【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織

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83 待ち人来たり、友来たり

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「あら……ヴァージルちゃん、傘を持って行きなさいな。帰りは雨よ」

 朝食の席でエノラが突然そんなことを言い出した。
 カモミールは振り向いて窓から空を見上げたが、雨が降りそうかどうかは判断出来ない。
 ヴァージルはタイミング悪く大口でパンにかぶりついてしまったところで、しばらくもごもごと咀嚼して、ごくりとそれを飲み下してから首を傾げた。

「ええっ? 雨……降るかなあ。でも一応持っていきます」

 そんなやりとりがあった日、カモミールは工房でキャリーとテオと三人で納品されてきた陶器のケースに白粉を詰めていた。キャリーが秤の上に紙を載せて白粉の重さを量り、テオとカモミールに回す。それをふたりは容器に詰める。容器が溜まってきたらまとめて箱に移す。
 それだけの作業だが、本来は三人だったら秤担当がふたりで詰める担当はひとりだろう。白粉をきっちりの重さに量るのは難しいのだ。

 だが、自分で採用の際に「特技は細密な作業」と言っただけあって、キャリーは最初だけ試行錯誤をしていたが、ペースを掴んだ今になっては目分量でいきなりちょうどの量を取り上げていたりする。増減させることがあってもその手は一度で済み、効率の良さでは秤ひとりに詰める担当ふたりがちょうどいいのだ。

「いや、キャリー、おまえ本当に凄いな」
「凄いわ、私こんなにスムーズに20gを量れたことないもの」
「こどもの頃からやってますから。いいからふたりとも黙って手を動かしてください」

 キャリーが集中しているので、カモミールとテオは口をつぐんでひたすら手を動かした。
 どれくらいその作業を続けた頃だろうか、工房のドアがごんごん! と結構な勢いで叩かれ、カモミールは慌てて立ち上がった。

「はい、どなた――あーっ! サマンサ!」
「よかったー、ここで合ってたわ。こんにちは、カモミール様……じゃなくて、カモミール」

 そこに立っていたのは、侯爵家でカモミール付の侍女として世話をしてくれたサマンサだった。休日のサマンサは茶色い髪を結い、明るい色の服を着ていかにも年頃の女性らしい装いだ。

「今日はドロシーは一緒じゃないの?」
「一緒よ。ドロシーから誘われて来たんだもの。でも、そこの路地の入り口のところで荷馬車が詰まってて、話を聞いたらこの工房に来たいんだけど入れないって困ってたの。それで私が一足先に来てあなたを呼んでこようとしたわけ」
「ああっ、それもしかして! テオ、キャリーさん、ちょっと荷馬車のところに行ってくるわ」
「早く帰ってきてくださいね!」

 背後からキャリーの厳しい声が飛んできたので、カモミールはサマンサの案内で小走りに荷馬車の元に向かった。

「ミリー!」
「やっぱりお兄ちゃん! 久しぶり-!」

 2頭立て荷馬車の御者台に、日焼けした赤髪の青年が座っている。カモミールの8歳歳上の兄であるイアンだ。

「おまえ、凄いところに住んでるなあ。馬車が通れないぞ、ここ」
「格安だったの。しょうがないでしょ」
「薬草はどうするか……荷馬車を置いてここから運ぶしかないな」
「私が馬車を見てましょうか?」

 ひょこっと荷馬車に隠れていたドロシーが姿を見せる。カモミールは思わず彼女に駆け寄り、その手を握ってぴょんぴょんと飛んでいた。

「ドロシー! 来てくれて嬉しい!」
「カモミール様……じゃなくて、カモミール。私も会えて嬉しいわ。……侯爵邸ではおとなしくしてたのに、いつもはそんな感じなのね」
「侯爵邸?」

 不思議そうな顔をするイアンに、カモミールはふたりを紹介した。

「この前3日間ジェンキンス侯爵邸で礼儀作法の授業を受けながら、客人扱いで逗留したの。私の化粧品ブランドが王都でお披露目することになったから、緊張癖と卑下癖を無くしなさいって侯爵夫人にお気遣いいただいて。彼女はドロシー、あっちの彼女はサマンサ。ふたりとも侯爵邸で侍女として働いてて、私付の侍女としてお世話をしてくれたのよ。
 ドロシー、サマンサ、この人は私の一番上の兄でイアン。ここから近いボルフ村で父と一緒に農業を営んでるの。私の実家のタルボット農場って結構大きいのよ」
「えっ、侯爵邸の侍女さん!? こりゃ失礼しました!」
「いえ、お気になさらず。私も平民ですから」

 慌てふためく兄と対照的にドロシーは落ち着き払っている。このふたりに10歳の年齢差があるのだと思うと不思議な感じがした。

「でも、ドロシーひとりだけに見張りを頼むのは危ないわよね。……ちょっと待ってて、工房から助っ人を呼んでくるわ」

 兄は力があるが、荷物運びに兄を使って馬二頭を置き去りにして盗まれるのは御免被りたい。ドロシーとサマンサのふたりに見張りを頼んでも、馬を盗もうとする輩が来たら女性ふたりでは如何ともしがたいだろう。

 ならば、連れてくるべきはテオだ。

「テオ、うちの荷馬車がそこで止まってるの。載せてる薬草を工房へ運ぶの手伝って」
「おう、わかったよ」
「テオさんまで行っちゃったら作業が止まるじゃないですか。仕方ないですね、私も行きます」

 作業を中断させたらまた感覚の掴み直しになるのではという心配で声を掛けなかったキャリーも、現状を聞いて立ち上がる。
 三人で荷馬車の元に向かい、簡単な紹介をした後で乾燥させてある薬草を工房へどんどん運んだ。三人の手があり、特にテオは力があるので2往復もすれば荷物は全て運び終わった。

「お茶くらい出したいのはやまやまなんだけど、荷馬車を放置しておけないのよねー。ごめんね、お兄ちゃん。王都から帰ったら、お土産を持ってうちに帰るわ。それを期待しといて」
「気にすんな。ミリーが元気そうで安心したよ。ロッドもシェリーも会いたがってたから、それ伝えたら喜ぶよ。ああ、事前に連絡くれればプリシラも呼んどくし」

 ロッドは下の兄で、シェリーはイアンの妻、そしてカモミールの姉がプリシラだ。ここは花の名前繋がりなので人に説明するときもわかりやすい。プリシラは既に嫁いでいるが、隣村なので事前に連絡をすれば会えるだろう。

「そうだね、お姉ちゃんにも会いたいな。私最近、妹だからってお姉ちゃんに大分迷惑掛けてたんだって気づいて、いろいろ謝りたいなー、なんて」
「そんなことに気づくくらい大人になったんだなあ。じゃあ俺はもう行くよ。早く帰れば父さんたちも喜ぶしな。帰ってきたときにゆっくり話そう。
 それじゃあ、お嬢さん方、ミリーを呼びに行ってくれてありがとう。お世話になりました」

 イアンは帽子を持ち上げてニカッと笑い、荷馬車を走らせて去って行った。

「お仕事中だったのよね? 迷惑だったかしら」

 侯爵邸でのイメージとあまり変わらず、白いブラウスとロングスカートに身を包んだドロシーはやはり大人びて見える。カモミールは笑顔で首を振って否定した。

「ううん、ずっと休憩無しで仕事するわけでもないから大丈夫。狭い工房だけど見ていく?」
「見たい!」
「私も見てみたいわ」

 ふたりが頷いたので、カモミールはドロシーとサマンサを連れて工房へと戻った。


「……お手伝いしましょうか?」

 工房のテーブルの上を見た途端、ドロシーが言った言葉はそれだった。薬草の箱はテオが屋根裏に運んでおり、テーブルの上には紙に載せた白粉が溜まっている。

「あっ、ごめんなさい、今ちょうどヴィアローズの白粉を容器に詰めているところだったの。キャリーさん、その壺が終わったら休憩にしましょう。もうちょっとだからドロシーもサマンサも座ってて」
「本当に、容器に詰めるだけで良かったら手伝うわよ? その方が早く終わるでしょう?」

 サマンサは周囲にある容器をチェックして、手際よく白粉を容器に詰め始めた。ドロシーもその向かいに座って手を動かし始める。

「ふたりともありがとう。遊びに来てくれたのに手伝わせちゃってごめんなさいね」
「気にしないで。目の前にあるものが気になっちゃうだけだし、カモミールがこういうお仕事をしてるんだってわかるのも楽しいわ」
「……カモミールさん、この際だから臨時でお給料を出して手伝っていただきません? このおふたり、丁寧なのに仕事が早い! そのお金でちょっといいお夕飯でも三人で行ったらどうです?」

 ドロシーとサマンサの仕事ぶりに目を付けたキャリーが提案してくる。カモミールが「どうする?」と尋ねると、サマンサは盛大に笑いながら、ドロシーは軽く微笑んで了承してくれた。

「じゃあ夕方までお願い。ふたりには私から特別に贈り物もするわね」
「やった! 頑張ろうっと!」
「サマンサったら……カモミール、あまり気を遣わなくていいのよ?」
「ううん、ふたりには本当に感謝してるの。うまく休みを合わせられれば良かったんだけど、ちょうど昨日の夜にこれが納品されてきて、今日の作業量で今後のスケジュールを立てることになるから。
 まさかお兄ちゃんも来るとは思わなかったし、予定が狂っちゃったから手伝って貰えるのが凄く助かるしね」

 テオはせっせと荷物を運び、キャリーが計量をして三人で容器に詰める。やがてテオが戻ってきたので、カモミールはもうひとつ秤を出した。ふたりで量って三人で詰めれば効率は更に上がるだろう。

「私やろうか? 細かい作業は得意よ。茶葉もぴったり人数分を量れるようになったの」
「サマンサって器用なのね……というか、侯爵邸の侍女さんたち、みんないろいろできて凄かったわ」
「でもカモミールみたいに物を作り出せる才能はないけどね」

 サマンサはキャリーの隣に移動して秤で白粉の計量を始めた。こちらもキャリーほどではないがかなりの精度である。

 たちまち壺の中身が無くなり、カモミールはそこで全員に「休憩しましょう」と声を掛けた。特にキャリーに言えることだが、集中が必要な作業には適度な休憩を入れないと却って事故の元である。
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