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第1章/

第28話:日曜日、side of Girls

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 ――私、犬山ことりは今、栄に居ます。
 麻実ちゃんとミモちゃんと一緒に、3人で。

 何でこうなったんだろう。
 思わず、溜め息が漏れてしまう。
 昨日サボっちゃったから、今日は授業の復習と予習をしようと思っていたのに。
「ねえ、ミモちゃん。上に居る2人は、この緑の大地と、地下の銀河の広場のどっちに行くと思う?」
「はっちゃんは散歩が好きだから、先ずこっちに来るんじゃないかな?! ことちゃんはどう思う?」
「そうねえ。未だ待ち合わせたばかりだし、来るならこっちじゃ無いかな?」
 楽しそうに盛り上がっている2人に不意に話を振られたので、それっぽい返事をしておく。
 流石に無いとは思うけれど、間にはバスターミナルが有るので、そこからバスに乗って何処かに行かれたらお手上げだ。
 ふと、円盤状の水の宇宙船を見上げる。
 今、守は中村先輩とあそこで何をしているんだろう。

   ▼▼▼

 昨夜。
 また親子共々みなみさんお手製の晩御飯をご馳走になって、さあ帰ろうかと云う時に、私のスマホにミモちゃんからメッセージが届いた。
『明日のまあくんとはっちゃんのデートはオアシス21待ち合わせらしいけど、まあくんの妹のマミちゃんも誘って見に行かない?!』
 正直な話としては、勉強と、それ以外にも色々としておきたい事が有ったのだけれど、自分がした事を考えると、辞退はし辛くって。
 守には見えない所で麻実ちゃんに声を掛けてみたら、脊髄反射で「行く!」と大声を出そうとしているのが分かったので、急いでその小さな口を手で塞いだ。

   ▲▲▲

 大好きなマミモちゃんは既にすっかり意気投合していて、2人が仲良くしているのを見ているだけでも、来た甲斐は有ったと思えているのだけれども。
 ……『マミモ』ちゃんって。
 小学校の時以来、纏めて呼んでしまった自分に、思わず苦笑いをした。

 守たちの様子は実際に上に行って見られたらそれが一番だけれど、水の宇宙船は見晴らしが良く、ちょっと見渡されたら直ぐにバレてしまうので、仕方が無い。
「あ、エレベーターが上に向かったよ!」
 麻実ちゃんの声を合図に、急いでエレベーターから離れて、降りて来た時に向こうから顔が見えない様にベンチに落ち着く。
 今日も昨日とは毛色の違う格好をして来てはいるけれど、昨日の事も有るし、何と無く今の守になら見抜かれてしまいそうな気がして油断は禁物。
 ミモちゃんも昨日とは全く違う雰囲気の格好で帽子を深めに被って顔を隠しているし、麻実ちゃんには守が知らない様な私の服を貸してあげている。
 胸元は、……ごめん。一応、中1の頃の服だから、まだここ迄大きくはなっていない頃のではあるけれども。
 ――麻実ちゃんは、これからどう成長するのかな。
 ふと、考えてしまう。
 本人は私の胸の大きさを羨ましがってくれるけれど、出来る事なら、私みたいには煩わされる事が無い位の程々の大きさに収まってくれると良いな。
「あ、降りて来た!」
 振り返って様子を見ていたミモちゃんの声に、私もエレベーターの方を見る。
 エレベーターから降りて来た守と先輩は、手を繋いで何事か談笑をしながらこちらに向かって来ている。
「……あ、……れ?」
 意図せず声が上がってしまい、慌てて身を正す。
 顔が、熱い。

 何で、手を繋いでいるの?
 守、そんなに先輩と仲が良かったの?
 何で、守が先輩を先導しているの?

「あれ? お兄ちゃん……?」
 麻実ちゃんも、戸惑いの声を上げた。
 私と同じことを思っているのだろうか。

 私の勝手なイメージでは、飄々とした先輩に揶揄われて顔を赤くしながら、守は先輩の後について歩いている感じだったのに。

 ……あの時、守の事で悩んでいた時に心配して声を掛けてくれた、守が入った演劇部の部長さんである中村先輩に相談したのは、間違いだったのかな。
 4年も空くと流石に不安になってしまって、誰でも良いから話を聞いて欲しかっただけなのに……。


 守と先輩は手を繋いだまま、時折吹く風に気持ち良さそうに目を細めながら、言葉をそんなに交わす事無く、静かにゆっくりと広場を歩く。
 先輩はとても大人の女性らしい素敵な格好をしているけれど、今の守は、それに負けていない雰囲気が醸し出されている様に見える。

 ……まあくん……。

 そう思った次の瞬間、隣にしゃがんでいた麻実ちゃんが私の身体を抱き締めていた。
「……ことりちゃん、……もう帰る?」
 麻実ちゃんは、今にも泣き出しそうな目をして訊いて来た。
 どうやら私は、自分でも気付かない無意識の内に、隠れていた植木の陰から出て、駆け寄ろうとしていたらしい。
 ミモちゃんも、心配そうな目で私を見ている。
 2人のその視線が、ざわつき始めていた私の心を落ち着かせる。
「……ごめんね、2人共。もう大丈夫だよ。こうなったら、どう云う事か見届けてやろうじゃない!」 
 私が力瘤を作ってウィンクをして見せると、2人はやっと、ホッと安堵した表情を見せた。

 うん、デートの最後まで見届けてみせる。
 ……どうせこのまま帰っても、悶々として勉強とか何にも手に付かなくなっている自分の姿しか想像できないのだし。

   ●●●

 暫く蒼天の下での優雅な散歩を満喫していた2人は、まあくんの提案に依り、銀河の広場に降りて行った。
 腕時計を確認したらいつの間にか2つの針が丁度揃って上を指していたので、ご飯にでもするのだろうか。
 見付からない様に気を付けながら後をつけて行くと、少し話し合った後、イタリアンカフェに入って行った。
 ……あれ? まあくん? こう云う時は、中華料理屋を選ぶんじゃないの?
 以前の、私の知るまあくんなら、そうしていた筈だけれど……。
「ねえ、ことちゃん。2人はお昼にするみたいだから、私達も何か食べない?」
「あ、そうね。麻実ちゃんもそれで良い?」
「うん、お腹ペコペコ!」
 両手でお腹を擦りながら、麻実ちゃんは曇りの無い笑顔で元気な声を出した。

 スタバでそれぞれドリンクと、キッシュなどの軽食をテイクアウトして、広場のテーブルで皆でそれを味わった。
 ……タピオカミルクティーのお店も有ったけど、今更、ね?

 紙のストローで飲む久し振りのスタバのフラペチーノは、変に紙の味がして、何だか微妙な感じがした。

   ●●●

 守と先輩が出て来るのを待っている間に、ストローは、すっかりふやけていた。

 カフェから出て来た守は、私達の目の前で自分から手を差し出してまた先輩と手を繋いで、歩き出した。
「お兄ちゃん達、次はどこに行くのかな」
 麻実ちゃんのその言葉には、どこか面白くなさそうな響きが籠っている。
「久屋大通の方に向かっているし、テレビ塔に行くんじゃないかな? はっちゃん、高い所好きだし」
 ミモちゃんも同じ様だ。
「高い所?」
「ああ、見晴らしの良い所だね。展望台とか」
 訊き返すと、ミモちゃんは分かり易く言い換えてくれた。
 別々だと気にならないけど、『高い所好き』と合わさった『はっちゃん』は、“何とかと煙は”の何とかみたいだ。
 ……ダメだな。
 少し、考え方が変な事になっている。
 先輩は普通に良い人だし、好きか嫌いかで言ったら、間違いなく好きなのに。
 先輩や、ましてやまあくんを悪く思うのは、どう考えても間違っているのに。

   ●●●

 物陰の少ない通路でも何とか身を隠しながら2人の後をつけていると、不意にミモちゃんが立ち止まってスマホをバッグから取り出した。
「着信?」
「ううん、メッセージみたい。……えっ?」
 それを確認しながら私に応えたミモちゃんは、目を見開いて驚いた様な声を上げた。
「どうしたの?」
 そんな顔をして驚くなんてどうしたんだろうと思って訊くと、ミモちゃんは縋る様な目をこちらに向けた。
 ……何だろう。
「誰から?」
 尚も訊いた私に、ミモちゃんはあうあうと小さく口を動かしながら、スマホの画面を見せて来た。
 私の後ろから顔を出して、麻実ちゃんも一緒にそれを覗き込む。

『尾行、ご苦労様。今の美浜守君はね、“中村初江の彼氏”役を演じているだけだから、手を繋いでいる事とか、彼がスマートにエスコートをしている事とか、全然気にしないで良いからね』
『イチイチ守君が照れちゃって中々話が進まないから、こうして貰っているだけなんだ』
『凄いでしょ、美浜守君の“エチュード力”』
『とは言えまあ、全部演技だと思うと、私としても少し寂しいんだけどね』

 遠く前方を歩く2人の方に視線を戻すと、先輩は守に手を引かれながら顔だけをこちらに向けて、ウィンクをして来た。

 ……私達は力も無く、その場に3人、背中合わせにへたり込んだ。
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