追放された宮廷薬師、科学の力で不毛の地を救い、聡明な第二王子に溺愛される

希羽

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第四話:二十五人の村

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 ガレンが指さす西の空を見つめながら、私は思考を巡らせていた。

 二十数人の、飢えて病んだ追放者たち。それは、二十数もの命が今まさに尽きようとしているという事実に他ならない。感傷に浸る時間も、壮大な決意を語る余裕もない。必要なのは、即座の、そして最も合理的な行動だ。

「ガレン、急いで医療品と食料を準備する」

 私は踵を返し、即座に行動を開始した。

 「医療品と言っても、薬草しかないが…」と戸惑う彼に、私は指示を飛ばす。

「いや、今彼らに必要なのは薬ではない。脱水症状と栄養失調への対策だ」

 私はまず、貴重な蒸留水を土器の壺に満たした。そこに、ひとつまみの塩と、甘みの強い木の実を潰した汁を混ぜ込む。即席の経口補水液だ。次に、数日かけてアク抜きをした野生のイモをすり潰し、鍋で煮て消化の良い粥を作る。これも立派な栄養食だ。

 私が準備をする間、ガレンは黙って薪を割り、火の番をしてくれた。彼の目にはもう、私への疑いの色はない。ただ、静かな信頼だけがあった。

 準備を終えた私とガレンは、最低限の武具と、命を繋ぐための水と粥を手に、谷の西側へと向かった。

 ◇

 ガレンが言っていた洞穴は、想像以上に悲惨な場所だった。

 中には、腐臭と、病人の熱っぽい息遣いが満ちている。光の届かぬ暗闇に、二十数個の影が、亡霊のようにうずくまっていた。彼らは私たちが持ってきた粥の匂いに気づくと、飢えた獣のような目でこちらを見た。

 その集団の中心から、一人の大男が立ち上がった。他の者よりは幾分か肉付きが良い。彼が、この小さな絶望の共同体の支配者なのだろう。

「……よそ者が、何の用だ。その食い物は、置いていけ」

 男は、私たちを威嚇するように唸った。

 ガレンが前に出て、私を庇うように立つ。

「待て。俺たちは敵じゃない。助けに来た」

 「助けだと?」男は鼻で笑った。「この谷に助けなんざねえ。希望は、この谷じゃ一番残酷な毒だ。そいつをちらつかせる奴は、俺が殺す」

 男の言うことにも一理ある。下手に希望を与えれば、それが尽きた時の絶望はより深くなる。だからこそ、私が見せるべきは希望ではない。事実だ。

 私はガレンの肩を軽く押し、彼の前に出た。

「私はリン。元・宮廷薬師長だ」

 私は、洞穴の中にいる全員に聞こえるように、はっきりと言った。

「あなたたちの多くが、腹痛と吐き気に苦しんでいるはずだ。それは病ではない。あなたたちが飲んでいる、その水が原因だ」

 私の言葉に、洞穴の空気が変わった。何人かが、苦しげに腹を押さえている。

 支配者の男は動揺を隠そうと、声を荒げた。「でたらめを言うな!」

「でたらめかどうかは、すぐに分かる」

 私は、洞穴の中で最も衰弱しているように見えた、若い娘に近づいた。年の頃は十代後半だろうか。唇は乾ききり、その瞳は虚ろだ。

「あなた、まずはこれを少しずつお飲みなさい」

 私が経口補水液を差し出すと、娘はか細い力でそれにしがみつき、夢中で飲んだ。

 私は、娘の脈を取り、瞳孔の収縮を確認する。典型的な脱水症状と、栄養失痛による衰弱だ。

 私は支配者の男に向き直った。

「私は、毒の川から安全な水を作る技術を持っている。火を起こし、食料を確保する知識もある。あなたたちが生き延びたいと望むなら、それを分け与えよう」

 「……交換条件はなんだ」男が、警戒を解かずに問う。

「条件はない。だが、従ってもらうルールはある」

 私は、集団全体に言い渡した。

「第一に、私の指示に従って、全員で働くこと。第二に、食料は労働に応じて、私が公平に分配すること。そして第三に、あなたたちがこれまで築いてきた、力で支配するだけの無益なルールは、今この瞬間から全て捨てること」

 私の言葉に、男は激昂した。

「ふざけるな! ここじゃあ、俺がルールだ!」

 彼が私に掴みかかろうとした、その時。

「――それ以上、リンに近づいてみろ」

 ガレンが、剣を男の喉元に突きつけていた。その目は、騎士だった頃の鋭い光を取り戻していた。

「こいつの知識は、俺たち全員が生きるための最後の希望だ。あんたのつまらんプライドより、よほど価値がある」

 ガレンの気迫に、男はたじろいだ。
 そして、決定的な一撃は、別の場所から放たれた。

「……あ…」

 先ほど私が水を飲ませた娘が、ゆっくりと身を起こしたのだ。

「……水が……お腹が、痛くない……。それに、体が、少しだけ、温かい……」

 そのか細いが、しかしはっきりとした言葉が、洞穴の全員に届いた。

 それは、どんな脅しよりも、どんな説得よりも雄弁な、科学の勝利の証明だった。

 人々の、支配者の男を見る目が変わっていく。力で恐怖を植え付けただけの彼の権威が、一杯の安全な水と温かい粥の前に、ガラガラと崩れ落ちていく。

 ◇

 それから、全てが動き出した。

 人々は、私の指示に従い、衰弱した体を助け合いながら、私たちの拠点へと移動を始めた。支配者だった男も、生きるためには従うしかなく、不貞腐れながらも列に加わっている。

 新しい仲間の中に、私は二人の人物を見出していた。

 一人は、私が最初に手当てをした、ティリアという名の農家の娘。彼女は、私の後をついて回り、熱心に私の言葉に耳を傾けている。

 もう一人は、フィンと名乗る無口な青年。移動の途中、壊れた荷車の車輪を、驚くほど手際よく修理していた。その指は、紛れもなく優れた職人のものだった。

 私たちの拠点に戻ってきた時、そこにいたのはもはや追放者の集まりではなかった。

 私とガレン。そして、新たに加わった二十三人の仲間たち。

 合計、二十五人。

 それは、この灰色の谷に生まれた、最初の村の人口だった。

 私は、目の前の小さな畑と、希望と不安の入り混じった顔で私を見る二十五人の「村人」たちを見つめた。

 やるべきことは、あまりにも多い。畑を広げ、住居を建て、全員が冬を越せるだけの備えをしなければ。

 だが、私の心は不思議と穏やかだった。

 一人の生存は孤独だ。二人の協力は心強い。

 けれど、二十五人の共同体は――未来そのものだ。

「さあ、始めよう」

 私は、私の村人たちに向かって、宣言した。

「私たちの家を、私たちの手で、ここに作るんだ」
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