見ることの

min

文字の大きさ
54 / 74
2章

寄り道

しおりを挟む
「あーぁ、もう少しで着いちゃうなぁ」
みーちゃんの声に、お家が近くなったのかと思う。
「でもさ、のんちゃん少しだけ寄り道しよっか?」
楽しそうな声に、首を傾げる。

「寄り道?」
「そ!どうせお家でもたくさん食べてないんでしょ?」
「…そんなことないもん!」

私がムキになって言い返すとクスクス笑う声がした。
「ほんと?じゃあ、大盛りごはん食べよ?」
大盛り?
今から、お家でお昼ごはんを食べるのに?

「み、みーちゃん?」
「大丈夫、ぼくはとってもおなかが空いてるから」
私の心配をよそに、みーちゃんはケロリと答えた。

良い香りが漂う空間に、少しだけ空腹を意識する。
「降ろすよ?」
みーちゃんの声に頷き、降りるために足に力を入れる。

ゆっくりと、体が降ろされ地面に足が着く。
「さ、入ろ入ろ」
みーちゃんに手を繋がれ、帰宅していないのに寄り道をして良いのか少し不安になった。
「みーちゃん?でも…」

「大丈夫大丈夫。この後、ははさんがお迎えに来てくれるから、安心して?」
「…本当?」
「ぼく、のんちゃんに嘘ついたことないでしょ?」
言われた言葉にコクリと頷く。
「うん」

「だから、母さんが来るまで良いでしょ?」
「…みーちゃんが食べるのを待っていれば良いの?」
「のんちゃんは、本当に可愛いなぁ」
「何で?」

今のやり取りに、可愛いようなことがあったのかな?
不思議で首を傾げる。
「ま、良いから良いから」
みーちゃんに手を引かれ、ゆっくりと歩を進める。

「いらっしゃいませー」
元気良く響く挨拶に、懐かしい気持ちが掘り起こされる。
ご夫婦でお店を開いている、私が小さい頃からあるお店。
「奥の席ね」
みーちゃんの声に、席は空いていたんだとぼんやり聞いていた。
「はーい!」

お昼頃は、いつも近所の人やお仕事中の人達が来ているイメージのお店。
それでも、みーちゃんはゆっくりとお店の中で歩いている。

「足、痛くない?」
「うん。ありがとう、みーちゃん」
みーちゃんの歩く速度は、私に合わせてゆっくりだ。
本当は、もっと速いのだろう。
でも、それが嬉しい。

「はい、ぼくのお姫様」
みーちゃんが、椅子まで手を引いてくれたのでゆっくりと腰を降ろす。
「ありがとう、みーちゃん」

「良いの良いの」
隣に座ったみーちゃんに、不思議な気分が湧く。
座席は広くて、みーちゃんが隣に来てもまだ私の横にはスペースがある。
何で、隣に座ったのだろう。
1つの座席は、ソファのように繋がっている。

「回りに話し声が聞こえたら、のんちゃん緊張しちゃうかな?って思って」
だから、隣に来たのかな?
みーちゃんの声はいつもよりも小さい。
でも、隣にいるからしっかりと聞こえている。
だから、向かい側じゃなくてお隣に座ったのかな?

「…久しぶりだね」
ポツリと聞こえたみーちゃんの言葉。
「うん、そうだね」
「変わってないね、“みやま”さんは」
「そうなんだ…」
「あの頃と、おんなじ」

見えていないので、答えにはなっていない。
それでも、みーちゃんは気にしていないようだった。
「のんちゃんと2人っていうのが、すごく不思議」
「…うん、そうだね」

智ちゃんが成人して、初めて来たのがこのお店だった。
3人でご飯を食べるお店。
町のご飯屋さん。
その頃は、目のこともあって外に出ることが怖かった。

普通の生活を送るようになって、でも見えなくなる時間は確実に存在していて…。
毎日怖い気持ちで過ごしていた。
目のことが不安で仕方なかった。

いつ、見えなくなるのか。
目が見えなくなる私が、どんな風に見られているのか。
だけど、一緒にお出かけできることが嬉しくて、ドキドキしながら来たのを覚えている。
それでも、みーちゃんも智ちゃんも変わらなかった。

『緊張しているのか?』
今でもすぐに浮かぶ、智ちゃんの声。
『3人なんだから、安心して』
今よりも少しだけ幼い?みーちゃんの声。

2人に手を繋がれて、ドキドキしていた記憶。
それでも、不安は少ししか感じなかった。
お母さんは心配してくれたけれど…。
それでも、“外に出たい”と思わせてくれた。

智ちゃんとみーちゃんがいることの安心感。
2人に会える期待。
それに、お家から近いお店に行くということで、緊張はそこまで感じなかった。
怖さよりも、楽しさが上回っていたのだろう。

だから、安心してお店に入ることが出来た。
近くに住んでいるのに、来たことがなかったお店。
私が気兼ねしないで通えるお店屋さんとして、智ちゃんが選んでくれたってみーちゃんが言っていた。

置いていかれてしまい、寂しいと思っていた頃。
だけど、私の目のことがあって落ち込んでしまった。
みーちゃんは、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に会いに来てくれた。
何回も、何回も会いに来てくれた。
外に出にくくなった私を、2人が連れ出してくれた。

みーちゃんと智ちゃんと、3人でお出かけできることがとても嬉しかった。
ご飯屋さんだけれど、商店街のお店の人が来たり、ママさん仲間で集まるお店でもあった。
今は、少しだけざわざわしている。
お昼前だから、混んでいるのかもしれない。
だけど、少しでもざわざわしている方が安心する。

私に注目されていないことにホッとする。
そっか。
混んでいるのに、入れたんだ。
「並ばないで平気だったんだ?」
疑問に思ったので、口にする。

「うん、のんちゃんが入るんだからね」
のんびりとした答え。
どういうことか良く分からないけれど。

「お待たせしました!」
元気な声に、ふと不思議な気持ちになる。
あれ、お店に入ってメニュー注文したかな?

良い香りが漂うことで、思考が飛び飛びになる。
「あと、アイス盛りだったね。はい、4つ」
「…ありがとうございます。ほらのんちゃん」
4つ?
アイス盛りが…?

テーブルの上に、物を置く音が聞こえる。
コト、カチャカチャ。
本当に並んでいるの?
私が、ぼんやりしていると繋ぎ慣れた手に意識を持っていかれる。

「ほら?」
みーちゃんが私の手を握ってアイスの器と、スプーンを握らせてくれる。
「みーちゃん、アイス盛りあと3つあるの?」
「えぇ?」

だって、さっきお店の人が『4つ』って言ってた。
私に1つ回って来たけれど…。
ということは、残りは3つあるわけで。

「いくら大盛りでも…。みーちゃん?おなか、壊さないでね?」
「…そうだね」
『可愛いのんちゃん』

ポツリと聞こえた声は、幻聴なのか。
隣にいるのに、遠い気がした。
「はい!のんちゃん、あーん?」
みーちゃんの声に、アイスの器を手にしたまま固まる。

「ほらほら、わざと奥の席にしたんだし、誰も見てないから」
ふわりと香る、おいしそうな雰囲気。
私に近付いているスプーンを意識し、少し口を開ける。
「可愛い、餌付け」
みーちゃんの声に、思わず口を閉じる。

「あ!のんちゃん。ごめんって」
みーちゃんの面白がる声に、少しだけ口を尖らせる。
「そんなのんちゃんも、可愛いなぁ」
私が怒っていても、みーちゃんは全然気にしていない。

「もう、みーちゃんは…」
「ごめんね?のんちゃんと1年ぶりのごはんが嬉しくて」
1年ぶり。
そうだ、去年に会ったのが最後だから…。

「だから、ね?のんちゃん、あーん?」
みーちゃんの優しい声に、ゆっくりと口を開ける。
さっきと同じく、ふわりと漂う卵とケチャップの香り。

「ゆっくりモグモグして?」
みーちゃんの声に、口の中に入ったごはんを噛みしめる。
「おいしい?のんちゃんの好きなオムライス」

「…うん、おいしい」
私が初めて来た10歳の時、何を食べるか迷ってしまいオムライスを頼んだ。
ふわふわの卵に、酸味の強いケチャップがかかっていてとてもおいしかったのを覚えている。
だけど、量が多くてみーちゃんと智ちゃんが最後の方は食べてくれた。

それからこのお店に来る時は、必ずオムライスを頼むようになった。
そのくらい、初めてお家以外で食べたオムライスがおいしかった。
3人で来るお店では、定番の食べ物になった。
そうだ、みーちゃんはいつもはお肉がおかずのごはんを頼むのに…。

私のために?
そう思うと、余計に胸がいっぱいになる。
嬉しい。
「おいしい。ありがとう、みーちゃん」

「うん、ほら?もう1口」
言われて、思わず口を開けてしまった。
久しぶりの、懐かしい味。
食い意地が張っているって思われていないかな?

「ごめんね?みーちゃん、本当はお肉の方が良かったよね?」
「え?違いまーす。今日は、ぼくがオムライスの気分なだけ」
みーちゃんの言葉に、ふふっと笑ってしまった。

初めて来た時から、私はオムライスしか食べていないけれど。
みーちゃんは、焼肉定食とかかつ丼とか迷いながらも色々なメニューから選んで食べていた。
『おなか空いた!』
そう言ってキラキラした目で、メニューを眺めるみーちゃん。
智ちゃんが、それを“仕方ないなぁ”という眼差しで見ている光景。

うん、覚えている。
何回も来たから。
3人で。
懐かしい。

「それに、ぼくはオムライスも好きだけど。のんちゃんがいつもくれるから、頼まないだけだからね?」
みーちゃんの言葉に、小さかった笑いが声に出てしまった。
「ぼくは、ここのお肉メニュー全部食べてるから。それでも、毎回食べるのんちゃんのオムライスが、1番好きだって思ってるから頼んだだけ」

「うん、ありがとう」
みーちゃんの言葉は、ずっと優しい。
「1年ぶりに食べるなら、絶対オムライスだから」
「…うん、嬉しい」

「はい、次ね?あーん」
みーちゃんの声に、少し躊躇う。
「もう、おなかいっぱい?」
「え?」

「だって、食べたくなさそうな顔」
「…違うよ」
「じゃあ、あーん?」
迷いながらも、口を開ける。

オムライスはまだ熱い。
「みーちゃん、足りる?」
「足りるよ?これで足りなかったら、追加で頼むから気にしないで」
「えぇ!?」

ビックリしてしまう。
私は、もうおなかがいっぱいになっているのを感じている。
でも、みーちゃんはまだ足りないの?

「アイスは?」
「ん?」
私の問いかけに、みーちゃんの疑問が返って来る。
「アイス…」

「のんちゃん、さっきからアイスばっかり気にして…」
みーちゃんの言葉に、そうかな?と思ってしまう。
だって、4つもあるのに。
みーちゃん、オムライスも食べているのに…。

「アイスは、もう終わったよ?」
「えぇ!?」
私だって、まだ食べていないのに…。
みーちゃんの食べるスピードの速さに驚いてしまう。

「ほらほら、のんちゃんも自分のアイスを食べて?おいしいよ」
みーちゃんが、私の右手に手を添える。
「アイスも、あーんしようか?」
優しいだけじゃない声に、揶揄われていると思ってしまう。

「…自分で食べられるよ?」
「そう?じゃあ、ぼくもオムライスを食べるから、のんちゃんもアイスを食べて?」
暗に、『見ていないから食べてね』という声かけだろう。
優しいみーちゃん。

手に持ったままだった器を意識すると、左手が急に冷たく感じる。
アイス盛りも、みーちゃんと私が毎回頼むデザートだった。
苺とバニラのアイス。
今も同じなのかな?

スプーンで感触を感じながら掬い、口に運ぶ。
見えていなくても、それは出来ること。
ゆっくりと口に入るアイスに、おいしいと感じる。
「おいしい」
少しずつ溶けて、苺味とバニラ味が段々混ざってくるんだった。

みーちゃんは食べるのが早くて、いつも智ちゃんに『良く噛みなさい』と言われていた。
みーちゃんは『はいはい、智ちゃんは細かいなぁ』とか言い返して…。

懐かしくて。
おいしい思いで。
「…おいしい」

「そ?良かったね?」
口の中のアイスがゆっくりと溶けて行く。
「…うん」

口の中に感じる懐かしくておいしい味に、じわりと滲む気持ち。
「ほらほらのんちゃん、アイス溶けちゃうよ?」
「…うん」

震えてしまったけれど、返事をする。
はらはらと伝う生暖かい頬の感覚。
それでも、アイスを口に運ぶ。

まだ、アイスは残っている。
でも手が止まってしまう。
胸がいっぱいなのか、おなかがいっぱいなのか…。

「もう、おなかいっぱい?」
「…うん」
「じゃあ、ぼくが食べよっと」
「…うん」

「じゃあ、もらっちゃうよ?」
「…うん、ありがとう」
私の手から、ガラスの器とスプーンが抜かれていく。

「ミックスアイス、のんちゃんのアイスだね」
「…どういうこと?」
「ぼくは、混ざらない内に食べ終わるけど、のんちゃんはゆっくりだから、苺とバニラが混ざってミックスになるなぁって、いつも思ってた」

「…ミックス」
ただの溶けたアイスなのに。
みーちゃんの優しい言葉。
「今日も、久しぶりにそうなったなぁって思っただけ。おいし」

みーちゃんは、私といるとすごく優しいのに。
何で、さやかにはあんなに素っ気ないんだろう?
不思議。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

ぼくの家族は…内緒だよ!!

まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。 それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。 そんなぼくの話、聞いてくれる? ☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。

黒地蔵

紫音みけ🐾書籍発売中
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

処理中です...