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第十七話:地下貯蔵庫の秘密
女官長が持つ鍵束の中から、ひときわ古く、錆びついた一本の鍵が選ばれる。彼女がそれを巨大な樫の扉の鍵穴に差し込み、力を込めて回すと、長い間動かされていなかったことを示す、軋るような重い音が響き渡った。
「さあ、お入りなさい。ここが、後宮の胃袋を支える、大貯蔵庫だ」
開かれた扉の向こうには、ひんやりとしたカビと乾いた土の匂いが混じった空気が渦巻いていた。ロウソクの灯りに照らし出されたのは、どこまでも続くかのように広がる、広大な地下空間。高い天井からは埃のカーテンが下がり、壁際には忘れ去られた樽や木箱が、亡霊のように静まり返っている。
「まあ……」
「まるで、遺跡のようですわね……」
アンナとサラが、その圧倒的な光景に息を呑む。しかし、私の瞳は好奇心と興奮で輝いていた。ここは、宝の山だ。
案内役を買って出た女官長の独壇場は、ここから始まった。
「この区画は湿気が多いから、穀物や干物を置くのには向かない。昔はワインや酢を寝かせていた場所だ。あちらの通路はネズミの通り道になりやすいから、罠を仕掛ける必要がある。そして、この壁の向こうには、昔、燻製肉を作っていた部屋がある……もっとも、五十年以上は使われていないがね」
彼女は、まるで自分の体の一部であるかのように、この広大な貯蔵庫の隅々まで知り尽くしていた。その淀みない知識は、長年この後宮の秩序を守り続けてきた者だけが持つことのできる、生きた歴史そのものだった。アンナとサラは、これまで恐れてばかりいた女官長の頼もしい専門家としての一面に、素直な感嘆の声を上げていた。
私は彼女の知識に敬意を払いながらも、冷静に、そして鋭く問題点を指摘した。
古い台帳と、木箱に積まれた実際の在庫を一つひとつ照合していく。
「女官長、この台帳には『干し肉、樽五十個』とありますが、実際に中身が残っているのは三十個もありませんわ。残りは、虫に食われたか、腐敗して失われているようです」
「……むぅ」
「ただ物を詰め込むだけでは、本当の意味での『備蓄』にはなりません。在庫管理のシステムを、根本から見直す必要があります」
私は、すべての品物に保管日と賞味期限を記した札を付け、古いものから消費していく「先入れ先出し」を徹底する管理システムの導入を提案した。
女官長は最初、「そんな面倒なことを……」と難色を示したが、私が次々と発見する「幽霊在庫」の山を前に、そのシステムの合理性を認めざるを得なかった。
その日の調査は、一日がかりとなった。
高い場所にある台帳をサラが身軽に取ってきたり、アンナが私の指示を羊皮紙に的確に書き留めたり、女官長が古い鍵をいとも簡単に開けてみせたり。
最初はぎこちなかった私たち四人は、共通の目標に向かって作業を進めるうちに、いつしか一つのチームとして機能し始めていた。
「ふん、なかなか筋がいいじゃないか、お前たち。ただの農婦の集まりかと思っていたが」
アンナたちの実直な働きぶりに、女官長がそんな言葉を漏らした。それは、彼女なりの最大限の賛辞だった。
調査を終え、貯蔵庫の現状とその問題点を洗い出した時、日はとっぷりと暮れていた。
「想像以上に、骨の折れる仕事になりそうね」
私がそう言うと、女官長は意味ありげに、貯蔵庫の一番奥にある、ひときわ巨大で、厳重に閉ざされた鉄の扉を指さした。
「この貯蔵庫を、そしてお前の計画を完全に機能させるには、もう一つ、どうしても必要なものがある」
「それは、何ですの?」
私の問いに、女官長はロウソクの灯りに照らされたその扉を、静かに見つめた。
「あの中に眠っている、『燻煙室』と、夏でも氷を貯蔵できるという伝説の『氷室』。その二つの、忘れられた後宮の遺産を、復活させることだ」
壮大な、そしてほとんど不可能にも思える課題。
しかし、私の胸には、困難への恐れではなく、未知への挑戦に対する喜びの炎が、静かに燃え上がっていた。
「さあ、お入りなさい。ここが、後宮の胃袋を支える、大貯蔵庫だ」
開かれた扉の向こうには、ひんやりとしたカビと乾いた土の匂いが混じった空気が渦巻いていた。ロウソクの灯りに照らし出されたのは、どこまでも続くかのように広がる、広大な地下空間。高い天井からは埃のカーテンが下がり、壁際には忘れ去られた樽や木箱が、亡霊のように静まり返っている。
「まあ……」
「まるで、遺跡のようですわね……」
アンナとサラが、その圧倒的な光景に息を呑む。しかし、私の瞳は好奇心と興奮で輝いていた。ここは、宝の山だ。
案内役を買って出た女官長の独壇場は、ここから始まった。
「この区画は湿気が多いから、穀物や干物を置くのには向かない。昔はワインや酢を寝かせていた場所だ。あちらの通路はネズミの通り道になりやすいから、罠を仕掛ける必要がある。そして、この壁の向こうには、昔、燻製肉を作っていた部屋がある……もっとも、五十年以上は使われていないがね」
彼女は、まるで自分の体の一部であるかのように、この広大な貯蔵庫の隅々まで知り尽くしていた。その淀みない知識は、長年この後宮の秩序を守り続けてきた者だけが持つことのできる、生きた歴史そのものだった。アンナとサラは、これまで恐れてばかりいた女官長の頼もしい専門家としての一面に、素直な感嘆の声を上げていた。
私は彼女の知識に敬意を払いながらも、冷静に、そして鋭く問題点を指摘した。
古い台帳と、木箱に積まれた実際の在庫を一つひとつ照合していく。
「女官長、この台帳には『干し肉、樽五十個』とありますが、実際に中身が残っているのは三十個もありませんわ。残りは、虫に食われたか、腐敗して失われているようです」
「……むぅ」
「ただ物を詰め込むだけでは、本当の意味での『備蓄』にはなりません。在庫管理のシステムを、根本から見直す必要があります」
私は、すべての品物に保管日と賞味期限を記した札を付け、古いものから消費していく「先入れ先出し」を徹底する管理システムの導入を提案した。
女官長は最初、「そんな面倒なことを……」と難色を示したが、私が次々と発見する「幽霊在庫」の山を前に、そのシステムの合理性を認めざるを得なかった。
その日の調査は、一日がかりとなった。
高い場所にある台帳をサラが身軽に取ってきたり、アンナが私の指示を羊皮紙に的確に書き留めたり、女官長が古い鍵をいとも簡単に開けてみせたり。
最初はぎこちなかった私たち四人は、共通の目標に向かって作業を進めるうちに、いつしか一つのチームとして機能し始めていた。
「ふん、なかなか筋がいいじゃないか、お前たち。ただの農婦の集まりかと思っていたが」
アンナたちの実直な働きぶりに、女官長がそんな言葉を漏らした。それは、彼女なりの最大限の賛辞だった。
調査を終え、貯蔵庫の現状とその問題点を洗い出した時、日はとっぷりと暮れていた。
「想像以上に、骨の折れる仕事になりそうね」
私がそう言うと、女官長は意味ありげに、貯蔵庫の一番奥にある、ひときわ巨大で、厳重に閉ざされた鉄の扉を指さした。
「この貯蔵庫を、そしてお前の計画を完全に機能させるには、もう一つ、どうしても必要なものがある」
「それは、何ですの?」
私の問いに、女官長はロウソクの灯りに照らされたその扉を、静かに見つめた。
「あの中に眠っている、『燻煙室』と、夏でも氷を貯蔵できるという伝説の『氷室』。その二つの、忘れられた後宮の遺産を、復活させることだ」
壮大な、そしてほとんど不可能にも思える課題。
しかし、私の胸には、困難への恐れではなく、未知への挑戦に対する喜びの炎が、静かに燃え上がっていた。
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