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33.
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「――……」
「律がいなかったら、あたし、何もできなかった。律に会えたから、後悔しなくてすんだ。ほんとに、全部律のおかげだよ。あたし、律に会えたのが――、一番、嬉しかった」
最初に会えたのが律でなかったら、どうなっていただろう。
他の生徒や教師に事情を説明しても、わかってもらえたとは思えない。
奇蹟のような偶然をかみしめながら、花音は精一杯の言葉で、律に伝えた。
黙って花音を見つめていた律が息を呑む。視線を落とし、何かをためらった後、意を決したようにまた顔を上げた。
「……花音。確かめておきたいことがあるんだけど……」
そのとき、ドアの奥で何かがこすれるような音がした。ハッとして顔を見合わせる。
警備員に見つかったのかもしれない。花音が思わず律に近寄ると、彼は素早く口を耳元へ寄せた。
「僕が気を引きつけるから、隙を見て逃げて。アサギマダラの庭から外に出られるから」
こうなることをすでに予期していたのだろう、抜け道を説明する律の声は冷静だった。一方、花音はそこまで落ち着いていられない。
「う、うん。わかった。……でも、律は?」
「僕は慣れてるし大丈夫だから。あ、でも、これだけ、邪魔だから持ってて」
律は白衣を脱いで花音に渡すと、それだけ言って離れていこうとする。花音は慌てて律の制服をつかんだ。
「待って! 律、さっきの話の続きは!? それに、あたし……お礼も何もしてない!」
ここで別れたら、きっと二度と会うことはできない。お互い名前しか知らないのだ。一週間後には、海を隔てた先に花音は行ってしまうのに。
一日にも満たない時間だった。けれど、何にも代えがたい特別な時間だった。
「……そんなの、いらない。向こうにいっても、元気で」
律は背中を見せたまま、花音に別れを告げた。
「……律……っ!」
涙が勝手にあふれてくる。驚いたように律がふりむいた。
「花音? なんで……泣くの?」
「だって……。もう、会えないの? せっかく会えたのに……」
とめようとしても、次から次へと涙がこぼれていく。必死に涙を拭う手を、戸惑いつつも律が優しく握り、もう片方の手でそっと目元をなぜた。
「僕も、花音に会えてよかった。……手紙、書くから。住所、どこかに置いていって」
「――……っ」
のどが苦しくて声が出せない。嗚咽をこらえて花音が頷くと、律は一歩後ろに下がった。無言で二人、見つめ合う。
それ以上、言葉を交わす時間はなかった。律はドアノブに手をかけると、振り返らずに廊下へ飛び出す。
「――あっ、やっぱり屋上に誰か――おい!?」
ドアの向こうでくぐもった声と足音が聞こえたが、それはまもなく遠ざかっていった。
「律がいなかったら、あたし、何もできなかった。律に会えたから、後悔しなくてすんだ。ほんとに、全部律のおかげだよ。あたし、律に会えたのが――、一番、嬉しかった」
最初に会えたのが律でなかったら、どうなっていただろう。
他の生徒や教師に事情を説明しても、わかってもらえたとは思えない。
奇蹟のような偶然をかみしめながら、花音は精一杯の言葉で、律に伝えた。
黙って花音を見つめていた律が息を呑む。視線を落とし、何かをためらった後、意を決したようにまた顔を上げた。
「……花音。確かめておきたいことがあるんだけど……」
そのとき、ドアの奥で何かがこすれるような音がした。ハッとして顔を見合わせる。
警備員に見つかったのかもしれない。花音が思わず律に近寄ると、彼は素早く口を耳元へ寄せた。
「僕が気を引きつけるから、隙を見て逃げて。アサギマダラの庭から外に出られるから」
こうなることをすでに予期していたのだろう、抜け道を説明する律の声は冷静だった。一方、花音はそこまで落ち着いていられない。
「う、うん。わかった。……でも、律は?」
「僕は慣れてるし大丈夫だから。あ、でも、これだけ、邪魔だから持ってて」
律は白衣を脱いで花音に渡すと、それだけ言って離れていこうとする。花音は慌てて律の制服をつかんだ。
「待って! 律、さっきの話の続きは!? それに、あたし……お礼も何もしてない!」
ここで別れたら、きっと二度と会うことはできない。お互い名前しか知らないのだ。一週間後には、海を隔てた先に花音は行ってしまうのに。
一日にも満たない時間だった。けれど、何にも代えがたい特別な時間だった。
「……そんなの、いらない。向こうにいっても、元気で」
律は背中を見せたまま、花音に別れを告げた。
「……律……っ!」
涙が勝手にあふれてくる。驚いたように律がふりむいた。
「花音? なんで……泣くの?」
「だって……。もう、会えないの? せっかく会えたのに……」
とめようとしても、次から次へと涙がこぼれていく。必死に涙を拭う手を、戸惑いつつも律が優しく握り、もう片方の手でそっと目元をなぜた。
「僕も、花音に会えてよかった。……手紙、書くから。住所、どこかに置いていって」
「――……っ」
のどが苦しくて声が出せない。嗚咽をこらえて花音が頷くと、律は一歩後ろに下がった。無言で二人、見つめ合う。
それ以上、言葉を交わす時間はなかった。律はドアノブに手をかけると、振り返らずに廊下へ飛び出す。
「――あっ、やっぱり屋上に誰か――おい!?」
ドアの向こうでくぐもった声と足音が聞こえたが、それはまもなく遠ざかっていった。
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