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143 心菜は疲れ果てている

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 帰って、勉強をして、寝て、起きて、勉強をして、学校に行って、帰って、勉強をして、寝て、起きて、勉強をして、学校に行って、帰って、塾に行って、帰って、寝て、起きて、勉強をして、学校に行って、部活をして、帰って、勉強をして、寝る。立花の演奏を聞いて己を奮い立たせてからも、忙しすぎる惰性的な日常が怒涛の如く過ぎていき、心菜はどんどん焦燥感に包まれていく。最近、塾での成績が全く振わないのも相待って、勉強によって睡眠時間がどんどん削られていってしまう。人間としての限界が近いと感じながらも、心菜は4時間睡眠に少量の食事。休みもなく勉強を続ける。

「………ここな、顔色悪いよ」

 優奈に心配されても、“落ちる”という恐怖に駆られて、心菜はペンを握り続ける。立花の演奏を聞くまでは、この焦燥感に加えて“学校でうまく行っていない”、“友人がいない”、“誰からも置いて行かれてしまった”という危機感のようなものにも苛まれていたから、もっと精神的にきつかった気がする。

「………久遠、お前そろそろ休め。本当に身体壊すぞ」

 2学期の期末テスト数日前、休み時間返上で勉強を行っていた心菜の肩を叩いた立花が、困ったような口調で話してくる。最近塾にも行っていないらしい立花を空虚な瞳で見つめながら、心菜は自分の感覚がなくなった手をくるくると回した。腱鞘炎のせいで、もうまともな感覚がしなくなっている。

「むり」
「………身体を壊したら、テストも受けられない。それでもいいのか?」
「………………」

 誰の言葉も響かなかったのに、彼の言葉だけは少しだけ耳に入ってきた。お勉強しなくちゃいけないということ以外が、初めて頭に入ってきた気がした。最近、彼は一緒に勉強をしていても、受験について話さなくなった。けれど、なんとなく嫌な予感がしても、心菜はお勉強をやめられなかった。

(………私は、立花と同じ学校に行きたいの)

 ぎゅっとペンを握りしめて、ふっとあくびが溢れた。真面目な場面なのに、眠たくて仕方がない。ちゃんと話を聞かないといけないのに、眠たくて仕方がない。

「………次の時間自習だから、保健室に行こう。1時間眠るだけでも、相当に変わるはずだ」

 彼が強引に手を引っ張ってくるのに合わせて、心菜は動く。
 暗闇に支配されかけていた心菜の世界に、彼の演奏を聴いた時のような、光が灯った気がした。

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読んでいただきありがとうございます😊😊😊

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