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お母さんに送られて、学校に到着する。
玄関で靴を履き替え、教室に向かう。
ドキドキしながら歩いて、教室の入り口でそっと中を覗く。
私の机に布之さんが座り、乃田さんと2人で話をしていた。
高杉君は加わる様子はないものの、その場に3人がいることを確認して少しほっとする。
見ているだけでも、空間が穏やかなことが分かる。
3人が私に気付いている様子はなさそうだ。
少し緊張しているけれど、意を決して近付いて行く。
「お、おはよう。乃田さん、布之さん、高杉君」
どもってしまったけれど、どうにか声を出す。
いつかのように、私がおろおろしている内に気付かれたくないと思ったから。
私の動揺をよそに、3人は私に気付くと各々「おはよう」と返事をしてくれた。
私は元気に見えるように、少し無理に笑ってみせた。
「大丈夫なのか?急に熱って、風邪でも引いたのか?」
乃田さんが、気遣ってくれる。
素直に答えるのは気が引けてしまい、曖昧に頷いてしまった。
「ううん、あの風邪じゃなかったんだけど…」
「病院には行ったのかしら?」
言いながら、布之さんは席を立った。
私に座るように促し、布之さんは私の席の横にずれてくれた。
布之さんの言葉にはしっかり頷く。
「昨日、ちゃんと行ったから大丈夫…あ」
思わず、口を手で抑えてしまう。
答えてから、お母さんの言葉を思い出す。
「あの、違うの。その…疲れてしまって、急に熱が出たみたいなんだって。きちんと、お医者様からも『心配ない』って言ってもらえたし、えぇと昨日、ゆっくり休んだから、もう元気なの」
考えながら、『大丈夫』以外の言葉を探す。
そう考えると、大丈夫ってすごく曖昧な言葉。
そうだよね、私が1人で言っていたって、そんなの私にしか分からない。
大丈夫そうに見えなければ、それは心配されてしまうんだ。
乃田さんは、私の言葉を聞いてほっとしたように笑ってくれた。
「なら良いや」
「…ありがとう」
「体調がおかしいと思ったら、すぐに言ってね?」
布之さんの言葉にも、心配が溢れていた。
「ありがとう。あの、不調を感じたら…言う、ようにします」
しどろもどろの言葉を、どうにか返す。
「昨日のノートは、確認した方が良いか?」
「ありがとう…後で見せてほしい、です」
隣に座る高杉君は、私の体調には触れなかった。
私の挙動不審に、気付いてしまったのかもしれない。
どうにか、「大丈夫」を使わないで、会話をすること。
私の行動を見ていてほしいと3人に伝えること。
どこで話をしようか、すごく迷ってしまう。
1時間目の数学が、淡々と過ぎていく。
数式を書いて説明をする先生の言葉を聞きながら、今日は下校が早いことを思い出す。
そうだった。
2時間目が終わったら、お母さんがお迎えに来てしまう。
時間がない。
今日は、無理かな?
無理に話をしようとして、また3人の休み時間がなくなってしまったら…。
自分のせいで、時間がなくなってしまうようなことは避けたい。
じゃあ、明日なら良いのかな?
また、乃田さんと布之さんと高杉君に、時間を作ってもらえるか聞かないといけない。
昨日の今日だから、考え事が多い自分に気付く。
大丈夫以外の言葉で伝える。
今まで、何となく避けていた自分の話題。
そう考えると、何て曖昧な表現で心配をかけていたのだろう。
いつでも「大丈夫」そう言い張っていた自分がいたこと。
その時は、本当に大丈夫と思っていたけれど、今思えば無理をしていた…のだろう。
すごく…難しい。
広げたノートも白紙のまま、書く手が中々動かない。
授業中、“言葉で言うこと”の難しさを痛感する。
説明すること、理解してもらうことに意識を向けるけれど、そうするためには言葉で言わないと伝わらない。
つい、窓の外の景色に視線を向けてしまうことが多くなった。
1時間目の休み時間が、あっという間に来てしまった。
まごまごしている内に、帰るようになるのは困る。
昨日のお母さんとの会話を何度も思い出し、ドキドキする自分を奮い立たせる。
言うのなら、場所はどこでも良い。
そう、教室でだって、話はできるから…。
改めて時間を作ってもらうことではない。
甘えちゃいけない。
お友達と話をするのに、場所は関係ない。
だって、私が言わないと何も伝わらないんだから。
自分の鼓動を感じながら、覚悟を決める。
「あのね、乃田さん?」
後ろから、少し小声で呼びかける。
乃田さんは、「ん?」と後ろを振り向く。
「あのね、今日、私は2時間目が終わったら、早退で帰るの」
「そうなのか?」
「うん、それで…」
ふと隣を見ると、高杉君がこちらを見ていた。
声も、聞こえていたかもしれない。
「その、えぇと…」
自分の声が、大きい気がして少し声を潜める。
「…わ、私の行動って、見ていて危ない?」
急に問いかけた声に、乃田さんが眉を顰める。
「何だ急に?」
「あのね、その…私の行動って、見ていると心配になる?」
以前、高杉君には言われてしまった。
なので、高杉君には、聞かなくても分かる。
…と思う。
「うぅーん」
乃田さんが、腕を組んで考える仕草をした。
「あら?何の話かしら?」
布之さんがやって来た。
布之さんにも、聞かないといけない。
どう言おう。
迷っていると、高杉君が「悪かった」と呟いた。
「え?何かしたの?高杉」
布之さんの言葉に、高杉君は少し気まずそうにしていた。
何でだろう?
「春川が、自分の行動は危ないのか?と乃田に尋ねている」
高杉君の大きくない声が耳に届く。
「そうなの?」
布之さんに尋ねられ、「えぇと」と困ってしまう。
「それは…。俺が前に春川が転んだ直後に『危なくて見ていられない』と言ったのが原因だろう」
高くもなく低すぎない、丁度良いトーンの声が続いた。
「何でそんな余計なことを」
乃田さんの言葉に、高杉君は再度「悪かった」と頭を下げた。
「違うよ、違うの。あのね、あの…私の行動って、すごく不審に見えると思うの…。だけど、でも、あの…」
「ほら春川、深呼吸」
布之さんの声が、ゆっくりと振ってくる。
言ってしまったら、気まずくなる?
こんな教室の中で?
迷う気持ち。
「…あのね、お友達の3人には、お願い…したいの。あの、私の行動って見ていて不安かもしれないけれど…でも、私でも出来ることがあるって、知ってほしいと言うか、見ていてほしいと思う…ことを、最近、考えて…いてね?」
私のしどろもどろの言葉。
言いたいことがまとまっていない言葉。
口から出て行った言葉。
もう、取り戻せない。
「見ていて、危ないと…思うかもしれない、し…、怪我ばかり…している私のこと、信用できない、と思う…けれど。優しくしすぎないで、ほしいと思って…」
必死に言葉を言い過ぎて、誰の顔も見れなかった。
早口に、ぼそぼそと言う弱い自分。
「そっか…」
乃田さんの、抑揚のない声。
あ。
これは、ダメかもしれない。
優しい3人も、とうとう私に愛想を尽かしてしまったのだろう。
俯いたまま、言葉が出ずに小さくなる。
休んだ挙句に、何を我儘を言っているんだって。
何で、もう少し言い方を考えないで言わなかったんだろう。
「悪かった」
高杉君の、変わらない声。
「え?」
思わず隣を見る。
「春川のことを、信用していないわけじゃない。勿論、俺は良かれと思って手を貸していたけれど、春川にとって大きなお世話だったんだな。これからは、もう少し考えてから行動する」
高杉君の言葉を考え、じわじわと“拒否されなかったこと”を理解する。
「ち、違うの。大きな、お世話なんかじゃなくて、すごくありがとうなの。でもね、高杉君の負担に…」
「負担になんて、なっていない。俺がしたくてやっていることだから。でも、春川には負担に感じられる行動になっていたんだな、と反省した。だから、悪かった」
「違うの、謝らないで。あの…高杉君には、いつも…ありがとう、って思っているの。本当だよ?」
「でも、春川が気に病むと言うんだろう?」
「…それは」
「じゃあ、今度からきちんと訪ねてから、手を貸すことにする。なら、良いか?」
「…うん。ありがとう」
高杉君との会話で、あんなに不安を感じていたことが嘘のように軽くなった。
「私もだ」
前から聞こえた声。
「ん?」
「ごめん、春川が気にしてしまうほど、考えなしに助けまくっていた。それは、反省する。ごめん!」
少し声が大きくなってしまった乃田さんが、周囲をキョロキョロしながら頭を下げた。
「違うの?乃田さん、謝らないで。あの…」
「私も、手を貸し過ぎないようにする。絶対に。でも、春川が怪我をすることだけは、譲れない」
乃田さんの視線が、新しい右腕の湿布薬に注がれる。
焦って転んでしまい、机にぶつけたのはつい先日のこと。
その時のアザも、見られている。
真新しい怪我。
少し気まずくなり、腕を隠すように机の下に動かす。
こういう所かもしれない。
じわりと、嫌な汗が浮かぶ。
でも、そんな私に構わず乃田さんは「だから」と小さく付け加えた。
「春川が危ないと思ったら、その時はこれからも手を貸すぞ。これは、私の我儘だ。だから、先に謝っておく、ごめん」
「え?」
乃田さんの、潔い言葉。
色々言われていて、理解することに時間がかかる。
顔を上げて、乃田さんの顔を確認する。
まっすぐな、乃田さんの顔は真顔だった。
乃田さんの言葉は、私のことを嫌がっていないことだっていうことが、きちんと分かった。
『これから』
乃田さんの言葉に、この先も続くことが理解できた。
お友達は、変わらないということ。
そのことを理解して、頬が熱い自分に気付く。
嬉しい。
「ありがとう」
乃田さんに、ようやくそう伝える。
「ごめんなさい、会話が、すぐに出来なくて…」
今まで、お友達がいなかったこともあって、会話のテンポが悪いのではないかと心配になる。
さやかとしている会話とは、また違う空気。
「何で?会話出来ているわよ?」
布之さんの言葉に、私は首を傾げる。
布之さんの表情も、嫌がっている雰囲気はない。
安心してしまい、入っていた力が少し抜ける。
「でも、えぇと…。言葉が出て来なくて、すぐに、返事が、できなくて…イライラさせちゃうから」
「イライラ?しないわ。そんなことない。春川が、私と話をするために、ちゃんと考えて言ってくれることを、どうしてイライラしなくちゃいけないの?」
逆に問われて、私が困る。
「それは…」
「私は、春川が必死になって、伝えようとしてくれることが、すごく嬉しいわ」
布之さんの言葉。
どうしよう。
嬉しい。
嬉しがっている場合じゃない。
「ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、ありがとう」
布之さんの言葉に、ようやく安心する。
「でも、私もあかりに同意見だわ。春川がアザだらけになるのは、悲しくなるから、出来るだけ阻止したいと思っているの。だから、それだけは、ごめんなさいね。私も余計なお世話をするわ、これからも。絶対に」
布之さんの、乃田さんと同じく迷いのない言葉。
でも、きちんと『これから』があること。
「じゃあ、私は怪我をしないように、焦らないように気を付けます」
3人に宣言するように、両手に力を入れる。
「乃田さんと、布之さんと、高杉君に心配をかけないように、これから気を付けます」
「何で敬語?」
乃田さんの言葉に、首を傾げる。
「何で、だろう…?」
首を傾げた私に、乃田さんが吹き出した。
「そういうテンポ。春川だな」
「ご、ごめんなさい」
「謝るな、悪いことなんてしてない」
「…うん」
「すぐに、謝るなって」
「うん、ありがとう。乃田さん」
乃田さんは、ようやく笑った。
「布之さんも、ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、言いにくいのに言ってくれてありがとう」
布之さんの、変わらない表情と言葉。
「高杉君も、ありがとう」
「いや。礼を言われることは何も」
高杉君も、表情に変わりはない。
「これで、安心して早退できるな?」
乃田さんの言葉に、こくりと頷く。
「あら、早退するの?」
布之さんの言葉にも、こくりと頷く。
安心したこともあって、言葉がすぐに出て来ない。
数週間心配していたことが、軽くなった気がする。
話してみて、良かった。
素直にそう感じた。
玄関で靴を履き替え、教室に向かう。
ドキドキしながら歩いて、教室の入り口でそっと中を覗く。
私の机に布之さんが座り、乃田さんと2人で話をしていた。
高杉君は加わる様子はないものの、その場に3人がいることを確認して少しほっとする。
見ているだけでも、空間が穏やかなことが分かる。
3人が私に気付いている様子はなさそうだ。
少し緊張しているけれど、意を決して近付いて行く。
「お、おはよう。乃田さん、布之さん、高杉君」
どもってしまったけれど、どうにか声を出す。
いつかのように、私がおろおろしている内に気付かれたくないと思ったから。
私の動揺をよそに、3人は私に気付くと各々「おはよう」と返事をしてくれた。
私は元気に見えるように、少し無理に笑ってみせた。
「大丈夫なのか?急に熱って、風邪でも引いたのか?」
乃田さんが、気遣ってくれる。
素直に答えるのは気が引けてしまい、曖昧に頷いてしまった。
「ううん、あの風邪じゃなかったんだけど…」
「病院には行ったのかしら?」
言いながら、布之さんは席を立った。
私に座るように促し、布之さんは私の席の横にずれてくれた。
布之さんの言葉にはしっかり頷く。
「昨日、ちゃんと行ったから大丈夫…あ」
思わず、口を手で抑えてしまう。
答えてから、お母さんの言葉を思い出す。
「あの、違うの。その…疲れてしまって、急に熱が出たみたいなんだって。きちんと、お医者様からも『心配ない』って言ってもらえたし、えぇと昨日、ゆっくり休んだから、もう元気なの」
考えながら、『大丈夫』以外の言葉を探す。
そう考えると、大丈夫ってすごく曖昧な言葉。
そうだよね、私が1人で言っていたって、そんなの私にしか分からない。
大丈夫そうに見えなければ、それは心配されてしまうんだ。
乃田さんは、私の言葉を聞いてほっとしたように笑ってくれた。
「なら良いや」
「…ありがとう」
「体調がおかしいと思ったら、すぐに言ってね?」
布之さんの言葉にも、心配が溢れていた。
「ありがとう。あの、不調を感じたら…言う、ようにします」
しどろもどろの言葉を、どうにか返す。
「昨日のノートは、確認した方が良いか?」
「ありがとう…後で見せてほしい、です」
隣に座る高杉君は、私の体調には触れなかった。
私の挙動不審に、気付いてしまったのかもしれない。
どうにか、「大丈夫」を使わないで、会話をすること。
私の行動を見ていてほしいと3人に伝えること。
どこで話をしようか、すごく迷ってしまう。
1時間目の数学が、淡々と過ぎていく。
数式を書いて説明をする先生の言葉を聞きながら、今日は下校が早いことを思い出す。
そうだった。
2時間目が終わったら、お母さんがお迎えに来てしまう。
時間がない。
今日は、無理かな?
無理に話をしようとして、また3人の休み時間がなくなってしまったら…。
自分のせいで、時間がなくなってしまうようなことは避けたい。
じゃあ、明日なら良いのかな?
また、乃田さんと布之さんと高杉君に、時間を作ってもらえるか聞かないといけない。
昨日の今日だから、考え事が多い自分に気付く。
大丈夫以外の言葉で伝える。
今まで、何となく避けていた自分の話題。
そう考えると、何て曖昧な表現で心配をかけていたのだろう。
いつでも「大丈夫」そう言い張っていた自分がいたこと。
その時は、本当に大丈夫と思っていたけれど、今思えば無理をしていた…のだろう。
すごく…難しい。
広げたノートも白紙のまま、書く手が中々動かない。
授業中、“言葉で言うこと”の難しさを痛感する。
説明すること、理解してもらうことに意識を向けるけれど、そうするためには言葉で言わないと伝わらない。
つい、窓の外の景色に視線を向けてしまうことが多くなった。
1時間目の休み時間が、あっという間に来てしまった。
まごまごしている内に、帰るようになるのは困る。
昨日のお母さんとの会話を何度も思い出し、ドキドキする自分を奮い立たせる。
言うのなら、場所はどこでも良い。
そう、教室でだって、話はできるから…。
改めて時間を作ってもらうことではない。
甘えちゃいけない。
お友達と話をするのに、場所は関係ない。
だって、私が言わないと何も伝わらないんだから。
自分の鼓動を感じながら、覚悟を決める。
「あのね、乃田さん?」
後ろから、少し小声で呼びかける。
乃田さんは、「ん?」と後ろを振り向く。
「あのね、今日、私は2時間目が終わったら、早退で帰るの」
「そうなのか?」
「うん、それで…」
ふと隣を見ると、高杉君がこちらを見ていた。
声も、聞こえていたかもしれない。
「その、えぇと…」
自分の声が、大きい気がして少し声を潜める。
「…わ、私の行動って、見ていて危ない?」
急に問いかけた声に、乃田さんが眉を顰める。
「何だ急に?」
「あのね、その…私の行動って、見ていると心配になる?」
以前、高杉君には言われてしまった。
なので、高杉君には、聞かなくても分かる。
…と思う。
「うぅーん」
乃田さんが、腕を組んで考える仕草をした。
「あら?何の話かしら?」
布之さんがやって来た。
布之さんにも、聞かないといけない。
どう言おう。
迷っていると、高杉君が「悪かった」と呟いた。
「え?何かしたの?高杉」
布之さんの言葉に、高杉君は少し気まずそうにしていた。
何でだろう?
「春川が、自分の行動は危ないのか?と乃田に尋ねている」
高杉君の大きくない声が耳に届く。
「そうなの?」
布之さんに尋ねられ、「えぇと」と困ってしまう。
「それは…。俺が前に春川が転んだ直後に『危なくて見ていられない』と言ったのが原因だろう」
高くもなく低すぎない、丁度良いトーンの声が続いた。
「何でそんな余計なことを」
乃田さんの言葉に、高杉君は再度「悪かった」と頭を下げた。
「違うよ、違うの。あのね、あの…私の行動って、すごく不審に見えると思うの…。だけど、でも、あの…」
「ほら春川、深呼吸」
布之さんの声が、ゆっくりと振ってくる。
言ってしまったら、気まずくなる?
こんな教室の中で?
迷う気持ち。
「…あのね、お友達の3人には、お願い…したいの。あの、私の行動って見ていて不安かもしれないけれど…でも、私でも出来ることがあるって、知ってほしいと言うか、見ていてほしいと思う…ことを、最近、考えて…いてね?」
私のしどろもどろの言葉。
言いたいことがまとまっていない言葉。
口から出て行った言葉。
もう、取り戻せない。
「見ていて、危ないと…思うかもしれない、し…、怪我ばかり…している私のこと、信用できない、と思う…けれど。優しくしすぎないで、ほしいと思って…」
必死に言葉を言い過ぎて、誰の顔も見れなかった。
早口に、ぼそぼそと言う弱い自分。
「そっか…」
乃田さんの、抑揚のない声。
あ。
これは、ダメかもしれない。
優しい3人も、とうとう私に愛想を尽かしてしまったのだろう。
俯いたまま、言葉が出ずに小さくなる。
休んだ挙句に、何を我儘を言っているんだって。
何で、もう少し言い方を考えないで言わなかったんだろう。
「悪かった」
高杉君の、変わらない声。
「え?」
思わず隣を見る。
「春川のことを、信用していないわけじゃない。勿論、俺は良かれと思って手を貸していたけれど、春川にとって大きなお世話だったんだな。これからは、もう少し考えてから行動する」
高杉君の言葉を考え、じわじわと“拒否されなかったこと”を理解する。
「ち、違うの。大きな、お世話なんかじゃなくて、すごくありがとうなの。でもね、高杉君の負担に…」
「負担になんて、なっていない。俺がしたくてやっていることだから。でも、春川には負担に感じられる行動になっていたんだな、と反省した。だから、悪かった」
「違うの、謝らないで。あの…高杉君には、いつも…ありがとう、って思っているの。本当だよ?」
「でも、春川が気に病むと言うんだろう?」
「…それは」
「じゃあ、今度からきちんと訪ねてから、手を貸すことにする。なら、良いか?」
「…うん。ありがとう」
高杉君との会話で、あんなに不安を感じていたことが嘘のように軽くなった。
「私もだ」
前から聞こえた声。
「ん?」
「ごめん、春川が気にしてしまうほど、考えなしに助けまくっていた。それは、反省する。ごめん!」
少し声が大きくなってしまった乃田さんが、周囲をキョロキョロしながら頭を下げた。
「違うの?乃田さん、謝らないで。あの…」
「私も、手を貸し過ぎないようにする。絶対に。でも、春川が怪我をすることだけは、譲れない」
乃田さんの視線が、新しい右腕の湿布薬に注がれる。
焦って転んでしまい、机にぶつけたのはつい先日のこと。
その時のアザも、見られている。
真新しい怪我。
少し気まずくなり、腕を隠すように机の下に動かす。
こういう所かもしれない。
じわりと、嫌な汗が浮かぶ。
でも、そんな私に構わず乃田さんは「だから」と小さく付け加えた。
「春川が危ないと思ったら、その時はこれからも手を貸すぞ。これは、私の我儘だ。だから、先に謝っておく、ごめん」
「え?」
乃田さんの、潔い言葉。
色々言われていて、理解することに時間がかかる。
顔を上げて、乃田さんの顔を確認する。
まっすぐな、乃田さんの顔は真顔だった。
乃田さんの言葉は、私のことを嫌がっていないことだっていうことが、きちんと分かった。
『これから』
乃田さんの言葉に、この先も続くことが理解できた。
お友達は、変わらないということ。
そのことを理解して、頬が熱い自分に気付く。
嬉しい。
「ありがとう」
乃田さんに、ようやくそう伝える。
「ごめんなさい、会話が、すぐに出来なくて…」
今まで、お友達がいなかったこともあって、会話のテンポが悪いのではないかと心配になる。
さやかとしている会話とは、また違う空気。
「何で?会話出来ているわよ?」
布之さんの言葉に、私は首を傾げる。
布之さんの表情も、嫌がっている雰囲気はない。
安心してしまい、入っていた力が少し抜ける。
「でも、えぇと…。言葉が出て来なくて、すぐに、返事が、できなくて…イライラさせちゃうから」
「イライラ?しないわ。そんなことない。春川が、私と話をするために、ちゃんと考えて言ってくれることを、どうしてイライラしなくちゃいけないの?」
逆に問われて、私が困る。
「それは…」
「私は、春川が必死になって、伝えようとしてくれることが、すごく嬉しいわ」
布之さんの言葉。
どうしよう。
嬉しい。
嬉しがっている場合じゃない。
「ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、ありがとう」
布之さんの言葉に、ようやく安心する。
「でも、私もあかりに同意見だわ。春川がアザだらけになるのは、悲しくなるから、出来るだけ阻止したいと思っているの。だから、それだけは、ごめんなさいね。私も余計なお世話をするわ、これからも。絶対に」
布之さんの、乃田さんと同じく迷いのない言葉。
でも、きちんと『これから』があること。
「じゃあ、私は怪我をしないように、焦らないように気を付けます」
3人に宣言するように、両手に力を入れる。
「乃田さんと、布之さんと、高杉君に心配をかけないように、これから気を付けます」
「何で敬語?」
乃田さんの言葉に、首を傾げる。
「何で、だろう…?」
首を傾げた私に、乃田さんが吹き出した。
「そういうテンポ。春川だな」
「ご、ごめんなさい」
「謝るな、悪いことなんてしてない」
「…うん」
「すぐに、謝るなって」
「うん、ありがとう。乃田さん」
乃田さんは、ようやく笑った。
「布之さんも、ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、言いにくいのに言ってくれてありがとう」
布之さんの、変わらない表情と言葉。
「高杉君も、ありがとう」
「いや。礼を言われることは何も」
高杉君も、表情に変わりはない。
「これで、安心して早退できるな?」
乃田さんの言葉に、こくりと頷く。
「あら、早退するの?」
布之さんの言葉にも、こくりと頷く。
安心したこともあって、言葉がすぐに出て来ない。
数週間心配していたことが、軽くなった気がする。
話してみて、良かった。
素直にそう感じた。
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