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池田屋

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 そして六月。池田屋にて長州藩士と土佐藩脱藩浪士が会合を開くと情報が入った。

「さて、役割を決める。まず最初に乗り込む役割は」

 近藤さんが言うとほぼ同時に沖田が真っ先に手を上げ自ら立候補した。

「沖田、しかし……」

「俺にやらせてください」

 沖田に対し土方さんが浮かぬ顔をしているのは気になるところだが、負けじと俺もまっすぐに手を上げる。

「よし、わかった。おめえらに任せた。んで逃げた奴を迎え撃つ役割は――」

 近藤さんが作戦を続ける。この作戦なら池田屋を念入りに包囲し奴らを一人残らず逃さず斬るつもりってことだろう。

 特攻は俺、沖田、永倉、原田の四人と決まった。誰でもいいは失礼かもしれぬか。無理もない。斬り込むのは俺一人でじゅうぶんだからだ。

 翌夜、我ら新撰組は陣羽織に鉢巻きをして数名の手下連れて池田屋に向かった。

 近藤さん筆頭に土方さんと沖田、その後ろに俺含み組長と呼ばれる奴らが続く。新撰組は足早に池田屋を目指しているところだ。

 足早に二階へ上がると、原田が勢いよく襖を蹴り開ける。

 奴らは一斉に我らに注目した。

 そこは長州藩士が貸し切っており、坂本、中岡、高杉、桂の姿もあった。

 沖田が一番手で斬り込む。続いて俺も続く。

 奴らを誰彼構わず滅多斬りにしては、突く、突く、突く!!

 四人ほど残りやがったのは行灯の明かりに照らされる面々を冷静に見ると坂本、中岡、高杉、桂だった。長州藩邸にいた奴らが見事に残りやがったか。

「新選組原田左之助! 腹の傷はだてじゃねえぜ!!」

「同じく永倉新八!! 覚悟しやがれい!!」

 と、原田と永倉が奴らのほうへ突進した。

「中岡、こういうときの作戦其の伍ぜよ!!」

「しかし坂本さん! 死ぬときは一緒ぞ!!」

「それはいまじゃないぜよ! 行け、中岡!!」

「くっ……! わかりましたぞ!!」

 煙幕が上がる。フン、小賢しい。闇に乗じてってことか?

 煙の中で坂本が切っ先を向けてじりじり間合いをつめていたのがわかった。ビビってやがるのか?

「お前、人殺したことねえだろ」と挑発して言ってやりてえが余計なことをする場合ではない。

 逃げたのは桂と中岡か。それを原田永倉が一目散に追ったようだな。

 実力の程がわからねえ高杉が三味線を構え我々は警戒した。

 坂本には沖田がいったか。どうした沖田。坂本ごときと対等に。遊んでいるのか?

 煙が引いていくなかで、高杉は目を閉じて三味線を弾きはじめた。

 なんだ? 動きが鈍くなるのを感じるぜ。

「高杉さん、こんなときの作戦其の弐ぜよ!」

「はは、あとは任せてください坂本さん」

 坂本は手で合図し先に逃げたか。高杉の虫酸が走るような髪型と涼しいと認めざるをえねえ顔つきもあいまってか爽やかに決めてやがんのが気に入らねえが。

 敵に無駄口を叩く余裕を与えるほどに沖田の動きがほぼ止まってやがる。どうした沖田。返り血をあびても負傷はしておらんようだが。

「では、僕の作った極上の音をあなたがたの鼓膜へお届けしましょう。聴いてください“閻魔からの贈りもの”」

 ぐっ、なんだっ……これは……?

 頭蓋骨が割れそうなほどに痛い。

 沖田も頭を抱えて座り込んでしまってる。

「これは善人には効かず悪にのみ響く曲だ。僕の演奏が終わる頃には君たちは死ぬ」

 言いながら激しくかき鳴らしだした。

 くそ、あながちこいつが音の幻術の使い手なのはおおげさでもなんでもなかったってのか。俺は脳みそが飛び散りそうなほどの痛みにもがく。

 沖田が高杉に斬りかかる。

 だがいつもより確実に遅い。それでも高杉は演奏をできずに攻撃を交わすことでせいいっぱいのようだ。

 あの強い沖田が実力の半分も出せてねえ。

 俺も力振り絞って愛刀鬼神丸国重を握る。

 が、高杉も逃した。

 沖田は苦しそうに座り込む。

「大丈夫か?」

「へへ、かっこ悪くてごめんな」

 俺はそんな受け答えをした沖田に黙って肩を貸し立たせた。

 おそらく逃げるときに高杉がまた三味線引いて動き鈍くしたんだろう。近藤さん土方さんはじめ他の組長格の奴らがあれだけ「待て逃がすか!!」と言っていて高杉一人捕まえられぬわけがあるか。

「沖田。もしやお前、なにか病をしたのか?」

 俺は思うに、沖田がいつもの強さの半分もだせておらぬのは高杉が動き鈍らせた以前の問題な気がするんだ。

「へ、あんときは楽しかったぜ斎藤。だが今の俺はお前より確実に弱いとでもは言っておくか」

 と言い終わる前に、普通とは違う咳を沖田はした。なんとなくこれで確信した。沖田の命は長くないんだと。そしたら、なんなんだ畜生。ガラにもなく涙溢れてきやがる。そう思うと俺は自然に沖田の背をさすっていた。

 沖田はどういうわけか俺の手を払ってつきとばしてきた。

「すまねえ、そうされんのが今一番苛立つんだ」

 と静かに言って沖田は自分の足で向かおうとした。

「よせ! まさか行く気か?」

「決まってんじゃねえか。奴らを地獄の底まで追うぜ俺は」

 沖田はこの期におよんで不敵な笑みをうかべている。馬鹿か。今の状態で行って勝てるわけがないだろう。

 生きろ、沖田。生きて治せばまたもとのバケモンのように強い貴様に戻るの……だろう……?

 吐血しながらも行こうとする沖田の後頭部に俺は手刀を落とし気を失わせると、屯所までおぶってやった。
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