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2章
今日の私達
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古文の試験中も、さっきのやり取りを思い出しそうになるけれど、「集中!」と試験に取り組む。
お勉強は嫌いじゃない。
元々、お勉強は嫌いではなかったけど…。
お兄ちゃん達が、日常的に学習する癖があったことも影響しているのだろう。
目の前の問題用紙を、じっと見つめる。
焦らないで、ゆっくりと問題を解いていく。
いつもしているお勉強と一緒だ。
小学校から続く、私の日常の1つ。
それしか、することがなかったから。
時間がある時に、お勉強をしていることが自然と増えた。
それに、お勉強したことは全部自分のためになる。
お母さんが言っていた。
『知識は自分の財産になる』って。
その時は、言っている意味が良く分からなかった。
まだ小学生だった頃の私。
お母さんは、お勉強をしなくても怒らない。
というと、語弊があるかもしれない…。
さやかは宿題を済ませないことがあると、お母さんが困ったようにしている。
だけど、怒ることはそれでもなかった、と思う。
それに、お勉強を頑張ることで、お兄ちゃんに褒められたり、知らないことを覚えることが嬉しいことに気付いた。
お勉強したことで、知っていることをお父さんが褒めてくれることがあった。
お父さんは、とても忙しい。
時々しか家に帰って来ない。
だけど、私の知っていること、分かっていることが共通点になってお喋り自体が楽しめる。
そんなことを思い出した。
書くスピードがゆっくりになっていることに気付く。
なので、マス目からはみ出さないように記入する。
少し考え事はしてしまったけれど、問題はしっかりと解けたと思う。
時間がかかる問題はそこまでなかった。
そのことに、ホッとする。
焦らないで、焦らないで、と自分で思いながらどうにか進められた。
問題を解き終え、答案用紙を裏返す。
問題はその時にしっかりと確認し、考えてから記入する。
迷う時は、すぐに回答しないで少し時間を置く。
正解に辿り着くこともあるし、考えていてそういえばこっちだった、となる時もある。
全ての学習が同じだ。
記入したら、もう迷わない。
見直しをしてしまうと、気になることが出てくる場合がある。
だから、失敗している所は、しっかりと間違えてきちんと訂正した方が良い。
見えなくなってしまったら、問題すら解けなくなってしまうのだから。
特に気を付けること。
見えている内に、終わりにすること。
なので、焦らないで試験の時間が過ぎたことを喜ぶ。
時間はあと8分くらいある。
時間的に丁度良いと思った。
今なら見えなくなっても、問題がない。
焦らないで下校の時間を迎えることができる。
教室の中は、カリカリとした音がどこでも響いている。
筆圧の強い子、筆圧の弱い子。
動きが止まっている子、答案用紙のあちこちに視線を動かしているような動きをしている子。
試験中の独特な空気。
机の上でほぼみんな前傾姿勢で、問題用紙と向き合っている。
教室の隅の方で、不審にならないように少しだけ視線を上げる。
あまり、キョロキョロしていると大谷先生が気にしてしまうかもしれない。
なので私も裏返した答案用紙に視線を移す。
今日は、このまま下校だ。
それにホッとする。
休み時間の、乃田さんと布之さんと高杉君の会話を思い出す。
話す口調は早い。
でも、私が置いていかれないようにきちんと配慮されていると思う。
乃田さんも布之さんも高杉君も、とても優しい。
私のことを、すごく大事にしてくれている。
そう思う瞬間が、いくつもある。
お友達と認識しあうまで、優しいことを不思議に思っていた。
今なら、私自身がお友達に出来ることを考えられる。
さっきの乃田さんに思ったことだけれど…。
一緒にお勉強をしたら、私でも力になれるかな?なんて考えてしまった。
そうすれば、私も乃田さんの役に立てるかな?
そんなことを、漠然と思う。
ただ、乃田さんが望むかどうかは分からないけれど…。
「はい、筆記用具を置いてください」
大谷先生の声と共に、チャイムが鳴る。
後ろから回って来る答案用紙に、自分の答案用紙を重ねて前に渡す。
乃田さんの表情は、割と明るかった。
さっき、捨てたって言っていたけれど、大丈夫だったのかもしれない。
それにホッとした。
「では、このまま下校にします。明日も試験があるので、短縮での下校ですが寄り道はしないようにしてくださいね」
大谷先生が、日直に視線を送ったのか日直の号令がかかる。
起立して、大谷先生に挨拶をする。
教室から素早く出て行く女の子達。
何でだろうと首を傾げる。
「廊下は走りませんよ?」
大谷先生は廊下まで歩き、顔を覗かせていた。
「部活もないし、勉強さえなかったらなー」
乃田さんが席に座らずに、ゆっくりと伸びをした。
回りのクラスメイトも、少しずつ下校の準備をしている。
私も、机の中を確認しながら、立っているのもおかしいと思って着席した。
「あかり、明日の方が心配じゃないの?」
もう下校準備をしたのか、布之さんがやって来た。
荷物を持って、私と乃田さんの間辺りに立っている。
「明日は3教科よ?大丈夫なの?」
布之さんの言葉を聞きながら、座ったまま机の中の教科書やノートを机の上に置く。
「春川がしていた勉強覗いていたから、テスト範囲割と楽勝かもな?」
荷物を置き、乃田さんの言葉に首を傾げる。
「春川って、毎日毎日飽きもせずに、すぐに予習と復習。進研ゼミかって」
乃田さんの言葉に、良く分からないけど頷いてしまった。
「予習と復習、大事でしょう?」
「春川の進研ゼミ講習なんて、良い響きだわ」
布之さんの言葉に、何か違う気がしたので首を傾げてしまった。
「私は、進研ゼミじゃないよ?」
「そうね、春川は唯一無二だもの。既存の物と一緒にするなんて、私もナンセンスだわ」
布之さんの言葉は、やっぱり良く分からない。
「ほら、また春川のこと置いてけぼり。やめろよお前」
私が何も言わなかったからか、乃田さんが布之さんにそう言った。
置いてけぼりではないけれど、ただ反応が遅いだけで…。
「布之は、時々時代背景が古くなるな」
「時代背景?」
高杉君の言葉が不思議だったので、思わず繰り返してしまった。
「なんか、ナンセンスとか袂を分かつとか」
「あら?それは新たな火種にしようという、高杉からの宣戦布告かしら?」
「え?」
布之さんの表情は、やっぱりいつもと同じだった。
でも言っている言葉は、少し過激だった。
でも、高杉君もいつもと同じで、焦る様子は見られていない。
布之さんと高杉君の関係は、何だか良く分からない。
「お前らやめろよな?春川が困るだけだろ」
乃田さんが、布之さんと高杉君にそう言っている。
困りはしないけれど、何て言ったら正解なのか良く分からない。
あ、それが困っているってことか。
乃田さんはすごいなぁ。
いつでも、私のことを気にかけてくれる。
そんなことをぼんやりと思った。
「何か、さっきの玄関がどうのってやつ?」
「いつの時代も、女の子は夢見る乙女ですもの」
乃田さんの言葉に、布之さんがそう返答する。
「先輩達も、後輩達もすごくキャーキャー言ってたな?」
乃田さんの言葉に、散歩中のことを思い出そうとうするけれどイマイチピンと来ない。
「怖い人?いないと良いね」
さやかの話を思い出し、そう乃田さんに告げる。
「どういうこと?」
今度は、乃田さんが私に問いかける。
どういうことって、さやかが毎日のように私に言う言葉。
「さやかが言っていたの、学校の下校時には怖い人がいるから、なるべく固まって帰りましょうって。乃田さんと布之さんと高杉君が心配だから…」
「えぇと…?」
乃田さんの言葉は、珍しく迷っていた。
だから、私は不思議に思いながらも言葉を重ねる。
「私は、毎日車でしょう?だから、乃田さんと布之さんと高杉君が心配…です」
思い切って言った言葉は、きちんと届いただろうか?
でも、私の言葉に、乃田さんと布之さんと高杉君が動かなくなった。
何でだろう?
「春川?」
高杉君の声に、返事をする。
「うん?」
「さやかちゃんは、他にどんなことを言っていた?」
さやかがいつも言うのは…。
思い出して、すぐに合言葉があったことに気付く。
「『いかのおすし』って、知っている?」
「知っているが…」
私の問いかけに、高杉君は珍しく視線を合わせてくれなかった。
でも、知っているなら話は早い。
「高杉君は、物知りだね」
私の言葉に、高杉君が目を瞑った。
あれ?
何でだろう。
「春川?」
今度は、布之さんが話しかけてくる。
布之さんは、笑っていた。
「なあに?」
「さやかちゃんの言う、『いかのおすし』って春川は覚えている?」
私が問いかけたのだから、勿論知っている。
なので、大きく頷いた。
「うん。さやかと何回も復唱したから、覚えているよ?行かない・乗らない・大きな声を出す・すぐ逃げる・知らせる。でしょう?」
さやかと何回も繰り返して覚えたので、ちゃんと答えることが出来た。
「上手に言えました。春川は、本当に愛くるしいわね」
布之さんの満足そうな表情に、少しの違和感を感じた。
何でだろう?
褒められたのに、何で「あれ?」と思う私がいるのだろう。
布之さんだけじゃない。
乃田さんと高杉君も、笑っている。
高杉君は、ちゃんと私を見ている。
さっきは視線を合わせてくれなかったのに…。
何でだろう。
「春川?」
高杉君の声も、何だか優しい。
「…はい?」
なので、少しだけ間が遅れてしまった。
「さやかちゃんは、それを春川に教えてくれたってことで合っている?」
「うん、そうだけど?」
「さやかちゃんが、学校で言われていることを?」
「うん」
高杉君は、少し言いにくそうにしている。
何でだろう?
「どうしたの?高杉君」
「…春川のことを心配しているから、さやかちゃんはわざわざ学校で知ったことを春川に教えてくれたんだなって、思っただけだ」
高杉君の言葉が、ゆっくりと響く。
そう。
小学校で知ったことを、私に教えてくれた妹。
さやかは、小学生。
小学生が言われたことを、中学生の私が言うのは…おかしいこと?
おかしくはないけれど、中学生の私が言うことではない?
だからか、乃田さんと布之さんと高杉君が笑っていた?
冷や汗が出るような、私が嫌だと思うような笑い方ではない。
でも、私が「あれ?」と思ったのは、きっと3人の表情だった。
あれは、さやかを見る3人と同じだ。
つまり、小学生の妹と同じ目線で私のことを見ているってこと。
私のことを、小学生と思っている?
そう思ったら、少しだけ恥ずかしい気持ちになった。
回りを確認し、クラスに私達しかいなくなっていることに気付く。
良かった、他のクラスメイトがいなくて…。
少しだけ視線を下にしてしまった。
何で、私はさっき自信満々に合言葉を言ったのだろう。
恥ずかしい。
中学生なら知っていて、当たり前のことなのに…。
そう思ったら、顔が熱くなって来た。
きっと、赤くなっているのだろう。
「みんな、知っていることだよね?ごめんなさい、今更のことを堂々と言うなんて恥ずかしい」
「そんなことはないわ。学習と同じで、復習はいつまでたっても必要よ?」
布之さんの言葉は、励ましなのか慰めなのか分からなかった。
それでも、恥ずかしさはなくならない。
「春川、ごめん」
高杉君の声に、首を振る。
「だ、大丈夫…」
「愛くるしい」
「かすみ!やめろよ」
乃田さんと布之さんの声に、更に顔が熱くなる。
「可愛い春川を愛でている大谷先生が、気を遣いそうなのでそろそろ下校しましょうか?」
布之さんがさっきと同じように、何でもないことのように言った。
大谷先生?
俯いていた視線をそろそろと上に向ける。
前にいる大谷先生を見ると、微笑んでいた。
何だろう。
恥ずかしい。
やっぱり、恥ずかしい。
何でだろう?
そうだ。
早く、帰らないと。
お母さんのことを、待たせてしまう。
慌てて支度をして、荷物を通学カバンに入れる。
「大谷先生、すみません。今、下校します」
「春川さん、焦らないで良いから、落ち着いて?」
「…は、はい」
「帰るか?」
乃田さんの声に、席から立ち上がる。
「はい!」
「気を付けて」
大谷先生はいつも通りだった。
「大谷先生、さようなら」
なので、気にしないように教室から移動する。
友達と一緒にいると、色々なことがある。
嬉しいことも、楽しいことも、恥ずかしいことも…。
でも、一緒じゃないとそれは感じられない。
今日の私達。
お勉強は嫌いじゃない。
元々、お勉強は嫌いではなかったけど…。
お兄ちゃん達が、日常的に学習する癖があったことも影響しているのだろう。
目の前の問題用紙を、じっと見つめる。
焦らないで、ゆっくりと問題を解いていく。
いつもしているお勉強と一緒だ。
小学校から続く、私の日常の1つ。
それしか、することがなかったから。
時間がある時に、お勉強をしていることが自然と増えた。
それに、お勉強したことは全部自分のためになる。
お母さんが言っていた。
『知識は自分の財産になる』って。
その時は、言っている意味が良く分からなかった。
まだ小学生だった頃の私。
お母さんは、お勉強をしなくても怒らない。
というと、語弊があるかもしれない…。
さやかは宿題を済ませないことがあると、お母さんが困ったようにしている。
だけど、怒ることはそれでもなかった、と思う。
それに、お勉強を頑張ることで、お兄ちゃんに褒められたり、知らないことを覚えることが嬉しいことに気付いた。
お勉強したことで、知っていることをお父さんが褒めてくれることがあった。
お父さんは、とても忙しい。
時々しか家に帰って来ない。
だけど、私の知っていること、分かっていることが共通点になってお喋り自体が楽しめる。
そんなことを思い出した。
書くスピードがゆっくりになっていることに気付く。
なので、マス目からはみ出さないように記入する。
少し考え事はしてしまったけれど、問題はしっかりと解けたと思う。
時間がかかる問題はそこまでなかった。
そのことに、ホッとする。
焦らないで、焦らないで、と自分で思いながらどうにか進められた。
問題を解き終え、答案用紙を裏返す。
問題はその時にしっかりと確認し、考えてから記入する。
迷う時は、すぐに回答しないで少し時間を置く。
正解に辿り着くこともあるし、考えていてそういえばこっちだった、となる時もある。
全ての学習が同じだ。
記入したら、もう迷わない。
見直しをしてしまうと、気になることが出てくる場合がある。
だから、失敗している所は、しっかりと間違えてきちんと訂正した方が良い。
見えなくなってしまったら、問題すら解けなくなってしまうのだから。
特に気を付けること。
見えている内に、終わりにすること。
なので、焦らないで試験の時間が過ぎたことを喜ぶ。
時間はあと8分くらいある。
時間的に丁度良いと思った。
今なら見えなくなっても、問題がない。
焦らないで下校の時間を迎えることができる。
教室の中は、カリカリとした音がどこでも響いている。
筆圧の強い子、筆圧の弱い子。
動きが止まっている子、答案用紙のあちこちに視線を動かしているような動きをしている子。
試験中の独特な空気。
机の上でほぼみんな前傾姿勢で、問題用紙と向き合っている。
教室の隅の方で、不審にならないように少しだけ視線を上げる。
あまり、キョロキョロしていると大谷先生が気にしてしまうかもしれない。
なので私も裏返した答案用紙に視線を移す。
今日は、このまま下校だ。
それにホッとする。
休み時間の、乃田さんと布之さんと高杉君の会話を思い出す。
話す口調は早い。
でも、私が置いていかれないようにきちんと配慮されていると思う。
乃田さんも布之さんも高杉君も、とても優しい。
私のことを、すごく大事にしてくれている。
そう思う瞬間が、いくつもある。
お友達と認識しあうまで、優しいことを不思議に思っていた。
今なら、私自身がお友達に出来ることを考えられる。
さっきの乃田さんに思ったことだけれど…。
一緒にお勉強をしたら、私でも力になれるかな?なんて考えてしまった。
そうすれば、私も乃田さんの役に立てるかな?
そんなことを、漠然と思う。
ただ、乃田さんが望むかどうかは分からないけれど…。
「はい、筆記用具を置いてください」
大谷先生の声と共に、チャイムが鳴る。
後ろから回って来る答案用紙に、自分の答案用紙を重ねて前に渡す。
乃田さんの表情は、割と明るかった。
さっき、捨てたって言っていたけれど、大丈夫だったのかもしれない。
それにホッとした。
「では、このまま下校にします。明日も試験があるので、短縮での下校ですが寄り道はしないようにしてくださいね」
大谷先生が、日直に視線を送ったのか日直の号令がかかる。
起立して、大谷先生に挨拶をする。
教室から素早く出て行く女の子達。
何でだろうと首を傾げる。
「廊下は走りませんよ?」
大谷先生は廊下まで歩き、顔を覗かせていた。
「部活もないし、勉強さえなかったらなー」
乃田さんが席に座らずに、ゆっくりと伸びをした。
回りのクラスメイトも、少しずつ下校の準備をしている。
私も、机の中を確認しながら、立っているのもおかしいと思って着席した。
「あかり、明日の方が心配じゃないの?」
もう下校準備をしたのか、布之さんがやって来た。
荷物を持って、私と乃田さんの間辺りに立っている。
「明日は3教科よ?大丈夫なの?」
布之さんの言葉を聞きながら、座ったまま机の中の教科書やノートを机の上に置く。
「春川がしていた勉強覗いていたから、テスト範囲割と楽勝かもな?」
荷物を置き、乃田さんの言葉に首を傾げる。
「春川って、毎日毎日飽きもせずに、すぐに予習と復習。進研ゼミかって」
乃田さんの言葉に、良く分からないけど頷いてしまった。
「予習と復習、大事でしょう?」
「春川の進研ゼミ講習なんて、良い響きだわ」
布之さんの言葉に、何か違う気がしたので首を傾げてしまった。
「私は、進研ゼミじゃないよ?」
「そうね、春川は唯一無二だもの。既存の物と一緒にするなんて、私もナンセンスだわ」
布之さんの言葉は、やっぱり良く分からない。
「ほら、また春川のこと置いてけぼり。やめろよお前」
私が何も言わなかったからか、乃田さんが布之さんにそう言った。
置いてけぼりではないけれど、ただ反応が遅いだけで…。
「布之は、時々時代背景が古くなるな」
「時代背景?」
高杉君の言葉が不思議だったので、思わず繰り返してしまった。
「なんか、ナンセンスとか袂を分かつとか」
「あら?それは新たな火種にしようという、高杉からの宣戦布告かしら?」
「え?」
布之さんの表情は、やっぱりいつもと同じだった。
でも言っている言葉は、少し過激だった。
でも、高杉君もいつもと同じで、焦る様子は見られていない。
布之さんと高杉君の関係は、何だか良く分からない。
「お前らやめろよな?春川が困るだけだろ」
乃田さんが、布之さんと高杉君にそう言っている。
困りはしないけれど、何て言ったら正解なのか良く分からない。
あ、それが困っているってことか。
乃田さんはすごいなぁ。
いつでも、私のことを気にかけてくれる。
そんなことをぼんやりと思った。
「何か、さっきの玄関がどうのってやつ?」
「いつの時代も、女の子は夢見る乙女ですもの」
乃田さんの言葉に、布之さんがそう返答する。
「先輩達も、後輩達もすごくキャーキャー言ってたな?」
乃田さんの言葉に、散歩中のことを思い出そうとうするけれどイマイチピンと来ない。
「怖い人?いないと良いね」
さやかの話を思い出し、そう乃田さんに告げる。
「どういうこと?」
今度は、乃田さんが私に問いかける。
どういうことって、さやかが毎日のように私に言う言葉。
「さやかが言っていたの、学校の下校時には怖い人がいるから、なるべく固まって帰りましょうって。乃田さんと布之さんと高杉君が心配だから…」
「えぇと…?」
乃田さんの言葉は、珍しく迷っていた。
だから、私は不思議に思いながらも言葉を重ねる。
「私は、毎日車でしょう?だから、乃田さんと布之さんと高杉君が心配…です」
思い切って言った言葉は、きちんと届いただろうか?
でも、私の言葉に、乃田さんと布之さんと高杉君が動かなくなった。
何でだろう?
「春川?」
高杉君の声に、返事をする。
「うん?」
「さやかちゃんは、他にどんなことを言っていた?」
さやかがいつも言うのは…。
思い出して、すぐに合言葉があったことに気付く。
「『いかのおすし』って、知っている?」
「知っているが…」
私の問いかけに、高杉君は珍しく視線を合わせてくれなかった。
でも、知っているなら話は早い。
「高杉君は、物知りだね」
私の言葉に、高杉君が目を瞑った。
あれ?
何でだろう。
「春川?」
今度は、布之さんが話しかけてくる。
布之さんは、笑っていた。
「なあに?」
「さやかちゃんの言う、『いかのおすし』って春川は覚えている?」
私が問いかけたのだから、勿論知っている。
なので、大きく頷いた。
「うん。さやかと何回も復唱したから、覚えているよ?行かない・乗らない・大きな声を出す・すぐ逃げる・知らせる。でしょう?」
さやかと何回も繰り返して覚えたので、ちゃんと答えることが出来た。
「上手に言えました。春川は、本当に愛くるしいわね」
布之さんの満足そうな表情に、少しの違和感を感じた。
何でだろう?
褒められたのに、何で「あれ?」と思う私がいるのだろう。
布之さんだけじゃない。
乃田さんと高杉君も、笑っている。
高杉君は、ちゃんと私を見ている。
さっきは視線を合わせてくれなかったのに…。
何でだろう。
「春川?」
高杉君の声も、何だか優しい。
「…はい?」
なので、少しだけ間が遅れてしまった。
「さやかちゃんは、それを春川に教えてくれたってことで合っている?」
「うん、そうだけど?」
「さやかちゃんが、学校で言われていることを?」
「うん」
高杉君は、少し言いにくそうにしている。
何でだろう?
「どうしたの?高杉君」
「…春川のことを心配しているから、さやかちゃんはわざわざ学校で知ったことを春川に教えてくれたんだなって、思っただけだ」
高杉君の言葉が、ゆっくりと響く。
そう。
小学校で知ったことを、私に教えてくれた妹。
さやかは、小学生。
小学生が言われたことを、中学生の私が言うのは…おかしいこと?
おかしくはないけれど、中学生の私が言うことではない?
だからか、乃田さんと布之さんと高杉君が笑っていた?
冷や汗が出るような、私が嫌だと思うような笑い方ではない。
でも、私が「あれ?」と思ったのは、きっと3人の表情だった。
あれは、さやかを見る3人と同じだ。
つまり、小学生の妹と同じ目線で私のことを見ているってこと。
私のことを、小学生と思っている?
そう思ったら、少しだけ恥ずかしい気持ちになった。
回りを確認し、クラスに私達しかいなくなっていることに気付く。
良かった、他のクラスメイトがいなくて…。
少しだけ視線を下にしてしまった。
何で、私はさっき自信満々に合言葉を言ったのだろう。
恥ずかしい。
中学生なら知っていて、当たり前のことなのに…。
そう思ったら、顔が熱くなって来た。
きっと、赤くなっているのだろう。
「みんな、知っていることだよね?ごめんなさい、今更のことを堂々と言うなんて恥ずかしい」
「そんなことはないわ。学習と同じで、復習はいつまでたっても必要よ?」
布之さんの言葉は、励ましなのか慰めなのか分からなかった。
それでも、恥ずかしさはなくならない。
「春川、ごめん」
高杉君の声に、首を振る。
「だ、大丈夫…」
「愛くるしい」
「かすみ!やめろよ」
乃田さんと布之さんの声に、更に顔が熱くなる。
「可愛い春川を愛でている大谷先生が、気を遣いそうなのでそろそろ下校しましょうか?」
布之さんがさっきと同じように、何でもないことのように言った。
大谷先生?
俯いていた視線をそろそろと上に向ける。
前にいる大谷先生を見ると、微笑んでいた。
何だろう。
恥ずかしい。
やっぱり、恥ずかしい。
何でだろう?
そうだ。
早く、帰らないと。
お母さんのことを、待たせてしまう。
慌てて支度をして、荷物を通学カバンに入れる。
「大谷先生、すみません。今、下校します」
「春川さん、焦らないで良いから、落ち着いて?」
「…は、はい」
「帰るか?」
乃田さんの声に、席から立ち上がる。
「はい!」
「気を付けて」
大谷先生はいつも通りだった。
「大谷先生、さようなら」
なので、気にしないように教室から移動する。
友達と一緒にいると、色々なことがある。
嬉しいことも、楽しいことも、恥ずかしいことも…。
でも、一緒じゃないとそれは感じられない。
今日の私達。
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