「君の回復魔法は痛い」と追放されたので、国を浄化するのをやめました

希羽

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第1話:聖女、廃業します

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「エレナ。君との婚約を破棄し、聖女の任を解く」

 王城の謁見の間。
 第一王子であるアルフレッド殿下の声が、高い天井に虚しく響いた。
 周囲に控える宰相や騎士団長、そして大臣たちも、誰一人としてその言葉を諌めようとはしない。むしろ、どこか侮蔑を含んだ視線で私――聖女エレナを見下ろしていた。
 私は、静かに瞬きを一つして、口を開いた。

「理由は、やはり『私の回復魔法』についてでしょうか」
「自覚があるなら話が早い! そうだ。君の魔法は、とにかく痛いんだよ!」

 殿下が顔をしかめて叫んだ。
 まるで、過去の痛みを思い出したかのように身震いしている。

「怪我を治すたびに、焼けるような激痛が走る! 毒を消すたびに、内臓を雑巾絞りにされるような苦痛が襲う! 君は『治療』と称しているが、あれは拷問だ。余を……王族を害そうとする悪意すら感じられる!」

 殿下の隣には、ピンク色の髪をふわふわと揺らす小柄な少女が寄り添っていた。
 男爵令嬢のミリア様だ。彼女は上目遣いで殿下を見上げ、甘ったるい声で囁く。

「かわいそうなアルフレッド様……。もう大丈夫です。これからは、私の『癒やしの光』がありますから」
「ああ、ミリア。君の魔法は素晴らしい。温かくて、優しくて、痛みなど微塵もない。これこそが真の『聖女』の力だ。エレナのような『欠陥聖女』とは違う」

 殿下はミリア様の腰に手を回し、勝ち誇ったように私を見た。

「聞こえたか、エレナ。真の聖女はミリアだ。民を苦痛で怯えさせる君は、もはやこの国に不要なのだよ」

 不要、と言われた瞬間。
 私の胸の中に湧き上がったのは、悲しみでも、怒りでもなかった。

(……ああ、やっと終わった)

 それは、深い安堵だった。
 すとん、と肩の荷が下りる音が聞こえた気がした。
 私の回復魔法が「痛い」のは事実だ。
 けれどそれは、私の魔力が傷口だけでなく、その原因となっている「呪い」や「穢れ」、「不運」といった因果そのものを焼き尽くし、根絶やしにしているからだ。
 表面上の傷を塞ぐだけの魔法とは、根本的に質が違う。
 これまで何度も説明してきた。

 「痛みを伴わなければ、呪いは残ります」と。

 けれど、彼らは聞く耳を持たなかった。「痛いのは嫌だ」「腕が悪い言い訳だ」と罵られ、それでも国の守護のためにと歯を食いしばって耐えてきたけれど。

 ――もう、頑張らなくていいんだ。

「承知いたしました」

 私は間髪入れずに答えた。
 あまりに早い返答に、殿下が目を丸くする。

「……は? 待て、泣いて縋らないのか? 聖女の地位も、次期王妃の座も失うのだぞ」
「殿下が望まれたことですから。それに、私の魔法が皆様の苦痛になるのであれば、これ以上城に留まるのは心苦しいです」

 私は胸元につけていた「聖女の証」である紋章のブローチを外し、近くの衛兵に手渡した。

「聖女の権限、および第一王子殿下との婚約の白紙撤回。すべて、謹んでお受けいたします」
「お、おい……?」
「引き継ぎはすべて書類にまとめてあります。ミリア様、後のことはよろしくお願いしますね」

 私はミリア様に微笑みかけた。
 彼女は「ふふん」と鼻を鳴らし、余裕たっぷりに笑い返す。

「ええ、任せてくださいお姉様! お姉様が治せなかった分まで、私がたーっぷりと癒やして差し上げますから!」

 ……そう。
 彼女が使えるのは、表面の傷を塞ぎ、痛みを麻痺させるだけの初級白魔法だ。

 私の治療が「根治療法」なら、彼女の魔法は「対症療法」ですらない。ただの痛み止めだ。

 私が毎日、城中の「穢れ」を焼却していたからこそ、この王都は平和を保てていた。

 それがなくなればどうなるか。

 痛み止めで誤魔化している間に、病巣がどれほど悪化するか。
 少し考えればわかることだが――今の彼らに何を言っても無駄だろう。

「では、私はこれで。荷物はすぐにまとめますので、今日中には出て行きます」

 私は優雅に礼をした。
 未練など欠片もない。
 むしろ私の頭の中は、これから始まる新生活への期待でいっぱいだった。

 王都から遠く離れた辺境の地。

 そこには、亡き祖母が遺してくれた古い屋敷がある。
 あそこでなら、誰にも文句を言われずに、大好きな薬草の研究ができる。

 「痛い」と罵られることもなく、静かにお茶を飲んで暮らせるのだ。

「待て! エレナ、待てと言うに!」

 背後で殿下が何か喚いていたが、私は一度も振り返らなかった。

 足取りが軽い。
 まるで翼が生えたようだった。

 こうして私は、国一番のブラック職場から、ついに解放されたのだった。

 ――後に、この国が「原因不明の奇病」と「魔獣の大量発生」によって滅亡の危機に瀕するのは、また別のお話。

 その頃にはもう、私は国境を閉ざしてしまっていたので、知る由もなかったけれど。
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