鷹村商事の恋模様

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それはそれ

覚悟

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「じゃーん!」
「おー、卵焼きが巻けてる」
「でしょ?」

すでに人のいない食堂。
私ってば、営業時間外にしか来ないじゃんね。
西城さんの、めっちゃ迷惑になってる可能性大。
でも、気付かないフリして居座っちゃうもんね。
営業課でも、私はずれてお昼を取ることを何となく認めてくれてる。
課長が。
やさし。

調理場のおばちゃん達も優しい。
最初は、私のこと面倒そうな小娘だと思ってた。
多分。

でも、意外に甘やかしてくれた。
クズの話をしたら。
西城さんに言っちゃったら、もう誰に知られても良いかつって。
おばちゃん達も、噂話は好きだ。

特に人の不幸系。
BBA。
でも、それで「西城さんのこと好きになっちゃって」なんて言ったらもう。
おばちゃん達てば、キャーキャー騒いじゃって。

不倫や浮気でも騒ぐけど、この会社は割とみんな1人につきおひとりさま制度。
それで、楽しそう。
平和。
人の恋バナなんて、つまんないだけだと思うのに。
でも、それを利用しない手はない。

私が西城さんを好きだって知ってるから、「良いから良いから」つって時間を作ってくれる。
私が来ると、目ざとく「西城さん!」なんて呼んでくれる。
え?私が西城さんになっても良いんだけどね。
夢かよ。

西城さん、この4年間浮いた話がないんだって。
かわいそう。
私ならすぐに彼女になる。
なりたい。

西城さんを好きな社員さんもいたらしいけれど、その時はあまり興味?がなかったらしい。
嘘みたい。
こんなにカッコ良いのに。
でも、逆にラッキー。
私だけの西城さんでいてくれるから。

問題は、出会いがあれだっただけに、ね?
私のこと、拾った犬かなんかと思ってて、今更拒めない系?
それに、私がクズで愚痴ってるのとか知ってるし、こんな面倒な女嫌だって思ってるパターン。

マイナスのスタートやん。
え?
詰んでる?

「田中ちゃん?」
「…はい!」
西城さんの声に、思わず我に返る。
やべ、考え事してた。

「疲れてる?」
「全然。てか、西城さんこそ、疲れてない?私に付き合い過ぎて」
「それこそ、全然」

優しい。
好き。
もう、好き。
本当に大好き。

何なら言ってた。
お菓子くれる度に、「好き」って。
分かりやすい私。
物に釣られて、優しくされる度に言ってた。

軽い女って思われてる?
じっと見つめていると、西城さんが首を傾げる。
可愛い。
もう、ずっとムービー回したい。

付き合いたい。
西城さんの彼女になりたい。
一緒に過ごしたい。
会社以外でも。

クズのことがあるから、会社外では迷惑になるかも…なんて思ってた。
でも、今の私はもうフリー。
そうだ。
めっちゃフリー。
Wi-Fiスポットかってくらいご自由に。

「好き」

思わず口にする。
でも、困ったように笑う西城さん。
「…また、すぐ口にする。田中ちゃん?男は、単純なんだから、そう簡単に」
「簡単じゃないもん」

「西城さんが、好き」
私の必死さに、西城さんは困ったまま口をもごもごさせた。
「…ありがとう、田中ちゃんは今までが酷かったから…」
可愛い。

「そうだけど?めっちゃ不幸だった」
「でしょ?そんな時に、ほら、こうやって話すようになっただけだし」
「きっかけはね?でも、好き」
「田中ちゃん…」

話通じないって思われてる?
良いもん。
ゴリ押ししたる。

「優しくされたから好きになったって?そうだけど、ダメなの」
「ダメじゃない、けど…」
「西城さんが好きだから、好きって言ってる」
真剣だけど。
マジで。

「西城さんは、私のこと嫌?」
「嫌じゃないよ」
でも、困ったように笑う。

「でも、困ってる」
私の言葉に、西城さんは頷いた。
「そりゃ、困るでしょ」
「何で?」

「そりゃ、田中ちゃんはまだ社会人になったばかりだし」
「でも、もう大人だもん」
そう。
すでに、成人して2年も経ってる。
舐めんな。

「まだ、子どもだよ」
でも、西城さんにはそうじゃない。
「何で?」

「ほら、ようやく面倒事も片付いたし」
「うん」
「時間も、お金も、十分できたし」
「うん」
「こんな、社食の冴えないおじ…」
「おじさんじゃない!」

言わせない。
「こんなに素敵な西城さんなのに、自分で自分のことおじさんとか言っちゃダメ」
西城さんは、ポカンとしてる。
「何で?あ、浮気?浮気を心配してる?しないよ?男友達はそりゃいるけど、西城さんが嫌がるなら全部切る。同期も全部アドレスから消す。私、意外に一途だよ?見えないだろうけど」

できる。
私、やれば出来る子だし。
「西城さんと、付き合いたい。好きだから」
「…田中ちゃん」

「何がダメ?あ、無駄遣い?もうしない!家計簿、は無理だけど…えぇと、丁度良いアプリなかったかな」
使い過ぎとか教えてくれるような。
「あ、貯金もする。今度から。西城さんにお金での心配はもうさせない」

できる。
西城さんと付き合うためなら。
何でも、出来る。
「好きだもん」
だから、付き合いたい。

「西城さんと、付き合うのに、どうすれば良い?」
返事はない。
困ったようにしている西城さん。
やっぱ、拾った犬枠か。

何だよ。
もう、折角クズと切れたのに。
てかクズと付き合ってた私だから、嫌なのか。

クズと付き合うような人間と、一生懸命生きて来た西城さんじゃ。
「釣り合わないか…」
ポツリと呟く。
「クズと付き合ってた私じゃダメか」

悲しいな。
「ごめんね、西城さん」
笑え。
せめて、西城さんが気に病まないように。
何だかな。

言わなきゃ良かった?
でも、無理だ。
「もう、言わない」
言っちゃった後だけど。

「もう、押しかけない」
迷惑になるから。
席を立つ。
動け。
震える手で、お弁当と諸々をかき集める。
机の上を片付けて、食堂から出ないと。

「違う!」
私の動きを見ていた西城さんが、ハッとしたようにそう言った。
ビックリした。
何が。

「ごめん、自分に都合の良い解釈をしていた」
「何が?」
「田中ちゃんは、俺のことを助けてくれたからそう錯覚してるだけなんだと」
「うん?」

始まりは、そうだけど。
でも、ちゃんと西城さんのことを知って好きになった、と思う。
違うの?
人を好きになる時って、それなりの理由があると思う。

みんな。
でも、違うの?
「駄目だね、年を取ると」
「何が?」

「臆病になる」
「何で?」
「嫌われないかと」
「…嫌う理由ないじゃん」

私の言葉に、西城さんはやっぱり困ったように笑った。
「かと言って、好きになる理由も、さ」
「好きなもんは好きでしょ?」

西城さんの言い方や、雰囲気は私を拒否ってない。
でも、違う。
決定打がほしい。
我儘な私。

ダメ?
西城さんを困らせてる?
でも、これは譲れない。

錦織みたいに、露骨に取りに行け。
好きなものは好きだ。
西城さんが、好きになってくれるようになれ。

やればできる。
何とかなるっしょ。
「西城さんしか好きじゃない」
「それは…」
「しか勝たん!」

西城さんが吹き出す。
「もう、真剣な話をしてるのに、すぐにそうやって」
「ダメ?だって、西城さん好きって言ってくれないから」
甘えちゃえ。

「私のこと、可愛いって思ってくれてるでしょ?」
アホな子枠で良い。
でも、可愛いって言われたい。

「そりゃ、か…可愛い、と思うよ?」
「でしょ?」
嬉しい。
嬉しすぎて、顔がニヤける。

西城さんが、残念な子を見る目で見てくれてても良い。
食堂の奥で、おばちゃん達がそわそわしてるのが分かる。
これは、見せ場だ。
私と西城さんの。

「言ってやれば良いのに…」
ポツリと落ちた沈黙の中のナイスパス。
「でしょ!言ってやって!佐藤さん」
中でもノリの良い、おばちゃんに加勢を頼む。

他力。
「もう!面白がって」
西城さんのハッとした顔。
真っ赤になってる。
かわちい。

「好き」
「もう!田中ちゃんも、早く食べて課に戻って」
「えー」
もっと、キュンさせてよ。

西城さんが、自分のごはんを食べ始める。
チャーハン。
「おいしそ」
私の言葉に、西城さんが私のお弁当の蓋にチャーハンをくれた。
優しい。

「優しい。好き」
「もう、聞こえません!」
ちぇー。
でも、真っ赤な顔はイコールだろう。

「可愛い。好き」
「はいはい!」
真っ赤な顔も、全然食べてないのに食べてるフリしてるのも。
可愛い。

「私の卵焼き、食べてくれないの?」
「…いただきます」
律儀にそう言って、卵焼きを一切れ持って行く。
綺麗な箸使い。

「箸、上手。好き」
西城さんが咽た。
ウケる。
「田中ちゃん!」
「何?」

じっと見つめると、西城さんは困ったように視線をウロウロさせる。
可愛い。
好き。
好きが溢れて、もうずっと言ってたい。

「好き。いただきまーす」
言って満足する私。
食べ始めると、西城さんがようやくホッとしたように肩の力を抜いた。
「もう…」

良いもん。
和田さんのマネして。
絆されるまで、言ってやれ。
減るもんじゃないし。

言いたい。
むしろ、言いたい。
課長のこと落とした和田さんみたいに。
言ってやれ。
何となるでしょ?

「ごちそうさまでしたー。やべ、もう10分しかない」
ふざけすぎた。
早く帰ろ。
営業に。

午後こそ、パワポやらなきゃ。
「田中ちゃん」
「ん?」
「今日」
「うん?」

「何時まで、仕事?」
「えぇと…何時までだろ?」
分かんない。
「残業ではないと、信じたい」
西城さんが笑う。

「希望?」
「そ。かつ観測」
「じゃあ」
「ん?」
「待っているから」
「何で?」

私の聞き返しに、西城さんは少し溜め息をついた。
何で?
「田中ちゃん、空気読んで」
佐藤さんの声に、首を傾げる。
何の?

「もう!じれったいね!」
「何かごめん」
分かんない。
何かあった?

「私、間違えた?」
逆に、何があった。
この間に。

フラグ?
立ってた?
見つかんない。
私が断ってた?

おい、やめろ。
チャンスがあったのか?
だとしたら勿体ない。
「田中ちゃん」
「うん?」

「今日の放課後、時間が欲しい。話したいことがあるから」
「分かった。終わったら、ラインするね?」
西城さんの表情に、思い当たる節もない。
あ、今まで迷惑をかけたから奢れよ?的な。
任せろ。

「じゃ、また後でね」
軽やかに帰った私は知らない。
その後、おばちゃん達にヒューヒュー言われて真っ赤になった西城さんを。

後で佐藤さんから聞いて、怒ったもん。
ムービー撮れよって。
あ、先輩っすね。
ごめんごめん。

午後にパワポ作って、課長のゴーサインをもらって。
課長には、「今度はオケ」と言われた。
マジで、意味が分かんない。

不満そうにしていたからか、和田さんが宥めてくれた。
珍し。
和田さんみたいになるのは無理だけど。
でも、営業課でもなんとかなりそ。
私やれば出来る子だし。

アフターに、ウキウキしてた私。
何気に初めてかも。
西城さんと、アフター。
やべ、ドキドキする。

終わったらラインするって言ったけど、でもマジでゴメン。
化粧直しはさせてくれ。
大事。
それも就業の1つだし。
それが終わったら、ラインするから。

ラインを入れて、すぐに返信がある。
アゲー。
嬉しい。
久々の感覚?

返信を待ち遠しいって思うの。
すぐだったけど。
ワクワク。
あ、これってデート?
そうなの?
そうじゃね?

「え、食堂じゃなくて、入り口?何で?」
折角、食堂にお迎えに行こうと思ったのに。
それを送ると、『お迎えって(笑)』て返って来た。
年上の人って(笑)好きだよね。

wで良いのに。
てか楽なのに。
意味伝わってるかな?
伝わってなかったら、全然笑えない。

そんなことを思いながら、エントランスに行く。
見慣れた、背の高いシルエット。
はい、もう好き。
ドキドキする。
好き以外の感情がない。

あ、あるわ。
愛してる。
え?愛してるって、こういう時に使う?
合ってる?

思い慣れない感情。
「お待たせー」
手を振ると、手を振り返してくれる。
嬉しい。

「西城さん、私服もカッコいいね。好き」
言うと、キョトンとする。
可愛い。

え?私、プチプラのワンピ。
平気?
可愛い?
思わず、自分の姿をエントランスのガラス戸で確認する。

「可愛いよ」
「ありがと」
返事を言って、はたと真顔になる。
西城さんが自発で言ってくれた。

可愛いって。
嘘みたい。
今なら言ってくれる?
「私のこと好き?」

それには、吹き出す。
おい、何でだ。
「これじゃ、ただのバカップルだ」
西城さんが言うと、ウケる。

そして、歩き出す。
あ、手繋ぎたい。
ダメかな?
歩きづらい?

なので、慌てて歩き出す。
西城さんの家は、歩いても帰れる。
普段はバスらしいけど。

私は駅。
駅から1駅。
近。

「バカップル。なんか、西城さんが言うと、少し古く感じる」
「何で?あ、もうアラサーだから?」
「それは関係なくて。西城さん、彼女とこうやってイチャイチャしたことないでしょ?」

真っ赤になる。
可愛い。
「…ないけど。そもそも彼女じゃないし」
「今からなる予定だし!」
言うと、困ったように笑う。

笑ってないで。
良いの?私、彼女って言いまくるよ?
このままで良いの?
良いなら良いけど。

嘘。
それはそれ。
でも、西城さんの言葉を欲しい私。

「もう…。田中ちゃんは」
呆れたような声。
「何?」
「この後、デートで良いんだよね?」
「モチ。やった。好き」

「それ」
何?
どした?
真面目な顔で。

「そんな、簡単に言わないで?」
「何を?」
「その、好きって、言葉」
「何で?」

「俺の、覚悟がなくなるから」
「覚悟?」
「何の?」

「田中ちゃんの、これからを…」
「え?養ってくれるの?ラッキー」
え?早とちり?
何でも良い。

「違うけど。いや、違くないか」
「西城さんといられるなら、何でも良い。好き、あ、言っちゃった。ごめん」
「言う度に謝られるのも、何か違うけど…」

「何が?」
「俺も、ちゃんと田中ちゃん、違った…。ちゃんと、美月ちゃんが好きだよ?」

言った。
今、言ったよね?
確実に。

西城さんから、自発の「好き」いただきました!
最高。
言われて、あぁ幸せってこういうことって思える。

あのクズとの時間との落差。
天と地、とはまさにこのこと。
でも、もう思い出さない。
今、この時を持って。

私の今カレ、西城さんとのお付き合いがスタート。
マジで嬉しい。
生きてて良かった。

「た、美月ちゃん?」
「うん?」
「どうしたの?」
いつの間にか止まっていた私。
「嬉しい。好き」

困ったように笑う西城さん。
「違う、西城さんじゃない。ただしさん?唯くん?たださん?ただくん?」
やべ、バグった。

何て呼べば良い?
「何でも良いよ?」
「何でもは駄目」
「何で?」
「元カノと被ったら嫌だ」

「本当に、君は…」
「何?」
「美月ちゃんが心配するほど、俺はモテないし」
「モテてるじゃん」

「誰に?」
「調理場の」
「あぁ、調理員さんは、そうか…」
「それも、嫌だ。私だけが好きでいてほしい」

「困ったね」
全然困って見えない。
「むう、年上の余裕ですか?」
「余裕?ないよ、全然」
「嘘だ」

「嘘じゃないよ」
「何か、今更嘘くさく見えて来た」
「何が?」
「西城さんが、私に優しいのも、別に普通だったことが」

口を尖らせる私。
困ったように笑う西城さん。
もう、西城さんだ。
しばらく、名前じゃ呼ばん。
「やれやれ」
ほら、残念な子扱い。

「どうしたら良いの?」
「西城さんから、手を繋いで?」
「はいはい」
「むう!『はい』は1回!」

「はい、美月ちゃん」
私が出した手を、ちゃんと繋いでくれる優しい手。
「もう!好き」
「はいはい、と…はい」

ポンポンと、繋いだを上から撫でてくれる。
もう、馬鹿にして!
でも、西城さんが急に甘やかしに来ると。

ドキドキが止まらない。
ヤバい。
これは、まずい。
超ハズい。
折角、付き合えたのに。
マジで。

でも、幸せなので良いにするか。
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