追放された薬師は北の辺境で真実の薬を作る

希羽

文字の大きさ
3 / 25

第三話:砕け散った未来

しおりを挟む
 あの日から、一月が経った。

 コービン様からの連絡は、変わらず途絶えたままだ。工房にいても研究は手につかず、私はただ彼の面影ばかりを追い求めていた。

「クララ、もう彼のことはお忘れなさい」

 やつれていく私を見かねて、父が静かに言った。

「あの方は、もうお前の知るあの方ではないのかもしれん」
「そんなことありません!」

 私は思わず声を荒らげていた。「コービン様は、急な王命でお忙しいだけです。きっと、もうすぐ……」

 そう言いながら、自分の声が虚しく響くのを、私は聞いていた。

 その日、薬草の仕入れのために、私は久しぶりに王都の中央広場へと足を向けた。人々が何かの壁の公報に群がり、興奮したように何かを話している。

「すごいわね、ランカスター様!」
「ええ、史上最年少での宮廷薬師長就任ですって!」
「それに、あのウェスター侯爵家の令嬢とご婚約だなんて! まさに王都一の幸運な方ね!」

 人々の会話が、まるで遠い異国の言葉のように聞こえた。ランカスター様。宮廷薬師長。侯爵令嬢との、婚約。

 ゆっくりと人垣をかき分け、公報に記された文字を目にした瞬間、私の世界の音は、すべて消え去った。

『祝:コービン・ランカスター様、宮廷薬師長にご就任。古の秘薬「生命の雫」の再現に成功せし功績を讃う。併せて、ウェスター侯爵家令嬢イザベラ様との婚約を正式に発表』

 足が、勝手に走り出していた。石畳に躓きそうになりながら、私は一心不乱に彼の屋敷へと向かう。何かの間違いだ。手の込んだ、酷い悪戯だ。そうでなければ、私の心はとっくに張り裂けていた。

 屋敷の壮麗な門の前で、門番に無慈悲に阻まれる。

「コービン様にお伝えください! クララ・メドウズが来ております! お願いです、一度だけでいいから!」

 みっともなく叫ぶ私の声を聞きつけたのか、屋敷の扉がゆっくりと開いた。現れたのは、記憶にある姿よりも何倍も豪奢な衣装を纏った、コービン様その人だった。

 だが、その瞳に宿る光は、氷のように冷たかった。

「何の騒ぎだ。……ああ、君か。まだ僕に用があったのかね、メドウズ薬草院の」

 その呼び方に、心臓が凍り付く。私が公報の紙を震える手で突き出すと、彼は鼻で笑った。

「ああ、そのことか。見たまえ、僕の晴れ姿を。君の家のくだらない言い伝えは、僕の手で見事に完成した。この『生命の雫』を国王陛下に献上し、僕は宮廷薬師長になったのだよ」
「生命の雫……? それは、私が……私たちの研究じゃありませんか!」
「君の? 勘違いするな。愚かな平民の娘が解読できるようなものを、僕が少し手直ししただけだ」

 彼の後ろから、絹ずれの音をさせて、きらびやかなドレスを纏った美しい女性が現れた。彼女はコービン様の腕に甘えるように絡みつき、私を蔑むように見下ろす。

「まあ、この方が噂の……。ずいぶん、みすぼらしい方ですのね、コービン様」
「信じていたのに……」

 か細く漏れた私の声に、コービン様は心底おかしいというように肩をすくめた。

「信じる? 君のその純真さ……いや、愚かさには心から感謝しているよ。おかげで僕は名誉と愛、全てを手に入れたのだから」

 彼はそう言い放つと、私の目の前で、新しい婚約者と見せつけるように口づけを交わした。そして、重い扉が閉ざされる。ガシャン、という無機質な音が、私の恋の終わりを告げていた。

 呆然と立ち尽くす私の頬に、ぽつりと冷たい雫が落ちた。雨だ。天までが、私の愚かさを嘲笑っているかのようだった。

 ずぶ濡れになりながら、どうやって家にたどり着いたのか覚えていない。薬草院の扉を開けると、そこには見慣れない王宮の役人たちが立っていた。

「クララ・メドウズだな」

 役人の一人が、冷たい声で告げる。

「宮廷薬師長コービン・ランカスター様の名誉を偽り、偽薬を扱った疑いにより、メドウズ薬草院は本日をもって営業を禁ずる。また、一家は三日以内に王都から立ち退くようにとの、厳命である」

 その言葉が耳に届くと同時だった。奥の部屋で、どさり、と何かが倒れる鈍い音が響いた。

「父さんッ!」

 父が、血の気を失った顔で床に倒れていた。

 私は父の体を抱きしめる。冷たい雨水と、熱い涙が混じり合って、床に染みを作っていく。

 私が、私が馬鹿だったから。
 あの人の甘い言葉を、信じてしまったから。

 全てを失った絶望の淵で、私にできることは、ただ静かに泣き叫ぶことだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をしておけば

あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。

身分は高いが立場は脆い

ファンタジー
公爵令嬢ローゼリア・アルフィーネに呼び出された、男爵令嬢ミーナ・ブラウン。 ローゼリアは、マリア・ウィロウ男爵令嬢が婚約者であるルドルフ・エーヴァルトと親しくしている、どうかマリア嬢に控えるように進言しては貰えないだろうか、と頼んできた。 それにミーナが答えたことは……。 ※複数のサイトに投稿しています。

婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします

タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。 悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。

婚約破棄された公爵令嬢は冒険者ギルドの魅力的な受付嬢

天田れおぽん
ファンタジー
フレイヤ・ボルケーノ公爵令嬢は、婚約破棄されので公爵令嬢だけど冒険者ギルドの受付嬢になった。 ※他サイトにも掲載中

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

婚約破棄されたら、実はわたし聖女でした~捨てられ令嬢は神殿に迎えられ、元婚約者は断罪される~

腐ったバナナ
ファンタジー
「地味で役立たずな令嬢」――そう婚約者に笑われ、社交パーティで公開婚約破棄されたエリス。 誰も味方はいない、絶望の夜。だがそのとき、神殿の大神官が告げた。「彼女こそ真の聖女だ」と――。 一夜にして立場は逆転。かつて自分を捨てた婚約者は社交界から孤立し、失態をさらす。 傷ついた心を抱えながらも、エリスは新たな力を手に、国を救う奇跡を起こし、人々の尊敬を勝ち取っていく。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

透明な貴方

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。  私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。  ククルス公爵家の一人娘。  父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。  複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。 (カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)

処理中です...