花にひとひら、迷い虫

カモノハシ

文字の大きさ
8 / 39

7.

しおりを挟む
 図書室を出てすぐの階段を降り、一階の廊下を進む。他の生徒に見つからないかとびくびくする花音に対して、律は落ち着いたものだった。
「大丈夫。今は授業中だから」
 律の言うとおり、廊下に人の姿はない。花音は安心する傍ら、授業中なのに堂々と単独行動をしている律の存在を不思議に思う。
(律くん――律でいいか。一体何者なんだろう。そういえばこの白衣からして、変だよねえ?)
 律の後ろを歩いているのをいいことに、穴があくほどその背中を見つめていた花音は、「ここ」と言って急に立ち止まった彼にぶつかりそうになった。さも当然であるかのように中に入った律に続き、十分に距離を取ってから、花音も室内に足を踏み入れる。
 薄暗い部屋だった。机と椅子は脇に追いやられ、普通の教室としては使われていないことが見て取れる。
 中央付近にまで歩を進めたとき、律が照明のスイッチを押した。周囲を見渡して、花音は息を呑んだ。

 大中小、様々な大きさの写真が、四方の壁すべてを覆い尽くすように大量に貼られている。

 東側の壁には人物を撮った写真がこれでもかというくらい飾られており、南側には風景を切り取った写真が、その隣は動物、そして最後の壁は、星空の写真でぎっしりと埋め尽くされている。
 窓がない部屋だから暗かったのだ。いや、もしかしたら写真で隠れているだけなのかもしれないが、隙間がないのでその形跡も見えない。
「うわあ……」
 ようやく声が出ると、律が視線だけで頷いた。
「写真部の部室。結構力を入れていて、展覧会とかで賞も取ってる」
「すごい……」
 花音はしばらく教室の真ん中に立ち尽くしていた。作品で作り上げられた一面の壁には畏怖すら感じてしまう。やがて、覚悟を決めてその中の一つに近寄ってみる。
「――うわあ、これとか、すごい鮮やかな色……! CGじゃないんだよね!? こんな景色、現実にあるんだ!」
 一気にテンションが上がってすごいすごいとはしゃぐ花音を尻目に、律はきょろきょろと視線を巡らす。
「わー、これもきれい! ……ん!? ね、ねえちょっと、あの辺、外国の写真じゃない!?」
「え? あ、うん」
 律は雑多に積まれた機材を動かしながらも、花音の質問には律儀に答えてくれる。
「合宿は、毎年海外らしいから」
「なんだって!?」
 花音は思わず目をむいた。
 ここまで見てきた廊下などの内装は、花音の通う学校ともさほど変わらない簡素なものだった。それ故、金持ち学校という実感がまだわいていなかったのだが、お金をかけているところが違ったらしい。
「でも、色々ノルマがある。写真部のノルマは、展覧会には必ず毎回出品すること。合宿では一日百枚以上撮ること。そして、一人一枚、この壁に星空の写真を貼ること……だったかな」
 さすがに無条件というわけではないようだ。しかし、妙なノルマではある。
 律が探していたのは脚立だったようで、壁際に持ってくると、その上に乗った。そして、中央に貼られたひときわ大きい写真を壁からはがす。
「わっ、取っちゃっていいの!?」
「ここのはどれも自由に見ていい写真だから。……それに、これ、ずっと前からここに貼ってあるんだけど……」
 律が渡してくれた一枚を見る。暗号にあった、北斗七星の中の七番目の星が中心に映っている写真だ。だが、そのアルカイドをじっくり観察してみても、何の変哲も感じられない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...