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第十四話:改革の第一歩
『後宮給食改善会議』から一夜明け、私の執務室は戦場と化していた。
各厨房から提出された食材リストは、羊皮紙の小さな山となり、テーブルの上を埋め尽くしている。
「すごい量ですね……これを全部、集計するのですか?」
「ええ、もちろんよ。ここが一番大事なところなのだから」
私と『後宮生活改善組合』のメンバーたちは、その日から三日三晩、ロウソクの灯りを頼りに膨大なデータの整理に追われた。どの厨房で、どの食材が、どれだけ必要とされているのか。無駄をなくし、最適な量を導き出すための、地道で、しかし不可欠な作業だった。
そして四日目の朝、私は集計したリストを手に、王宮に出入りする御用達の商人たちと対峙していた。
「これは……とてつもない量ですな」
恰幅のいい商会長が、リストを見て驚きの声を上げる。
「ええ。後宮で消費する全ての基本食材です。これを向こう一年間、貴方の商会から一括で購入するとお約束しましょう。その代わり」
私は人差し指を一本立て、にっこりと微笑んだ。
「現在の市場価格から、三割引で納入していただきたいの」
「さ、三割?! ご冗談でしょう、妃殿下! 我々も商売でして……」
「あら、ご冗談ではありませんわ。バーデン伯爵家では、父の代わりに私が商人と交渉することもございましたので、各種穀物や野菜の適正価格は心得ております。この量を安定して買い付ける大口顧客を捕まえる好機を、逃すおつもりですか?」
私の言葉には、ただの妃ではない、実務を知る者の凄みが滲んでいた。商人たちは顔を見合わせ、やがて観念したように大きくため息をついた。……結果、二割五分の値引きで交渉は妥結した。上々の成果だ。
その翌週から、後宮の厨房の景色は一変した。
共同仕入れによって届けられた食材は、これまでよりも明らかに質が良く、瑞々しかったのだ。
「この小麦粉、いつものと艶が違うぞ……」
「見てみろ、野菜が立つように新鮮だ!」
料理人たちは、質の良い食材を前に、忘れかけていた職人としての魂を刺激されたようだった。彼らの作る食事は、目に見えて美味しくなった。特に、これまで「餌」とまで揶揄されていた侍女や衛兵向けの食事の改善は目覚ましく、食堂はいつも、感謝と笑顔の声で満ち溢れていた。
「最近、食事が本当に美味しくなったわよね」
「あの、最下位の妃様のおかげらしいわよ」
私の評判は、後宮の隅々にまで静かに、しかし確実に浸透していった。
皇帝アレクシスの元には、側近から定期的な報告が届けられていた。
「陛下。後宮全体の食費が、前月比で二割以上削減されたにも関わらず、侍女や衛兵たちからの食事に対する満足度は、過去最高を記録しております」
報告を聞いた皇帝は、満足げに口の端を上げたという。
しかし、誰もがこの変化を歓迎しているわけではなかった。
Sランク妃たちの豪華な宮では、嫉妬の炎が渦巻いていた。自分たちの食事は元々豪華なため変化がなく、相対的にリディアの評価ばかりが上がる状況に、彼女たちのプライドはひどく傷つけられていたのだ。
「あの女に、これ以上いい顔をさせてなるものですか!」
ある日、上位妃付きの厨房で、事件は起きた。
料理長が、妃に唆されて、届けられたばかりの大量の新鮮な野菜を前に、わざとらしく腕を組んだ。
「こんな下々の者たちが使う食材、我々の厨房で使えるか! 質の良いものだけを選り分けたら、半分以上が余ってしまったわ。仕方ない、これは廃棄だな」
その横暴な振る舞いの噂は、すぐに私の耳にも届いた。
「どうしましょう、妃様! このままでは、せっかくの食材が無駄になってしまいます……!」
アンナが、悔しそうに拳を握りしめる。
しかし、その報告を聞いた私は、少しも動じなかった。むしろ、その唇には、楽しげな笑みさえ浮かんでいた。
「あら、それはちょうどいいわ」
「え……?」
私は立ち上がると、仲間たちに号令をかけた。
「廃棄するくらいなら、有効活用させてもらいましょう。さあ、皆さん、腕まくりをして! 余った食材で、後宮中が驚くような、特別な保存食とお菓子を作りますよ!」
敵の妨害は、私にとって、次なる一手を生み出す最高の機会に過ぎなかったのだ。
各厨房から提出された食材リストは、羊皮紙の小さな山となり、テーブルの上を埋め尽くしている。
「すごい量ですね……これを全部、集計するのですか?」
「ええ、もちろんよ。ここが一番大事なところなのだから」
私と『後宮生活改善組合』のメンバーたちは、その日から三日三晩、ロウソクの灯りを頼りに膨大なデータの整理に追われた。どの厨房で、どの食材が、どれだけ必要とされているのか。無駄をなくし、最適な量を導き出すための、地道で、しかし不可欠な作業だった。
そして四日目の朝、私は集計したリストを手に、王宮に出入りする御用達の商人たちと対峙していた。
「これは……とてつもない量ですな」
恰幅のいい商会長が、リストを見て驚きの声を上げる。
「ええ。後宮で消費する全ての基本食材です。これを向こう一年間、貴方の商会から一括で購入するとお約束しましょう。その代わり」
私は人差し指を一本立て、にっこりと微笑んだ。
「現在の市場価格から、三割引で納入していただきたいの」
「さ、三割?! ご冗談でしょう、妃殿下! 我々も商売でして……」
「あら、ご冗談ではありませんわ。バーデン伯爵家では、父の代わりに私が商人と交渉することもございましたので、各種穀物や野菜の適正価格は心得ております。この量を安定して買い付ける大口顧客を捕まえる好機を、逃すおつもりですか?」
私の言葉には、ただの妃ではない、実務を知る者の凄みが滲んでいた。商人たちは顔を見合わせ、やがて観念したように大きくため息をついた。……結果、二割五分の値引きで交渉は妥結した。上々の成果だ。
その翌週から、後宮の厨房の景色は一変した。
共同仕入れによって届けられた食材は、これまでよりも明らかに質が良く、瑞々しかったのだ。
「この小麦粉、いつものと艶が違うぞ……」
「見てみろ、野菜が立つように新鮮だ!」
料理人たちは、質の良い食材を前に、忘れかけていた職人としての魂を刺激されたようだった。彼らの作る食事は、目に見えて美味しくなった。特に、これまで「餌」とまで揶揄されていた侍女や衛兵向けの食事の改善は目覚ましく、食堂はいつも、感謝と笑顔の声で満ち溢れていた。
「最近、食事が本当に美味しくなったわよね」
「あの、最下位の妃様のおかげらしいわよ」
私の評判は、後宮の隅々にまで静かに、しかし確実に浸透していった。
皇帝アレクシスの元には、側近から定期的な報告が届けられていた。
「陛下。後宮全体の食費が、前月比で二割以上削減されたにも関わらず、侍女や衛兵たちからの食事に対する満足度は、過去最高を記録しております」
報告を聞いた皇帝は、満足げに口の端を上げたという。
しかし、誰もがこの変化を歓迎しているわけではなかった。
Sランク妃たちの豪華な宮では、嫉妬の炎が渦巻いていた。自分たちの食事は元々豪華なため変化がなく、相対的にリディアの評価ばかりが上がる状況に、彼女たちのプライドはひどく傷つけられていたのだ。
「あの女に、これ以上いい顔をさせてなるものですか!」
ある日、上位妃付きの厨房で、事件は起きた。
料理長が、妃に唆されて、届けられたばかりの大量の新鮮な野菜を前に、わざとらしく腕を組んだ。
「こんな下々の者たちが使う食材、我々の厨房で使えるか! 質の良いものだけを選り分けたら、半分以上が余ってしまったわ。仕方ない、これは廃棄だな」
その横暴な振る舞いの噂は、すぐに私の耳にも届いた。
「どうしましょう、妃様! このままでは、せっかくの食材が無駄になってしまいます……!」
アンナが、悔しそうに拳を握りしめる。
しかし、その報告を聞いた私は、少しも動じなかった。むしろ、その唇には、楽しげな笑みさえ浮かんでいた。
「あら、それはちょうどいいわ」
「え……?」
私は立ち上がると、仲間たちに号令をかけた。
「廃棄するくらいなら、有効活用させてもらいましょう。さあ、皆さん、腕まくりをして! 余った食材で、後宮中が驚くような、特別な保存食とお菓子を作りますよ!」
敵の妨害は、私にとって、次なる一手を生み出す最高の機会に過ぎなかったのだ。
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