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特別な子~コルダ~
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「本当に、…何と、尊いのか。素晴らしい…」
後ろから聞こえた声は、もうこの地で長いこと助手をしているゼインだった。
気を引き締めていないと、涙を流しそうな彼の姿に思わず笑ってしまう。
そのくらい、目の前で起こっていることが素晴らしいということ。
西の地の扱いづらい器具をいとも簡単に操作する彼女。
私ともそれなりに長い年月を共にしている彼が、ここまで手放しに誉め敬う姿は見たことがない。
『…私を除いては、』と思わずにはいられないほど、若さと勢いがあり瑞々しい彼女を羨ましいと思ってしまう。
紡ぐことが嬉しいと、楽しくて仕方がないというその様子。
サーヤがこの地に来たのはもう数年前。
初めて聞いた時には耳を疑った。
尊厳を持って仕事をしているはずの紡ぎ司が、まさか候補生に毎日紡がせているという報告。
その候補生は、見習い生の時から同じような作業をしていたらしい。
現役の紡ぎ司よりも遥かに能力が上だという嘘のような出来事。
あってはならないことが起きていると、私の周りが一気に騒がしくなった。
事実確認とその調査。
調べるのはあっけないほど早かった。
研修という名目で呼び寄せた小さな彼女を見て、報告が本物だとすぐに分かった。
候補生でありながら、完成された魔力を持つ少女。
緊張で顔を強張らせているのは、小動物みたいでとても可愛らしかった。
なのに、体から滲み出る魔力が全てを物語っていた。
サーヤの纏う空気と魔力が、紛れもない本物だと告げていた。
穢れのない、まっすぐな才能。
本人は、魔力の流れも己の中の魔力の扱い方も何も知らない子どもだった。
そう、純粋に紡ぐことが出来る才能。
その頃はまだ現役で紡ぎ司をしていた私でも、この子の動きには目を瞠るものがあった。
技術と呼べるものなど何もない。
手順や工程もあまり拘っていない。
祈りの気持ちも、未知への恐れも何もない。
ただ、純粋に魔力の糸を絡めていくだけ。
だけど、その絡めとるが何よりも調節が難しい。
細く長く紡ぐことも、太く短く紡ぐことも。
どちらでも構わない。
自然の中に発生して溢れている魔力を集め、素材にすること。
それが紡ぎ司の生業だ。
サーヤは生まれ故郷である南の地ー色々な自然の元ーで育ったらしい。
目の前で、重く扱いづらいはずの歯車がまるで玩具のようにくるくると動く様。
私でさえ、こんなに軽快に動かすことは月に何度かしか出来ていなかった。
触れたことのある者達が、皆一様に息を殺して見ていることが伝わってくる。
1周回すのもやっとの者、まず動かすことも出来ない者。
西の地は伝統と誇りで出来ている。
その者達が、認めざるを得なかった存在。
それがサーヤだ。
手放しで受け入れられてしまうのは、彼女の人徳だろう。
そのくらい、この世に住まうものたちに気に入られている。
紡ぐことも、それを整えることも大変な労力を要する。
サーヤ自身も感じていると思うが、その地によって紡ぐ力や力量は多少異なる。
なのに、どの地に行ってもサーヤは自分のペースで紡ぐことが出来る。
他には見ない、特別な子。
ダニーズが気を利かせてなのか、次の欠片を準備している。
サーヤが楽しそうだからだろう。
西の地の欠片は扱いが難しい。
だけど、サーヤは準備されたそれを視線で確認して嬉しそうに頷いた。
そのことで、息をつめて見ていた者たちの気配が緩む。
この子が作業をする場面はいつ見ても美しい。
本部の者も、指導者もサーヤの作業を毎日でも鑑賞したがった。
私も例外ではなく、サーヤがいた期間はいつでも話がしたいと彼女を呼び寄せた。
厳密には話をしている時間よりも、サーヤを眺めている時間の方が多かったけれど。
本部にいる老齢達がお茶に誘うのも、見て見ぬふりをした。
緊張しているサーヤが可愛かったから。
緊張しながらも、毎日ゼインが準備するお菓子や飲み物に目を輝かせる幼い姿。
“おいしい”“ふしぎ”そう顔に出てしまう彼女を毎日飽きもせずに眺めていた。
彼女の周りに集う、楽しそうな彼の者達を観察していた。
気軽に声をかけられる私達と違い、見習い生や候補生は熱い視線を注ぐのみだ。
ここにいる多数の候補生や見習い生が、羨望と憧れを抱いている。
なのに、その当人は人が多いことも注目されることも嫌う。
だから、ダニーズがメイドや執事が不要と言った時にゼインと揉めた。
しかし、当の本人が希望していないとあればこちらも引き下がるしかなかった。
サーヤが欠片を結わい、机の上に置く。
綺麗に整えられた欠片は、とても素晴らしい纏まりだった。
そしてダニーズが準備した、西の地の紡ぎ司が紡いだ欠片を手に取る。
西の地の欠片は扱いが困難だ。
だけど、慎重に扱う姿は自然体で美しい。
ダニーズを信頼しきっているその姿も、何もかもが可愛らしい。
あの時報告してきた者は、そのまま紡ぎ司の資格を有していたにも関わらずそれを放棄し助手を希望した。
そしてサーヤと共に北の地に旅立った。
今も尚、全幅の信頼を受けてる。
ダニーズのあの自身に満ち溢れた言動は、サーヤのことなら何でも分かるという自慢なのだろう。
たった2人しかいなかったのに、北の地は見事に発展した。
北の地は、今では西の地と肩を並べる程に豊かになった。
寒さだけはどうしようもないが、領民が飢えて仕方ないという事態ではなくなった。
領主からの報告では、北の地の住民はそれでも奢ることなく地に足を着けて生きているとのこと。
確かに、サーヤの後任がどのような紡ぎ司になるか分からない。
それなら、潤っている間に蓄えと備えをしっかりと行うのは納得できる。
サーヤが紡いだものよりは少ないためか、西の地の欠片はあっという間にまとめられてしまった。
慎重なはずなのに、その手順には無駄がない。
見ている者達に、この技術を超える者はいないだろう。
それをひどく残念に思うけれど、仕方がない。
サーヤの才能はサーヤだけのものなのだから。
「コルダ様」
目の前にあの頃より大人びた、といっても幼さの残る顔は可愛いままのサーヤがいた。
手には、整えられた月の欠片が2つ。
西の地の紡ぎ司が紡いだ物は、細く途切れやすい。
なのにいとも容易く、まとまりにしてくれた。
「相変わらず、素晴らしい出来だわ」
私が微笑むと、ホッとしたような表情を浮かべる。
心配なんてしなくても、今の紡ぎ司の中では文句のつけようがないほど素晴らしい手際。
ゼインが前に進み、サーヤから欠片を受け取る。
「小さき姫司殿、お疲れと思いますので、是非あちらでお休みに…」
ゼインは、サーヤを気遣っている。
この小さな体で負担を受けていることを気にしている。
他の地では、紡ぎ司以外に作業する人間が多数いる。
この地でも、候補生や見習い生が作業を代わる日がある。
体に残る負荷と、持っていかれた魔力で誰もが疲弊してしまう。
なのに、サーヤにはその兆しは見られていない。
本当に不思議な子。
「いえ、あの、…大丈夫…です」
丁寧に、だけど失礼にならないようにと気にしているサーヤ。
「遠慮なさらず、是非こちらにご案内いたしますので…」
それが汲み取れず、休ませたいゼイン。
ゼインの圧にサーヤは困っているわね。
「いえ、サーヤはこのまま次の予定がありますので」
ゼインの言葉を遮り、ダニーズがそう口にする。
案の定、ゼインが眉間に皺を寄せる。
そうすると、サーヤはゼインの顔色を伺う。
幾度となく見て来た光景に、やはり面白くなってしまう。
「2人とも、そこまで」
私しか止める人がいないのだから。
サーヤがホッとしたように私を見る。
こんなことで困っているなんて、可愛いとしか言いようがない。
特別な子。
後ろから聞こえた声は、もうこの地で長いこと助手をしているゼインだった。
気を引き締めていないと、涙を流しそうな彼の姿に思わず笑ってしまう。
そのくらい、目の前で起こっていることが素晴らしいということ。
西の地の扱いづらい器具をいとも簡単に操作する彼女。
私ともそれなりに長い年月を共にしている彼が、ここまで手放しに誉め敬う姿は見たことがない。
『…私を除いては、』と思わずにはいられないほど、若さと勢いがあり瑞々しい彼女を羨ましいと思ってしまう。
紡ぐことが嬉しいと、楽しくて仕方がないというその様子。
サーヤがこの地に来たのはもう数年前。
初めて聞いた時には耳を疑った。
尊厳を持って仕事をしているはずの紡ぎ司が、まさか候補生に毎日紡がせているという報告。
その候補生は、見習い生の時から同じような作業をしていたらしい。
現役の紡ぎ司よりも遥かに能力が上だという嘘のような出来事。
あってはならないことが起きていると、私の周りが一気に騒がしくなった。
事実確認とその調査。
調べるのはあっけないほど早かった。
研修という名目で呼び寄せた小さな彼女を見て、報告が本物だとすぐに分かった。
候補生でありながら、完成された魔力を持つ少女。
緊張で顔を強張らせているのは、小動物みたいでとても可愛らしかった。
なのに、体から滲み出る魔力が全てを物語っていた。
サーヤの纏う空気と魔力が、紛れもない本物だと告げていた。
穢れのない、まっすぐな才能。
本人は、魔力の流れも己の中の魔力の扱い方も何も知らない子どもだった。
そう、純粋に紡ぐことが出来る才能。
その頃はまだ現役で紡ぎ司をしていた私でも、この子の動きには目を瞠るものがあった。
技術と呼べるものなど何もない。
手順や工程もあまり拘っていない。
祈りの気持ちも、未知への恐れも何もない。
ただ、純粋に魔力の糸を絡めていくだけ。
だけど、その絡めとるが何よりも調節が難しい。
細く長く紡ぐことも、太く短く紡ぐことも。
どちらでも構わない。
自然の中に発生して溢れている魔力を集め、素材にすること。
それが紡ぎ司の生業だ。
サーヤは生まれ故郷である南の地ー色々な自然の元ーで育ったらしい。
目の前で、重く扱いづらいはずの歯車がまるで玩具のようにくるくると動く様。
私でさえ、こんなに軽快に動かすことは月に何度かしか出来ていなかった。
触れたことのある者達が、皆一様に息を殺して見ていることが伝わってくる。
1周回すのもやっとの者、まず動かすことも出来ない者。
西の地は伝統と誇りで出来ている。
その者達が、認めざるを得なかった存在。
それがサーヤだ。
手放しで受け入れられてしまうのは、彼女の人徳だろう。
そのくらい、この世に住まうものたちに気に入られている。
紡ぐことも、それを整えることも大変な労力を要する。
サーヤ自身も感じていると思うが、その地によって紡ぐ力や力量は多少異なる。
なのに、どの地に行ってもサーヤは自分のペースで紡ぐことが出来る。
他には見ない、特別な子。
ダニーズが気を利かせてなのか、次の欠片を準備している。
サーヤが楽しそうだからだろう。
西の地の欠片は扱いが難しい。
だけど、サーヤは準備されたそれを視線で確認して嬉しそうに頷いた。
そのことで、息をつめて見ていた者たちの気配が緩む。
この子が作業をする場面はいつ見ても美しい。
本部の者も、指導者もサーヤの作業を毎日でも鑑賞したがった。
私も例外ではなく、サーヤがいた期間はいつでも話がしたいと彼女を呼び寄せた。
厳密には話をしている時間よりも、サーヤを眺めている時間の方が多かったけれど。
本部にいる老齢達がお茶に誘うのも、見て見ぬふりをした。
緊張しているサーヤが可愛かったから。
緊張しながらも、毎日ゼインが準備するお菓子や飲み物に目を輝かせる幼い姿。
“おいしい”“ふしぎ”そう顔に出てしまう彼女を毎日飽きもせずに眺めていた。
彼女の周りに集う、楽しそうな彼の者達を観察していた。
気軽に声をかけられる私達と違い、見習い生や候補生は熱い視線を注ぐのみだ。
ここにいる多数の候補生や見習い生が、羨望と憧れを抱いている。
なのに、その当人は人が多いことも注目されることも嫌う。
だから、ダニーズがメイドや執事が不要と言った時にゼインと揉めた。
しかし、当の本人が希望していないとあればこちらも引き下がるしかなかった。
サーヤが欠片を結わい、机の上に置く。
綺麗に整えられた欠片は、とても素晴らしい纏まりだった。
そしてダニーズが準備した、西の地の紡ぎ司が紡いだ欠片を手に取る。
西の地の欠片は扱いが困難だ。
だけど、慎重に扱う姿は自然体で美しい。
ダニーズを信頼しきっているその姿も、何もかもが可愛らしい。
あの時報告してきた者は、そのまま紡ぎ司の資格を有していたにも関わらずそれを放棄し助手を希望した。
そしてサーヤと共に北の地に旅立った。
今も尚、全幅の信頼を受けてる。
ダニーズのあの自身に満ち溢れた言動は、サーヤのことなら何でも分かるという自慢なのだろう。
たった2人しかいなかったのに、北の地は見事に発展した。
北の地は、今では西の地と肩を並べる程に豊かになった。
寒さだけはどうしようもないが、領民が飢えて仕方ないという事態ではなくなった。
領主からの報告では、北の地の住民はそれでも奢ることなく地に足を着けて生きているとのこと。
確かに、サーヤの後任がどのような紡ぎ司になるか分からない。
それなら、潤っている間に蓄えと備えをしっかりと行うのは納得できる。
サーヤが紡いだものよりは少ないためか、西の地の欠片はあっという間にまとめられてしまった。
慎重なはずなのに、その手順には無駄がない。
見ている者達に、この技術を超える者はいないだろう。
それをひどく残念に思うけれど、仕方がない。
サーヤの才能はサーヤだけのものなのだから。
「コルダ様」
目の前にあの頃より大人びた、といっても幼さの残る顔は可愛いままのサーヤがいた。
手には、整えられた月の欠片が2つ。
西の地の紡ぎ司が紡いだ物は、細く途切れやすい。
なのにいとも容易く、まとまりにしてくれた。
「相変わらず、素晴らしい出来だわ」
私が微笑むと、ホッとしたような表情を浮かべる。
心配なんてしなくても、今の紡ぎ司の中では文句のつけようがないほど素晴らしい手際。
ゼインが前に進み、サーヤから欠片を受け取る。
「小さき姫司殿、お疲れと思いますので、是非あちらでお休みに…」
ゼインは、サーヤを気遣っている。
この小さな体で負担を受けていることを気にしている。
他の地では、紡ぎ司以外に作業する人間が多数いる。
この地でも、候補生や見習い生が作業を代わる日がある。
体に残る負荷と、持っていかれた魔力で誰もが疲弊してしまう。
なのに、サーヤにはその兆しは見られていない。
本当に不思議な子。
「いえ、あの、…大丈夫…です」
丁寧に、だけど失礼にならないようにと気にしているサーヤ。
「遠慮なさらず、是非こちらにご案内いたしますので…」
それが汲み取れず、休ませたいゼイン。
ゼインの圧にサーヤは困っているわね。
「いえ、サーヤはこのまま次の予定がありますので」
ゼインの言葉を遮り、ダニーズがそう口にする。
案の定、ゼインが眉間に皺を寄せる。
そうすると、サーヤはゼインの顔色を伺う。
幾度となく見て来た光景に、やはり面白くなってしまう。
「2人とも、そこまで」
私しか止める人がいないのだから。
サーヤがホッとしたように私を見る。
こんなことで困っているなんて、可愛いとしか言いようがない。
特別な子。
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