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「ヒューバート様は正気でいらっしゃいますか」
「求婚してきた相手に放つ第一声がそれか」
だってそうだろう。
婚期がとうに過ぎ去った行き遅れの女を、敢えて選ぶメリットなど、ヒューバートには無い。強いて言うならさほど業績が悪くはない我が生家であるバームスタイン家の家柄が目的か。それでもヒューバート程の器量と彼のカーソン家の実力があれば、もっと歳若い令嬢や実力のある上流の家柄との婚姻だって困難ではないだろう。求婚先に敢えて私を選択する理由が、いくら考えても見当たらないのだ。
「ヒューバート様ほどの器量と社交的なお人柄を持ち合わせていれば、婚姻相手に困ることなどないでしょう? 何故私にお声を……?」
「それはもう、アイラ様の弾けんばかりのその肉体ーーもとい、美貌に僕の心はもうすっかり骨抜きにされたからーー」
「適当な事仰らないでください。……まさか本当に体目的じゃありませんよね」
視線を感じた胸元を己の腕で隠し、ヒューバート様へ胡乱げな視線を向けてやる。
私と同じく30の歳を超えたヒューバート様が、これまで妻を娶らなかったのもこの悪癖が要因と聞いているが、婚姻話がどこからも持ち上がらなかった訳ではない。
いつまで経っても複数の女性と関係を持ち続ける女癖の悪さを持っている彼だが、そんな彼でも良いと言う、彼にゾッコンな令嬢もこれまでには存在した。だが、どう言う訳か、彼の方がその誘いを断り続けているようなのだ。
「まあ、勿論一向に誘いに乗ってくれない、君のその美しい肉体に全く興味が無いと言えば嘘になるけれど……」
わざとらしく肩を竦ませるヒューバートの舐めるような視線に、私は益々己の警戒態勢を強める。
「女性って、面倒臭いじゃない。私だけを見てだの、恋人であったり夫婦の契りを結んだ途端、相手を所有物のように独占したがる。嫌なんたよね、そうやって他人の感情に振り回されたり、逆に自分が他人のことで頭がいっぱいになったりするの。
癒されたい時だけ会って、己の欲を吐き出したい時だけ求め合う。あとは嫉妬だとか慕情だとか、そういったものに支配されず、自分を保ちながら自分が自分らしくいられる生活を維持する。男女の付き合いって、それじゃあ、ダメなのかな」
世の恋に恋する年若い令嬢が聞いたら、卒倒してしまいそうな内容をつらつらと吐き出す彼に、白んだ表情を返してしまうのは仕方がないと思う。が、……まあ確かに、彼が言うことも分からないでもない。
この歳になると、駆け引きだとか、相手の言動で一喜一憂することだとか、煩わしく感じるこも否定できない。
けれど、だからと言って、複数人の相手と関係を持ち続けることを良しとは言えないが……。
「君だって、女性としての立ち位置を求められることへの反抗心で、婚姻を先送りにしていた所もあるんじゃないの?」
「! そ、それは……」
「その点、僕達が婚姻関係を結べば、君は家督を継がないまま家にいることへの後ろめたさや、君が今の立場から解放されたいが故に今後求婚を受けた、未来の旦那様への罪悪感に悩まされることもない。僕は君が政に参入することを止めるつもりもないしね」
「つまり、貴方は私の事情を把握した上で奥方という立場を提供して下さり、更に仕事もさせて下さる。その代わり、私は貴方の男女の火遊びには口を出さないと。契約的な婚姻を結ぼうと、そう言うお話ですね」
「話が早くて助かるよ」
にっこりと微笑むヒューバートに、私は顔を顰めざるを得ない。
とんでもない策士であるが、悪い話ではない。正直、今更小娘のように新たに恋愛をする気力も無いし、お見合いをしたとて相手にヒューバート程の条件だって確約されない。私の考えや生き方を尊重してくれて、家柄が良く、物腰も柔らかで聡明だ。ついでに見目麗しく歳も近い。これ以上の好条件は無いのではなかろうか。
レイとエドガーが友人同士であることから、昔より懇意にしている間柄であるし、父も安心するだろう。
けれど、一体何が引っ掛かっているのか。すぐに首を縦に振ることができなかった。
「……少しだけ、考えさせてください」
「良い返事を期待しているよ」
ヒューバートが席を立ち、扉を開ける。
「わ! ……驚いたな。立ち聞きは良くないよ、レイモンドくん」
「レイ!?」
ヒューバートの後ろから覗き見ると、レイが狼狽した様子で佇んでいた。
エドガーと同じく5年前と比べて随分と身長の伸びた彼を、ヒューバートを介して仰ぎ見る。吊り目気味のアーモンド型の瞳を見開いたレイは、なんだかバツが悪そうな面持ちだ。
視線を忙しなく彷徨わせると、彼は踵を返して走り去ってしまった。
ヒューバートとの会話を聞いていたのだろうか。
言葉を交わす間も無く、脱兎の如し勢いであった。
「どうしちゃったのかしら、レイ……」
「え、本気で分かっていないのかい?」
レイが走り去っていった廊下からヒューバートへ視線を戻すと、彼は呆れたように目を細めて、微笑んだ。
「良い機会だ。弟君ときちんと会話をするといい。煮え切らないままじゃ、レイモンドくんにとっても君にとっても、勿論僕にとっても、最善の結論に至ることができないからね」
私は、「はぁ……」と、曖昧な返答を返すことしかできなかった。
「求婚してきた相手に放つ第一声がそれか」
だってそうだろう。
婚期がとうに過ぎ去った行き遅れの女を、敢えて選ぶメリットなど、ヒューバートには無い。強いて言うならさほど業績が悪くはない我が生家であるバームスタイン家の家柄が目的か。それでもヒューバート程の器量と彼のカーソン家の実力があれば、もっと歳若い令嬢や実力のある上流の家柄との婚姻だって困難ではないだろう。求婚先に敢えて私を選択する理由が、いくら考えても見当たらないのだ。
「ヒューバート様ほどの器量と社交的なお人柄を持ち合わせていれば、婚姻相手に困ることなどないでしょう? 何故私にお声を……?」
「それはもう、アイラ様の弾けんばかりのその肉体ーーもとい、美貌に僕の心はもうすっかり骨抜きにされたからーー」
「適当な事仰らないでください。……まさか本当に体目的じゃありませんよね」
視線を感じた胸元を己の腕で隠し、ヒューバート様へ胡乱げな視線を向けてやる。
私と同じく30の歳を超えたヒューバート様が、これまで妻を娶らなかったのもこの悪癖が要因と聞いているが、婚姻話がどこからも持ち上がらなかった訳ではない。
いつまで経っても複数の女性と関係を持ち続ける女癖の悪さを持っている彼だが、そんな彼でも良いと言う、彼にゾッコンな令嬢もこれまでには存在した。だが、どう言う訳か、彼の方がその誘いを断り続けているようなのだ。
「まあ、勿論一向に誘いに乗ってくれない、君のその美しい肉体に全く興味が無いと言えば嘘になるけれど……」
わざとらしく肩を竦ませるヒューバートの舐めるような視線に、私は益々己の警戒態勢を強める。
「女性って、面倒臭いじゃない。私だけを見てだの、恋人であったり夫婦の契りを結んだ途端、相手を所有物のように独占したがる。嫌なんたよね、そうやって他人の感情に振り回されたり、逆に自分が他人のことで頭がいっぱいになったりするの。
癒されたい時だけ会って、己の欲を吐き出したい時だけ求め合う。あとは嫉妬だとか慕情だとか、そういったものに支配されず、自分を保ちながら自分が自分らしくいられる生活を維持する。男女の付き合いって、それじゃあ、ダメなのかな」
世の恋に恋する年若い令嬢が聞いたら、卒倒してしまいそうな内容をつらつらと吐き出す彼に、白んだ表情を返してしまうのは仕方がないと思う。が、……まあ確かに、彼が言うことも分からないでもない。
この歳になると、駆け引きだとか、相手の言動で一喜一憂することだとか、煩わしく感じるこも否定できない。
けれど、だからと言って、複数人の相手と関係を持ち続けることを良しとは言えないが……。
「君だって、女性としての立ち位置を求められることへの反抗心で、婚姻を先送りにしていた所もあるんじゃないの?」
「! そ、それは……」
「その点、僕達が婚姻関係を結べば、君は家督を継がないまま家にいることへの後ろめたさや、君が今の立場から解放されたいが故に今後求婚を受けた、未来の旦那様への罪悪感に悩まされることもない。僕は君が政に参入することを止めるつもりもないしね」
「つまり、貴方は私の事情を把握した上で奥方という立場を提供して下さり、更に仕事もさせて下さる。その代わり、私は貴方の男女の火遊びには口を出さないと。契約的な婚姻を結ぼうと、そう言うお話ですね」
「話が早くて助かるよ」
にっこりと微笑むヒューバートに、私は顔を顰めざるを得ない。
とんでもない策士であるが、悪い話ではない。正直、今更小娘のように新たに恋愛をする気力も無いし、お見合いをしたとて相手にヒューバート程の条件だって確約されない。私の考えや生き方を尊重してくれて、家柄が良く、物腰も柔らかで聡明だ。ついでに見目麗しく歳も近い。これ以上の好条件は無いのではなかろうか。
レイとエドガーが友人同士であることから、昔より懇意にしている間柄であるし、父も安心するだろう。
けれど、一体何が引っ掛かっているのか。すぐに首を縦に振ることができなかった。
「……少しだけ、考えさせてください」
「良い返事を期待しているよ」
ヒューバートが席を立ち、扉を開ける。
「わ! ……驚いたな。立ち聞きは良くないよ、レイモンドくん」
「レイ!?」
ヒューバートの後ろから覗き見ると、レイが狼狽した様子で佇んでいた。
エドガーと同じく5年前と比べて随分と身長の伸びた彼を、ヒューバートを介して仰ぎ見る。吊り目気味のアーモンド型の瞳を見開いたレイは、なんだかバツが悪そうな面持ちだ。
視線を忙しなく彷徨わせると、彼は踵を返して走り去ってしまった。
ヒューバートとの会話を聞いていたのだろうか。
言葉を交わす間も無く、脱兎の如し勢いであった。
「どうしちゃったのかしら、レイ……」
「え、本気で分かっていないのかい?」
レイが走り去っていった廊下からヒューバートへ視線を戻すと、彼は呆れたように目を細めて、微笑んだ。
「良い機会だ。弟君ときちんと会話をするといい。煮え切らないままじゃ、レイモンドくんにとっても君にとっても、勿論僕にとっても、最善の結論に至ることができないからね」
私は、「はぁ……」と、曖昧な返答を返すことしかできなかった。
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