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「助けて」なんて、絶対言わないから1
しおりを挟む「大分、遅くなっちまったな」
彫金だけでなく、宝飾類にも造形の深いカノープスが店主と話し込むうちに、日差しが陰り始めていた。
「まずいな。このままだと夜会に遅れかねねぇ」
「城まで、最短で行ける道はないか?」
「あ~…あることはある。 ただ、かなり揺れるぞ?」
如何致しますか、と、エンケラドゥスに目で問いかけられたカノープスは軽く頷いて応えると、アルデバランを見て、
「お願い」
とだけ声に出した。
「任せろ」
いつも通りの態度で請け負ったアルデバランは肩を返すと、カノープスの護衛に連れてきた騎士団員近づき、指示を出す。
その姿を横目に見ながら馬車に乗り込むと、カノープスとエンケラドゥスの二人だけを乗せた馬車がゆっくりと走り出した。
(揺れる、のか)
前世では、車や電車、飛行機といった、快適な乗り物に乗り慣れていたせいか、整備された道とはいえ、馬車専用に均されていない街道というのはその揺れをダイレクトに伝えてきた。
ましてこの馬車は、『お忍び』ということで急遽用意した、客人用の物である。
王族という、最も尊ぶべき貴人用に設えられた物とは雲泥の差があるということで、行きの時より、かなり揺れることを覚悟しなくてはならないだろう。
もし、本当に行きより揺れるのであれば。
「あ、の…エン、ス?」
「は、い…」
馬車に乗り込み、数分と経たないうちに縦振動ばかりか強い横揺れも加わり。
揚げたてポテトに好みのスパイスを纏わせるため、紙のボックスで激しくミックスされるジャガイモにでもなったかのような振動が馬車を襲い。
その容赦ない揺さぶりに音を上げたのは、同乗していたエンケラドゥスだった。
(い、行きの時も思ったけど)
どうやらカノープスはひ弱で病弱なくせに、三半規管がしっかりしているらしく酔い知らずで。
どちらかというと、暴れ馬が引いているような馬車の乗り心地を愉しむ余裕すらあったにも関わらず。
頭脳を使うことに長け、最早文官としてやっていける域に達していたエンケラドゥスには、この馬車の乗り心地は最悪らしく、真っ青な顔色をして強い吐き気と戦っているようだった。
「…うっ」
(これは)
仕えているカノープスが傍にいる手前。
どんなに強い吐き気に襲われようとも、冷や汗を掻こうとも。
見苦しい様を見せる訳には行かない、と、痩せ我慢をしているエンケラドゥスが七転八倒する姿を見かねたカノープスが御者に声をかけるため、腰を浮かせたのと同時に馬車が急停車をし、嘶く馬の声を耳にして視線を彷徨わせた。
「ど」
どうしたの、と、馬車の扉に取りつけられた小窓を開いて声を発すると、
「顔を出すな」
と緊張感漲るアルデバランの声と共に外から小窓を閉じられ、驚く。
『何人いるか分からないが、襲撃する気らしい』
(えっ)
くぐもりながらも、騎乗のアルデバランの声がはっきりと拾えたカノープスは、目を見開く。
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