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第十六話・まずは走ってみよう
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藤森くんはすぐに帰ってきた。片手に『スポーツインストラクター教本』というタイトルの本を持っている。カップめんができるよりも早い。
「読ませていただいても?」
「オーケー!」
カップめん、おいしいよねえ。でも、ジョンは異世界の人だから、カップめんを食べたことがないかも。ないよね。冷蔵庫であれだけ驚いていたんだもの。電気ケトルを見たらひっくり返っちゃいそう。お水を入れて、コンセントにさして、ボタンを押せば、すぐにお湯を沸かしてくれちゃう優れもの。わたしみたいに料理を始めたばかりでも安心。カップめんならお湯を注ぐだけだから、簡単に作れる。お料理がじょうずなジョンに、ちょっとだけ自慢できちゃうね。教えてあげようっと。
「――やはり、練習あるのみですね。まりあさん」
「はいっ!」
「どうしました?」
いけない。今のわたしは、運動会の徒競走に向けて、朝練習のために、スポーツセンターの近くの公園に来たんだった。まだ朝ご飯を食べていないからかなあ。男の子二人でお話ししている間に、ぼんやりしちゃっていた。
「なんでもないよ!」
いきなり話しかけられたから、びっくりして大きな声が出る。ジョンに心配されちゃったから、いそいでわたしは首を横に振った。なんでもないよ。早起きに慣れていないから、しょうがない。ジョンと藤森くんはねむくないのかなあ。
「まずは何も意識しないで、いつも通りに走ってみて。スタート地点はここで」
ジョンにバスケットボールと持ってきた本を貸したまま、藤森くんは公園のすべり台まで走る。どのぐらいの距離だろう。はっきりとはわからないけれども、徒競走で六年生が走る一〇〇メートルよりは短そう?
「すべり台のところまでがゴールで!」
藤森くんは両手で顔をはさんで、メガホンみたいにして、わたしにゴールの位置を伝えた。そういえば、去年の藤森くんは、体育委員だったっけか。今年の委員決めは、今日だったはず。六年生の体育委員は、運動会で『選手宣誓』をするんだよね。あれはかっこいいし、目立つ。藤森くん、今年も体育委員になろうとしているのかなあ。
「わかったあー!」
わたしも同じように両手で顔を挟んで、返事をする。よおし。がんばっちゃうぞお。さっきまでぼんやりしていたぶん、気持ちを切り替えて、こう、風のように走りきってみせましょうぞ。
「ジョンくん」
「なんでしょう?」
「スターターとして、こう、スタートの合図をお願い」
スニーカーのかかとを地面につけて、後ろに下がり、まっすぐな線を引く。ここがスタートライン、ってことで。
「すたーたーとは?」
「位置について、よーい、どん! って言ってくれればいいよ」
「ああ。なるほど。わかりました」
「よろしくね」
藤森くんはすべり台から離れていく。まっすぐなコースを、横から見るみたい。
「……では、いいですか?」
「うん!」
わたしはスタートラインに立つ。親指を揃えて、指をピンと伸ばした。
「位置について」
右足を下げる。にぎりこぶしを作って、いつでも走り出せるポーズになった。なんだか、今日はいつもより速く走れそうな気がしてくる。
「よーい」
前を向いた。走ることに、集中しよう。周りで誰が見ているかなんて、気にしない。
「どん!」
わたしは走り出した。前からふいてくる風が気持ちいい。とっても寒い冬だったけど、こうして春がめぐってくると、風もなんだかやさしい感じになるよねえ。ぽかぽかであたたかいと、どうしてもねむくなってきちゃう。今は、がんばって走っているから眠くないよ。ほんとだよ。
「はい、ゴール!」
わたしはわたしの全速力で、走りきる。藤森くんの顔を見ると、わたしから目をそらして頭をかいた。え、何かわたしやっちゃった?
「え、っとお?」
言葉を探している様子の藤森くんの横から、ジョンは「まりあさん、大変申し上げにくいのですが」と切り出してくる。藤森くんじゃなくて、ジョンが言ってくれるんだ。どちらでもいいけれども、なんでだろうな、とは思う。
「まりあさんの走り方って、藤森くんの走り方とまるで正反対ですね。ぜんぜん、ちがう」
「読ませていただいても?」
「オーケー!」
カップめん、おいしいよねえ。でも、ジョンは異世界の人だから、カップめんを食べたことがないかも。ないよね。冷蔵庫であれだけ驚いていたんだもの。電気ケトルを見たらひっくり返っちゃいそう。お水を入れて、コンセントにさして、ボタンを押せば、すぐにお湯を沸かしてくれちゃう優れもの。わたしみたいに料理を始めたばかりでも安心。カップめんならお湯を注ぐだけだから、簡単に作れる。お料理がじょうずなジョンに、ちょっとだけ自慢できちゃうね。教えてあげようっと。
「――やはり、練習あるのみですね。まりあさん」
「はいっ!」
「どうしました?」
いけない。今のわたしは、運動会の徒競走に向けて、朝練習のために、スポーツセンターの近くの公園に来たんだった。まだ朝ご飯を食べていないからかなあ。男の子二人でお話ししている間に、ぼんやりしちゃっていた。
「なんでもないよ!」
いきなり話しかけられたから、びっくりして大きな声が出る。ジョンに心配されちゃったから、いそいでわたしは首を横に振った。なんでもないよ。早起きに慣れていないから、しょうがない。ジョンと藤森くんはねむくないのかなあ。
「まずは何も意識しないで、いつも通りに走ってみて。スタート地点はここで」
ジョンにバスケットボールと持ってきた本を貸したまま、藤森くんは公園のすべり台まで走る。どのぐらいの距離だろう。はっきりとはわからないけれども、徒競走で六年生が走る一〇〇メートルよりは短そう?
「すべり台のところまでがゴールで!」
藤森くんは両手で顔をはさんで、メガホンみたいにして、わたしにゴールの位置を伝えた。そういえば、去年の藤森くんは、体育委員だったっけか。今年の委員決めは、今日だったはず。六年生の体育委員は、運動会で『選手宣誓』をするんだよね。あれはかっこいいし、目立つ。藤森くん、今年も体育委員になろうとしているのかなあ。
「わかったあー!」
わたしも同じように両手で顔を挟んで、返事をする。よおし。がんばっちゃうぞお。さっきまでぼんやりしていたぶん、気持ちを切り替えて、こう、風のように走りきってみせましょうぞ。
「ジョンくん」
「なんでしょう?」
「スターターとして、こう、スタートの合図をお願い」
スニーカーのかかとを地面につけて、後ろに下がり、まっすぐな線を引く。ここがスタートライン、ってことで。
「すたーたーとは?」
「位置について、よーい、どん! って言ってくれればいいよ」
「ああ。なるほど。わかりました」
「よろしくね」
藤森くんはすべり台から離れていく。まっすぐなコースを、横から見るみたい。
「……では、いいですか?」
「うん!」
わたしはスタートラインに立つ。親指を揃えて、指をピンと伸ばした。
「位置について」
右足を下げる。にぎりこぶしを作って、いつでも走り出せるポーズになった。なんだか、今日はいつもより速く走れそうな気がしてくる。
「よーい」
前を向いた。走ることに、集中しよう。周りで誰が見ているかなんて、気にしない。
「どん!」
わたしは走り出した。前からふいてくる風が気持ちいい。とっても寒い冬だったけど、こうして春がめぐってくると、風もなんだかやさしい感じになるよねえ。ぽかぽかであたたかいと、どうしてもねむくなってきちゃう。今は、がんばって走っているから眠くないよ。ほんとだよ。
「はい、ゴール!」
わたしはわたしの全速力で、走りきる。藤森くんの顔を見ると、わたしから目をそらして頭をかいた。え、何かわたしやっちゃった?
「え、っとお?」
言葉を探している様子の藤森くんの横から、ジョンは「まりあさん、大変申し上げにくいのですが」と切り出してくる。藤森くんじゃなくて、ジョンが言ってくれるんだ。どちらでもいいけれども、なんでだろうな、とは思う。
「まりあさんの走り方って、藤森くんの走り方とまるで正反対ですね。ぜんぜん、ちがう」
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