 ふと、視線を感じた。
 一ノ瀬さんのアパートではない。
 道路の方だ。
 街灯の少ない暗がりに、一台の車が停まっていた。
 エンジンは切っているが、中に人が乗っている気配がする。
 近所の車ではない。あんな高級車、この辺りには俺の車以外に存在しないはずだ。

「……なんだ?」

 俺は目を凝らす。
 車のドア部分に、目立たない色のステッカーが貼られているのが見えた。
 剣と盾を交差させたマーク。
 見覚えがある。
 魔石買取アプリの運営元――いや、もっと上位の組織。

 『内閣府直轄・日本探索者協会(JSA)』

「……おいおい」

 俺の酔いが一瞬で冷めた。
 ドローン取引で目立ちすぎたか?
 それとも、ありえない品質の魔石を連発したせいで、目をつけられたか?
 黒い車は、俺が気づいたのを察したのか、静かにエンジンを始動させ、音もなく走り去っていった。

「……楽隠居生活、そう簡単にはいかないってことか」

 俺は冷え切った手で門扉の鍵を閉め、家の中へと滑り込んだ。
 玄関にある、Sランク魔石の山を見る。
 今の俺には金はある。だが、権力や武力はない。
 もし、国や協会がこのダンジョンを接収しに来たら?

「……対策が必要だな」

 俺はスマホを取り出し、新たな検索ワードを打ち込んだ。
 『探索者 個人 権利』『ダンジョン 防衛 アイテム』
 スローライフを守るための、第二の戦いが始まろうとしていた。
感想 8

あなたにおすすめの小説

辻ヒーラー、謎のもふもふを拾う。社畜俺、ダンジョンから出てきたソレに懐かれたので配信をはじめます。

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
 ブラック企業で働く社畜の辻風ハヤテは、ある日超人気ダンジョン配信者のひかるんがイレギュラーモンスターに襲われているところに遭遇する。  ひかるんに辻ヒールをして助けたハヤテは、偶然にもひかるんの配信に顔が映り込んでしまう。  ひかるんを助けた英雄であるハヤテは、辻ヒールのおじさんとして有名になってしまう。  ダンジョンから帰宅したハヤテは、後ろから謎のもふもふがついてきていることに気づく。  なんと、謎のもふもふの正体はダンジョンから出てきたモンスターだった。  もふもふは怪我をしていて、ハヤテに助けを求めてきた。  もふもふの怪我を治すと、懐いてきたので飼うことに。  モンスターをペットにしている動画を配信するハヤテ。  なんとペット動画に自分の顔が映り込んでしまう。  顔バレしたことで、世間に辻ヒールのおじさんだとバレてしまい……。  辻ヒールのおじさんがペット動画を出しているということで、またたくまに動画はバズっていくのだった。 他のサイトにも掲載 なろう日間1位 カクヨムブクマ7000  

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

妹に聖女の座を奪われ極寒の地に追放されましたが、冷酷公爵様の不器用な溺愛と巨大もふもふ精霊王に囲まれ幸せです

黒崎隼人
ファンタジー
枯れ果てた王都の大地に、夜な夜な魔力を注ぎ、命の息吹を与え続けていた伯爵令嬢のルシエル。 しかし彼女は「真の聖女」としての手柄をすべて異母妹のマリアンヌに奪われ、さらには無実の罪を着せられて、一年中雪と氷に閉ざされた極寒の北の公爵領へと永久追放されてしまう。 すべてを失い、死を覚悟してたどり着いた氷の城。 そこで彼女を待っていたのは、「冷酷公爵」と恐れられる若き領主・カリスだった。 しかし彼は、噂とは正反対の、不器用だが誰よりも領民思いで優しい男性だった。 カリスに隠された真の力を見出されたルシエルは、彼と「1年間の契約結婚」を結び、北の大地を救うために立ち上がる。 温かい食事、安全な寝床、そしてカリスの不器用な優しさに触れ、ルシエルの凍りついていた心は少しずつ溶かされていく。 さらに、怪我をしていたところを助けた巨大な銀狼――実は恐ろしい「精霊の王」ブランにもすっかり懐かれてしまい、ルシエルの周りはかつてないほどの温もりともふもふで満たされていく。 一方、真の聖女を失った王都は急激に枯れ果て、崩壊の危機を迎えていた。 焦った王都側はルシエルを連れ戻そうと理不尽な要求を突きつけ、ついには呪いの攻撃まで仕掛けてくる。 だが、今のルシエルはもう一人ではない。愛する人たちと、自らの居場所を守るため、彼女は真の力を解放する――! これは、すべてを奪われた少女が、北の地で不器用な公爵様と愛らしい精霊王に囲まれ、世界一温かい春を咲かせるまでの、奇跡と溺愛の物語。

追放された聖女は、辺境で狼(もふもふ)とカフェを開く

橘 あやめ
ファンタジー
――もう黙らない。追放された聖女は、もふもふの白狼と温かい居場所を見つける―― 十二年間、大聖堂で祈り続けた。 病人を癒し、呪いを祓い、飢饉のときは畑に恵みの光を降ろす。 その全てを、妹の嘘泣きひとつで奪われた。 献金横領の濡れ衣を着せられ、聖女の座を追われたアーシャ。 荷物は革鞄ひとつ。行く宛てもない。 たどり着いた辺境の町で、アーシャは小さなハーブティーのカフェを開くことに。 看板は小枝の炭で手作り。 焼き菓子は四度目でようやく成功。 常連もできて、少しずつ「自分の居場所」が生まれていく――。 そんなカフェに夜ごと現れるのは、月光のように美しい銀色の狼。 もふもふで、不愛想で、でも何かとアーシャのことを助けてくれる。 やがて、穏やかな日々を壊しに――妹が現れる。 ※追放聖女のカフェ開業もの(もふもふつき)です!ハッピーエンド!

出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた

黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆ 毎日朝7時更新! 「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」 過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。 絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!? 伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!? 追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。 平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。 どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。

「君の魔法は地味で映えない」と人気ダンジョン配信パーティを追放された裏方魔導師。実は視聴数No.1の正体、俺の魔法でした

希羽
ファンタジー
人気ダンジョン配信チャンネル『勇者ライヴ』の裏方として、荷物持ち兼カメラマンをしていた俺。ある日、リーダーの勇者(IQ低め)からクビを宣告される。「お前の使う『重力魔法』は地味で絵面が悪い。これからは派手な爆裂魔法を使う美少女を入れるから出て行け」と。俺は素直に従い、代わりに田舎の不人気ダンジョンへ引っ込んだ。しかし彼らは知らなかった。彼らが「俺TUEEE」できていたのは、俺が重力魔法でモンスターの動きを止め、カメラのアングルでそれを隠していたからだということを。俺がいなくなった『勇者ライヴ』は、モンスターにボコボコにされる無様な姿を全世界に配信し、大炎上&ランキング転落。  一方、俺が田舎で「畑仕事(に見せかけたダンジョン開拓)」を定点カメラで垂れ流し始めたところ――  「え、この人、素手でドラゴン撫でてない?」「重力操作で災害級モンスターを手玉に取ってるw」「このおっさん、実は世界最強じゃね?」とバズりまくり、俺は無自覚なまま世界一の配信者へと成り上がっていく。 ※本作は小説家になろうでも投稿しています。