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アデルラード王国の王女――フレデリカ・エリアナ・フィンタージュ・アデルラードは、現在、深刻な問題に直面していた。
「はああ……いったいどうしたらいいのかしらね……」
窓際に置かれたひじ掛け椅子に腰を下ろし、頬杖をついて窓の外を眺めながら、長い金色の髪の先をくるくると指先でいじる。
深々と吐かれた何度目かしれないため息に、向き合った位置の椅子に座っている侍女のアルマが、優しく微笑んだ。
「姫様、お困りですね」
縫い物をする手は休めないまま、少し離れた場所から傍観するかのようなもの言いに、もっと親身に相談に乗ってほしいフレデリカは、身体ごとアルマへ向き直る。
「本当に困っているのよ。もうあまり時間もないし……」
いかにも窮地に追い込まれているふうを体現し、長い睫毛を伏せてちらりと視線を流した窓の向こうには、王国が誇る巨大な庭園の木々が、緑豊かな葉を生い茂らせていた。
花の季節はとうに去り、まもなく盛夏という時節だ。
(そして夏が終わったら、私もいよいよ十八歳……)
その事実にまで考えが及び、フレデリカは居ても立っても居られず、毛足の長い絨毯を靴底でしっかりと踏みしめ、椅子から立ち上がった。
「早急にどうにかしなきゃ!」
ここでアルマを相手に愚痴っていても、事態は好転などしない。
こういう時はとにかく行動あるのみと、前のめり過ぎる普段の積極性を遺憾なく発揮し、廊下へと続く扉へ向かってずんずんと歩を進め始めた時、その扉が逆から開いた。
「失礼いたします。あら、姫様……そんなに急いでどちらへ、って……はっ! もしや、ついに! 『運命の相手』と出会われたのですかっ⁉」
扉を開けて部屋の中へ入ってきた小柄な侍女――ルーチェの、冗談半分、期待半分の超早口な問いかけに、フレデリカは前進する気力を奪われ、思わずへなへなとその場に膝をつく。
「出会えるわけないじゃない……日がな一日、ダンスやピアノのレッスンか、歴史や周辺諸国の社会情勢の講義で先生方に会うくらいしか、あなたたち以外と会うこともないんだもの……」
「ですよね」
フレデリカの悲嘆に満ちた返答を深掘りすることもなく、あっさりと返事をしたルーチェは、洗濯係から受け取ってきた洗い立てのフレデリカの衣服を、テキパキと箪笥や洋服掛けにしまい始める。
その姿を恨みがましく見ながら、フレデリカはそのまま床に座りこんだ。
「私だって出来ることはしたのよ。積極的にいろんな舞踏会へ参加したし、外国からの使節団にも、お父様やお母様に随伴して謁見させてもらったし……」
「そうですね。姫様はよく頑張ってらっしゃいます」
アルマは背後から優しく肯定してくれるが、ルーチェはバッサリと切り捨てる。
「でも、いくら会っても、姫様のお眼鏡に適う相手はいらっしゃらなかったのでしょう? ちょっと理想が高すぎるんじゃないですか?」
「うっ……」
多少は思い当たる節もあるが、二つも年下のルーチェに口で負けてなるものかと、フレデリカは反論する。
「そんなことないわ。普通に私のことを好きになってくれて、同じくらいこの国のことも愛してくれて、一緒にアデルラード王国の未来を担ってくれるような人なら……どんな人でも!」
「普通に、ねえ……」
洗濯ものをしまい終えたルーチェは、床に座りこんだままのフレデリカへ手を差し伸べ、立ち上がらせながら語る。
「さらっとなかなかに難しい要求をしていることはさておいても、まず一国の姫の伴侶となるのならば、それ相応の地位にある人物でないと無理ですよね」
「…………」
それはフレデリカも重々承知していることだ。
現アデルラード王国国王である父に、子供はフレデリカしかいない。将来的に王位を継ぐことを約束されているフレデリカが、結婚出来る相手となれば、ごく限られてくる。
そのため、国内の有力貴族や外国の王族など、可能性のある相手には自ら進んで会ってきたのだが、これまでに「これだ!」と思う人物に出会ったことはまだない。
「そろそろ諦めたほうがいいんじゃないですか?」
「うう…………ん」
ルーチェの言うことは一理あると、フレデリカも頭ではわかっているが、なぜだか頷けない。
「そもそもどうして、自分で結婚相手を選びたいんです? 条件の合う方を誰かが決めてくれて、その人と結婚するのが、それこそ『普通』でしょう?」
ルーチェの言うとおり、結婚はあらかじめ決められた相手と行うのが一般的だ。それは身分が高ければ高いほど、覆されることのない固定概念になっている。
しかし、フレデリカは――。
「姫様は、国王陛下と王妃殿下の恋物語に憧れてらっしゃるのですよね」
それまで黙って二人の会話を聞いていたアルマが、静かに口を挟んだ。
フレデリカは宝石のような紫色の瞳を輝かせて、アルマをふり返る。
「そう! 私もお父様やお母様のような結婚がしたいの!」
フレデリカの両親は、あらかじめ親に決められた同士ではあったものの、初対面でお互いに一目ぼれし、相思相愛のこの上なく幸せな結婚をした。
以来十八年、いまだに仲睦まじく公然とイチャイチャしているのだから、フレデリカがうらやましく思うのも無理はない。
「そして……」
他にも何か、幼い頃に心に決めた思いがあったような気もするのだが、はっきりとは思い出せない。
「?……とにかく……なんとか自分で、本当に好きになれる結婚相手を見つけたいの!」
これまでにも幾度となく繰り返してきた決意を表明したが、ルーチェはいつものように「そうですか、それじゃタイムリミットまでぎりぎり頑張ってください」と励ましてはくれなかった。
「姫様……まことに残念ですが……もう、タイムオーバーです」
「…………え」
改めて神妙な顔をして向き直られ、フレデリカは全身から血の気が引くような思いがした。
「はああ……いったいどうしたらいいのかしらね……」
窓際に置かれたひじ掛け椅子に腰を下ろし、頬杖をついて窓の外を眺めながら、長い金色の髪の先をくるくると指先でいじる。
深々と吐かれた何度目かしれないため息に、向き合った位置の椅子に座っている侍女のアルマが、優しく微笑んだ。
「姫様、お困りですね」
縫い物をする手は休めないまま、少し離れた場所から傍観するかのようなもの言いに、もっと親身に相談に乗ってほしいフレデリカは、身体ごとアルマへ向き直る。
「本当に困っているのよ。もうあまり時間もないし……」
いかにも窮地に追い込まれているふうを体現し、長い睫毛を伏せてちらりと視線を流した窓の向こうには、王国が誇る巨大な庭園の木々が、緑豊かな葉を生い茂らせていた。
花の季節はとうに去り、まもなく盛夏という時節だ。
(そして夏が終わったら、私もいよいよ十八歳……)
その事実にまで考えが及び、フレデリカは居ても立っても居られず、毛足の長い絨毯を靴底でしっかりと踏みしめ、椅子から立ち上がった。
「早急にどうにかしなきゃ!」
ここでアルマを相手に愚痴っていても、事態は好転などしない。
こういう時はとにかく行動あるのみと、前のめり過ぎる普段の積極性を遺憾なく発揮し、廊下へと続く扉へ向かってずんずんと歩を進め始めた時、その扉が逆から開いた。
「失礼いたします。あら、姫様……そんなに急いでどちらへ、って……はっ! もしや、ついに! 『運命の相手』と出会われたのですかっ⁉」
扉を開けて部屋の中へ入ってきた小柄な侍女――ルーチェの、冗談半分、期待半分の超早口な問いかけに、フレデリカは前進する気力を奪われ、思わずへなへなとその場に膝をつく。
「出会えるわけないじゃない……日がな一日、ダンスやピアノのレッスンか、歴史や周辺諸国の社会情勢の講義で先生方に会うくらいしか、あなたたち以外と会うこともないんだもの……」
「ですよね」
フレデリカの悲嘆に満ちた返答を深掘りすることもなく、あっさりと返事をしたルーチェは、洗濯係から受け取ってきた洗い立てのフレデリカの衣服を、テキパキと箪笥や洋服掛けにしまい始める。
その姿を恨みがましく見ながら、フレデリカはそのまま床に座りこんだ。
「私だって出来ることはしたのよ。積極的にいろんな舞踏会へ参加したし、外国からの使節団にも、お父様やお母様に随伴して謁見させてもらったし……」
「そうですね。姫様はよく頑張ってらっしゃいます」
アルマは背後から優しく肯定してくれるが、ルーチェはバッサリと切り捨てる。
「でも、いくら会っても、姫様のお眼鏡に適う相手はいらっしゃらなかったのでしょう? ちょっと理想が高すぎるんじゃないですか?」
「うっ……」
多少は思い当たる節もあるが、二つも年下のルーチェに口で負けてなるものかと、フレデリカは反論する。
「そんなことないわ。普通に私のことを好きになってくれて、同じくらいこの国のことも愛してくれて、一緒にアデルラード王国の未来を担ってくれるような人なら……どんな人でも!」
「普通に、ねえ……」
洗濯ものをしまい終えたルーチェは、床に座りこんだままのフレデリカへ手を差し伸べ、立ち上がらせながら語る。
「さらっとなかなかに難しい要求をしていることはさておいても、まず一国の姫の伴侶となるのならば、それ相応の地位にある人物でないと無理ですよね」
「…………」
それはフレデリカも重々承知していることだ。
現アデルラード王国国王である父に、子供はフレデリカしかいない。将来的に王位を継ぐことを約束されているフレデリカが、結婚出来る相手となれば、ごく限られてくる。
そのため、国内の有力貴族や外国の王族など、可能性のある相手には自ら進んで会ってきたのだが、これまでに「これだ!」と思う人物に出会ったことはまだない。
「そろそろ諦めたほうがいいんじゃないですか?」
「うう…………ん」
ルーチェの言うことは一理あると、フレデリカも頭ではわかっているが、なぜだか頷けない。
「そもそもどうして、自分で結婚相手を選びたいんです? 条件の合う方を誰かが決めてくれて、その人と結婚するのが、それこそ『普通』でしょう?」
ルーチェの言うとおり、結婚はあらかじめ決められた相手と行うのが一般的だ。それは身分が高ければ高いほど、覆されることのない固定概念になっている。
しかし、フレデリカは――。
「姫様は、国王陛下と王妃殿下の恋物語に憧れてらっしゃるのですよね」
それまで黙って二人の会話を聞いていたアルマが、静かに口を挟んだ。
フレデリカは宝石のような紫色の瞳を輝かせて、アルマをふり返る。
「そう! 私もお父様やお母様のような結婚がしたいの!」
フレデリカの両親は、あらかじめ親に決められた同士ではあったものの、初対面でお互いに一目ぼれし、相思相愛のこの上なく幸せな結婚をした。
以来十八年、いまだに仲睦まじく公然とイチャイチャしているのだから、フレデリカがうらやましく思うのも無理はない。
「そして……」
他にも何か、幼い頃に心に決めた思いがあったような気もするのだが、はっきりとは思い出せない。
「?……とにかく……なんとか自分で、本当に好きになれる結婚相手を見つけたいの!」
これまでにも幾度となく繰り返してきた決意を表明したが、ルーチェはいつものように「そうですか、それじゃタイムリミットまでぎりぎり頑張ってください」と励ましてはくれなかった。
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