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2 彼女の事情

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「何笑っているのよ、和奏」

 どうやら私の努力は足りていなかったらしい。
 椿ちゃんが恨みがましい目を向けてくる。

「わ、笑ってないよ」
「和奏ちゃんって言うんだ……椿の友だち?」

 ふいに青年に訊ねられたので、私ははっと背筋を伸ばした。

「はい、青井和奏です。はじめまして」
「はじめまして。僕は、折川誠おりかわまことといいます。椿の……ご近所さん? 幼なじみ……かな? そういう感じです」
「そうなんですか」

 なるほどと頷きながらも、私の耳は隣に座る椿ちゃんの
「感じってなんなのよ、感じって……」
という呟きを鋭く拾ってしまい、ますます頬が緩む。

「椿、よかったね。友だちできて」
「余計なお世話よ!」

 椿ちゃんが態度悪く叫んでも、誠さんはにこにこと笑っている。
 その様子を見ていると、不思議と私まで幸せな気持ちに包まれた。

(好き……なんだろうな、椿ちゃん。誠さんのこと……)

 私はあまりそういう勘がいいほうではないが、さすがにわかる。
 彼の言葉や仕草や表情に過敏に反応して、赤くなったり焦ったりしている椿ちゃんは、これまでにも増して可愛い。

「そうそう、今度はちゃんとお土産買ってきたよ、椿」
「別にそんなもの頼んでないわよ」
「まあそう言わず……あれ? どこにしまったかな……?」

 肩から掛けるタイプの布製の鞄を漁っていた誠さんは、そこから綺麗な髪飾りを出した。
 小さな花がいくつか重なったデザインの、凝った造りの髪飾りだ。

燈籠祭りとうろうまつりにつけて行ったらいいんじゃないかな」
「ありがとう……」

 消え入りそうな声でお礼を言った椿ちゃんのために、何かできることはないだろうかと思案しながら、私は声を上げた。

「燈籠祭り?」

 誠さんは頷いて、説明してくれる。

「ああ。髪振神社の夏祭りだよ。和奏ちゃんはひょっとして髪振町の子じゃない?」
「最近越してきたんです」
「なるほど」

 誠さんは頷いてから、身振り手振りを交えて説明してくれた。
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