婚約破棄された公爵令嬢は数理魔法の天才

希羽

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第一話:非効率な世界と美しき数式

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 王立魔術学園の大講堂は、厳粛さと退屈さがおりのように沈殿していた。

 卒業論文発表会。国の未来を担う若き魔術師たちが、その研究成果を披露する晴れの舞台。しかし、私の耳に届くのは、耳触りの良い言葉で塗り固められた、中身のない報告ばかりだった。

『偉大なる炎帝への祈りの差異による、魔力伝導率の変化について』

 壇上で熱弁を振るう子爵令息の言葉を、私は頬杖をつきながら聞き流す。要するに、「心を込めて祈れば魔法の威力が上がった気がします」という感想文じゃないの。再現性は? 定量的なデータは? そこにあるのは個人の感情論と、たまたま上手くいった結果論だけ。

(ああ、非効率的)

 心の中でため息をつく。

 私の名前はリディア・フォン・アークライト。アークライト公爵家の長女であり、この国の第一王子エドワード様の婚約者。そして――前世で数学者だった記憶を持つ、転生者だ。

 前世の私が追い求めたのは、世界の森羅万象を記述する、冷徹で、公平で、そして何よりも美しい「数式」だった。だからこそ、この世界の魔法が不思議でならなかった。神への祈り? 精霊への感謝? そんな曖昧なもので、なぜ物理法則を捻じ曲げるほどのエネルギーが発生するのか。

 長年の研究の末、私は結論にたどり着いた。この世界の魔法の本質は、神聖な祈りなどではない。詠唱とは、世界に満ちる魔素マナを特定の物理現象に変換するための「トリガー」であり、その変換効率は、極めて数学的な法則に基づいている。

 そう、魔法とは神の奇跡ではなく、計算可能な物理現象なのだ。

「――続きまして、公爵令嬢、リディア・フォン・アークライト様」

 司会の声に、私はゆっくりと立ち上がる。講堂内がわずかにざわめくのが分かった。私がここ数年、「異端」の研究に没頭していることは、学園中の知るところだったからだ。

 私は静かに一礼し、演壇に立つ。背後に設えられた巨大な黒板に向き直り、迷いなくチョークを走らせた。

 演題:『火球魔法ファイアボールにおける最適燃焼効率と魔力消費量の関係性』

 聴衆の困惑が肌で感じられた。私が書き始めたのは、神々や精霊の名前ではなく、無機質な法則に関する言葉の連なりだったからだ。

「皆様。従来の火球魔法は、魔力効率が、極めて悪いと言わざるを得ません」

 私は聴衆を振り返り、淡々と説明を続ける。

「従来の詠唱法では、火球の大きさが二倍になれば、必要な魔力は八倍に膨れ上がります。ですが、最大の問題は、維持時間です。火球を維持する時間が二倍になると、消費する魔力は二乗……つまり、四倍に跳ね上がるのです。三倍になれば、九倍。これでは、火球を長く維持しようとすればするほど、魔力はねずみ算式に浪費されていきます」

 しん、と大講堂が静まり返る。

 神聖な魔法を、まるで商人がそろばんを弾くかのように、損得勘定で語る私に、不快感を抱いているのが手に取るように分かった。

「ですが、わたくしが発見した新たな詠唱――いえ、新たなを用いれば、この問題は解決可能です」

 私は、説明を続けた。

「そもそも、火の玉とは、球体です。ならば、それに必要な魔力は、その『体積』、つまり、どれだけ中身が詰まっているかに、素直に比例するべきなのです。そして、それを維持するための追加の魔力もまた、経過した時間に比例して、単純に増えていくだけでいい。維持時間が二倍になれば、追加の魔力も二倍。ただ、それだけのことですわ。この極めて単純な法則に従うだけで、消費魔力は従来の半分以下に抑えられ、かつ、より安定した火球の生成が可能となります」

 しん、と大講堂が静まり返る。

 誰もが、理解を超えたものを見る目で私を見ていた。神聖なる魔法を、まるで機械の設計図のように語る私に、畏怖と、そしてそれ以上の不快感を抱いているのが手に取るように分かった。

 やがて、質疑応答の時間が訪れる。案の定、年配の教授が険しい顔で立ち上がった。

「アークライト公爵令嬢。君の理論は、実に独創的だ。……しかし、そこには魔法への敬意が、神々への感謝が、一片たりとも感じられない。血の滲むような修行の末に体得する我々の魔法を、数字遊びで汚すものではないかね?」
「お言葉ですが、教授。敬意や感謝で、救える命はいくつありますか? 少ない魔力で、より多くの民を守るための効率的な結界を張れるのであれば、そちらの方がよほど神の御心にかなうと、私は信じておりますが」

 私の反論に、教授はぐっと言葉を詰まらせる。だが、その瞬間、全ての空気を凍らせるような、冷たい声が響いた。

「そこまでだ」

 最前列の席で腕を組んでいた婚約者、エドワード王子がゆっくりと立ち上がる。その美しいアイスブルーの瞳は、絶対零度の光を宿して私を射抜いていた。

「公爵令嬢リディア。君の理論は、もはや魔法ではない。神聖なる奇跡への冒涜であり、我が国の伝統と秩序を破壊する、悪魔の戯言だ」

 一言、一言、突き放すように王子は続ける。

「実に、不愉快だ」

 その言葉が決定打だった。講堂全体が、王子の意見に同調する空気に満たされる。侮蔑、軽蔑、時に恐怖が入り混じった視線の集中砲火を浴びながらも、私の心は不思議なほど凪いでいた。

(なるほど。これで断罪の口実は、完全に整ったというわけね)

 これでいい。これで、ようやく始まるのだ。

 私は背筋を伸ばし、嵐の中心でただ一人、静かに微笑んだ。そして、この国の誰にも真似できないほど優雅に一礼し、静かに演壇を降りた。

 私の視線の先にあるのは、数週間後に開かれる卒業記念パーティー。

 きっと、あそこが私の断罪の舞台となるのだろう。

(茶番は早く終わらせてしまいたいものだわ)

 心の中で、私は一人呟く。

 この窮屈な鳥籠から解き放たれ、誰にも邪魔されない静かな場所で、思う存分、この世界の美しき「数式」を解き明かす。その日を、私はずっと待ち焦がれていたのだから。
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