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第十七話:王都という名の蛇の巣
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北の地を離れて一週間、旅路の景色は日に日にその姿を変えていった。荒々しい岩肌と針葉樹の森は、なだらかな丘と豊かに実る畑へと姿を変える。街道沿いの村々は活気にあふれ、すれ違う人々の服装も華やかになっていく。
だが、その豊かさには、どこか落ち着かない空気がまとわりついていた。村人たちの笑顔は、北の民が持つ素朴な温かさとは違い、どこかよそよそしく、強い者への媚びと弱い者への侮蔑が透けて見えるようだった。
「ここから先は、中央伯爵領だ。王妃の実家で、コービン・ランカスターの後ろ盾でもある」
馬を並べて走らせながら、リアン様が低い声で教えてくれる。彼は道中、まるで生きた地図のように、諸侯の力関係や土地の歴史を私に語ってくれた。それは、これから始まる戦いに向けた、彼なりの講義だった。
私もまた、薬師として隊に貢献した。騎士たちの小さな傷の手当てはもちろん、自生する薬草を見つけては旅の疲れを癒す軟膏を作り、皆に配った。最初は私を「領主様が連れてきた娘」としか見ていなかった騎士たちの視線が、次第に尊敬の色を帯びていくのを感じた。
王都が近づくにつれ、私たちは奇妙な光景を目にするようになる。街道沿いの宿場町で、高価な薬瓶を人々が先を競うように買い求めているのだ。
「さあさあ、お立ち会い! これぞ宮廷薬師長コービン様が完成させた奇跡の秘薬、『生命の雫』! これさえあれば、病知らず、老い知らずだ!」
商人の謳い文句に、人々は熱狂していた。私は、その薬を買って喜ぶ人々の爪が、一様に不気味な紫色を帯びているのを見逃さなかった。
そして、長い旅路の果て、私たちはついに、巨大な白い城壁の前にたどり着いた。
王都アウレリア。
その圧倒的な威容と、街に満ちる途方もない数の人々の熱気に、私は息をのむ。きらびやかで、巨大で、そして……どこか腐臭がする。それが、私の王都に対する印象だった。
横柄な衛兵の詰問を抜け、私たちはバークレイ子爵が一足先に王都へ戻り、手配してくれた隠れ家のような屋敷へと向かった。重い扉を開けてくれたのは、子爵の信頼篤い老執事だった。
屋敷の中に通されると、すっかり快復した子爵が、硬い表情で私たちを待っていた。
「ようこそおいでくださいました、スターリング卿、クララ殿。お待ちしておりました」
彼は早速、王都の現状を語り始めた。
「状況は、我々が思うよりも悪い。コービンはもはや、単なる宮廷薬師長ではない。衰弱し、判断力が鈍られた国王陛下に取り入り、今や国政にまで口を出すようになっている。陛下に謁見できる者も、彼の許可なくしては叶わぬ状況です」
子爵の話は、私たちの計画がいかに困難であるかを物語っていた。
その夜、私はあてがわれた部屋の窓辺に立ち、ライトアップされて白く輝く王城を眺めていた。美しく、荘厳な城。だが今の私には、毒蛇がとぐろを巻く巣にしか見えなかった。
「怖いか」
静かな声に振り返ると、リアン様が部屋の入口に立っていた。
「……はい」
私は、素直に頷いた。「でも、不思議と、絶望はしていません」
「なぜだ」
「一人ではない、と知っているからです」
私の答えに、リアン様は何も言わず、私の隣に立った。そして、同じように王城を見つめる。
彼の大きな手が、私の肩にそっと置かれた。その温かさが、私の恐怖を溶かしていく。
私たちはもう、引き返すことのできない川を渡ってしまった。
この巨大な王都で、私たちの、たった二人から始まる戦いが、今、静かに幕を開けたのだ。
だが、その豊かさには、どこか落ち着かない空気がまとわりついていた。村人たちの笑顔は、北の民が持つ素朴な温かさとは違い、どこかよそよそしく、強い者への媚びと弱い者への侮蔑が透けて見えるようだった。
「ここから先は、中央伯爵領だ。王妃の実家で、コービン・ランカスターの後ろ盾でもある」
馬を並べて走らせながら、リアン様が低い声で教えてくれる。彼は道中、まるで生きた地図のように、諸侯の力関係や土地の歴史を私に語ってくれた。それは、これから始まる戦いに向けた、彼なりの講義だった。
私もまた、薬師として隊に貢献した。騎士たちの小さな傷の手当てはもちろん、自生する薬草を見つけては旅の疲れを癒す軟膏を作り、皆に配った。最初は私を「領主様が連れてきた娘」としか見ていなかった騎士たちの視線が、次第に尊敬の色を帯びていくのを感じた。
王都が近づくにつれ、私たちは奇妙な光景を目にするようになる。街道沿いの宿場町で、高価な薬瓶を人々が先を競うように買い求めているのだ。
「さあさあ、お立ち会い! これぞ宮廷薬師長コービン様が完成させた奇跡の秘薬、『生命の雫』! これさえあれば、病知らず、老い知らずだ!」
商人の謳い文句に、人々は熱狂していた。私は、その薬を買って喜ぶ人々の爪が、一様に不気味な紫色を帯びているのを見逃さなかった。
そして、長い旅路の果て、私たちはついに、巨大な白い城壁の前にたどり着いた。
王都アウレリア。
その圧倒的な威容と、街に満ちる途方もない数の人々の熱気に、私は息をのむ。きらびやかで、巨大で、そして……どこか腐臭がする。それが、私の王都に対する印象だった。
横柄な衛兵の詰問を抜け、私たちはバークレイ子爵が一足先に王都へ戻り、手配してくれた隠れ家のような屋敷へと向かった。重い扉を開けてくれたのは、子爵の信頼篤い老執事だった。
屋敷の中に通されると、すっかり快復した子爵が、硬い表情で私たちを待っていた。
「ようこそおいでくださいました、スターリング卿、クララ殿。お待ちしておりました」
彼は早速、王都の現状を語り始めた。
「状況は、我々が思うよりも悪い。コービンはもはや、単なる宮廷薬師長ではない。衰弱し、判断力が鈍られた国王陛下に取り入り、今や国政にまで口を出すようになっている。陛下に謁見できる者も、彼の許可なくしては叶わぬ状況です」
子爵の話は、私たちの計画がいかに困難であるかを物語っていた。
その夜、私はあてがわれた部屋の窓辺に立ち、ライトアップされて白く輝く王城を眺めていた。美しく、荘厳な城。だが今の私には、毒蛇がとぐろを巻く巣にしか見えなかった。
「怖いか」
静かな声に振り返ると、リアン様が部屋の入口に立っていた。
「……はい」
私は、素直に頷いた。「でも、不思議と、絶望はしていません」
「なぜだ」
「一人ではない、と知っているからです」
私の答えに、リアン様は何も言わず、私の隣に立った。そして、同じように王城を見つめる。
彼の大きな手が、私の肩にそっと置かれた。その温かさが、私の恐怖を溶かしていく。
私たちはもう、引き返すことのできない川を渡ってしまった。
この巨大な王都で、私たちの、たった二人から始まる戦いが、今、静かに幕を開けたのだ。
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