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そういうルール
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今日は、朝からウキウキしていた。
月に1度の、お楽しみの時間。
私にとっては、ご褒美とも言える時間だったのに…。
「愁ちゃん!」
「おー、おかえり」
ドタドタと足音を立てて帰宅した私に、マイペースな人。
「おかえり。沙紀」
しっかりともう1度言われたら、怒っていたのを一旦横に置くしかない。
「もう!ただいまっ!」
「お疲れ」
私が目を吊り上げているのを、ニマニマしながら見ているってことは、分かっているってことだ。
「愁ちゃん、何で今日のお弁当に私の野菜使ったの?」
「あー、おいしかった?」
「おいしかった!でも、違うの!」
「食べ物は共有でしょ?」
「そうだけど、でも違うの!愁ちゃんだって、昨日まで聞いていたんだから、分かっているでしょ!?」
「丁度良い大きさだったから」
「私が、育てたベビーリーフと、ミニトマト!それに豆苗まで!何でサラダに使ったの?」
私のベランダ菜園で、少しずつ育てていた野菜。
それを、この人は今日のお弁当に使っちゃったんだから。
違う意味で、ビックリしたのは言うまでもない。
「月に1度の交換DAYで、そんなに怒る?」
「だって、週末に収穫サラダバーやろうねって、言っていたのに?」
私の育てた野菜を使って、今週の金曜日に一緒にサラダバーやろうねって話していたのに。
愁ちゃんも、「楽しみにしている」って言っていたのに、何で今日の今日でそんな酷いことを。
「一緒に食べるのを、楽しみにしていたのに…」
「そんな顔するなって。…ごめん。でも、ポトフは?」
「おいしかった!」
「どんな表情?それ?」
「愁ちゃんの作るポトフを楽しみに、今日のお弁当の時間をずっと待っていたのに…」
そう、愁ちゃんの作るポトフは、何でかおいしい。
私が作るのと、絶対に違う出来上がりだ。
野菜の煮具合いも、味の付き具合いも、何もかも違う。
月に1回、私たちだけで決めたこと。
「家事交換DAY」と銘打って、お互いの家事を交換する日。
その日は、私の好きなポトフをお弁当に入れてくれることが決まっている。
お弁当箱と、スープポットを持参してワクワクしていたのに。
お弁当を先に開けた私は、驚いた後でガッカリした。
今週に約束した、収穫日がなくなったことを意味していたから。
あんなに待ち望んでいたお弁当が、急に悲しい時間になった。
好きだったポトフも、自然と悲しい味になってしまった。
違うな、ポトフは好き。
悲しくてもおいしかった。
愁ちゃんの作るポトフは、やっぱり最高だ。
「ごめんて、そんなに落ち込むなんて」
愁ちゃんの言葉に、肩を落としてお風呂に向かう。
「そう言って、沙紀だってその手にしているの、またクイックルだよね?」
目ざとい言葉に、ギクリとする。
「何?何か文句ある?」
逃れるために、落ち込んでいます&逆切れしていますの体でいく。
「自分が買える日だからって、またそんなにお徳用を買ってきて」
「だから、ダメなの?」
「ダメとは言ってないけど、キッチンはともかくとして、寝室はそれじゃない方が良いって、俺ずっと言っているよね?」
だって、普通のクイックルって何かシンプルな香りだから。
「ローズの香り付きの方が、何か幸せな気がしない?」
「だから、どんな表情?」
自分でも、感情が整っていないことを理解しているもん。
「もう、良い」
気まずさもあって、キッチンからそそくさと出る。
「沙紀?」
「…何?」
「ほんとにゴメン」
「…うん、良いよ」
謝ったら、ちゃんと許すこと。
そんなルール、決めなきゃ良かった。
いつもそう。
私が怒っても、愁ちゃんが謝れば「良いよ」って言っちゃうんだから。
お風呂に向かい、そのままさっきのやり取りを思い出す。
ここでリセットするのは、いつものこと。
髪を洗って、流すのと同時に、急に来る反省時間。
何で、考えないで言っちゃうんだろう。
愁ちゃんは謝ったのに、私は謝ってない。
私は「文句ある?」って言っちゃった。
こういうところ。
私の、ダメなところ。
折角早起きしてくれて、お弁当を作ってくれたのに。
ポトフを作るのに、時間がかかっていたのに。
だから、お弁当に使う時間がなくなっちゃったのかもしれない。
つい、サラダで使ったのかもしれない。
それなのに、あんなに怒っちゃった。
使ったって言っても、本当に1口2口分だったのに。
怒らなくても、野菜はこれからまだたくさんできるのに。
そうだ、怒ることはなかった。
ただ、悲しかったって言えば良かったのに。
愁ちゃん、気にしているよね。
出たら、ちゃんと私も謝ろう。
でも、もう少しだけ。
湯船に浸かって、意味もなく息を吐きブクブクする。
「さーき?」
少し遠くなった愁ちゃんの声がした。
ブクッって、大きな泡が出た所で、返事をしようか、聞こえなかったフリをしようか迷う。
「何?」
結局、答えちゃう。
「もうごはん食べられるよ」
「…うん」
小さい返事でも、愁ちゃんには届いたらしい。
お風呂から出て、髪を乾かしてから、いつもはパパっとするスキンケアをゆっくりとする。
もう怒ってないと言わないといけないのに、顔を合わせたくない気持ちが出てしまう。
キッチンから、良い匂いがしている。
素直におなかが空いたと訴えている、私の体。
そっとキッチンを覗く。
「愁ちゃん」
「食べよ」
「愁ちゃん?」
「何?」
「…ごめんなさい」
「うん、良いよ」
「…怒っちゃって、ごめんなさい。お弁当ありがとう。今日もおいしかった、よ?」
「良かった」
「…うん」
「ほら、食べよ」
食べながら、少しずつ会話が戻って行く。
「月に1回なのに」
「うん?」
「沙紀ってば、いつも両手いっぱいにストックを買ってくるから」
思わずといった感じで、愁ちゃんが笑いだした。
「何?急に?」
「気付いている?手に食い込むほど、毎月買ってくるから、俺が買うストック品って全くないこと」
「うん?だから?」
「“俺が大変だから”って、沙紀が張り切って買い出しに行くのを知っているから。俺も月に1回くらい、沙紀のお弁当を頑張ろうって思ってるんだよ?」
「そうなの?」
「力仕事なんて、俺に任せておけば良いのに」
でも、掃除用品や日用品なんて、私が気付いた頃にはしっかり補充されているから。
先に気付くのは、毎回愁ちゃんの方だ。
「あ、なくなりそう」って思った次の瞬間には、すぐ足されているみたいな。
だから、それで在庫がなくなっていたら、愁ちゃんガッカリしちゃうかなって思ったら、この日だけは私が頑張らないとって思っちゃうんだよね?
「うん、いつもありがとう」
「それは、俺のセリフ」
「うーんと」
「毎朝早起きして、お弁当を作って、ベランダの野菜も育てて、掃除もして洗濯もして、沙紀は働いているのに、ずっと動いているから」
「でも、やりたくてやっていることだし」
「俺も一緒。だから、沙紀が嬉しそうに育てた野菜くらい、俺じゃなくて沙紀が食べた方が良いんじゃないかって思ったんだ。だから、ごめん?」
「愁ちゃんと一緒に食べたかったの」
「うん、ごめん」
「次に大きくなったら、ちゃんと愁ちゃんも一緒に食べようね?」
「うん、楽しみにしている」
「本当だよ?」
「うん。ちゃんと待つから」
ほら、毎回こうやって確かめ合うから、一緒に暮らすのが楽しくなる。
なんやかんやで、お互いに感謝できる関係はとても大事だ。
だから、これからもよろしくね。
来月の交換DAYでは、酷いことを言わないように私も頑張るからね?
「沙紀?」
「何?」
「クイックルは、もう半年分くらいいらないからね?」
「…うん、忘れなかったら覚えておく」
「沙紀?」
「忘れないようにする」
「よろしく」
だから、また来月の交換DAYまで頑張って家事をやろうっと。
そんな風に思える、この生活は悪くない。
愁ちゃんとじゃなきゃ、できない暮らしだよね?
月に1度の、お楽しみの時間。
私にとっては、ご褒美とも言える時間だったのに…。
「愁ちゃん!」
「おー、おかえり」
ドタドタと足音を立てて帰宅した私に、マイペースな人。
「おかえり。沙紀」
しっかりともう1度言われたら、怒っていたのを一旦横に置くしかない。
「もう!ただいまっ!」
「お疲れ」
私が目を吊り上げているのを、ニマニマしながら見ているってことは、分かっているってことだ。
「愁ちゃん、何で今日のお弁当に私の野菜使ったの?」
「あー、おいしかった?」
「おいしかった!でも、違うの!」
「食べ物は共有でしょ?」
「そうだけど、でも違うの!愁ちゃんだって、昨日まで聞いていたんだから、分かっているでしょ!?」
「丁度良い大きさだったから」
「私が、育てたベビーリーフと、ミニトマト!それに豆苗まで!何でサラダに使ったの?」
私のベランダ菜園で、少しずつ育てていた野菜。
それを、この人は今日のお弁当に使っちゃったんだから。
違う意味で、ビックリしたのは言うまでもない。
「月に1度の交換DAYで、そんなに怒る?」
「だって、週末に収穫サラダバーやろうねって、言っていたのに?」
私の育てた野菜を使って、今週の金曜日に一緒にサラダバーやろうねって話していたのに。
愁ちゃんも、「楽しみにしている」って言っていたのに、何で今日の今日でそんな酷いことを。
「一緒に食べるのを、楽しみにしていたのに…」
「そんな顔するなって。…ごめん。でも、ポトフは?」
「おいしかった!」
「どんな表情?それ?」
「愁ちゃんの作るポトフを楽しみに、今日のお弁当の時間をずっと待っていたのに…」
そう、愁ちゃんの作るポトフは、何でかおいしい。
私が作るのと、絶対に違う出来上がりだ。
野菜の煮具合いも、味の付き具合いも、何もかも違う。
月に1回、私たちだけで決めたこと。
「家事交換DAY」と銘打って、お互いの家事を交換する日。
その日は、私の好きなポトフをお弁当に入れてくれることが決まっている。
お弁当箱と、スープポットを持参してワクワクしていたのに。
お弁当を先に開けた私は、驚いた後でガッカリした。
今週に約束した、収穫日がなくなったことを意味していたから。
あんなに待ち望んでいたお弁当が、急に悲しい時間になった。
好きだったポトフも、自然と悲しい味になってしまった。
違うな、ポトフは好き。
悲しくてもおいしかった。
愁ちゃんの作るポトフは、やっぱり最高だ。
「ごめんて、そんなに落ち込むなんて」
愁ちゃんの言葉に、肩を落としてお風呂に向かう。
「そう言って、沙紀だってその手にしているの、またクイックルだよね?」
目ざとい言葉に、ギクリとする。
「何?何か文句ある?」
逃れるために、落ち込んでいます&逆切れしていますの体でいく。
「自分が買える日だからって、またそんなにお徳用を買ってきて」
「だから、ダメなの?」
「ダメとは言ってないけど、キッチンはともかくとして、寝室はそれじゃない方が良いって、俺ずっと言っているよね?」
だって、普通のクイックルって何かシンプルな香りだから。
「ローズの香り付きの方が、何か幸せな気がしない?」
「だから、どんな表情?」
自分でも、感情が整っていないことを理解しているもん。
「もう、良い」
気まずさもあって、キッチンからそそくさと出る。
「沙紀?」
「…何?」
「ほんとにゴメン」
「…うん、良いよ」
謝ったら、ちゃんと許すこと。
そんなルール、決めなきゃ良かった。
いつもそう。
私が怒っても、愁ちゃんが謝れば「良いよ」って言っちゃうんだから。
お風呂に向かい、そのままさっきのやり取りを思い出す。
ここでリセットするのは、いつものこと。
髪を洗って、流すのと同時に、急に来る反省時間。
何で、考えないで言っちゃうんだろう。
愁ちゃんは謝ったのに、私は謝ってない。
私は「文句ある?」って言っちゃった。
こういうところ。
私の、ダメなところ。
折角早起きしてくれて、お弁当を作ってくれたのに。
ポトフを作るのに、時間がかかっていたのに。
だから、お弁当に使う時間がなくなっちゃったのかもしれない。
つい、サラダで使ったのかもしれない。
それなのに、あんなに怒っちゃった。
使ったって言っても、本当に1口2口分だったのに。
怒らなくても、野菜はこれからまだたくさんできるのに。
そうだ、怒ることはなかった。
ただ、悲しかったって言えば良かったのに。
愁ちゃん、気にしているよね。
出たら、ちゃんと私も謝ろう。
でも、もう少しだけ。
湯船に浸かって、意味もなく息を吐きブクブクする。
「さーき?」
少し遠くなった愁ちゃんの声がした。
ブクッって、大きな泡が出た所で、返事をしようか、聞こえなかったフリをしようか迷う。
「何?」
結局、答えちゃう。
「もうごはん食べられるよ」
「…うん」
小さい返事でも、愁ちゃんには届いたらしい。
お風呂から出て、髪を乾かしてから、いつもはパパっとするスキンケアをゆっくりとする。
もう怒ってないと言わないといけないのに、顔を合わせたくない気持ちが出てしまう。
キッチンから、良い匂いがしている。
素直におなかが空いたと訴えている、私の体。
そっとキッチンを覗く。
「愁ちゃん」
「食べよ」
「愁ちゃん?」
「何?」
「…ごめんなさい」
「うん、良いよ」
「…怒っちゃって、ごめんなさい。お弁当ありがとう。今日もおいしかった、よ?」
「良かった」
「…うん」
「ほら、食べよ」
食べながら、少しずつ会話が戻って行く。
「月に1回なのに」
「うん?」
「沙紀ってば、いつも両手いっぱいにストックを買ってくるから」
思わずといった感じで、愁ちゃんが笑いだした。
「何?急に?」
「気付いている?手に食い込むほど、毎月買ってくるから、俺が買うストック品って全くないこと」
「うん?だから?」
「“俺が大変だから”って、沙紀が張り切って買い出しに行くのを知っているから。俺も月に1回くらい、沙紀のお弁当を頑張ろうって思ってるんだよ?」
「そうなの?」
「力仕事なんて、俺に任せておけば良いのに」
でも、掃除用品や日用品なんて、私が気付いた頃にはしっかり補充されているから。
先に気付くのは、毎回愁ちゃんの方だ。
「あ、なくなりそう」って思った次の瞬間には、すぐ足されているみたいな。
だから、それで在庫がなくなっていたら、愁ちゃんガッカリしちゃうかなって思ったら、この日だけは私が頑張らないとって思っちゃうんだよね?
「うん、いつもありがとう」
「それは、俺のセリフ」
「うーんと」
「毎朝早起きして、お弁当を作って、ベランダの野菜も育てて、掃除もして洗濯もして、沙紀は働いているのに、ずっと動いているから」
「でも、やりたくてやっていることだし」
「俺も一緒。だから、沙紀が嬉しそうに育てた野菜くらい、俺じゃなくて沙紀が食べた方が良いんじゃないかって思ったんだ。だから、ごめん?」
「愁ちゃんと一緒に食べたかったの」
「うん、ごめん」
「次に大きくなったら、ちゃんと愁ちゃんも一緒に食べようね?」
「うん、楽しみにしている」
「本当だよ?」
「うん。ちゃんと待つから」
ほら、毎回こうやって確かめ合うから、一緒に暮らすのが楽しくなる。
なんやかんやで、お互いに感謝できる関係はとても大事だ。
だから、これからもよろしくね。
来月の交換DAYでは、酷いことを言わないように私も頑張るからね?
「沙紀?」
「何?」
「クイックルは、もう半年分くらいいらないからね?」
「…うん、忘れなかったら覚えておく」
「沙紀?」
「忘れないようにする」
「よろしく」
だから、また来月の交換DAYまで頑張って家事をやろうっと。
そんな風に思える、この生活は悪くない。
愁ちゃんとじゃなきゃ、できない暮らしだよね?
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