【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織

文字の大きさ
132 / 154

132 カモミールの選択

しおりを挟む
「侯爵家に付いてきたがったのも、王都へ一緒に行くことになったのも、全部全部あなたにとってはそれが好都合だったのね?」

 驚くほどに平坦な声が、勝手に自分の口から出た。カモミールの意識はそれを内側からぼんやりと見ている。
 自分はこの街にとって、そして侯爵家に対しての害悪であることを告白したヴァージルは、穏やかにも見える表情で頷く。

「ミリーは最初に僕が思ってたよりも、うんと高く羽ばたいたよ。おかげで侯爵家には何度も行けたし、『ヴィアローズの担当のヴァージル』としてあそこでは認識されてる。
 でもまあ、成果は出てないけどね。ジェンキンス侯爵の王家への忠誠心は強くて、この土地を守ることへの意識は固い。今のところ寝返りを促せる決定的な事柄は見つからない。
 ――だからこそ、狙われたんだ。この地を、護国の英雄ジェンキンス伯爵家を寝返らせることができたら、現在のゼルストラとの国境になっているフォールズ辺境伯領は簡単に挟撃することができるからね。決して裏切らないと思っている勢力が寝返ったときこそ、その効果は最大だ」
「私がそれを侯爵様に知らせることは考えてないの?」

 衝撃が大きすぎて、心と体が分離している。千々に乱れた心の中で、理性を保った部分が淡々とヴァージルを問い詰めていた。――大部分のカモミールが、「なんで」「どうして」「意味がわからないわ」「ヴァージルがそんなことをするわけない」と叫ぶ中で。

「いっそ、知らせてくれていいと思ってるよ。ゼルストラなんて僕にとっては思い入れも何もない国だし、裏ギルドなんて潰れてしまえと思ってる。少なくとも5歳辺りから僕はずっとここで暮らしているし……それでも、あそこで育てられた間諜である事実は消えないんだ。命じられるままにこの街の防衛や侯爵家の情報を流してきたしね」

 ――どうして、そんなに当たり前のように言うの。
 何もかもを諦めきったように喋り続けるヴァージルに、カモミールの中から怒りが湧き上がってきた。

「もちろん言うわ! 私は侯爵家にたくさんの恩義があるし、侯爵様もマーガレット様も、ジョナス様もアナベル様も大好きだもの! この街にいるタマラやローラや、大事な友達を危険にさらしたくない!
 ヴァージルのことは愛してたわ。これは操られた気持ちじゃないって信じてる。……でも、もう無理よ。私も含めてたくさんの人を騙していたあなたを許せない。……私の前から、消えて」

 語尾は震えて、最後には涙声になってしまった。叫んだら抑えられていた感情が勢いよくあふれ出して、涙が頬を流れて視界が滲む。
 ヴァージルは泣き出したカモミールを見て、当たり前のようにそれを拭おうと手を差し伸べ――カモミールに触れる直前で手を止めた。

「僕はゼルストラに戻る。顔が割れた間諜を同じ仕事に使うことはないだろうから、もう二度とここへは戻らない。さよなら、ミリー。いくら謝っても許されないことはわかってるけど、今までずっと嘘をついていてごめん」

 カモミールの涙をすくい取ろうとした手を握りしめて、ヴァージルはカモミールに背を向けた。そのまま工房から出て行こうとする彼の背に、カモミールは咎めるように声を掛ける。

「私の記憶を消していかないの?」

 聞いてはいけないはずのことを聞いてしまった。ゼルストラにとってはこれが外に漏れたら大問題のはずだ。カモミールは侯爵に言うと宣言したのだから、放置してはいけないはずなのに。

 立ち止まったヴァージルは、振り返って苦しそうにカモミールに告げた。

「もう君に魔法は使わないと決めたんだ。繰り返し僕が魔法を掛けたせいで、君の心と体には余計な負担を掛けてしまった。王都に行くときに船の中で気絶するほどの頭痛が起きてるって聞いてから、これ以上魔法を掛けちゃ駄目だと思ったんだよ」
「私なんかどうなっても良いんじゃないの!? あなたはここからいなくなるんでしょ!?」
「それがどんなに僕の不利益になるとしても、僕は君が『原因不明の頭痛』で苦しむのは嫌なんだ」
「いっそのこと、あなたとの思い出を全部消してよ! イヴォンヌ様にしたように!」
「できないよ。そんなことをしたら、今までどころの話じゃなく君に負担を掛けてしまう。いくら恨んでくれても構わない、僕は君に魔法を使わない。ミリーのことを愛してるから」

 自棄を起こして最後は絶叫したカモミールの懇願は、ヴァージルの意思を覆すことはできなかった。
 愛しているから苦しめたくない。それは別の意味でカモミールが苦しむということだ。ヴァージルはそれをわかっているはずなのに、自分との記憶を残していこうとしている。

 カモミールが泣き崩れるのを見て顔を歪め、ヴァージルは全てを振り切るように工房を出て行った。
 テオは号泣するカモミールを見ても何ができるわけでもないと思っているのか、ため息をついたきり無言でいる。
 泣いて泣いて泣き疲れて、自分がどうして泣いているのかがわからなくなるほどになってから、カモミールは床に倒れ込んだ。もう、どうなっても構わないという気持ちが胸を占めている。

「おい、カモミール!」

 さすがに慌ててテオが助け起こしてきた。やり場のない気持ちが今度はテオへと向かっていく。

「テオは、私が傷つくのは嫌だったんじゃないの? どうしてヴァージルを止めなかったの?」
「俺があいつに言ったのは、脳の機能についてのことだ。負荷を掛けすぎれば反動が出るに決まってるだろうが。……心のことはわかんねえよ。特におまえらの持ってる恋愛感情は俺には理解出来ねえ」

 体が傷つくことはわかりやすい。テオも生体へのダメージという点で魔法を咎めたのだろう。けれど、人間がどういうことで傷つくかまでは理解し切れていないのだ。
 カモミールはそれ以上テオに反論することはできなかった。嫉妬したり傷ついたり、自分でも何が引き金になるのかなんてわからない。自分でわからないものをテオにわかれというのはおかしいと、やっといくらか筋道の立ったことが考えられるようになっていた。

「侯爵様に……お話ししないと」
「本当に言うつもりか? その情報はどこから出て来たのか詮索されるぞ。ヴァージルに関係した全員が、疑いの目を向けられる」
「それは……どうしたら」

 テオの指摘が正論だったのでカモミールはうなだれた。クリスティンや店長のカリーナもまた、ヴァージルに操られていたのだ。彼女らはなんの責もないのに調べを受けることになる。場合によってはジェンキンス領で仕事をすることもできなくなるだろう。

「思い出せ、あいつが言ってたことを。成果は出てないって言っただろ? ヴァージルは侯爵家の中にまだつけいる隙を見つけられてなかったんだ。300年前にこの街を守り抜いた砦は、未だに蟻の穴も空いちゃいねえんだよ。だからこそゼルストラにとっては今時貴重な魔法使いを使ってまで、そんな計画を立てたんだ。
 ヴァージルがこの期に及んで嘘をついたとは思えねえから、侵攻計画については猶予があるだろうよ。――今は、カモミールはとにかく寝ろ。その疲弊した心と頭で何ができる?」

 侯爵家の庭に植えられたタイムは、かつての戦いを忘れないためのものだった。侯爵は幼い頃より先祖から伝わる想いを繰り返し聞かされてきたのだろうし、ジョナスにも同じように教育している。
 きっとそれが、つけいる隙のない「砦」なのだろう。どんなに強固な砦でも、内側から崩されてしまえば使い物にならないのだから。

「そうね、今の私はこれ以上のことが考えられない。ごめんね、テオ、八つ当たりして」
「……何の力にもなれなくて、悪い」

 テオの声も苦しげだった。精霊である彼に、人間の感情を全て理解しろというのは難しいことなのに、それでもテオはカモミールが傷ついたことを気に掛け、悔やんでいた。
 無力感を抱えたままカモミールはエノラの家の自室に戻り、着替えることもなくベッドに潜り込む。
 とにかく今は、何も考えずに眠ってしまいたかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】契約結婚は円満に終了しました ~勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい~

九條葉月
ファンタジー
【ファンタジー1位獲得!】 【HOTランキング1位獲得!】 とある公爵との契約結婚を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。 花を包むビニールがなければ似たような素材を求めてダンジョンに潜り、吸水スポンジ代わりにスライムを捕まえたり……。そうして準備を進めているのに、なぜか店の実態はお花屋さんからかけ離れていって――?

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。

木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。 その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。 本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。 リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。 しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。 なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。 竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

処理中です...