海神の唄-[R]emember me-

青葉かなん

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第一章 暁の空から

ソラニカガヤクヒカリハゼツボウ――Re:Ⅲ

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 僕にも思いつく事はあった。
 限りなく今考えてる事が起こってると考えて間違いないと確証もある、静かすぎる街に壊れたラジオ。そしてこの状況で電話が一切鳴らない事。電子機器が使い物にならなくなってる事で説明が付く。

「皆の電話も確認して欲しい、多分壊れてるはずだよ」

 ポケットから携帯電話を取り出して電源が付かない事を二人に見せた、曽根も同じように電源ボタンを押すが何の反応もない。

「あんな良く分からない事が起きて、着信の一つも無いなんておかしいと思わないか」
「そう言えばお父さんから電話が掛かってこない――電源が付かないよ?」
「どうせ電池切れだよ、俺は出る直前まで充電して……あっちぃ! 何だこれ」

 七海と潔も同じように電源ボタンを操作する、しかし二人の電話も僕と曽根と同じでうんともすんともいわなかった。

「はぁ? 四人同時に壊れるなんてことあるのかよ」
「違うでありますよ潔、僕達のだけ・・じゃないであります。この街全体の電子機器がつい先ほど死んだのです」
「街全体? どう言う事なの」
高高度電子パルスHEMP。あくまで予想だけど、正確にはこの街だけという事は無いと思う。小規模でも日本全体、最悪なケースでは各国の主要都市……世界中と考えてもいい」

 核弾頭を用いた電子パルス攻撃。超高高度で核爆発を起こすことによって引き起こされる高出力電子パルス攻撃。
 高高度電子パルスHEMP攻撃。
 発電所や送電システム、電力供給インフラが損傷又は破壊され、使用されている電子機器、電子部品、それらに使用されている変圧器、大きく見れば変電所等には物理的に高電圧をかけることによって破壊することが可能となる攻撃手法。
 送電系統が破壊されれば電機は通らなくなり、広範囲で停電を引き起こす。だがこの停電は文字通りの停止ではない。供給がなくなる事を指す。
 だがそれ以上の被害を考えて欲しい。
 電気が来ないという事は、通信やネットワークADSLも遮断され、結果として政府としての機能も停止することを意味する。政府が機能停止になればその管轄である自衛隊の指揮、統括、運用等にも影響を及ぼす。
 非殺傷な攻撃手法ではあるが、それは遅効性の毒と同義で、じわじわと内部から破壊を始める。そして――。

「仮にそれが現実だったとしたら、間違いなく近日中にもっと酷いことになる・・・・・・・・・・
「馬鹿馬鹿しい、そんな事して誰が得するってんだよ」
「それは違うでありますよ潔」

 曽根はこの先起きる事がある程度想定出来ているのだろう、その証拠に体が震えているのが分かった。これは寒さから来る震えじゃない、悲壮に振るえる表情が物語っている。僕にはそう見えた。

「この世で最も得な事は略奪であります、連日テレビで報道されてる一向に収まらない世界恐慌で、世界中混乱しているのは知ってるでありましょう。そして今年は世界的な不作、百人のグループで食料が足りない場合、交渉や取引で得られる以上の物を得ようと思った時に一番得な方法は何でありますか」
「だからってそんな戦国時代や中世レベルな文明じゃねぇだろ今は――」
「その秩序が、もうこの世の中には無くなってると言ってるのであります」

 アーミーオタクと言うだけはある、そう思えた。
 曽根の言う事は限りなく正解に近いと思う、残された道は略奪しかないんだ。それ程までにこの文明は衰退していたんだとハッキリと分かるほどに。

「良いでありますか潔、尊厳は我慢で耐えられますが空腹だけはどうにも耐えられないのでありますよ。世界恐慌、アジア大陸の歴史的飢饉、先程の目を覆う程の閃光。間違いなくHEMPであります。これは出来の悪い映画や自分達が趣向とする漫画や小説、ドラマとは違うであります。冷静さを欠いた大国が辿る道なんて――それこそ戦争映画の筋書きと同義でしょう」

 正直驚いていた。
 これ程までにこの短時間で起きた出来事から物事を推理する頭を持っていた曽根に、正直驚いていた。あの一週間で起きた出来事に酷似していてどこか違うこの一週間を、曽根はリアルに想定し、仮定し、そして核心を得て自分の知識の中から答えを導きだしていた。

「それじゃぁ、もう二度とテレビもゲームも携帯も使えないって事か?」
「それだけじゃありませんよ、現在に至る迄の全電子機器が使えなくなったのであります。だからこそ今夜から夜は本当の意味での暗闇と言ったのであります」
「――ちょっと待って曽根君、その考え方だと仮に何処かの国が戦争を仕掛ける為に……そのHEMP? とかって攻撃してきたとしてどうやって攻めてくるの? 全部の電子機器が使えないって話だったら船も飛行機も使えないと思うんだけど」

 七海の言いたい事は何となくわかる。
 でもそれは、その攻撃に対しての対策がしっかり取れていれば問題なく使えるという事実。勿論普通の人はそんな事知る由もないだろう、曽根がここまで饒舌に話しているのはその手の知識軍隊オタクに精通しているからこそだ。

「基本的には、鉛や鉄、アルミ等で重要施設を囲う事で電磁パルスを防ぐことが可能とされます。勿論日本の自衛隊も仮想敵を想定して対策していると思われますが、我々一般人にはそんな対策する必要はなく知識もないのです」
「確かに、そんなめんどくせぇ事してねぇな」
「そうでありましょう、こんな対策を取ってる一般人と言えば――」
「僕や曽根みたいなオタクだけだろうね、僕はしてないけど」

 そう、そんな対策を取るような日常は送ってない。

「そうだよね、普通そんな事考えて生活してないよね」
「普通はしねぇよ」
「うん、普通はそんな事考えないし対策しようとも思わない。というかそれこそゲームや漫画、小説の話だと思うし」

 多分、曽根はそんな事想定して生きてるんだろうな。と、僕以外にも考えただろう。

「勿論、自分は対策してるであります!」




 静かな帰路だった。
 備えあれば患いなしと、昔の人は良く言ったものだと感心しながら僕達は坂道を下っていく。海公園から出て五分も経っていないのに、やたらと長く感じた。
 経過時間五分、体感時間二時間といった感じで、ひたすらと長く、ずっと下り坂を歩いていた気がする。
 これからどうなるか想像も出来ない七海の瞳に、涙が浮かんで見える。
 この先どうなってしまうのか分からない不安に、きっと無意識のうちに懐から煙草を取り出して口にくわえる潔は明らかに苛立ちが見えた。
 先の二人とは全く別の表情で、予めこうなる事を想定して生活してきた曽根の、何とも頼もしい横顔。

 そして、彼らの目にどのように映っていたのだろうか。何も分からなくなってしまった僕の横顔、不安な顔だっただろうか? それとも絶望した表情だったのだろうか?
 元来、未来とはそういうものだ。
 何も分からない、一分先の未来も分からないからこそ人類は明日への可能性に賭けて藻掻き、足掻き、苦しみながらその一歩を歩んできたはずなんだ。
 日記と同じで明日のページを読むことが出来ないのと同じで、この先何が始まるのか、何が待ち受けているのか。何もかもが分からなくなってしまった。
 それが良いのか悪いのか。
 いや、良いに決まってる。コレで良いんだ。分かり切った未来におびえる位なら分からない明日に希望を見たほうが何倍もマシだ。そう、マシなんだ。

 じゃぁ――何でこのノイズは消えないんだ、また世界がブレて見え始めたんだ。 
 何故僕はこんなにも笑っているんだ・・・・・・・、なぜ口元が緩むんだ。不安で仕方ないはずなのに、心の底ではホってしている理由は分かった。この不安はノイズの所為か?
 それとも焦点が合わない程ブレて見えるこの世界が、僕を狂わせているのか?

 僕は一体、何なんだ。
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