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2章
お伽話
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「それより、何で大谷先生がいるの?」
乃田さんの後ろに布之さんと、高杉君が見える。
3人ともお迎えに来てくれたんだ。
乃田さんと布之さんと高杉君の顔を見て、ホッとする。
わざわざ来てもらったと、申し訳ない気持ちは勿論ある。
だけど、嬉しい気持ちが出てしまう。
「せんせー?」
乃田さんの問いかけに、大谷先生は困ったように笑った。
「春川さんが別行動だったので、その確認です」
大谷先生は、乃田さんに説明するように話していた。
「だって、話は林先生がしたんでしょ?」
「乃田さん?先生には、先生で確認することがあるんですよ?」
「そうだったんだ」
乃田さんのあっけらかんとした声。
さっぱりとしている乃田さんの言葉。
元気な乃田さんの声に、私も元気になる。
「本当に、あかりは考えなしね。大谷先生が可愛い大事な春川のことを、悲しい気持ちにさせないようにしていたっていうのに…」
布之さんの言葉に、大谷先生は咳払いをした。
思わず大谷先生の方を見てしまう。
目が合った大谷先生は、にっこりと笑ってくれた。
嬉しい。
大谷先生は、やっぱり私のことを気にしていてくれていたんだと思う。
保健室に私の様子を見に来てくれたということ。
そのことが、とても嬉しい。
「布之さん?先生は皆さん全員のことを、大事に想っていますよ?」
「それは嬉しいです。ありがとうございます」
「思ってもないだろ?お前」
大谷先生と、布之さんと乃田さんの言葉が流れていく。
「まぁまぁ、大谷先生も布之も乃田もその辺で…」
林先生の言葉で、3人が林先生を見る。
私も林先生を見る。
「林先生は、春川と一緒にこの空間で過ごしていたんですよね?ただのご褒美じゃないですか?」
林先生は『やれやれ』と大きなため息をついた。
「何だ?布之は大人にも嫉妬するのか?面倒だな」
林先生の言葉に、布之さんが『何でですか?』と返している。
「林先生、思春期の児童に何ていう暴言を言うんですか?私が春川にだけ執着しているのは、もはやそういう特性だと思ってください。林先生への嫉妬で、私がおかしくなったらどうするんですか?」
「まぁ、十分おかしいけどな?」
乃田さんは、あまり相手にしていないようにそう言った。
私に相槌を求めるように私を見ている。
「え、えぇと…」
返事に困ってしまい、言葉が止まる。
「あかり?あなたはどっちの味方なの?」
「かすみの味方じゃないことは確かだな。な?春川?」
「えぇ?」
乃田さんは私の返答を気にしていないように、また私に向かって笑っていた。
笑ってくれるだけで、私はホッとする。
お家に来てくれた時の会話のように、とてもたくさんの言葉が行き交っている。
すごく、賑やかだ。
聞いているだけでも、とても楽しい。
一緒の空間にいるだけで、満足する私。
「あかり?春川を困らせないでくれる?」
「お前だろ?」
「春川の時間を無駄にしないでくれる?」
「いや、それもお前な?」
「ふふ、乃田さんと布之さんは本当に仲良しだね」
思わず口にする。
「…本当に、春川は天使なのかしら?」
布之さんの言葉に、思わず首を傾げる。
「さっきも、布之さんはそんなことを言っていたね?そんなに呑気に見えるかな?」
「春川の中での天使のイメージがどうなっているのか疑問だわ、何で呑気が先に出て来るのかしら?」
布之さんの言葉にも、首を傾げる。
「あぁ、もうきょとんとするのも可愛い。そうよね?高杉?変態仲間でしょ?」
「…俺を巻き込むな」
高杉君は、ちらりと私の方を見たけれど、そのまま布之さんの方を見た。
横にいた乃田さんが、急に笑い出した。
「流石に、先生の前ではスルーしないか。高杉って、ほんとおもろいな。流石大物!」
何が面白いのかは分からないけれど、布之さんも一緒に笑っていた。
「…乃田も、その妙に認めるような発言は控えて欲しい」
高杉君の声は、いつもと変わらない。
「悪い悪い」
乃田さんも、変わらずあっけらかんとしている。
「思ってないだろ?」
乃田さん、布之さん、高杉君の会話はやっぱり早くはない。
「高杉君も苦労するわね」
大谷先生の言葉に、また分からず首を傾げる。
私の視線に気付き、大谷先生が『うーん』と首を傾げる。
「あぁ、春川さんのせいではないのよ?」
「ま、春川を中心に、この3人がいるなんて…。まぁ求心力ですかね?春川の…」
林先生の言葉に、大谷先生が『ですね』と答えていた。
あちこちで、会話があり言葉が流れる。
声がした方を見ることに追われ、回りをキョロキョロしてしまう。
きゅうしん?
私が中心?
林先生の言葉も良く分からない。
あちこち見ている私は、視線が追いつかない。
「さ、姫。話は以上だから、もう帰りなさい」
誰のことを言っているのか分からないけれど、林先生を見ると私のことを見ていた。
じゃあ、今の言葉は私に向かって言っていたのかな?
林先生の言葉に、不思議な気持ちになる。
姫?
誰が?
私が?
「何なんですか?林先生、その発言は?」
私が考えている間にも、会話は止まらない。
布之さんの言葉に、林先生がまた『やれやれ』と言った。
「布之?横は狭いんだから、暑苦しくなるなって」
コロコロと動く椅子に座ったまま、林先生はパーテーションに近付く。
布之さんは、その林先生を追いかけるように近付いていた。
「狭いと、距離が近くて良いじゃないですか?それより、春川がお姫様とは?」
「だって、この椅子にすっぽりくるまれて座る春川は、ほら?童話の親指姫みたいな感じがしないか?」
林先生が振り返り、私を見る。
自分だけ座ったままだったことに気付き、慌てて立とうとする。
「良いから良いから」
側にいた乃田さんに肩をポンポンと叩かれ、また椅子に納まる。
確かに、この空間は2人か3人で丁度良いのだろう。
私は座っているのに、乃田さんも布之さんも高杉君も立っている。
勿論、大谷先生も立っている。
林先生はコロコロの椅子に座っている。
不思議な空間。
パーテーションの横辺りに、高杉君がいる。
高杉君は狭くなると思って、中には入って来なかったのだろうか?
そんなことを思ってしまう。
「林先生って、意外に乙女だったんですね」
「布之?お前は、やっぱり私にケンカを売ってるんだな?」
座っている林先生が、立っている布之さんにそう言っていた。
「違いますよ?とても、良い発想です。確かに、春川は天使であり、お姫様であるべきです。ただ、お伽話のお姫様は、総じてこう不幸感があるじゃないですか?春川には幸せなお姫様でいて欲しいと言うか」
私のことを言っているのだろうけれど、私には何とも言えない。
私は布之さんの中で、どういう印象になっているのだろう。
戸惑っている私に構わないでくれる空間。
キョロキョロしているのは、私だけ。
だけど、いても良いというだけでありがたい。
「幸せなお姫様ねぇ」
林先生は、私を見ながらそう言った。
幸せなお姫様?
私が?
でも、それにも何とも言えず困ってしまう。
「どうなんですか?林先生?大谷先生も」
布之さんの言葉に、林先生と大谷先生は笑っている。
「いるだろ?幸せな姫も…。お伽話の中を探せば何かしらは…」
「そこはいい加減なんですね…」
「思い付いただけだからね?」
「発言には責任を持ってくださいよ。林先生?」
「布之は、本当に春川にしか興味がないんだな。頭が良い奴は、どこか飛んでるのは世の常なんですね?大谷先生」
「…布之さんは、とても真面目ですよ?」
大谷先生の言葉に、林先生は首を傾げる。
「えぇ、何にでも、ね?」
林先生の言葉に、大谷先生は肩を竦めた。
「先生達?私のことを評価してくださるのは嬉しいんですが、過大評価はやめてください」
「真面目に前向き過ぎだな」
「長所ですね」
大谷先生と、林先生も楽しそうだ。
「もしくは、春川が攫われたお姫様で、3人で助けに行くみたいな感じか?」
林先生は、コロコロの椅子から立ち上がってパーテーションを動かす。
空間が広がり、視界が開ける。
「…林先生は、想像力が豊かで羨ましいですよ。ちなみに、私は犬・猿・雉だったらどれですかね?」
布之さんも楽しそうだ。
「何だそりゃ?」
林先生は、片付けを始めている。
そっか。
そろそろ、帰らないと。
みーちゃんが来ているかもしれないのに、少し遅くなってしまった。
この空間が楽しくて、つい時間を忘れてしまった。
「林先生?助けに行くと言ったら、敵が鬼なのはセオリーじゃないですか?」
布之さんは林先生を追いかけるように移動していた。
「鬼退治なら、ってことかしら?」
大谷先生が、ちらりと腕時計を確認していた。
下校時間はとっくに過ぎているだろう。
「大谷先生、ナイスです」
布之さんが移動してすでに入り口にいた高杉君の近くに行った。
もう、帰る準備は万端なのだろう。
「布之は、雉だろうな。一発で相手を仕留める感じが」
林先生が、布之さんを見ながらそう返答していた。
「えー、犬が良いんですけど」
布之さんの言葉に、大谷先生がクスクスと笑っていた。
「犬は、高杉君ぽいのよね」
大谷先生が、高杉君と布之さんを見ながらそう言った。
「あれ?大谷先生もそっち側?」
乃田さんの驚いた声に、大谷先生は楽しそうだった。
「残るのは猿しかないわね、あかりは猿なのね?」
布之さんは、私の横にいた乃田さんにそう言う。
「うわ、だる。猿かー、主役枠はないのかー」
「あら、確かに桃太郎も似合いそうね?」
乃田さんが桃太郎?
活発な所が、とても主役みたいだ。
考え事をしていることもあり、会話は途切れ途切れでしか耳に入って来ない。
「確かに、鬼が攫いそうな雰囲気あるものね?」
布之さんの言葉は、私に向かっている。
私?
鬼が攫いに来る?
攫われてしまったら、確かに怖い。
「鬼、って?」
思わず布之さんに問いかける。
「春川は、怖くないの?」
思わず首を傾げる。
「昔から、鬼は悪しき者として認識されているのに?」
布之さんの言葉に、確かに鬼と言う響きは怖そうな印象を感じる。
「でもさ…」
高杉君の静かな声。
「鬼と仲良く過ごす話もあるだろ?」
高杉君の声に、何となく思っていた鬼と言うイメージがやっぱり良く分からなくなった。
「高杉は、本当観点がぶれないな?お前は鬼、怖くないのか?」
乃田さんの問いかけに、少し考えるそぶりを見せる高杉君。
「や、怖そうだけど。実際に見たことないし…」
「あら、高杉は意外にも現実主義なのね?」
「うちとか弟とかは、夜になってふざけてると『鬼が来る』とか母さんに言われてたから、滅茶苦茶怖いんだけどな」
「それは、あかりだけね。でも確かに、見たことのない者を怖がるのは心理的にありそうだわ」
「俺は、兄貴達とか爺さんの方がよっぽど怖いけどな」
高杉君のあっさりとした言葉は、何となくすんなり入って来た。
少し前に聞いた高杉君のお兄ちゃんの話。
ケンカが多いと、教えてくれたのは高杉君だった。
「じゃあ、春川を攫った鬼は、春川に嫌なことしないのね?」
布之さんの問いかけに、高杉君は笑った。
「しないんじゃないか?春川なら、鬼とも仲良く出来そうだし」
私?
出来るかな?
「それこそ、探せばどこかには良い鬼もいるだろ?」
「仲良くしたくて攫ったなら、何とも言えないわね。だからと言って、春川のことは絶対に取り戻しには行くけれど…」
「かすみもブレないなー」
「あら?さっきまで桃太郎になりたがってた人とは思えないセリフね?」
「春川が嫌がってないなら、退治する必要ないじゃん?」
「それもそうね」
「解決したか?」
林先生の言葉に、乃田さんが頷いた。
「結果、春川が無事なら結果オーライでーす」
「何だそれ?」
「大物高杉の機転で、鬼が悪しき者ではないと判断されました」
高杉君の言っていたことに、小学生の頃に読んだ絵本?のことを思い出した。
「そっか。良い鬼もいるもんね?節分のお話みたいな…」
節分の日に、家を出てしまう優しい鬼の話を思い出す。
思い出したことで、ふとまた読みたくなった。
3人よりも遅い反応になってしまったけれど、言葉にした私に高杉君が頷いてくれた。
「だな」
「じゃ、大物高杉に免じて帰りますか?」
「乃田は、言いたいだけだろ?」
「バレたか」
乃田さんは私を見ながらちらっと舌を出していた。
お茶目な乃田さん。
可愛いなぁ。
「春川も、帰ろう?」
「うん」
高杉君の声に今度は私が頷いて、ソファから立ち上がる。
「乃田さん、バックありがとう」
荷物を持っててくれたことを思い出してそう言うと、乃田さんが通学バックを渡してくれた。
「…平和だな、高杉と春川は」
林先生の言葉に、大谷先生はクスクスと笑っていた。
平和なのかな?
でも、高杉君はいつも私の考えていないことや、思いつかないことを教えてくれる。
その時間は、色々な考え方や意見があってとてもお勉強になる。
「林先生、お話ありがとうございます」
「はいはい、テストお疲れさん」
林先生は、もう話には興味がないようにひらひらと手を振っていた。
「失礼しました」
高杉君が先に保健室から出る。
廊下から聞こえてくる音は何もない。
すでに、他の生徒は下校しているのだろう。
「林先生?春川の可愛さを再確認できました。ありがとうございます。失礼しました」
布之さんの言葉にも、林先生は笑うのみだった。
「失礼しましたー」
乃田さんに続いて、私も保健室の入り口で頭を下げる。
「ありがとうございます。失礼しました」
廊下は、少し暗くてヒンヤリとしていた。
乃田さんの後ろに布之さんと、高杉君が見える。
3人ともお迎えに来てくれたんだ。
乃田さんと布之さんと高杉君の顔を見て、ホッとする。
わざわざ来てもらったと、申し訳ない気持ちは勿論ある。
だけど、嬉しい気持ちが出てしまう。
「せんせー?」
乃田さんの問いかけに、大谷先生は困ったように笑った。
「春川さんが別行動だったので、その確認です」
大谷先生は、乃田さんに説明するように話していた。
「だって、話は林先生がしたんでしょ?」
「乃田さん?先生には、先生で確認することがあるんですよ?」
「そうだったんだ」
乃田さんのあっけらかんとした声。
さっぱりとしている乃田さんの言葉。
元気な乃田さんの声に、私も元気になる。
「本当に、あかりは考えなしね。大谷先生が可愛い大事な春川のことを、悲しい気持ちにさせないようにしていたっていうのに…」
布之さんの言葉に、大谷先生は咳払いをした。
思わず大谷先生の方を見てしまう。
目が合った大谷先生は、にっこりと笑ってくれた。
嬉しい。
大谷先生は、やっぱり私のことを気にしていてくれていたんだと思う。
保健室に私の様子を見に来てくれたということ。
そのことが、とても嬉しい。
「布之さん?先生は皆さん全員のことを、大事に想っていますよ?」
「それは嬉しいです。ありがとうございます」
「思ってもないだろ?お前」
大谷先生と、布之さんと乃田さんの言葉が流れていく。
「まぁまぁ、大谷先生も布之も乃田もその辺で…」
林先生の言葉で、3人が林先生を見る。
私も林先生を見る。
「林先生は、春川と一緒にこの空間で過ごしていたんですよね?ただのご褒美じゃないですか?」
林先生は『やれやれ』と大きなため息をついた。
「何だ?布之は大人にも嫉妬するのか?面倒だな」
林先生の言葉に、布之さんが『何でですか?』と返している。
「林先生、思春期の児童に何ていう暴言を言うんですか?私が春川にだけ執着しているのは、もはやそういう特性だと思ってください。林先生への嫉妬で、私がおかしくなったらどうするんですか?」
「まぁ、十分おかしいけどな?」
乃田さんは、あまり相手にしていないようにそう言った。
私に相槌を求めるように私を見ている。
「え、えぇと…」
返事に困ってしまい、言葉が止まる。
「あかり?あなたはどっちの味方なの?」
「かすみの味方じゃないことは確かだな。な?春川?」
「えぇ?」
乃田さんは私の返答を気にしていないように、また私に向かって笑っていた。
笑ってくれるだけで、私はホッとする。
お家に来てくれた時の会話のように、とてもたくさんの言葉が行き交っている。
すごく、賑やかだ。
聞いているだけでも、とても楽しい。
一緒の空間にいるだけで、満足する私。
「あかり?春川を困らせないでくれる?」
「お前だろ?」
「春川の時間を無駄にしないでくれる?」
「いや、それもお前な?」
「ふふ、乃田さんと布之さんは本当に仲良しだね」
思わず口にする。
「…本当に、春川は天使なのかしら?」
布之さんの言葉に、思わず首を傾げる。
「さっきも、布之さんはそんなことを言っていたね?そんなに呑気に見えるかな?」
「春川の中での天使のイメージがどうなっているのか疑問だわ、何で呑気が先に出て来るのかしら?」
布之さんの言葉にも、首を傾げる。
「あぁ、もうきょとんとするのも可愛い。そうよね?高杉?変態仲間でしょ?」
「…俺を巻き込むな」
高杉君は、ちらりと私の方を見たけれど、そのまま布之さんの方を見た。
横にいた乃田さんが、急に笑い出した。
「流石に、先生の前ではスルーしないか。高杉って、ほんとおもろいな。流石大物!」
何が面白いのかは分からないけれど、布之さんも一緒に笑っていた。
「…乃田も、その妙に認めるような発言は控えて欲しい」
高杉君の声は、いつもと変わらない。
「悪い悪い」
乃田さんも、変わらずあっけらかんとしている。
「思ってないだろ?」
乃田さん、布之さん、高杉君の会話はやっぱり早くはない。
「高杉君も苦労するわね」
大谷先生の言葉に、また分からず首を傾げる。
私の視線に気付き、大谷先生が『うーん』と首を傾げる。
「あぁ、春川さんのせいではないのよ?」
「ま、春川を中心に、この3人がいるなんて…。まぁ求心力ですかね?春川の…」
林先生の言葉に、大谷先生が『ですね』と答えていた。
あちこちで、会話があり言葉が流れる。
声がした方を見ることに追われ、回りをキョロキョロしてしまう。
きゅうしん?
私が中心?
林先生の言葉も良く分からない。
あちこち見ている私は、視線が追いつかない。
「さ、姫。話は以上だから、もう帰りなさい」
誰のことを言っているのか分からないけれど、林先生を見ると私のことを見ていた。
じゃあ、今の言葉は私に向かって言っていたのかな?
林先生の言葉に、不思議な気持ちになる。
姫?
誰が?
私が?
「何なんですか?林先生、その発言は?」
私が考えている間にも、会話は止まらない。
布之さんの言葉に、林先生がまた『やれやれ』と言った。
「布之?横は狭いんだから、暑苦しくなるなって」
コロコロと動く椅子に座ったまま、林先生はパーテーションに近付く。
布之さんは、その林先生を追いかけるように近付いていた。
「狭いと、距離が近くて良いじゃないですか?それより、春川がお姫様とは?」
「だって、この椅子にすっぽりくるまれて座る春川は、ほら?童話の親指姫みたいな感じがしないか?」
林先生が振り返り、私を見る。
自分だけ座ったままだったことに気付き、慌てて立とうとする。
「良いから良いから」
側にいた乃田さんに肩をポンポンと叩かれ、また椅子に納まる。
確かに、この空間は2人か3人で丁度良いのだろう。
私は座っているのに、乃田さんも布之さんも高杉君も立っている。
勿論、大谷先生も立っている。
林先生はコロコロの椅子に座っている。
不思議な空間。
パーテーションの横辺りに、高杉君がいる。
高杉君は狭くなると思って、中には入って来なかったのだろうか?
そんなことを思ってしまう。
「林先生って、意外に乙女だったんですね」
「布之?お前は、やっぱり私にケンカを売ってるんだな?」
座っている林先生が、立っている布之さんにそう言っていた。
「違いますよ?とても、良い発想です。確かに、春川は天使であり、お姫様であるべきです。ただ、お伽話のお姫様は、総じてこう不幸感があるじゃないですか?春川には幸せなお姫様でいて欲しいと言うか」
私のことを言っているのだろうけれど、私には何とも言えない。
私は布之さんの中で、どういう印象になっているのだろう。
戸惑っている私に構わないでくれる空間。
キョロキョロしているのは、私だけ。
だけど、いても良いというだけでありがたい。
「幸せなお姫様ねぇ」
林先生は、私を見ながらそう言った。
幸せなお姫様?
私が?
でも、それにも何とも言えず困ってしまう。
「どうなんですか?林先生?大谷先生も」
布之さんの言葉に、林先生と大谷先生は笑っている。
「いるだろ?幸せな姫も…。お伽話の中を探せば何かしらは…」
「そこはいい加減なんですね…」
「思い付いただけだからね?」
「発言には責任を持ってくださいよ。林先生?」
「布之は、本当に春川にしか興味がないんだな。頭が良い奴は、どこか飛んでるのは世の常なんですね?大谷先生」
「…布之さんは、とても真面目ですよ?」
大谷先生の言葉に、林先生は首を傾げる。
「えぇ、何にでも、ね?」
林先生の言葉に、大谷先生は肩を竦めた。
「先生達?私のことを評価してくださるのは嬉しいんですが、過大評価はやめてください」
「真面目に前向き過ぎだな」
「長所ですね」
大谷先生と、林先生も楽しそうだ。
「もしくは、春川が攫われたお姫様で、3人で助けに行くみたいな感じか?」
林先生は、コロコロの椅子から立ち上がってパーテーションを動かす。
空間が広がり、視界が開ける。
「…林先生は、想像力が豊かで羨ましいですよ。ちなみに、私は犬・猿・雉だったらどれですかね?」
布之さんも楽しそうだ。
「何だそりゃ?」
林先生は、片付けを始めている。
そっか。
そろそろ、帰らないと。
みーちゃんが来ているかもしれないのに、少し遅くなってしまった。
この空間が楽しくて、つい時間を忘れてしまった。
「林先生?助けに行くと言ったら、敵が鬼なのはセオリーじゃないですか?」
布之さんは林先生を追いかけるように移動していた。
「鬼退治なら、ってことかしら?」
大谷先生が、ちらりと腕時計を確認していた。
下校時間はとっくに過ぎているだろう。
「大谷先生、ナイスです」
布之さんが移動してすでに入り口にいた高杉君の近くに行った。
もう、帰る準備は万端なのだろう。
「布之は、雉だろうな。一発で相手を仕留める感じが」
林先生が、布之さんを見ながらそう返答していた。
「えー、犬が良いんですけど」
布之さんの言葉に、大谷先生がクスクスと笑っていた。
「犬は、高杉君ぽいのよね」
大谷先生が、高杉君と布之さんを見ながらそう言った。
「あれ?大谷先生もそっち側?」
乃田さんの驚いた声に、大谷先生は楽しそうだった。
「残るのは猿しかないわね、あかりは猿なのね?」
布之さんは、私の横にいた乃田さんにそう言う。
「うわ、だる。猿かー、主役枠はないのかー」
「あら、確かに桃太郎も似合いそうね?」
乃田さんが桃太郎?
活発な所が、とても主役みたいだ。
考え事をしていることもあり、会話は途切れ途切れでしか耳に入って来ない。
「確かに、鬼が攫いそうな雰囲気あるものね?」
布之さんの言葉は、私に向かっている。
私?
鬼が攫いに来る?
攫われてしまったら、確かに怖い。
「鬼、って?」
思わず布之さんに問いかける。
「春川は、怖くないの?」
思わず首を傾げる。
「昔から、鬼は悪しき者として認識されているのに?」
布之さんの言葉に、確かに鬼と言う響きは怖そうな印象を感じる。
「でもさ…」
高杉君の静かな声。
「鬼と仲良く過ごす話もあるだろ?」
高杉君の声に、何となく思っていた鬼と言うイメージがやっぱり良く分からなくなった。
「高杉は、本当観点がぶれないな?お前は鬼、怖くないのか?」
乃田さんの問いかけに、少し考えるそぶりを見せる高杉君。
「や、怖そうだけど。実際に見たことないし…」
「あら、高杉は意外にも現実主義なのね?」
「うちとか弟とかは、夜になってふざけてると『鬼が来る』とか母さんに言われてたから、滅茶苦茶怖いんだけどな」
「それは、あかりだけね。でも確かに、見たことのない者を怖がるのは心理的にありそうだわ」
「俺は、兄貴達とか爺さんの方がよっぽど怖いけどな」
高杉君のあっさりとした言葉は、何となくすんなり入って来た。
少し前に聞いた高杉君のお兄ちゃんの話。
ケンカが多いと、教えてくれたのは高杉君だった。
「じゃあ、春川を攫った鬼は、春川に嫌なことしないのね?」
布之さんの問いかけに、高杉君は笑った。
「しないんじゃないか?春川なら、鬼とも仲良く出来そうだし」
私?
出来るかな?
「それこそ、探せばどこかには良い鬼もいるだろ?」
「仲良くしたくて攫ったなら、何とも言えないわね。だからと言って、春川のことは絶対に取り戻しには行くけれど…」
「かすみもブレないなー」
「あら?さっきまで桃太郎になりたがってた人とは思えないセリフね?」
「春川が嫌がってないなら、退治する必要ないじゃん?」
「それもそうね」
「解決したか?」
林先生の言葉に、乃田さんが頷いた。
「結果、春川が無事なら結果オーライでーす」
「何だそれ?」
「大物高杉の機転で、鬼が悪しき者ではないと判断されました」
高杉君の言っていたことに、小学生の頃に読んだ絵本?のことを思い出した。
「そっか。良い鬼もいるもんね?節分のお話みたいな…」
節分の日に、家を出てしまう優しい鬼の話を思い出す。
思い出したことで、ふとまた読みたくなった。
3人よりも遅い反応になってしまったけれど、言葉にした私に高杉君が頷いてくれた。
「だな」
「じゃ、大物高杉に免じて帰りますか?」
「乃田は、言いたいだけだろ?」
「バレたか」
乃田さんは私を見ながらちらっと舌を出していた。
お茶目な乃田さん。
可愛いなぁ。
「春川も、帰ろう?」
「うん」
高杉君の声に今度は私が頷いて、ソファから立ち上がる。
「乃田さん、バックありがとう」
荷物を持っててくれたことを思い出してそう言うと、乃田さんが通学バックを渡してくれた。
「…平和だな、高杉と春川は」
林先生の言葉に、大谷先生はクスクスと笑っていた。
平和なのかな?
でも、高杉君はいつも私の考えていないことや、思いつかないことを教えてくれる。
その時間は、色々な考え方や意見があってとてもお勉強になる。
「林先生、お話ありがとうございます」
「はいはい、テストお疲れさん」
林先生は、もう話には興味がないようにひらひらと手を振っていた。
「失礼しました」
高杉君が先に保健室から出る。
廊下から聞こえてくる音は何もない。
すでに、他の生徒は下校しているのだろう。
「林先生?春川の可愛さを再確認できました。ありがとうございます。失礼しました」
布之さんの言葉にも、林先生は笑うのみだった。
「失礼しましたー」
乃田さんに続いて、私も保健室の入り口で頭を下げる。
「ありがとうございます。失礼しました」
廊下は、少し暗くてヒンヤリとしていた。
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作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など
・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。
小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね!
・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。
頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください!
特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!
トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気!
人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説
ぼくの家族は…内緒だよ!!
まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。
それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。
そんなぼくの話、聞いてくれる?
☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
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