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13 人間とあやかし
③
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夜になり、いつものように閉店準備を終えると、私は意を決して壁に突然現れた扉を開く。
残念ながら今日も、扉が出来る瞬間は見逃してしまった。
日暮れが近づいたあたりから、目を離さずにずっと何もない白壁を見つめていたはずなのに、気がついたらそのど真ん中に扉が出現している。
(いったいいつ……まさか瞬きしている間にとか? それじゃいつまでも『その瞬間』は見れっこないよ……)
残念に思いながらも、田中さんから預かった豆太くん宛てのお菓子は忘れなかった。
(今日来てくれるかはわからないけれど……)
扉を押し開けて踏みこんだ先は、薄暗くなった木造建築の宅配便屋で、クロからの声が飛ぶ前に、私は急いでカウンターの中に走りこむ。
「おっ、瑞穂ちゃん。今日は早いね」
シロはにかっと笑いかけてくれたが、クロは何も言わなかった。
黙ったまま私に近づいてくる。
「え、なに……」
特に怒られることはしていないはずなのに、思わず及び腰になってしまうのは、忙しさのせいなのか、クロの全身からピリピリとした雰囲気が感じられるからに他ならない。
表情の変化に乏しいので、感情の移り変わりもわかりづらいが、少なくとも料理を作っている最中はもっと機嫌がいいと、一緒に暮らしている私は知っている。
クロは長い前髪のせいで片方しか見えていない目を光らせて、私に木簡と印章をさし出した。
「代われ、瑞穂。この間は勝手にできたんだ。もう受付のほうもできるだろう」
「あっ、そうか。そうだね」
シロは明るく言っているが、クロは私の返事を待ちもしない。
さっさと奥へ行き、先日まで私がやっていた荷物を積む作業のほうを始める。
「え? できるかな……」
不安に思いながら窓口に立つと、クロがこの場所から逃げ出したかった理由がわかった気がした。
「えー、クロ様行っちゃうのー」
残念そうな声を上げる首の長い女性や、残念そうに俯く目鼻口のない女性。
「ほ? 宗主様!? まだ私めの話は終わっておりませんぞ?」
烏天狗の姿になった時のクロと同じように、背中に黒い翼、頭に四角い帽子のようなものを乗せた、限りなく鳥に近い顔をした背の低い男性。
クロが担当していた窓口には、単純に宅配便を頼みに来ただけではないような客ばかり並んでいる。
「宗主様って?」
シロくんに尋ねると、眼鏡越しににかっと笑われた。
「んー、クロのあだ名みないなもの?」
「……そうなんだ」
多少納得できない思いを残しながらも、私はクロが丸投げしていったお客さんを受け付けることにした。
「いらっしゃいませ」
首の長い女性は、いかにも不満そうに私へ荷物を手渡す。
「あんた、誰?」
迫力に怯みそうになりながらも、私は営業スマイルで頭を下げる。
「芦原瑞穂です。よろしくお願いします」
「ふーん、私は真理恵。そう書いてね」
真っ赤に塗られた爪で、とんとんと木簡をつつかれるので、下のほうにとりあえずひらがなで書き入れる。
もちろん筆などすぐには使えないので、昼間の出張所から持ってきたボールペンだ。
「まりえさん……あの、苗字は?」
おそるおそる訊ねると、呆れたように首を伸ばされた。
「はあっ? あやかしに苗字なんてあるわけないでしょ。届け先は紀理恵。私の姉。ねえ、あんた大丈夫? ちゃんと届くんでしょうね?」
長すぎる首がカウンターを越えて、今にも私の首に巻きつきそうにとぐろを巻き、綺麗にメイクされた真理恵さんの顔が私の顔のすぐ前に迫る。
「届けるのは俺とクロだから大丈夫だよ、真理恵ちゃん」
シロが横から答えてくれると、真理恵さんの首はしゅるっと短くなった。
「あ、はい。じゃあ、よろしくお願いしまーす」
すっかりしおらしくなった真理恵さんと、そのお姉さんだという紀理恵さんの名前を書いた木簡に、私は印章を押してからすっと指で線を引いた。
これで失敗したらまた真理恵さんの首が伸びるのではないかとひやひやしたが、一発でぱかっと割れて安心する。
(よかった!)
長いほうを荷物に差し、短いほうを真理恵さんに渡すと、ようやく一つ目の荷物の引き受けが終わった。
「ありがとうございました」
「できたね」
隣からシロの声がして、ちゃんと見守ってくれていたことに感謝する。
「うん、ありがとう」
私の様子も見ながら、自分の仕事もしているシロの負担を少しでも減らせるように、同じ要領で、目鼻口のない女性の荷物も引き受けた。
次に並んでいたのは、クロと似た格好の小柄な男性で、私の前に立つと一気にまくしたて始める。
「なんじゃお主は? 人間の女子か? はっ、まさか宗主様をたぶらかそうと!? この伊助の目の黒いうちは、人間の女子など決して近づけ……」
カウンターからほぼ顔が出ていないのに、壁に向かって機関銃のように話しているのが面白くて、どちらかといえば私は笑いをこらえてその小柄な烏天狗の話を聞いていたのに、背後から鋭い声が飛ぶ。
「伊助! 荷物の依頼じゃないのなら今すぐ帰れ!」
烏天狗は可哀相なほどに飛び上がって、ぶるぶる震えながら、声を飛ばしたクロにペコペコ頭を下げた。
「もちろん、依頼でございますよ。依頼でございますとも……これを雷蔵どのに。我が名は伊助」
「いすけさんから、らいぞうさんへ……」
私が木簡を書き終わって指で切ると、ひったくるように控えを受け取って烏天狗は帰っていく。
「宗主様に色眼鏡を使ったら、容赦せんからな、小娘!」
「伊助っ!」
クロの叫びに、文字どおりすっ飛んで帰っていった。
「なんか……今日は変わったお客さんが多いね……」
呟く私に、シロが次々と作業を進めながら笑ってみせる。
「そう? クロ目当てのお客は、いつもこんなものだよ……あ、瑞穂ちゃん目当てのお客さまだよ」
目線で示された先には、豆太くんが立っていた。
残念ながら今日も、扉が出来る瞬間は見逃してしまった。
日暮れが近づいたあたりから、目を離さずにずっと何もない白壁を見つめていたはずなのに、気がついたらそのど真ん中に扉が出現している。
(いったいいつ……まさか瞬きしている間にとか? それじゃいつまでも『その瞬間』は見れっこないよ……)
残念に思いながらも、田中さんから預かった豆太くん宛てのお菓子は忘れなかった。
(今日来てくれるかはわからないけれど……)
扉を押し開けて踏みこんだ先は、薄暗くなった木造建築の宅配便屋で、クロからの声が飛ぶ前に、私は急いでカウンターの中に走りこむ。
「おっ、瑞穂ちゃん。今日は早いね」
シロはにかっと笑いかけてくれたが、クロは何も言わなかった。
黙ったまま私に近づいてくる。
「え、なに……」
特に怒られることはしていないはずなのに、思わず及び腰になってしまうのは、忙しさのせいなのか、クロの全身からピリピリとした雰囲気が感じられるからに他ならない。
表情の変化に乏しいので、感情の移り変わりもわかりづらいが、少なくとも料理を作っている最中はもっと機嫌がいいと、一緒に暮らしている私は知っている。
クロは長い前髪のせいで片方しか見えていない目を光らせて、私に木簡と印章をさし出した。
「代われ、瑞穂。この間は勝手にできたんだ。もう受付のほうもできるだろう」
「あっ、そうか。そうだね」
シロは明るく言っているが、クロは私の返事を待ちもしない。
さっさと奥へ行き、先日まで私がやっていた荷物を積む作業のほうを始める。
「え? できるかな……」
不安に思いながら窓口に立つと、クロがこの場所から逃げ出したかった理由がわかった気がした。
「えー、クロ様行っちゃうのー」
残念そうな声を上げる首の長い女性や、残念そうに俯く目鼻口のない女性。
「ほ? 宗主様!? まだ私めの話は終わっておりませんぞ?」
烏天狗の姿になった時のクロと同じように、背中に黒い翼、頭に四角い帽子のようなものを乗せた、限りなく鳥に近い顔をした背の低い男性。
クロが担当していた窓口には、単純に宅配便を頼みに来ただけではないような客ばかり並んでいる。
「宗主様って?」
シロくんに尋ねると、眼鏡越しににかっと笑われた。
「んー、クロのあだ名みないなもの?」
「……そうなんだ」
多少納得できない思いを残しながらも、私はクロが丸投げしていったお客さんを受け付けることにした。
「いらっしゃいませ」
首の長い女性は、いかにも不満そうに私へ荷物を手渡す。
「あんた、誰?」
迫力に怯みそうになりながらも、私は営業スマイルで頭を下げる。
「芦原瑞穂です。よろしくお願いします」
「ふーん、私は真理恵。そう書いてね」
真っ赤に塗られた爪で、とんとんと木簡をつつかれるので、下のほうにとりあえずひらがなで書き入れる。
もちろん筆などすぐには使えないので、昼間の出張所から持ってきたボールペンだ。
「まりえさん……あの、苗字は?」
おそるおそる訊ねると、呆れたように首を伸ばされた。
「はあっ? あやかしに苗字なんてあるわけないでしょ。届け先は紀理恵。私の姉。ねえ、あんた大丈夫? ちゃんと届くんでしょうね?」
長すぎる首がカウンターを越えて、今にも私の首に巻きつきそうにとぐろを巻き、綺麗にメイクされた真理恵さんの顔が私の顔のすぐ前に迫る。
「届けるのは俺とクロだから大丈夫だよ、真理恵ちゃん」
シロが横から答えてくれると、真理恵さんの首はしゅるっと短くなった。
「あ、はい。じゃあ、よろしくお願いしまーす」
すっかりしおらしくなった真理恵さんと、そのお姉さんだという紀理恵さんの名前を書いた木簡に、私は印章を押してからすっと指で線を引いた。
これで失敗したらまた真理恵さんの首が伸びるのではないかとひやひやしたが、一発でぱかっと割れて安心する。
(よかった!)
長いほうを荷物に差し、短いほうを真理恵さんに渡すと、ようやく一つ目の荷物の引き受けが終わった。
「ありがとうございました」
「できたね」
隣からシロの声がして、ちゃんと見守ってくれていたことに感謝する。
「うん、ありがとう」
私の様子も見ながら、自分の仕事もしているシロの負担を少しでも減らせるように、同じ要領で、目鼻口のない女性の荷物も引き受けた。
次に並んでいたのは、クロと似た格好の小柄な男性で、私の前に立つと一気にまくしたて始める。
「なんじゃお主は? 人間の女子か? はっ、まさか宗主様をたぶらかそうと!? この伊助の目の黒いうちは、人間の女子など決して近づけ……」
カウンターからほぼ顔が出ていないのに、壁に向かって機関銃のように話しているのが面白くて、どちらかといえば私は笑いをこらえてその小柄な烏天狗の話を聞いていたのに、背後から鋭い声が飛ぶ。
「伊助! 荷物の依頼じゃないのなら今すぐ帰れ!」
烏天狗は可哀相なほどに飛び上がって、ぶるぶる震えながら、声を飛ばしたクロにペコペコ頭を下げた。
「もちろん、依頼でございますよ。依頼でございますとも……これを雷蔵どのに。我が名は伊助」
「いすけさんから、らいぞうさんへ……」
私が木簡を書き終わって指で切ると、ひったくるように控えを受け取って烏天狗は帰っていく。
「宗主様に色眼鏡を使ったら、容赦せんからな、小娘!」
「伊助っ!」
クロの叫びに、文字どおりすっ飛んで帰っていった。
「なんか……今日は変わったお客さんが多いね……」
呟く私に、シロが次々と作業を進めながら笑ってみせる。
「そう? クロ目当てのお客は、いつもこんなものだよ……あ、瑞穂ちゃん目当てのお客さまだよ」
目線で示された先には、豆太くんが立っていた。
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