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第三話:砕け散った未来
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あの日から、一月が経った。
コービン様からの連絡は、変わらず途絶えたままだ。工房にいても研究は手につかず、私はただ彼の面影ばかりを追い求めていた。
「クララ、もう彼のことはお忘れなさい」
やつれていく私を見かねて、父が静かに言った。
「あの方は、もうお前の知るあの方ではないのかもしれん」
「そんなことありません!」
私は思わず声を荒らげていた。「コービン様は、急な王命でお忙しいだけです。きっと、もうすぐ……」
そう言いながら、自分の声が虚しく響くのを、私は聞いていた。
その日、薬草の仕入れのために、私は久しぶりに王都の中央広場へと足を向けた。人々が何かの壁の公報に群がり、興奮したように何かを話している。
「すごいわね、ランカスター様!」
「ええ、史上最年少での宮廷薬師長就任ですって!」
「それに、あのウェスター侯爵家の令嬢とご婚約だなんて! まさに王都一の幸運な方ね!」
人々の会話が、まるで遠い異国の言葉のように聞こえた。ランカスター様。宮廷薬師長。侯爵令嬢との、婚約。
ゆっくりと人垣をかき分け、公報に記された文字を目にした瞬間、私の世界の音は、すべて消え去った。
『祝:コービン・ランカスター様、宮廷薬師長にご就任。古の秘薬「生命の雫」の再現に成功せし功績を讃う。併せて、ウェスター侯爵家令嬢イザベラ様との婚約を正式に発表』
足が、勝手に走り出していた。石畳に躓きそうになりながら、私は一心不乱に彼の屋敷へと向かう。何かの間違いだ。手の込んだ、酷い悪戯だ。そうでなければ、私の心はとっくに張り裂けていた。
屋敷の壮麗な門の前で、門番に無慈悲に阻まれる。
「コービン様にお伝えください! クララ・メドウズが来ております! お願いです、一度だけでいいから!」
みっともなく叫ぶ私の声を聞きつけたのか、屋敷の扉がゆっくりと開いた。現れたのは、記憶にある姿よりも何倍も豪奢な衣装を纏った、コービン様その人だった。
だが、その瞳に宿る光は、氷のように冷たかった。
「何の騒ぎだ。……ああ、君か。まだ僕に用があったのかね、メドウズ薬草院の」
その呼び方に、心臓が凍り付く。私が公報の紙を震える手で突き出すと、彼は鼻で笑った。
「ああ、そのことか。見たまえ、僕の晴れ姿を。君の家のくだらない言い伝えは、僕の手で見事に完成した。この『生命の雫』を国王陛下に献上し、僕は宮廷薬師長になったのだよ」
「生命の雫……? それは、私が……私たちの研究じゃありませんか!」
「君の? 勘違いするな。愚かな平民の娘が解読できるようなものを、僕が少し手直ししただけだ」
彼の後ろから、絹ずれの音をさせて、きらびやかなドレスを纏った美しい女性が現れた。彼女はコービン様の腕に甘えるように絡みつき、私を蔑むように見下ろす。
「まあ、この方が噂の……。ずいぶん、みすぼらしい方ですのね、コービン様」
「信じていたのに……」
か細く漏れた私の声に、コービン様は心底おかしいというように肩をすくめた。
「信じる? 君のその純真さ……いや、愚かさには心から感謝しているよ。おかげで僕は名誉と愛、全てを手に入れたのだから」
彼はそう言い放つと、私の目の前で、新しい婚約者と見せつけるように口づけを交わした。そして、重い扉が閉ざされる。ガシャン、という無機質な音が、私の恋の終わりを告げていた。
呆然と立ち尽くす私の頬に、ぽつりと冷たい雫が落ちた。雨だ。天までが、私の愚かさを嘲笑っているかのようだった。
ずぶ濡れになりながら、どうやって家にたどり着いたのか覚えていない。薬草院の扉を開けると、そこには見慣れない王宮の役人たちが立っていた。
「クララ・メドウズだな」
役人の一人が、冷たい声で告げる。
「宮廷薬師長コービン・ランカスター様の名誉を偽り、偽薬を扱った疑いにより、メドウズ薬草院は本日をもって営業を禁ずる。また、一家は三日以内に王都から立ち退くようにとの、厳命である」
その言葉が耳に届くと同時だった。奥の部屋で、どさり、と何かが倒れる鈍い音が響いた。
「父さんッ!」
父が、血の気を失った顔で床に倒れていた。
私は父の体を抱きしめる。冷たい雨水と、熱い涙が混じり合って、床に染みを作っていく。
私が、私が馬鹿だったから。
あの人の甘い言葉を、信じてしまったから。
全てを失った絶望の淵で、私にできることは、ただ静かに泣き叫ぶことだけだった。
コービン様からの連絡は、変わらず途絶えたままだ。工房にいても研究は手につかず、私はただ彼の面影ばかりを追い求めていた。
「クララ、もう彼のことはお忘れなさい」
やつれていく私を見かねて、父が静かに言った。
「あの方は、もうお前の知るあの方ではないのかもしれん」
「そんなことありません!」
私は思わず声を荒らげていた。「コービン様は、急な王命でお忙しいだけです。きっと、もうすぐ……」
そう言いながら、自分の声が虚しく響くのを、私は聞いていた。
その日、薬草の仕入れのために、私は久しぶりに王都の中央広場へと足を向けた。人々が何かの壁の公報に群がり、興奮したように何かを話している。
「すごいわね、ランカスター様!」
「ええ、史上最年少での宮廷薬師長就任ですって!」
「それに、あのウェスター侯爵家の令嬢とご婚約だなんて! まさに王都一の幸運な方ね!」
人々の会話が、まるで遠い異国の言葉のように聞こえた。ランカスター様。宮廷薬師長。侯爵令嬢との、婚約。
ゆっくりと人垣をかき分け、公報に記された文字を目にした瞬間、私の世界の音は、すべて消え去った。
『祝:コービン・ランカスター様、宮廷薬師長にご就任。古の秘薬「生命の雫」の再現に成功せし功績を讃う。併せて、ウェスター侯爵家令嬢イザベラ様との婚約を正式に発表』
足が、勝手に走り出していた。石畳に躓きそうになりながら、私は一心不乱に彼の屋敷へと向かう。何かの間違いだ。手の込んだ、酷い悪戯だ。そうでなければ、私の心はとっくに張り裂けていた。
屋敷の壮麗な門の前で、門番に無慈悲に阻まれる。
「コービン様にお伝えください! クララ・メドウズが来ております! お願いです、一度だけでいいから!」
みっともなく叫ぶ私の声を聞きつけたのか、屋敷の扉がゆっくりと開いた。現れたのは、記憶にある姿よりも何倍も豪奢な衣装を纏った、コービン様その人だった。
だが、その瞳に宿る光は、氷のように冷たかった。
「何の騒ぎだ。……ああ、君か。まだ僕に用があったのかね、メドウズ薬草院の」
その呼び方に、心臓が凍り付く。私が公報の紙を震える手で突き出すと、彼は鼻で笑った。
「ああ、そのことか。見たまえ、僕の晴れ姿を。君の家のくだらない言い伝えは、僕の手で見事に完成した。この『生命の雫』を国王陛下に献上し、僕は宮廷薬師長になったのだよ」
「生命の雫……? それは、私が……私たちの研究じゃありませんか!」
「君の? 勘違いするな。愚かな平民の娘が解読できるようなものを、僕が少し手直ししただけだ」
彼の後ろから、絹ずれの音をさせて、きらびやかなドレスを纏った美しい女性が現れた。彼女はコービン様の腕に甘えるように絡みつき、私を蔑むように見下ろす。
「まあ、この方が噂の……。ずいぶん、みすぼらしい方ですのね、コービン様」
「信じていたのに……」
か細く漏れた私の声に、コービン様は心底おかしいというように肩をすくめた。
「信じる? 君のその純真さ……いや、愚かさには心から感謝しているよ。おかげで僕は名誉と愛、全てを手に入れたのだから」
彼はそう言い放つと、私の目の前で、新しい婚約者と見せつけるように口づけを交わした。そして、重い扉が閉ざされる。ガシャン、という無機質な音が、私の恋の終わりを告げていた。
呆然と立ち尽くす私の頬に、ぽつりと冷たい雫が落ちた。雨だ。天までが、私の愚かさを嘲笑っているかのようだった。
ずぶ濡れになりながら、どうやって家にたどり着いたのか覚えていない。薬草院の扉を開けると、そこには見慣れない王宮の役人たちが立っていた。
「クララ・メドウズだな」
役人の一人が、冷たい声で告げる。
「宮廷薬師長コービン・ランカスター様の名誉を偽り、偽薬を扱った疑いにより、メドウズ薬草院は本日をもって営業を禁ずる。また、一家は三日以内に王都から立ち退くようにとの、厳命である」
その言葉が耳に届くと同時だった。奥の部屋で、どさり、と何かが倒れる鈍い音が響いた。
「父さんッ!」
父が、血の気を失った顔で床に倒れていた。
私は父の体を抱きしめる。冷たい雨水と、熱い涙が混じり合って、床に染みを作っていく。
私が、私が馬鹿だったから。
あの人の甘い言葉を、信じてしまったから。
全てを失った絶望の淵で、私にできることは、ただ静かに泣き叫ぶことだけだった。
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