二ミリの星 ~ネコ~

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二ミリの星 ~ネコ~

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寝ているぼくの、前髪が揺れる。
くすぐったくて、思わず笑う。
何でくすぐったいのか、不思議に思って目を開けた。
そこには、小さな何かがいた。

不思議なできごと。

「何じゃ?二ミリ?」
トップさんが、不思議そうにこっちを見た。
「ううん、何でもないよ?ただ、トップさんと初めて会った時のことを思い出したんだ」
ぼくの言葉に、トップさんは何とも言えない顔をした。

「あの頃の二ミリは、本当に情けなかったわい」
「だって、何もかも初めてだったんだし…」
ぼくの言い訳に、トップさんは「ふふん」と笑う。
「今は、そこそこ使えるようになったがの!これも、わしのおかげじゃ」
自信満々な声に、やっぱり笑う。

「そうだね。トップさんのおかげでぼく、すっごい成長したよ。ありがとう」
「なっ、何じゃいきなり!」
赤くなるトップさん。
「急にそんなことを言っても、キャラメルなんか持っとらんぞ!」

怒ったようにそう言うトップさん。
でも、ぼくは知っている。
トップさんは怒っても、全然怖くないことを。

ぼくは、星が大好きだ。
理由はカッコいいから。
ぼくが事件を解決するお手伝いをすると、星がもらえる。
だから、いつでもぼくはお手伝いを頑張るんだ。

少し離れた所に、ゆらゆらと揺れる黒いシッポ。
トップさんは、距離のある場所にいた今回の依頼主にずんずんと近付いて行く。
「全く!いつまで経っても、二ミリは、わしがいないと何も出来ないのう!」
トップさんの言葉は、照れ隠しのように聞こえた。

ぼくは、親指くらいしかないトップさんに続いて歩く。
ゆっくり歩かないと、すぐに追いついてしまうから。
ぼくとトップさんの歩幅は、すっごく開いていることを考えてのんびりと…。
トップさんはまだ何かブツブツ言っていたけれど、今回の依頼主であろう猫に近付いた。

そんなトップさんの背中を見ながら、今日の依頼主をゆっくりと見る。
小さな塊は、艶々に輝いているように見えた。
とても手入れのされた、そう、“血統書付き”の猫みたいだ。
だってすごく、高そうに見える。
だからか、黒い猫は困っているようにはとても見えなかった。

黒い猫は、来たところが分からなくなって、家に帰りたいと願っていたんだって。
どこから来たのか、前にいた所はどんな場所だったのか聞いていく。
と言っても、トップさんしか聞ける人がいないから、ぼくはそれを見ているだけ。
ぼくには聞こえない、「困ったなあ」を聞けるのがトップさんだから。

「ふむ、ここよりも暗くて、もっと生き物がたくさんいたらしい」
耳がピクリと動き、トップさんをじっと見つめる済んだ瞳。
反射する色は、ゆらりゆらりとトップさんに訴えていたようだ。
鈴のように響く「ニャー」という軽い響き。

自分がどこにいたのか、どこに帰りたいのか、髭を震わせながらトップさんを見つめていた。
ぼくの親指くらいしかないトップさんと、ぼくの膝くらいにいる猫。
大きさが違うのに、流れる空気は一緒のものだった。

「暗いっていっても、朝になれば明るくなるよね?」
「いや、朝でも昼でも、暗さはそこかしこにあったらしい」
「朝でも昼でも、暗い場所?」

首を傾げて、考える。
「暗いって言っても、物はちゃんと見えるの?」
「そうじゃな、猫は夜目がきくからの」

トップさんのヒントは、なぞなぞみたいだった。
暗い場所、か。
洞窟の中?でも、生き物はたくさんいないし。
地下?でも、いつでも暗いから、朝も昼も夜も関係ないし。
建物の中?でも、生き物って限られているし。
猫のきらめく深い緑色の目を見て、ふと思い出した。

あの、きらめき。
似ているけれど、でも何だろう?
知っているわけではないはずなのに、ぼくは知っているような気分になった。

そんなわけないけど、でも、もしかしたら…。
「君がいたのは、海の中?」
ぼくの言葉に、長いシッポがゆらりと動く。
「何じゃ!いきなり」
トップさんが、ビックリしたようにぼくを見た。
「当たった?」

「ニャー」
猫の声は、ぼくには何を言っているのか分からない。
でも、当たっていたんだろう。
トップさんは、悔しそうな顔をしながら頷いたから。

海と言う言葉を聞いて、少し思い出したらしい。
じゃあ、自分を猫と思い込んでいるのは何でだろう。
「何か理由があって、猫に変化したってこと?」
「それは、分からんらしいの」

猫は、その輝く瞳を瞬かせる。
「気が付いたら、ここにいたらしい」
「何か、したいことがあったのかな?」
「したいこと?」
「そう、何かを見たいとか、欲しいものがあったとか、会いたい人がいるとか、行きたい場所があったとか」

パキッ…ン…

何かが、割れる音がした。
猫は、置物のようなネコの姿になった。
さっきまで揺れていたシッポも、柔らかそうな体もピカピカに反射している。

「陶器のネコだったのか」
割れた後に残ったのは、小さな小さな魚だった。
深海の海のように、濃くて青い色をした魚は思い出したことで、空間を優雅に泳いでいる。

「海で過ごしている中で、稀にやってくる人間の話を聞いて、陸に行きたいと思っていたようだの。陸にいるネコになれば、あちこちに行けると思って仮の姿になったものの、海での生活を忘れてしまい戻るに戻れなくなっていたんじゃな」
「旅人だね」
「そうじゃの」
「これから、どうするの?」
ぼくの言葉に、魚はくるりと旋回した。

「のんびり、元の海を見に行くそうだ」
「思い出せたんだね?」
「そのようじゃな」
魚は背びれをヒラヒラ揺らし、のんびり泳いで行った。

「それにしても」
「なあに?」
「あのネコ、いや魚が海から来たと良く分かったの?」

本当に不思議。
ぼくだって、不意に思い出したんだ。
「あのね、ネコの目が深い緑色だったでしょ?」
「そうじゃな」
「急に、初めての事件のことを思い出して。海の底って、緑や青の反射する色がいっぱいだったなあって?」

ぼくとトップさんが初めての事件で行ったのは、海の中だった。
怖がるぼくに、トップさんが「大丈夫だ」と言い続け、海の中でも息ができること、海の世界が綺麗だったことに驚いたんだ。

「海の底で、お星さまを見つけたんだよね?」
「そうじゃな…」
「初めての事件で、お星さまを見たから、ぼくはずっとお星さまが好きなんだ」

海の底に沈んでしまったお星さまは、宙にもう1度帰りたいと言っていた。
ぼくとトップさんでお星さまを掘り出して、宙に返したあの時の興奮。
宙に昇っていくお星さまの煌めき、そして次の日の朝に巡り合った、あのビー玉。

海の底を閉じ込めたような緑色の星、それが中に輝く大きなビー玉。
「だから、ぼくは星が好きなんだ」
「分かった分かった」
「ずっとずっと、好きなんだ」
トップさんが、困ったように笑っていた。
「こりゃ、二ミリ!そわそわするでない」

目を覚ますと、そこはいつものぼくのベッドだった。
着替えをしていると、ママの声が聞こえた。
ママは今日も、ご機嫌だった。

朝食は、ごはんとお味噌汁、焼いた鮭に卵焼き。
ほうれん草のお浸しもあった。
ごはんの横には、ぼくの好きなおかかのふりかけ。
お味噌汁の具は、ネギと豆腐。
ぼくの好きなネギが、たくさん入っているのが見えた。

「デザートは、昨日作ったゼリーよ」
ママは、冷蔵庫に冷やしていたゼリーを見せてくれた。
「メロンとイチゴ、どっちが良い?」

緑色のゼリーが、ぷるぷるしていた。イチゴも勿論おいしそうだけど、先に見たメロンの方に気持ちが動く。
「メロンが良い」
「分かったわ」
ごはんを食べるぼくを見て、ママが笑う。

「今日は、パパが早く帰って来るって言うから、夜ご飯は食べに行きましょうね」
「本当?」
パパはいつも忙しくて、ぼくが起きる前にお仕事に行って、ぼくが寝てから帰って来ることがほとんどだ。

でも、パパがぼくのことを大事にしてくれるって、ぼくはちゃんと知っている。
だからパパが早く帰って来てくれるってことが、すごく嬉しい。
ちゃんと顔を見てお話するのは、いつ振りだろう?

考えるぼくを見て、ママも嬉しそうにしていることに気付いた。
だって、パパとママはいつでも仲良しだから。
ママもパパが早いって知って嬉しそうだ。
これは、絶対に勘違いじゃない。

「良かったわね、律」
ママの弾んだ声に、ぼくも頷く。
「うん、嬉しい」
ぼくの嬉しさは、ママと同じなのかな?

でも、急いじゃいけない。
ごはんを食べて、しっかりとおなかをいっぱいにする。
ぼくのお茶碗は、大きくなったんだ。
それも、ぼくのお気に入りの星の柄が入っている。

ごはんをちゃんと食べ終えて、ゼリーを食べようとして気が付いた。
ポカンとするぼくに、ママが楽しそうに「ふふっ」と笑った。
「素敵でしょう?そのスプーン」

銀色に輝くスプーンの柄の部分に、星の刻印が入っていた。
「今日から、律のスプーンはそれにしましょうね」
ぼくの手に、しっくりと馴染む銀色のスプーン。
「ありがとう、ママ」

ゼリーを食べながら、誇らしい気持ちになった。
鈍色に輝く星の刻印は、昨日のぼくを褒めてくれているようだった。
思い出して、思わずぼくも笑ってしまった。

これからも、きっと続いていく。
ぼくと、トップさんの冒険のおはなし。

「何じゃ二ミリ、そわそわするな」
どこかで、トップさんの声がした。
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