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第十七話:蛇の道と、雷の種
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私たちの進軍は、音を喰らう吹雪の中から始まった。
体温を奪う風、視界を閉ざす雪。北の山脈は、冬の厳しさをもって私たちを試していた。だが、私の率いる二十人の精鋭部隊に、迷う者はいない。
「風は北西から。この岩列に沿って進めば、風の影響を最小限にできる」
先頭を行くガレンが、獣のような勘で最適なルートを切り拓く。
「後方、異常なし。斥候からの合図もない」
後方からは、ケイランが騎士団仕込みの統率力で部隊の陣形を維持し、警戒を怠らない。
そして、私はその中央で、絶えず方位磁石と自作の地図を確認し、私たちの進むべき方角が、計画から一度も逸脱していないことを見極め続けた。
私たちは、戦士の集団ではなかった。
生存の達人と、規律の化身と、そして科学の頭脳が融合した、全く新しい一つの生命体だった。背負った鉄の筒――私たちが「雷の種」と呼ぶ爆薬が、この生命体の心臓だった。
数時間が過ぎ、私たちは目的地の「蛇の道」にほど近い尾根まで到達した。
吹雪が、わずかに弱まる。その時、ケイランの斥候が息を殺して戻ってきた。
「……敵です。巡回中の部隊が、五十メートル先を通過中」
全員が、即座に雪と岩陰に身を伏せた。
やがて、ランタンの揺れる光と共に、国王軍の兵士たちの話し声が聞こえてきた。
「……ちくしょう、凍え死ぬぜ。何が『鷲ノ巣城』だ、あんなもん、放っておきゃ勝手に飢え死にするだろうによ」
「グレンヴィル将軍は慎重だからな。補給路の安全だけは、絶対に確保しろとのお達しだ」
彼らの言葉は、二つの重要な情報を私に与えてくれた。
一つは、敵の士気が低いこと。もう一つは、やはり、グレンヴィル将軍にとって補給路こそが最重要拠点であること。
私の仮説は、正しかった。
兵士たちが通り過ぎ、再び静寂が訪れる。
私たちは音もなく前進を再開し、ついに目的の崖の上へと辿り着いた。
眼下には、雪に覆われた隘路、「蛇の道」が、巨大な蛇のように横たわっている。そしてその上を、王都から鷲ノ巣城へと向かう、長い長い補給部隊の列が、蟻のようにゆっくりと進んでいた。
松明の光が、雪明りに照らされて幻想的な光の帯を描いている。
「……壮観だな」
ガレンが、息を呑んで呟いた。
だが、私はその光景には目もくれず、目の前の崖の岩肌を観察していた。
ここが、私の戦場だ。
「フィンが言っていた通り、この一帯は脆い頁岩の層だ。亀裂も多い。狙うべきは、あそこの岩盤の付け根。三点。あそこを同時に破壊すれば、共振作用で崖全体が崩落するはずだ」
私が指さす三つのポイントに、ケイランもガレンも目を見張る。彼らにはただの岩壁にしか見えないのだろうが、私には、その内部に働く応力や、力のベクトルまでが見えている。
「作業開始」
私の号令で、部隊は無駄のない動きで準備を始めた。
男たちが、フィンの作った鉄のドリルで、私が指定した三つのポイントに深い穴を穿っていく。硬い岩盤に、金属の削れる甲高い音が響いた。
私は、背負ってきた荷の中から、三本の鉄の筒を取り出した。
一本一本、丁寧に、まるで赤子を扱うかのように、穿たれた穴の奥深くまで差し込んでいく。
この黒い粉の塊が、どれほどのエネルギーを秘めているか、私以外に正確に理解している者はいない。
最後に、それぞれの筒から導火線を伸ばし、一本に束ねる。雨と雪で湿らないよう、油を引いた布で覆った、特別な導火線だ。
私の脳裏に、アルジェント様の顔が浮かんだ。
今この瞬間も、あなたは、あの城で希望を捨てずに戦っているだろうか。
私が送った種は、あなたの心に、小さな芽を出してくれただろうか。
――見ていてください。
今、私が、この絶望的な戦況を覆す、一筋の光明を灯してみせる。
全ての準備が完了した。
私たちは、安全な距離まで後退し、眼下の光景を見守る。
補給部隊の、最も長い一団が、ちょうど私たちが仕掛けた崖の下を通過しようとしていた。
今だ。
「全員、耳を塞いで伏せろ!」
私は叫んだ。
ガレンとケイランが、私に頷く。
私は、懐から取り出した火口箱の中で、小さな火種を熾した。
その震える炎を、導火線の先端へと近づける。
風が、私の頬を凍らせる。
眼下では、何も知らぬ兵士たちが、故郷の話でもしているのだろうか。
私の心は、不思議なほど静かだった。
祈りではない。これは、計算し尽くされた、科学の必然。
私は、導火線に、炎を移した。
ジュッ、という音と共に、導火線が火花を散らし、蛇のように崖の縁へと走っていく。
あとは、待つだけだ。
世界の音が、消えた。
私の耳に届くのは、自分の心臓の鼓動と、導火線の燃える音だけ。
三、二、一……。
私は、固く目を閉じた。
そして、世界が、閃光に包まれた。
体温を奪う風、視界を閉ざす雪。北の山脈は、冬の厳しさをもって私たちを試していた。だが、私の率いる二十人の精鋭部隊に、迷う者はいない。
「風は北西から。この岩列に沿って進めば、風の影響を最小限にできる」
先頭を行くガレンが、獣のような勘で最適なルートを切り拓く。
「後方、異常なし。斥候からの合図もない」
後方からは、ケイランが騎士団仕込みの統率力で部隊の陣形を維持し、警戒を怠らない。
そして、私はその中央で、絶えず方位磁石と自作の地図を確認し、私たちの進むべき方角が、計画から一度も逸脱していないことを見極め続けた。
私たちは、戦士の集団ではなかった。
生存の達人と、規律の化身と、そして科学の頭脳が融合した、全く新しい一つの生命体だった。背負った鉄の筒――私たちが「雷の種」と呼ぶ爆薬が、この生命体の心臓だった。
数時間が過ぎ、私たちは目的地の「蛇の道」にほど近い尾根まで到達した。
吹雪が、わずかに弱まる。その時、ケイランの斥候が息を殺して戻ってきた。
「……敵です。巡回中の部隊が、五十メートル先を通過中」
全員が、即座に雪と岩陰に身を伏せた。
やがて、ランタンの揺れる光と共に、国王軍の兵士たちの話し声が聞こえてきた。
「……ちくしょう、凍え死ぬぜ。何が『鷲ノ巣城』だ、あんなもん、放っておきゃ勝手に飢え死にするだろうによ」
「グレンヴィル将軍は慎重だからな。補給路の安全だけは、絶対に確保しろとのお達しだ」
彼らの言葉は、二つの重要な情報を私に与えてくれた。
一つは、敵の士気が低いこと。もう一つは、やはり、グレンヴィル将軍にとって補給路こそが最重要拠点であること。
私の仮説は、正しかった。
兵士たちが通り過ぎ、再び静寂が訪れる。
私たちは音もなく前進を再開し、ついに目的の崖の上へと辿り着いた。
眼下には、雪に覆われた隘路、「蛇の道」が、巨大な蛇のように横たわっている。そしてその上を、王都から鷲ノ巣城へと向かう、長い長い補給部隊の列が、蟻のようにゆっくりと進んでいた。
松明の光が、雪明りに照らされて幻想的な光の帯を描いている。
「……壮観だな」
ガレンが、息を呑んで呟いた。
だが、私はその光景には目もくれず、目の前の崖の岩肌を観察していた。
ここが、私の戦場だ。
「フィンが言っていた通り、この一帯は脆い頁岩の層だ。亀裂も多い。狙うべきは、あそこの岩盤の付け根。三点。あそこを同時に破壊すれば、共振作用で崖全体が崩落するはずだ」
私が指さす三つのポイントに、ケイランもガレンも目を見張る。彼らにはただの岩壁にしか見えないのだろうが、私には、その内部に働く応力や、力のベクトルまでが見えている。
「作業開始」
私の号令で、部隊は無駄のない動きで準備を始めた。
男たちが、フィンの作った鉄のドリルで、私が指定した三つのポイントに深い穴を穿っていく。硬い岩盤に、金属の削れる甲高い音が響いた。
私は、背負ってきた荷の中から、三本の鉄の筒を取り出した。
一本一本、丁寧に、まるで赤子を扱うかのように、穿たれた穴の奥深くまで差し込んでいく。
この黒い粉の塊が、どれほどのエネルギーを秘めているか、私以外に正確に理解している者はいない。
最後に、それぞれの筒から導火線を伸ばし、一本に束ねる。雨と雪で湿らないよう、油を引いた布で覆った、特別な導火線だ。
私の脳裏に、アルジェント様の顔が浮かんだ。
今この瞬間も、あなたは、あの城で希望を捨てずに戦っているだろうか。
私が送った種は、あなたの心に、小さな芽を出してくれただろうか。
――見ていてください。
今、私が、この絶望的な戦況を覆す、一筋の光明を灯してみせる。
全ての準備が完了した。
私たちは、安全な距離まで後退し、眼下の光景を見守る。
補給部隊の、最も長い一団が、ちょうど私たちが仕掛けた崖の下を通過しようとしていた。
今だ。
「全員、耳を塞いで伏せろ!」
私は叫んだ。
ガレンとケイランが、私に頷く。
私は、懐から取り出した火口箱の中で、小さな火種を熾した。
その震える炎を、導火線の先端へと近づける。
風が、私の頬を凍らせる。
眼下では、何も知らぬ兵士たちが、故郷の話でもしているのだろうか。
私の心は、不思議なほど静かだった。
祈りではない。これは、計算し尽くされた、科学の必然。
私は、導火線に、炎を移した。
ジュッ、という音と共に、導火線が火花を散らし、蛇のように崖の縁へと走っていく。
あとは、待つだけだ。
世界の音が、消えた。
私の耳に届くのは、自分の心臓の鼓動と、導火線の燃える音だけ。
三、二、一……。
私は、固く目を閉じた。
そして、世界が、閃光に包まれた。
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