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第十六糞
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季節はまた巡り、春。
「まあ、分かっていたことだけどな」
「そうだな」
「ええ、分かってたわ」
三年三組の教室で、池谷和人、小川泰平、大石聡美の三名は遠い目をしてそう言った。そう、今年もクラス替えはなかったのである。
「まあ、腐れ縁ってことでいいんじゃないかしら」
「ん、珍しく寛容じゃねぇか?」
「もう、色々諦めたのよ」
泰平と聡美が意味のない会話をしていると、教師が現れた。どうやら、今年も茂木が担任らしい。
「皆さん、こんにちは。今年もクラス替えはありませんので仲良くやっていきましょう。それと、今日は新しい仲間を紹介します。入ってきてください」
「失礼シマス」
教室に、金髪美男子が現れた。
「ケイン・ビルと言いマス。どうぞよろしくお願いしマス」
クラスに衝撃が走った。
和人は思う。
(この時期に転校生!? いや、それよりもこれは大変なことになる)
泰平は思う。
(金髪碧眼外国人!? いや、そんなことよりもこれは大変なことになるぞ)
聡美は思う。
(イケメン留学生!? これは大変なことになるわね)
三人は思った。
(((春の嵐が、くる!)))
「ケインくんって日本語上手いよねー。出身はどこなの?」
「イギリス、デス」
「何で日本に来たの?」
「両親の都合デス」
「フィッシュ? それともチキン?」
「ちょっと何言ってるか分かりまセン」
昼休み。教室ではすでに留学生の周りに人だかりができていた。
「ちょっと、そこ俺の席……」
「あ? いいでしょ、昼休みくらい」
席を占拠されている者も多い。
「これはまずいな……」
教室の隅で泰平が顎に手をやる。
「ああ、まずいな」
和人もうなる。
「そうね、ちょっと空気が良くないわね」
「え?」
泰平が聡美を振り返った。
「何よ?」
「い、いや。お前はケインのところに行かなくていいのか?」
「は? 何で?」
「いや、別にいいならいいけど」
「ていうか、空気が良くないって何だ?」
「いや、ほら。追い出されてる人もいるし。クラスの雰囲気が良くないじゃない」
「なるほど、そういう見方もあるのか」
「え、違うの? じゃあ二人は何がまずいのよ」
「見ろよ」
「見たわよ」
「女子が固まってる」
「いっぱいいるわね」
「ということは、あぶれている男子がたくさんいるってことだ」
「ああ、そういうこと。別にいいじゃない。このクラスに付き合ってた男女なんていないし」
「お前!」
「何よ」
「それを他の男子の前で言うなよ。今年が高校生活最後のチャンスだと思ってはりきっているやつは多いんだからな」
「ふーん。どうでもいいけど。ていうか、和人もそうなの?」
それまで人だかりを見据えてうなっていた和人が振り返る。
「当たり前だろ。むしろ学園カースト最下位の俺が希望を持たなくてどうする? みんな、路頭に迷うことになるぞ!?」
「いや、ある意味頂点な気がするけど。でも、まあ、そうなんだ」
「どうした?」
「……だったら、私はこのままでもいいかな……って」
「ん? 聞こえないぞ。うんこが何だって?」
「言ってないわよ!」
と、そこへもう一人。
「確かにこれは由々しき事態ね」
それは渡辺だった。
「委員長!」
「委員長もそう思うか?」
「ええ、これはあれを実行するしかないようね」
「何か、考えがあるのか?」
「私に任せておきなさい」
渡辺のメガネが怪しく光った。
「ところで、あなたたち」
「何だ?」
「何でみかん箱でお弁当食べてるの?」
三人はきょとんとして、顔を見合わせた。そして、聡美が言った。
「席をとられちゃったからに決まってるじゃない」
「それでは、ケイン・ビルさんの歓迎会を兼ねて、『カードに絶対服従』ゲームを始めます」
ホームルームで委員長がそう告げた。
「ルールは簡単です。裏にしたカードをめくって、そのカードに書かれていることを必ず実行してください。ただし、ケインくんには一番最後に引いてもらいます。それでは適当に円になってください」
和人は戦慄した。
(恐ろしいゲームだ。書かれていることに問答無用で服従させられる。しかも、その内容を書いたのは委員長だけ。カードに服従と言っているが、実際は委員長に服従しているようなものだ)
このゲームの目的はただ一つ。ケインのイメージを損なわせることだ。もちろん、他の人も参加するため、皆も傷を負うことになるが、それでクラスの絆を高めようという魂胆だ。それだけに、前もって知らされていた和人、泰平、聡美ですら恐怖しているのだ。これは相当ハードなゲームになる。そう彼らは確信した。
「出席番号一番の天野さんから引いてください」
天然ぶりっ子の天野小春がカードをめくった。
「何と書いてありますか?」
「えっと……『大切なものを右隣の人からもらう』って書いてあるわ」
適当に座った並び順。今、天野の右隣にいるのは痔持ちの中村だ。
(序盤としてはまぁ、悪くないお題だ。さぁ、中村は何を渡すんだ? いや、まてよ。中村の大切なもの? まさか、それは一生に一度しか捧げることが許されないというアレでは!?)
和人は中村の行く末を手に汗握って見守った。
中村はしばし悩んだあと、自分の鞄を漁っている。そして、彼は何かを取り出し、それを天野に渡した。
「これは何かしら?」
「代えのパンツでござる」
「ありがとう! 可愛い柄ね、お父様にあげたら喜ぶわ」
おかしな光景なのに二人の間には何の問題も起きていない。このある種、特別な空気に皆は押し黙った。
(天野と中村。これは混ぜてはいけない)
和人はそう思った。
「次は、池谷くんお願いします」
渡辺のコールでカードに手をかける和人。
(まぁ、さっきの内容を考えると、委員長のゲームも意外と大したことな―)
「……」
「池谷くん? 内容を読んでくれますか?」
カードの表を見た和人は固まっていた。
「池谷くん、時間は限られていますので早く」
和人は委員長の催促でやっと唇を動かした。
「パンツを、脱ぐ」
どよめきが起こった。
当たり前だ、クラスメイトの前でパンツを脱ぐという行為。これは、言い方がマイルドなだけで、その実は悲惨なものである。
「おい、委員長……」
「何ですか? 早く脱いでください」
渡辺はあくまで冷徹に、機械のように促した。
(高校生活が終わるどころの話じゃない、下手したら逮捕だ)
しかし、カードの指令は絶対。遂行しなければ皆に示しがつかない。和人は震える手をズボンにかけた。
そのとき。
「まてよ!」
泰平が声を上げた。
「『パンツを脱ぐ』って聞こえはマイルドだが、実際は『下半身を晒せ』ってことだろ!? それじゃああんまりだぜ!」
「それがどうしたの? カードの言うことは絶対よ」
渡辺が泰平を切り捨てる。
「お前、本当に分かってるの―」
「―いいんだ」
「和人?」
「これが、クラスの平和のためなら、俺は構わない」
「和人……お前」
「俺はみんなのためなら、喜んで死ぬよ」
和人は笑顔を浮かべたまま涙を流した。
「和人おおおおおおおお!!」
泰平が絶叫した。
ストン。
和人の人生と共に下に落ちたズボンとパンツ。
全てが終わった。誰もがそう思った。しかし、顔を隠した手の指の間から覗いていた女子たちには見えていた。
和人のパンツが落ちる瞬間、そのいちもつを一枚の布が隠したのを。
涙を流したまま固まっていた和人は、股間に当たる柔らかな感触で我に返った。
そっと、顔を下に向ける和人。
そこには。
「聡美?」
顔を真っ赤にして和人の股間をハンカチでガードする聡美の姿があった。
「助けてくれたのか?」
「わああああ動くなあああ!」
揺れ動く和人の股間をガードしながら顔を背けるという器用な芸当をする聡美。
「いいや、俺は命拾いした。お礼を言わなければいけない」
「近い近い近い!」
「本当にありがとう」
礼をするために体を前に傾けていく和人。しかし、聡美は考えた。このままくの字に体を傾けたら彼のワームホールがあらわになってしまうのではないかと。
(どうする……どうする私!)
もう、猶予はない。
(これしか、方法はない!)
和人が礼をした瞬間、聡美はハンカチを離し、彼の後ろに回った。そして、ハンカチが高度を下げきる直前でキャッチした。
ハンカチによるガードを維持しつつ、顔面でワームホールを隠すという離れ技だ。誰もができる訳ではない。
(見てない見てない見てない私は何も見てない……)
和人の出番が終わった後、ノーパン状態の彼の横で、聡美は心の中でブツブツとつぶやいていた。
しかし、彼女の悲劇はまだ終わっていなかった。前の内山のお題が終わったあと。
「次は大石さんです。カードを引いて、内容を読んでください」
聡美はカードを引いた。そして、この世に神はいないのだと悟った。
「大石さん、早く読んでください」
「……好きな人の名前を言う」
黄色い声が教室内を支配した。修学旅行の告白大会みたいなノリだったらまだ言えたかもしれない。しかし、今はクラスの男女が全て揃っている。
女子は目を輝かせ、男子たちはなぜかソワソワしている。
「時間が押しています。早く」
「……か」
「か?」
「……」
「さあ、早く」
「かーねるさ○だあああすううううううううううううううううう」
聡美は毎年クリスマスに人気が急上昇するおじさんの名前を叫んで教室から離脱した。
「次は岡本さんです」
「委員長の良いところを三つ言う。そうね、リーダーシップがあって、冷静で、信頼に厚いところかしら」
岡本の引いた今までと毛色の違うお題を聞いて和人と泰平は眉根を寄せたが、まぁそんなお題もあるかと見送った。だが、続く泰平のお題。
「……委員長の可愛いところを三つ言う。……これなんかおかしくねぇか?」
「何もおかしくはありません。四十人分お題があるのでそういうものもあります」
メガネをクイッと上げる委員長。
「そうか? まぁいいや。そうだな、可愛いところ三つか。……メガネとメガネ……あとメガネくらいか?」
泰平にはメガネくらいしか褒めるところが見つからなかった。
その後も、委員長関連のお題は散発的に続き、和人と泰平は確信した。
((策略だ!))
これは留学生を歓迎するイベントと見せかけた委員長を持ち上げるための策略だったのだ。(人には恥をかかせ、自分は良い気分に浸る。こんな横暴は許されない)
「ちょっとトイレ行ってきます」
憤った和人は泰平と共に一時戦線を離脱した。
場所は男子トイレ。個室には先客が脱糞中だったが、そんなことはどうでもいい。
「委員長のこと、許せると思うか? しかし臭いな」
「許せるわけがないだろう! 和人にあんなことさせといて! くさっ 」
「そうだよな。俺に妙案があるんだが、乗るか? くさっ」
「ああ、乗るさ。その妙案てのはどんな手くさっ」
「委員長の出番は留学生の前。つまり、最後から二番目だ。俺たちで作った偽のカードと残りの二枚を入れ替えるんくさ」
「それは妙案くさ」
二人は教室に戻り、渡辺の出番の前で、一人ずつそれぞれがお題を書いたカードを入れ替えた。
(これで、委員長は恥をかくこと間違いなしだ)
「次は私の番ですね」
(きた!)
そのときを待つ二人。
委員長が読み上げたのは。
「池谷和人の脱いだパンツを頭からかぶる」
(俺の書いたお題だ!)
和人は小さくガッツポーズをした。
(委員長は書いた覚えのないカードに驚愕しているに違いない!)
そう思って委員長を見た和人だったが。
(動揺……していない?)
委員長はポーカーフェイスで近寄ってきていた。そして、和人の脇に落ちていたパンツを拾い上げると、そのまま頭からかぶった。
そして、一言。
「くっさ」
(そんな、まさか! 我が家の洗剤はフローラルの香り付きのはずだ! 臭うはずがない!)
委員長はメガネをキランと輝かせた。
その真意を確かめるために周囲をうかがった和人は目を見開いた。
(みんなの白い目……はっ、まさか! 委員長は俺の作戦を逆手にとって、自分が受けるはずだった恥を俺の恥で上塗りしたというのか!?)
和人は肩を落とした。
(完敗だ……完敗だよ委員長)
「では、ケインくん。最後に残ったカードを引いてください」
燃え尽きていた和人は失念していた。ケインが今手にしているカードはさっき入れ替えられたカードのうちの一枚。和人のカードは引かれた。残っているのは泰平のカードだ。
「それでは、ケインくん、読んでください」
「池谷和人とパンツ越しでお尻とお尻でキッス」
和人は片手を額に当てて熟考した。
(どういうことだ? なぜ、俺がケインと尻でキッスをしなければならない?)
和人は泰平を見た。泰平はばつが悪そうに小声で言った。
「いやさ、委員長が和人と尻キッスしたら面白そうだと思ってさ」
(面白そう? 確かにそれなら委員長は恥をかいただろうが……それでは俺も恥をかいていたのでは? いや、実際俺は自分の書いたお題で恥をかいた。そうなると、これで三回目の恥だ。つまりこのイベントは……)
和人は答えに辿り着いた。
(俺が盛大に恥をかいただけで終わるのでは?)
「どうしましたか? 早くキッスを」
委員長が急かす。
「まて、慌てるな。今からやる」
パンツ越しのキッスくらいもうどうでもいいという気持ちになっていた和人は中央に出た。ケインも寄ってきた。
そして、ズボンに手をかける和人。と、三分の一ほどズボンを下ろしたところで和人は気づいた。
(この、感覚は……)
尻に入り込む涼やかな風。
(俺は今、ノーパンだ!)
さすがに尻丸出しでキッスとなれば一生の傷になりかねない。パンツを求めて委員長に視線を送る。
委員長はそれを察したのか、パンツを頭からとった。
(ありがとう、委員長)
和人がうなずいた瞬間、委員長は窓から勢いよくパンツを投げ捨てた。
(委員長おおおおおおおおおおお!)
和人は絶望した。外から「ぎゃー」という声が聞こえた気がしたが、そんなことはどうでもいい。
(もう、全てが終わった……)
和人は項垂れ、ズボンを下ろしていく。
と、そのとき。和人はケインの顔色が悪いことに気がついた。どうしたのかと思い、彼を観察すると。
(ケイン、そのパンツの膨らみはどうした? まさか……いや、間違いない。これは脱糞している!)
和人は考えた。慣れ親しんだ祖国でも公衆の面前で脱糞したとなれば大変なショックを受ける。正確には脱糞していないがその気持ちはよく分かる。そして、それが慣れない異国ともなれば、その恐怖は計り知れないだろう。
(ケイン……お前はいけ好かない奴だと思っていたが、脱糞仲間として、お前を救わない訳にはいかない)
和人は決意し、そして、ズボンを下ろした。
黄色い声が飛ぶ中、和人は丸出しのケツをケインの尻にぶつけた。彼の大便を優しく包み込むように。
言葉なんて、いらなかった。
その瞬間、確かに和人とケインは繋がっていた。
(ああ、俺たちはもう友達だ。同じ大便で繋がってる)
かくして、ブリテンと鰤高の尻による「ブリブリ調印式」は成った。
その後、クラス内において、ケインを必要以上に囲う女子はいなくなり、なぜか和人と話をしているときに遠巻きにうかがう者が増えた。妙に熱量のある視線で。
そして、それとは別に、自室で悩む者が一人。
彼女の前にはハンカチとパンツがハンガーにかけられていた。
「どうすんのよ、これ……」
「まあ、分かっていたことだけどな」
「そうだな」
「ええ、分かってたわ」
三年三組の教室で、池谷和人、小川泰平、大石聡美の三名は遠い目をしてそう言った。そう、今年もクラス替えはなかったのである。
「まあ、腐れ縁ってことでいいんじゃないかしら」
「ん、珍しく寛容じゃねぇか?」
「もう、色々諦めたのよ」
泰平と聡美が意味のない会話をしていると、教師が現れた。どうやら、今年も茂木が担任らしい。
「皆さん、こんにちは。今年もクラス替えはありませんので仲良くやっていきましょう。それと、今日は新しい仲間を紹介します。入ってきてください」
「失礼シマス」
教室に、金髪美男子が現れた。
「ケイン・ビルと言いマス。どうぞよろしくお願いしマス」
クラスに衝撃が走った。
和人は思う。
(この時期に転校生!? いや、それよりもこれは大変なことになる)
泰平は思う。
(金髪碧眼外国人!? いや、そんなことよりもこれは大変なことになるぞ)
聡美は思う。
(イケメン留学生!? これは大変なことになるわね)
三人は思った。
(((春の嵐が、くる!)))
「ケインくんって日本語上手いよねー。出身はどこなの?」
「イギリス、デス」
「何で日本に来たの?」
「両親の都合デス」
「フィッシュ? それともチキン?」
「ちょっと何言ってるか分かりまセン」
昼休み。教室ではすでに留学生の周りに人だかりができていた。
「ちょっと、そこ俺の席……」
「あ? いいでしょ、昼休みくらい」
席を占拠されている者も多い。
「これはまずいな……」
教室の隅で泰平が顎に手をやる。
「ああ、まずいな」
和人もうなる。
「そうね、ちょっと空気が良くないわね」
「え?」
泰平が聡美を振り返った。
「何よ?」
「い、いや。お前はケインのところに行かなくていいのか?」
「は? 何で?」
「いや、別にいいならいいけど」
「ていうか、空気が良くないって何だ?」
「いや、ほら。追い出されてる人もいるし。クラスの雰囲気が良くないじゃない」
「なるほど、そういう見方もあるのか」
「え、違うの? じゃあ二人は何がまずいのよ」
「見ろよ」
「見たわよ」
「女子が固まってる」
「いっぱいいるわね」
「ということは、あぶれている男子がたくさんいるってことだ」
「ああ、そういうこと。別にいいじゃない。このクラスに付き合ってた男女なんていないし」
「お前!」
「何よ」
「それを他の男子の前で言うなよ。今年が高校生活最後のチャンスだと思ってはりきっているやつは多いんだからな」
「ふーん。どうでもいいけど。ていうか、和人もそうなの?」
それまで人だかりを見据えてうなっていた和人が振り返る。
「当たり前だろ。むしろ学園カースト最下位の俺が希望を持たなくてどうする? みんな、路頭に迷うことになるぞ!?」
「いや、ある意味頂点な気がするけど。でも、まあ、そうなんだ」
「どうした?」
「……だったら、私はこのままでもいいかな……って」
「ん? 聞こえないぞ。うんこが何だって?」
「言ってないわよ!」
と、そこへもう一人。
「確かにこれは由々しき事態ね」
それは渡辺だった。
「委員長!」
「委員長もそう思うか?」
「ええ、これはあれを実行するしかないようね」
「何か、考えがあるのか?」
「私に任せておきなさい」
渡辺のメガネが怪しく光った。
「ところで、あなたたち」
「何だ?」
「何でみかん箱でお弁当食べてるの?」
三人はきょとんとして、顔を見合わせた。そして、聡美が言った。
「席をとられちゃったからに決まってるじゃない」
「それでは、ケイン・ビルさんの歓迎会を兼ねて、『カードに絶対服従』ゲームを始めます」
ホームルームで委員長がそう告げた。
「ルールは簡単です。裏にしたカードをめくって、そのカードに書かれていることを必ず実行してください。ただし、ケインくんには一番最後に引いてもらいます。それでは適当に円になってください」
和人は戦慄した。
(恐ろしいゲームだ。書かれていることに問答無用で服従させられる。しかも、その内容を書いたのは委員長だけ。カードに服従と言っているが、実際は委員長に服従しているようなものだ)
このゲームの目的はただ一つ。ケインのイメージを損なわせることだ。もちろん、他の人も参加するため、皆も傷を負うことになるが、それでクラスの絆を高めようという魂胆だ。それだけに、前もって知らされていた和人、泰平、聡美ですら恐怖しているのだ。これは相当ハードなゲームになる。そう彼らは確信した。
「出席番号一番の天野さんから引いてください」
天然ぶりっ子の天野小春がカードをめくった。
「何と書いてありますか?」
「えっと……『大切なものを右隣の人からもらう』って書いてあるわ」
適当に座った並び順。今、天野の右隣にいるのは痔持ちの中村だ。
(序盤としてはまぁ、悪くないお題だ。さぁ、中村は何を渡すんだ? いや、まてよ。中村の大切なもの? まさか、それは一生に一度しか捧げることが許されないというアレでは!?)
和人は中村の行く末を手に汗握って見守った。
中村はしばし悩んだあと、自分の鞄を漁っている。そして、彼は何かを取り出し、それを天野に渡した。
「これは何かしら?」
「代えのパンツでござる」
「ありがとう! 可愛い柄ね、お父様にあげたら喜ぶわ」
おかしな光景なのに二人の間には何の問題も起きていない。このある種、特別な空気に皆は押し黙った。
(天野と中村。これは混ぜてはいけない)
和人はそう思った。
「次は、池谷くんお願いします」
渡辺のコールでカードに手をかける和人。
(まぁ、さっきの内容を考えると、委員長のゲームも意外と大したことな―)
「……」
「池谷くん? 内容を読んでくれますか?」
カードの表を見た和人は固まっていた。
「池谷くん、時間は限られていますので早く」
和人は委員長の催促でやっと唇を動かした。
「パンツを、脱ぐ」
どよめきが起こった。
当たり前だ、クラスメイトの前でパンツを脱ぐという行為。これは、言い方がマイルドなだけで、その実は悲惨なものである。
「おい、委員長……」
「何ですか? 早く脱いでください」
渡辺はあくまで冷徹に、機械のように促した。
(高校生活が終わるどころの話じゃない、下手したら逮捕だ)
しかし、カードの指令は絶対。遂行しなければ皆に示しがつかない。和人は震える手をズボンにかけた。
そのとき。
「まてよ!」
泰平が声を上げた。
「『パンツを脱ぐ』って聞こえはマイルドだが、実際は『下半身を晒せ』ってことだろ!? それじゃああんまりだぜ!」
「それがどうしたの? カードの言うことは絶対よ」
渡辺が泰平を切り捨てる。
「お前、本当に分かってるの―」
「―いいんだ」
「和人?」
「これが、クラスの平和のためなら、俺は構わない」
「和人……お前」
「俺はみんなのためなら、喜んで死ぬよ」
和人は笑顔を浮かべたまま涙を流した。
「和人おおおおおおおお!!」
泰平が絶叫した。
ストン。
和人の人生と共に下に落ちたズボンとパンツ。
全てが終わった。誰もがそう思った。しかし、顔を隠した手の指の間から覗いていた女子たちには見えていた。
和人のパンツが落ちる瞬間、そのいちもつを一枚の布が隠したのを。
涙を流したまま固まっていた和人は、股間に当たる柔らかな感触で我に返った。
そっと、顔を下に向ける和人。
そこには。
「聡美?」
顔を真っ赤にして和人の股間をハンカチでガードする聡美の姿があった。
「助けてくれたのか?」
「わああああ動くなあああ!」
揺れ動く和人の股間をガードしながら顔を背けるという器用な芸当をする聡美。
「いいや、俺は命拾いした。お礼を言わなければいけない」
「近い近い近い!」
「本当にありがとう」
礼をするために体を前に傾けていく和人。しかし、聡美は考えた。このままくの字に体を傾けたら彼のワームホールがあらわになってしまうのではないかと。
(どうする……どうする私!)
もう、猶予はない。
(これしか、方法はない!)
和人が礼をした瞬間、聡美はハンカチを離し、彼の後ろに回った。そして、ハンカチが高度を下げきる直前でキャッチした。
ハンカチによるガードを維持しつつ、顔面でワームホールを隠すという離れ技だ。誰もができる訳ではない。
(見てない見てない見てない私は何も見てない……)
和人の出番が終わった後、ノーパン状態の彼の横で、聡美は心の中でブツブツとつぶやいていた。
しかし、彼女の悲劇はまだ終わっていなかった。前の内山のお題が終わったあと。
「次は大石さんです。カードを引いて、内容を読んでください」
聡美はカードを引いた。そして、この世に神はいないのだと悟った。
「大石さん、早く読んでください」
「……好きな人の名前を言う」
黄色い声が教室内を支配した。修学旅行の告白大会みたいなノリだったらまだ言えたかもしれない。しかし、今はクラスの男女が全て揃っている。
女子は目を輝かせ、男子たちはなぜかソワソワしている。
「時間が押しています。早く」
「……か」
「か?」
「……」
「さあ、早く」
「かーねるさ○だあああすううううううううううううううううう」
聡美は毎年クリスマスに人気が急上昇するおじさんの名前を叫んで教室から離脱した。
「次は岡本さんです」
「委員長の良いところを三つ言う。そうね、リーダーシップがあって、冷静で、信頼に厚いところかしら」
岡本の引いた今までと毛色の違うお題を聞いて和人と泰平は眉根を寄せたが、まぁそんなお題もあるかと見送った。だが、続く泰平のお題。
「……委員長の可愛いところを三つ言う。……これなんかおかしくねぇか?」
「何もおかしくはありません。四十人分お題があるのでそういうものもあります」
メガネをクイッと上げる委員長。
「そうか? まぁいいや。そうだな、可愛いところ三つか。……メガネとメガネ……あとメガネくらいか?」
泰平にはメガネくらいしか褒めるところが見つからなかった。
その後も、委員長関連のお題は散発的に続き、和人と泰平は確信した。
((策略だ!))
これは留学生を歓迎するイベントと見せかけた委員長を持ち上げるための策略だったのだ。(人には恥をかかせ、自分は良い気分に浸る。こんな横暴は許されない)
「ちょっとトイレ行ってきます」
憤った和人は泰平と共に一時戦線を離脱した。
場所は男子トイレ。個室には先客が脱糞中だったが、そんなことはどうでもいい。
「委員長のこと、許せると思うか? しかし臭いな」
「許せるわけがないだろう! 和人にあんなことさせといて! くさっ 」
「そうだよな。俺に妙案があるんだが、乗るか? くさっ」
「ああ、乗るさ。その妙案てのはどんな手くさっ」
「委員長の出番は留学生の前。つまり、最後から二番目だ。俺たちで作った偽のカードと残りの二枚を入れ替えるんくさ」
「それは妙案くさ」
二人は教室に戻り、渡辺の出番の前で、一人ずつそれぞれがお題を書いたカードを入れ替えた。
(これで、委員長は恥をかくこと間違いなしだ)
「次は私の番ですね」
(きた!)
そのときを待つ二人。
委員長が読み上げたのは。
「池谷和人の脱いだパンツを頭からかぶる」
(俺の書いたお題だ!)
和人は小さくガッツポーズをした。
(委員長は書いた覚えのないカードに驚愕しているに違いない!)
そう思って委員長を見た和人だったが。
(動揺……していない?)
委員長はポーカーフェイスで近寄ってきていた。そして、和人の脇に落ちていたパンツを拾い上げると、そのまま頭からかぶった。
そして、一言。
「くっさ」
(そんな、まさか! 我が家の洗剤はフローラルの香り付きのはずだ! 臭うはずがない!)
委員長はメガネをキランと輝かせた。
その真意を確かめるために周囲をうかがった和人は目を見開いた。
(みんなの白い目……はっ、まさか! 委員長は俺の作戦を逆手にとって、自分が受けるはずだった恥を俺の恥で上塗りしたというのか!?)
和人は肩を落とした。
(完敗だ……完敗だよ委員長)
「では、ケインくん。最後に残ったカードを引いてください」
燃え尽きていた和人は失念していた。ケインが今手にしているカードはさっき入れ替えられたカードのうちの一枚。和人のカードは引かれた。残っているのは泰平のカードだ。
「それでは、ケインくん、読んでください」
「池谷和人とパンツ越しでお尻とお尻でキッス」
和人は片手を額に当てて熟考した。
(どういうことだ? なぜ、俺がケインと尻でキッスをしなければならない?)
和人は泰平を見た。泰平はばつが悪そうに小声で言った。
「いやさ、委員長が和人と尻キッスしたら面白そうだと思ってさ」
(面白そう? 確かにそれなら委員長は恥をかいただろうが……それでは俺も恥をかいていたのでは? いや、実際俺は自分の書いたお題で恥をかいた。そうなると、これで三回目の恥だ。つまりこのイベントは……)
和人は答えに辿り着いた。
(俺が盛大に恥をかいただけで終わるのでは?)
「どうしましたか? 早くキッスを」
委員長が急かす。
「まて、慌てるな。今からやる」
パンツ越しのキッスくらいもうどうでもいいという気持ちになっていた和人は中央に出た。ケインも寄ってきた。
そして、ズボンに手をかける和人。と、三分の一ほどズボンを下ろしたところで和人は気づいた。
(この、感覚は……)
尻に入り込む涼やかな風。
(俺は今、ノーパンだ!)
さすがに尻丸出しでキッスとなれば一生の傷になりかねない。パンツを求めて委員長に視線を送る。
委員長はそれを察したのか、パンツを頭からとった。
(ありがとう、委員長)
和人がうなずいた瞬間、委員長は窓から勢いよくパンツを投げ捨てた。
(委員長おおおおおおおおおおお!)
和人は絶望した。外から「ぎゃー」という声が聞こえた気がしたが、そんなことはどうでもいい。
(もう、全てが終わった……)
和人は項垂れ、ズボンを下ろしていく。
と、そのとき。和人はケインの顔色が悪いことに気がついた。どうしたのかと思い、彼を観察すると。
(ケイン、そのパンツの膨らみはどうした? まさか……いや、間違いない。これは脱糞している!)
和人は考えた。慣れ親しんだ祖国でも公衆の面前で脱糞したとなれば大変なショックを受ける。正確には脱糞していないがその気持ちはよく分かる。そして、それが慣れない異国ともなれば、その恐怖は計り知れないだろう。
(ケイン……お前はいけ好かない奴だと思っていたが、脱糞仲間として、お前を救わない訳にはいかない)
和人は決意し、そして、ズボンを下ろした。
黄色い声が飛ぶ中、和人は丸出しのケツをケインの尻にぶつけた。彼の大便を優しく包み込むように。
言葉なんて、いらなかった。
その瞬間、確かに和人とケインは繋がっていた。
(ああ、俺たちはもう友達だ。同じ大便で繋がってる)
かくして、ブリテンと鰤高の尻による「ブリブリ調印式」は成った。
その後、クラス内において、ケインを必要以上に囲う女子はいなくなり、なぜか和人と話をしているときに遠巻きにうかがう者が増えた。妙に熱量のある視線で。
そして、それとは別に、自室で悩む者が一人。
彼女の前にはハンカチとパンツがハンガーにかけられていた。
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