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第1章/

第14話:ことりとのデート(仮)⑤美浜家・前編

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「あら、お帰りなさい、早かったのね」
 家に帰ると、母さんの底抜けに明るい笑顔が僕達を出迎えた。
「ことちゃんも、うちに来るのは久し振りだよね。よく来てくれたわね」
「あ、御無沙汰してます、みなみさん。今日は、、お邪魔します」
 ことりは母さんにそう言いながらリビングに入って、麻実に促されるままソファに座った。
 ……今の強調は、必要な物なのだろうか。
 ことり、変な勘違いはしないから、せめて心を折りに来るのは止めて欲しいと思う。

 まあ、『僕は形状記憶合金になるんだ。折られても折られても元に戻る、形状記憶合金にな』とかついついどこかのドラマで聞いた様な事をもじってしまう程には、二度と後ろを向かない、立ち止まらない覚悟は完了しているけど。
 ……ことり、僕の覚悟に覚悟しておけ。

「あらあらあらあら」
 人差し指を顎に当てて、やっぱり何だか楽しそうな母さん。
 ……何でだろうか。

   〇〇〇

 大須でラーメン屋を出た僕達は、上前津駅で「この後、栄でデートだから」と言っていたので別路線になる信行とは駅で別れ、3人で帰って来た。
 因みに、寄っていたラーメン屋は大須観音側から仁王門通りを反対側に抜けた所なのでそこから上前津駅まで、移動したのはたったの1区画。
 ……本当に、何で待ち合わせが大須観音駅だったんだろう。
 結果としては、最初に大須観音に寄って鳩への餌やりを出来た事は良かったとは思うけど。アレでことりと僕の間の空気は大分緩んでくれたとは思うし。
 先輩の家は向こうの方、名古屋の西の方なのだろうか。
 ……どうでも良いけど、心底。

   〇〇〇

「それで、今からどのゲームをやるの、麻実ちゃん?」
 母さんが用意してくれたジュースのグラスを傾けながら、ことりは隣に座る麻実に訊いた。
「えーっと、モンスターを狩るやつは、ことりちゃんのキャラクターを作って装備とか最初から育てなきゃいけないから……」
 麻実は言いながら棚に並ぶゲームソフトのケースを取り出して、テーブルに綺麗に並べる。
「どれが良いかなぁ。ねえ、お兄ちゃん?」
 並べるだけ並べて、テーブルの脇に座る僕に話を振る麻実。……ノープランか。
「そうだなあ……」
 テーブルに並ぶゲームを順番に見て行って、とあるゲームに目が留まった。
 ……これなら前はよく一緒にやっていたし、一緒に遊ばなくなってからはゲームとは離れていたとしても、技術的な差は問われない。
「これなんか、良いんじゃないか?」
 そう言って手に取ったのは、『日本全国の駅をすごろくのマス目に見立ててサイコロを振って移動して、物件を買って収益を上げながら最終的な総資産を競う、電鉄ゲーム』。
「あ、そうだね! これにしよう! 良い? ことりちゃん!」
 麻実が小さく両掌でペチペチと音を立てながら、ことりの顔を見た。
「これって、前に皆でやってたやつの最新版? やってみたい!」
「良かった! じゃあお兄ちゃん、よろしく!」
 ゲームのハードはテレビの前に置いて有るので、必然的にソフトの入れ替え係は僕になる。
「はい、オッケ。入れ替えたよ。キャラのデザインは結構変わっているからね」
「ありがとう、まあくん」
 セットを終えて言った僕に、ことりは不意に弾ける様な笑顔を向けて来た。
「へえ、ねえ」
 ダイニングから、独りでコーヒーを飲んでいる母さんの声が聞こえて来る。
 ……顔を見なくても、ニヤニヤしているのが思い浮かんで腹が立つ。

「っ! 今日だけ!! 今日だけですから!!!」

 美浜家に、ことりの悲痛な叫びが木霊した。

   〇〇〇

「……ねえ、麻実ちゃん。……何か、前より上手くなっていない?」
 それは『3年勝負モード』を終えて、茫然としたことりが誰に言うとも無く口にした言葉。
 途中では色々ドタバタしたけれど、終わってみれば麻実の独り勝ち、圧勝だった。
 ……何でだろう。目的地の稚内まで残り1マスの時に、サイコロで1が出て喜んだはずみで左の稚内では無く下のマイナス駅に行ってしまったりしていたのに。
「んー、何でだろうね?!」
 ……うん。本人も全然解って無いやつだ、これ。
「なあ、麻実……」
「ね、もう一回やろ! もう一回!」
 再選を申し込もうと呼び掛けた僕の言葉を遮る様に、不意にことりが熱い声を出した。
「うん、勿論だよ! 良いよね、お兄ちゃん?」
 嬉しそうに訊いて来る、麻実。
 麻実が嬉しそうなのは、1位になれた優越感とかでは無くて、やっぱり、以前まえと同じ様に3人でゲームを出来ているからかな。
 これまでも、こっちのテンションを無視してずっと元気は元気だったけど、前みたいに麻実が心の底から嬉しそうな声を出す様になって良かった。
 ……だから、その問いに対しての僕の返事は決まっている。
「当然! 今日は想定していたよりも断然早く帰って来られたしね。今度は勝つよ」
 ……先輩が、早く帰ってくれたし。
 流石にあんなに憎々し気に睨まれたら、誰だって引き下がるだろう。……僕以外は。
 もう、引かない。
「やった! 私だって、今度こそ負けないんだから!」
 鼻息を荒げてそう言ったことりは、前のめりに座り直して、瞳を燃やしながらコントローラーを握り締めた。

 ……と、ふと思った事が一つ。
 ことりって、こんなに負けず嫌いだっただろうか。
 以前のイメージとしては、どちらかと言えば、何かしらで僕が勝ったとしても、「まあくん凄い!」と笑っている様な感じだった。
 もちろん、中学生高校生と成長する上で変わって行く事も有るだろう。
 でも、何か直接的な切っ掛けが有ったとしたら。
 若しかしたら、それは……。

「……あれぇ? ことりちゃんって、そんなだっけ? 前は、私やお兄ちゃんが勝っても、笑って『凄いね!』って言ってくれてたのに」
 人が物思いに耽っている間に麻実が人の気持ちも考えずに言葉として出していた。
 こら、中学1年生。もっと人の気持ちを考えましょう。
「ええ? ……だって、あの頃は何をしてもまあくんが兎に角凄かったし、私はそれを見ているだけで幸せだったから……」
 ……母さん、何でリビングとダイニングの仕切りの壁から身体を半分だけ出してニヤニヤしているのさ。
「ってもう、何を言わせるの! ちょっと顔洗って来る! 洗面所貸して!」
「ああ、洗面所は……」
「知ってるってば、バカ!」
 教えようとした僕に、ことりはそう言い残し勢い良くリビングを出て行った。
「……ったく、何だよ」
「今のお兄ちゃんは、凄く無いからね」
「ええ、今の守は、凄く無いから」
 …………っったく、何なんだよ。

   〇〇〇

「そう言えばことちゃん、晩御飯食べて行きなさいな」
 2回目の3年モードが終わった頃、エプロンで手を拭きながらキッチンから出て来た母さんは、ことりに手を掛けた。
 ……タイミングが悪いな。
 今回も何故か圧勝した麻実に、負けず嫌い2人で頼み込んで、3回目を始める所だったのに。
「え、そんな、悪いです。お母さんも、作っていると思うし」
「ええ、そんな事言われても、もう遅いわよ」
 慌ててコントローラーを持たない方の手を振り辞することりに、恍けた顔をして言う母さん。
 ……何だ、その顔。
「何が……」
 言い掛けた処で、玄関のチャイムが鳴った。
「お母さんはお鍋を見なきゃいけないから、守、出てくれる?」
「何だよ……」
 母さんはキッチンに戻りながらそう言ったので不承不承立ち上がってモニターを見ると、見慣れた顔が映し出されていた。
「あら、まあくん、久し振りね。……って、顔はちょこちょこ合わせているから、そんなでも無いか」
 通話ボタンを押して応答すると、相手の女性は明るく優しい声で話し掛けて来た。
「みなみに呼ばれて来たの。ことりも居るんでしょ? 上がらせて貰っても良いかな?」
「……あ、はい、どうぞ!」
 ……是非も無いので、そう答えて終了ボタンを押した。
 ことりの方をちらっと見ると、「お母さん……」と頭を抱えている。
 ……確かに、断るのが遅かったな。

 ……ただ、母さん。
 親のドヤ顔は、気持ちの良い物ではありませんから。
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