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第十六話:非常食備蓄計画
先日の騒動で手に入れた大量の保存食は、私たちの組合の貯蔵庫を豊かに満たしていた。しかし、その瓶詰めが並ぶ光景を眺めながら、私の胸には新たな懸念が芽生えていた。
後宮の食料システムは、あまりにも脆い。平時を前提とした、その日暮らしの自転車操業だ。
(これではいけない……)
私は数日かけて練り上げた計画書を手に、自ら皇帝陛下への謁見を申し出た。
「ほう、お前から会いに来るとはな」
皇帝アレクシスは、彼の執務室で、面白そうに私を迎えた。その場には、なぜか女官長の姿もあった。彼が呼んだのか、あるいは彼女が自ら来たのか。
「本日は、陛下にご提案があり、参上いたしました」
私はそう言うと、持参した『後宮内非常食備蓄計画に関する提案書』を彼の机に広げた。
「非常食……備蓄?」
皇帝が訝しげに呟く。私は構わず、プレゼンテーションを始めた。
「先日の騒動で、後宮の食料システムの脆弱性が明らかになりました。平時であれば問題ありませんが、例えば天候不順による不作、あるいは近隣国との緊張による物流の停滞など、万が一の事態が起きた場合、この後宮の食料は数日で底をつきます」
私の言葉に、皇帝の表情から笑みが消え、為政者の顔になる。
「後宮は、陛下の御座所。すなわち帝国の心臓部です。その機能が食料不足で麻痺することは、国家の危機に直結いたします。そこで、平時から計画的に余剰作物を加工・備蓄し、最低でも三ヶ月は籠城できるだけの食料を常に確保しておくべき、と愚考いたします」
私は、組合で作ったピクルスやジャムをモデルケースとして、具体的な備蓄方法――古いものから定期的に消費し、常に新しいものを補充する「ローリングストック法」――についても説明した。給食改善計画で削減したコストと、共同仕入れで得た余剰食材をこの計画に回せば、新たな予算を組むことなく実現可能である、と。
私の説明が終わると、執務室はしばし沈黙に包まれた。
皇帝は、ただじっと私を見つめていた。その瞳には、もはや私を「面白い妃」として見る色はなかった。
「……リディア・バーデン。お前は、妃の身でありながら、そこまで見ているのか」
その声には、深い感嘆がこもっていた。
「お前は、ただの妃ではないな。……あるいは、宰相にすべきだったか」
彼はそう言って小さく笑うと、私の提案書に力強く署名した。
「よかろう。その計画、承認する。私が全面的に支援しよう」
「ははっ、ありがたき幸せにございます」
私が深々と頭を下げると、皇帝は「だが」と続けた。
「この壮大な計画、お前たち組合の者だけでは手が足りまい。専門家の協力が必要ではないか?」
その言葉を待っていた。私は顔を上げ、部屋の隅で静かに佇んでいた女官長へと向き直った。
「はい、陛下。まさしく。この計画を成功させるためには、後宮の全ての物資の流れ、各貯蔵庫の場所と容量、そして長年の慣習を熟知した専門家のお力添えが、どうしても不可欠なのです」
私は女官長の前に進み出ると、深々と頭を下げた。
「女官長。どうか、あなたのそのお知恵とご経験を、この計画のためにお貸しいただけないでしょうか」
その場にいた誰もが、息を呑んだ。
女官長は、驚きに目を見開いて私を見ていた。まさか、自分が敵視していた小娘から、これほどまでに敬意を払われ、協力を求められるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
彼女の鉄の仮面のような表情が、わずかに揺らぐ。そのプライドが満たされ、同時に、計画の国家的な重要性を理解した彼女は、やがて一つ、大きなため息をついた。
「……陛下の勅命とあらば。そして、総責任者殿がそこまでおっしゃるのであれば、この老いぼれの知識も、いくらかはお役に立てるやもしれませんな」
その言葉は、まだ少し皮肉めいてはいたが、確かな協力の意思表示だった。
こうして、皇帝の絶対的な承認と、これまで最大の抵抗勢力であった女官長という強力な味方を得て、私の計画は盤石なものとなった。
その日の午後、後宮の地下深くに広がる、巨大な石造りの貯蔵庫の前に、ありえない組み合わせの一団が立っていた。
私と、アンナ、サラ。そして、その隣には、分厚い鍵束を手に、厳しいながらもどこか誇らしげな顔をした女官長。
「さあ、始めましょう」
私は仲間たちに振り返り、決意を込めて言った。
「私たちの手で、この後宮を、帝国で最も安全な場所に変えるのよ」
重い石の扉が、ぎしりと音を立てて開かれる。その先に広がる暗闇は、私たちの手で満たされるべき、未来そのものだった。
後宮の食料システムは、あまりにも脆い。平時を前提とした、その日暮らしの自転車操業だ。
(これではいけない……)
私は数日かけて練り上げた計画書を手に、自ら皇帝陛下への謁見を申し出た。
「ほう、お前から会いに来るとはな」
皇帝アレクシスは、彼の執務室で、面白そうに私を迎えた。その場には、なぜか女官長の姿もあった。彼が呼んだのか、あるいは彼女が自ら来たのか。
「本日は、陛下にご提案があり、参上いたしました」
私はそう言うと、持参した『後宮内非常食備蓄計画に関する提案書』を彼の机に広げた。
「非常食……備蓄?」
皇帝が訝しげに呟く。私は構わず、プレゼンテーションを始めた。
「先日の騒動で、後宮の食料システムの脆弱性が明らかになりました。平時であれば問題ありませんが、例えば天候不順による不作、あるいは近隣国との緊張による物流の停滞など、万が一の事態が起きた場合、この後宮の食料は数日で底をつきます」
私の言葉に、皇帝の表情から笑みが消え、為政者の顔になる。
「後宮は、陛下の御座所。すなわち帝国の心臓部です。その機能が食料不足で麻痺することは、国家の危機に直結いたします。そこで、平時から計画的に余剰作物を加工・備蓄し、最低でも三ヶ月は籠城できるだけの食料を常に確保しておくべき、と愚考いたします」
私は、組合で作ったピクルスやジャムをモデルケースとして、具体的な備蓄方法――古いものから定期的に消費し、常に新しいものを補充する「ローリングストック法」――についても説明した。給食改善計画で削減したコストと、共同仕入れで得た余剰食材をこの計画に回せば、新たな予算を組むことなく実現可能である、と。
私の説明が終わると、執務室はしばし沈黙に包まれた。
皇帝は、ただじっと私を見つめていた。その瞳には、もはや私を「面白い妃」として見る色はなかった。
「……リディア・バーデン。お前は、妃の身でありながら、そこまで見ているのか」
その声には、深い感嘆がこもっていた。
「お前は、ただの妃ではないな。……あるいは、宰相にすべきだったか」
彼はそう言って小さく笑うと、私の提案書に力強く署名した。
「よかろう。その計画、承認する。私が全面的に支援しよう」
「ははっ、ありがたき幸せにございます」
私が深々と頭を下げると、皇帝は「だが」と続けた。
「この壮大な計画、お前たち組合の者だけでは手が足りまい。専門家の協力が必要ではないか?」
その言葉を待っていた。私は顔を上げ、部屋の隅で静かに佇んでいた女官長へと向き直った。
「はい、陛下。まさしく。この計画を成功させるためには、後宮の全ての物資の流れ、各貯蔵庫の場所と容量、そして長年の慣習を熟知した専門家のお力添えが、どうしても不可欠なのです」
私は女官長の前に進み出ると、深々と頭を下げた。
「女官長。どうか、あなたのそのお知恵とご経験を、この計画のためにお貸しいただけないでしょうか」
その場にいた誰もが、息を呑んだ。
女官長は、驚きに目を見開いて私を見ていた。まさか、自分が敵視していた小娘から、これほどまでに敬意を払われ、協力を求められるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
彼女の鉄の仮面のような表情が、わずかに揺らぐ。そのプライドが満たされ、同時に、計画の国家的な重要性を理解した彼女は、やがて一つ、大きなため息をついた。
「……陛下の勅命とあらば。そして、総責任者殿がそこまでおっしゃるのであれば、この老いぼれの知識も、いくらかはお役に立てるやもしれませんな」
その言葉は、まだ少し皮肉めいてはいたが、確かな協力の意思表示だった。
こうして、皇帝の絶対的な承認と、これまで最大の抵抗勢力であった女官長という強力な味方を得て、私の計画は盤石なものとなった。
その日の午後、後宮の地下深くに広がる、巨大な石造りの貯蔵庫の前に、ありえない組み合わせの一団が立っていた。
私と、アンナ、サラ。そして、その隣には、分厚い鍵束を手に、厳しいながらもどこか誇らしげな顔をした女官長。
「さあ、始めましょう」
私は仲間たちに振り返り、決意を込めて言った。
「私たちの手で、この後宮を、帝国で最も安全な場所に変えるのよ」
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