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大学生編
2015.04.04(Sat) 隙間
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【大学生編 13 隙間】
[2015年4月4日(土)]
最近、メッセンジャーがうるさい。
車の教習所で知り合った別の大学の女子大生が事あるごとに連絡してくるからだ。合コンしようだの、ふたりでご飯行こうだの。
その気のない返事をしていても、一向にめげない。長く既読スルーをしているのだが、そろそろブロックすべきだな。適当にごまかして連絡先なんか交換しなけりゃ良かった。と後悔する。
「央弥、なんか通知来てるよ」
「いいんだよ」
「また央弥の見た目につられた女か」
いつもの仲良しメンバーで一人暮らしの奴の部屋に集まってグダグダする。いつもどおりの光景だ。
「どう、教習所」
「通うのマジ面倒。合宿のやつにすれば良かった」
「でもちゃっかり出会ってんじゃん」
「やーらしー」
「お前ら俺が喜んでるように見えんの」
「腹減ったなー」
「直樹まだかよ」
「やっぱ5人分の買い出しは大変だべ」
「んだんだ」
「でも言い出しっぺはあいつだからな」
買い出し係を決める為に大富豪を遊んだまま床に散らかされているトランプを誰も片付けようともせず、もうすぐ大荷物で戻ってくるであろう友人を迎えるために机を綺麗にしておくこともなく、安直に選んだ鍋をする為の鍋を用意することもなく、全員がだらだらと好き勝手に過ごしている。
そうしているとガタガタと物音がして、部屋の扉が開けられて両手に袋を抱えた直樹が帰ってきた。
「おい!場所あけとけって言っただろ!」
「おかえりー」
「俺のハイチュウは?」
「ライム味とか無かったし、イチゴで我慢しろよ」
「せめて青りんごだろ!頭おかしいんじゃねえの!?」
「なんでそこまで言われなきゃならねぇんだよ」
じゃあ白菜でも切るか、と袋を漁っていた央弥は机に置いたままだったスマホの画面に通知が表示されてふと覗き込んだ。
3つは件の女子大生から。そして新しい1つは辰真からだった。
「あっ」
パッとスマホを手に取って通知画面で内容を確認する。
「…わり、帰るわ」
「デートだ」
「やらしー」
「たらしー」
「デートじゃねぇし、やらしくないし、たらしてない。材料費いくらよ?」
払わなくていいよ、と言われたが少しだけ置いて出て来た。駅に向かって歩きながら電話をする。
「…あ、もしもし葛西さん?今どこ」
腕時計で時間を確認しながら歩く。もうすぐ20時になろうとしていた。
「いいって、とりあえず行くから」
通話を切った後、電車の時間を調べる為に乗り換えアプリを立ち上げる。ここから1駅なので、大体5分ほどで合流できそうだ。
ーーー
鍋食い損ねたなあ、腹が減ったな、などと考えながら揺られているとうっかり降りるはずの駅を過ぎそうになって、央弥は慌てて電車から飛び降りた。
「あれ、央弥?俺今から洋平の部屋行くのに」
「ちょっと用で抜けて来た。鍋もう始まってると思う」
「用ってこんな時間に?もう教授とか帰ってんじゃね」
「別に大学に用ってわけじゃないんだ」
「他にこの駅に何があるよ。まあ詳しくは聞かないけど」
自分の乗ってきた路線とは逆の電車に乗って行った友人を見送り改札へ向かう。ここは大学の最寄駅だった。
「東丸」
「ごめん待たせて」
「いや、早かったよ…というか俺こそ急で悪い」
「いいって」
何かあったら連絡してって言ったのは俺だし、と笑って央弥は辰真と肩を並べた。
「んで、どうする?一緒に行こうか?」
央弥の提案に微妙な顔で返して辰真は黙り込んだ。
「ま、今日のところは時間も時間だし、明るい時間に一緒に行くよ」
「悪い…どうしようもないのに呼んだりして」
「なんで?良かったよ呼んでくれて。今日はウチ泊まりなって」
思わぬ発言に辰真は何も反応できずにいたが、央弥はさっさと歩き出してしまう。
「ほら、俺んちこっから5駅だからちょい遠いけど」
「いや…だってお前」
「ん?」
いつも通りの人当たりの良い笑顔で振り向かれて、なにか言いかけた口を閉じる。
「…あ、もしかして聞いてた?この前のアイツとの会話」
その通りだ。"アイツ"…深津とのカフェでの会話を辰真は聞いていた。
「結構すぐ近くの席に座ってたから、聞こえて」
「気にしなくていいよ」
「でもお前、家族でさえ部屋に入れたくないって」
「葛西さんならいいよ」
「そん…っ」
「いいからいいから」
ほら、と腕を掴まれて辰真は急な他人との接触に思わずあからさまに振り解いてしまった。
「わ…わかった。じゃあ甘えさせてもらう…」
央弥の部屋は駅から歩いて10分ほどの単身向けマンションの一室だった。散らかってはいないが、日用品なんかは机の上に出しっぱなしで、ほどよく生活感がある。
「手とか洗う?こっち」
「おじゃまします…」
靴を脱いで央弥について行くと、新しそうで小綺麗な洗面所があった。
「いい部屋だな」
「都心部からは離れるし、大学からもちょっと遠いけど、予算内でこのクオリティだから即決した」
適当にしてるように言われたので床に腰を下ろすとキッチンの方から「飯作るよ」と声をかけられてさすがに慌てる。
「いや、いい!むしろ俺がやるし」
「料理できんの?」
「ち、炒飯くらいなら…」
「はは、男の料理って感じだね」
玄関の近くにある小さなキッチンに立つと大柄な央弥は余計に大きく見える。振り返った手には大根の上半分。そんなものが冷蔵庫に備蓄されているということは、普段から料理をしているということだろう。それもおそらく、和食を。
「苦手なものある?」
「…生の卵」
「おっけ」
背後から聞こえて来る生活音に辰真はウトウトしてきて、ついまぶたを閉じてしまった。
――東丸は、俺の事が好きなのかもしれない。
パッと目が覚めると目の前の机にいくつか皿が置かれていた。
「悪い、手伝う…」
「あ、起きちゃった?目を開けたら机の上に料理がっていう状況にしたかったのに」
「そういうのいらないから」
「じゃあこれ運んで」
渡された小鉢からはいい香りがする。
「これ何だ?」
「なんだろ?適当に切ってレンジしてポン酢かけただけ」
火使わない料理ってまじで楽だよ、と笑って央弥は大きな鍋の蓋を開けた。
「んで、これは煮付け」
「今作ったのか?」
「いやいや、昨日の残りでごめんだけど、美味くできてるよ」
予定外だから半分こね、と笑って央弥は皿に魚を盛り付けた。
「米はいる?パックのになるけど」
「じゃあもらう、明日買って返すから」
「いいってば。んじゃ温めて持ってくからもうちょい待ってね」
誰かの家で誰かの作った料理を食べるなんて辰真には初めてのことすぎて反応に困ったが、煮付けは美味しかった。
シャワーから出るとテレビを観ていた央弥が交代で部屋を出て行った。辰真はまだ少し遠慮がちに腰を下ろして、ようやくホッと一息つく。
「……」
大学から帰ると部屋に"何か"が居て、咄嗟に思い出したのは「何かあったら連絡して」という央弥の言葉。
今日は妙に疲れてやれやれと思いながら扉を開けたら、隙間から覗いていたソレと目が合ったのだ。外で何か怖い事があっても、家に帰れば、家だけは、守られている場所で無ければならない。それなのに。
とにかくパニックだった。予期せぬ場所で、油断しきった所に飛び込んできた恐怖。
――明日、日が昇って、それでもまだ何かが部屋にいたらどうしよう。
「…はぁ…」
しかし飯はうまかったがここの居心地は悪い。央弥の理由のわからない優しさが不気味だった。夢うつつで考えた事を必死で頭から追い出す。
そんなわけない。そんなわけ…。
「葛西さん、だいじょぶ?」
すっかり考え込んでいた辰真は急に声をかけられてビクリと体を震わせた。
「ごめん、驚かせた」
「いや、早いな」
「そ?」
央弥は缶チューハイを片手に戻って来て、またテレビの前に座った。
「おい、お前は一年だろ」
「アンタも飲む?」
「髪がまだ濡れてるぞ」
「これ飲んだら乾かすからぁ」
子供みたいな言い分に少し笑って辰真は横になった。
「もう寝る。この毛布借りていいのか?」
「ベッド使いなよ」
「いい、お前床で寝るつもりだろ」
「先輩を床で寝かせらんないよ」
「いいから。遠慮して眠れないから」
終わりのない押し問答になりそうだったので央弥は拗ねたように諦めた。
【隙間 完】
[2015年4月4日(土)]
最近、メッセンジャーがうるさい。
車の教習所で知り合った別の大学の女子大生が事あるごとに連絡してくるからだ。合コンしようだの、ふたりでご飯行こうだの。
その気のない返事をしていても、一向にめげない。長く既読スルーをしているのだが、そろそろブロックすべきだな。適当にごまかして連絡先なんか交換しなけりゃ良かった。と後悔する。
「央弥、なんか通知来てるよ」
「いいんだよ」
「また央弥の見た目につられた女か」
いつもの仲良しメンバーで一人暮らしの奴の部屋に集まってグダグダする。いつもどおりの光景だ。
「どう、教習所」
「通うのマジ面倒。合宿のやつにすれば良かった」
「でもちゃっかり出会ってんじゃん」
「やーらしー」
「お前ら俺が喜んでるように見えんの」
「腹減ったなー」
「直樹まだかよ」
「やっぱ5人分の買い出しは大変だべ」
「んだんだ」
「でも言い出しっぺはあいつだからな」
買い出し係を決める為に大富豪を遊んだまま床に散らかされているトランプを誰も片付けようともせず、もうすぐ大荷物で戻ってくるであろう友人を迎えるために机を綺麗にしておくこともなく、安直に選んだ鍋をする為の鍋を用意することもなく、全員がだらだらと好き勝手に過ごしている。
そうしているとガタガタと物音がして、部屋の扉が開けられて両手に袋を抱えた直樹が帰ってきた。
「おい!場所あけとけって言っただろ!」
「おかえりー」
「俺のハイチュウは?」
「ライム味とか無かったし、イチゴで我慢しろよ」
「せめて青りんごだろ!頭おかしいんじゃねえの!?」
「なんでそこまで言われなきゃならねぇんだよ」
じゃあ白菜でも切るか、と袋を漁っていた央弥は机に置いたままだったスマホの画面に通知が表示されてふと覗き込んだ。
3つは件の女子大生から。そして新しい1つは辰真からだった。
「あっ」
パッとスマホを手に取って通知画面で内容を確認する。
「…わり、帰るわ」
「デートだ」
「やらしー」
「たらしー」
「デートじゃねぇし、やらしくないし、たらしてない。材料費いくらよ?」
払わなくていいよ、と言われたが少しだけ置いて出て来た。駅に向かって歩きながら電話をする。
「…あ、もしもし葛西さん?今どこ」
腕時計で時間を確認しながら歩く。もうすぐ20時になろうとしていた。
「いいって、とりあえず行くから」
通話を切った後、電車の時間を調べる為に乗り換えアプリを立ち上げる。ここから1駅なので、大体5分ほどで合流できそうだ。
ーーー
鍋食い損ねたなあ、腹が減ったな、などと考えながら揺られているとうっかり降りるはずの駅を過ぎそうになって、央弥は慌てて電車から飛び降りた。
「あれ、央弥?俺今から洋平の部屋行くのに」
「ちょっと用で抜けて来た。鍋もう始まってると思う」
「用ってこんな時間に?もう教授とか帰ってんじゃね」
「別に大学に用ってわけじゃないんだ」
「他にこの駅に何があるよ。まあ詳しくは聞かないけど」
自分の乗ってきた路線とは逆の電車に乗って行った友人を見送り改札へ向かう。ここは大学の最寄駅だった。
「東丸」
「ごめん待たせて」
「いや、早かったよ…というか俺こそ急で悪い」
「いいって」
何かあったら連絡してって言ったのは俺だし、と笑って央弥は辰真と肩を並べた。
「んで、どうする?一緒に行こうか?」
央弥の提案に微妙な顔で返して辰真は黙り込んだ。
「ま、今日のところは時間も時間だし、明るい時間に一緒に行くよ」
「悪い…どうしようもないのに呼んだりして」
「なんで?良かったよ呼んでくれて。今日はウチ泊まりなって」
思わぬ発言に辰真は何も反応できずにいたが、央弥はさっさと歩き出してしまう。
「ほら、俺んちこっから5駅だからちょい遠いけど」
「いや…だってお前」
「ん?」
いつも通りの人当たりの良い笑顔で振り向かれて、なにか言いかけた口を閉じる。
「…あ、もしかして聞いてた?この前のアイツとの会話」
その通りだ。"アイツ"…深津とのカフェでの会話を辰真は聞いていた。
「結構すぐ近くの席に座ってたから、聞こえて」
「気にしなくていいよ」
「でもお前、家族でさえ部屋に入れたくないって」
「葛西さんならいいよ」
「そん…っ」
「いいからいいから」
ほら、と腕を掴まれて辰真は急な他人との接触に思わずあからさまに振り解いてしまった。
「わ…わかった。じゃあ甘えさせてもらう…」
央弥の部屋は駅から歩いて10分ほどの単身向けマンションの一室だった。散らかってはいないが、日用品なんかは机の上に出しっぱなしで、ほどよく生活感がある。
「手とか洗う?こっち」
「おじゃまします…」
靴を脱いで央弥について行くと、新しそうで小綺麗な洗面所があった。
「いい部屋だな」
「都心部からは離れるし、大学からもちょっと遠いけど、予算内でこのクオリティだから即決した」
適当にしてるように言われたので床に腰を下ろすとキッチンの方から「飯作るよ」と声をかけられてさすがに慌てる。
「いや、いい!むしろ俺がやるし」
「料理できんの?」
「ち、炒飯くらいなら…」
「はは、男の料理って感じだね」
玄関の近くにある小さなキッチンに立つと大柄な央弥は余計に大きく見える。振り返った手には大根の上半分。そんなものが冷蔵庫に備蓄されているということは、普段から料理をしているということだろう。それもおそらく、和食を。
「苦手なものある?」
「…生の卵」
「おっけ」
背後から聞こえて来る生活音に辰真はウトウトしてきて、ついまぶたを閉じてしまった。
――東丸は、俺の事が好きなのかもしれない。
パッと目が覚めると目の前の机にいくつか皿が置かれていた。
「悪い、手伝う…」
「あ、起きちゃった?目を開けたら机の上に料理がっていう状況にしたかったのに」
「そういうのいらないから」
「じゃあこれ運んで」
渡された小鉢からはいい香りがする。
「これ何だ?」
「なんだろ?適当に切ってレンジしてポン酢かけただけ」
火使わない料理ってまじで楽だよ、と笑って央弥は大きな鍋の蓋を開けた。
「んで、これは煮付け」
「今作ったのか?」
「いやいや、昨日の残りでごめんだけど、美味くできてるよ」
予定外だから半分こね、と笑って央弥は皿に魚を盛り付けた。
「米はいる?パックのになるけど」
「じゃあもらう、明日買って返すから」
「いいってば。んじゃ温めて持ってくからもうちょい待ってね」
誰かの家で誰かの作った料理を食べるなんて辰真には初めてのことすぎて反応に困ったが、煮付けは美味しかった。
シャワーから出るとテレビを観ていた央弥が交代で部屋を出て行った。辰真はまだ少し遠慮がちに腰を下ろして、ようやくホッと一息つく。
「……」
大学から帰ると部屋に"何か"が居て、咄嗟に思い出したのは「何かあったら連絡して」という央弥の言葉。
今日は妙に疲れてやれやれと思いながら扉を開けたら、隙間から覗いていたソレと目が合ったのだ。外で何か怖い事があっても、家に帰れば、家だけは、守られている場所で無ければならない。それなのに。
とにかくパニックだった。予期せぬ場所で、油断しきった所に飛び込んできた恐怖。
――明日、日が昇って、それでもまだ何かが部屋にいたらどうしよう。
「…はぁ…」
しかし飯はうまかったがここの居心地は悪い。央弥の理由のわからない優しさが不気味だった。夢うつつで考えた事を必死で頭から追い出す。
そんなわけない。そんなわけ…。
「葛西さん、だいじょぶ?」
すっかり考え込んでいた辰真は急に声をかけられてビクリと体を震わせた。
「ごめん、驚かせた」
「いや、早いな」
「そ?」
央弥は缶チューハイを片手に戻って来て、またテレビの前に座った。
「おい、お前は一年だろ」
「アンタも飲む?」
「髪がまだ濡れてるぞ」
「これ飲んだら乾かすからぁ」
子供みたいな言い分に少し笑って辰真は横になった。
「もう寝る。この毛布借りていいのか?」
「ベッド使いなよ」
「いい、お前床で寝るつもりだろ」
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「いいから。遠慮して眠れないから」
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表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
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