後宮の寵愛ランキング最下位ですが、何か問題でも?

希羽

文字の大きさ
8 / 65

第八話:物々交換と小さな経済圏

しおりを挟む
 私たちの離宮の前は、さながら小さな市場のようになっていた。

 朝夕の決まった時間になると、噂を聞きつけた侍女たちが次々と訪れ、私たちの工房で作られたハーブ製品を求めて列をなす。

「厨房から、少しだけ良質なバターを分けてもらいました。こちらのハーブティーと交換していただけないかしら」

 彼女たちが持ってくるのは、お金ではない。自分たちの持つ「スキル」や、職場から融通してもらった「現物」だ。私たちはそれらを快く受け取り、代わりに癒しの品々を手渡した。

「妃様、すごいですわ……」

 工房の片隅で、アンナが興奮気味に帳簿を指さした。それは、私が彼女に教えた簡単な複式簿記の帳面だ。

「私たちの作ったものが、こんなにたくさんのものに変わっています! 繕い物の布、バター、少しだけ質の良い小麦粉、それに……まあ、厨房の裏で育てている鶏の卵まで!」

 帳簿には、物々交換によって私たちの組合にもたらされた「資産」が、日に日に増えていく様子が記されている。

 私はその帳簿を満足げに眺めながら、組合のメンバーたちに告げた。

「よく見てちょうだい。これが、『経済』の始まりよ」

 私の言葉に、皆がきょとんとする。経済なんて、自分たちとは縁遠い、難しい言葉だと思っていたのだろう。

「難しく考えることはないわ。経済とは、価値と価値の交換のこと。私たちは、自分たちの手で『癒し』という価値を生み出し、それを他の人たちが持つ『食料』や『労働』という価値と交換している。ただそれだけのことよ」

 そして私は、交換で手に入れた小麦粉と卵、バターを指さした。

「そして、手に入れた価値を元に、私たちは新しい価値を生み出すことができるわ」
「新しい、価値……?」

 きょとんとする皆の前で、私はにっこりと微笑んだ。

「そう。次は、私たちの手で、後宮一美味しいお菓子を作りましょう」

 その日の午後は、急遽「製菓工房」へと姿を変えた。

 新鮮な卵と良質なバター、そして私たちの畑で採れたカモミールの花びらを練り込んだ、香り高いクッキー。作り方を指導するのは、もちろん私だ。

 最初は戸惑っていたメンバーたちも、甘く香ばしい匂いが工房に立ち込め始めると、瞳を輝かせて作業に没頭し始めた。

 焼き上がったクッキーは、サクサクとした食感と、口の中に広がる優しいハーブの香りが絶妙な、素朴ながらも極上の味わいだった。

「おいしい……! お店で売っているどんなお菓子よりも、ずっと美味しいです!」
「これが、私たちの手に入れたもので作れたなんて……」

 メンバーたちは、自分たちの手で成し遂げた「価値の再生産」に、感動で打ち震えていた。

 翌日、私たちはハーブ製品に加えて、「組合特製・カモミールクッキー」を交換の品として並べた。当然、侍女たちの間でたちまち大評判となり、私たちの組合の価値はさらに高まっていく。

 私たちの活動は、もはや単なる慈善事業ではなかった。

 後宮の片隅で、誰にも気づかれず、しかし確実に、私たちの手による小さな経済圏が回り始めていたのだ。

 そんなある日のこと。

 いつものように大図書館で読書に耽っていた私の元に、一人の侍女が慌てた様子で駆け込んできた。

「妃様っ、大変です! 皇帝陛下が……! 皇帝陛下が、私たちの離宮へ向かわれたと……!」
「なんですって?」

 私は思わず立ち上がった。

 皇帝アレクシス。この後宮の絶対的な支配者であり、私が最も避けてきた存在。

 彼が、なぜ今、寵愛ランク最下位の妃が住む離宮へ?

 静かに回り始めた私たちの小さな歯車が、今、大きな力によって動かされようとしている。

 私は胸騒ぎを覚えながら、急いで離宮へと向かった。私の穏やかな日常が、終わりを告げようとしていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...