【完結】いただきます ごちそうさま ――美味しいアプリの小さな奇跡

加藤伊織

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ヒットの理由

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 クレインマジックのダウンロード数は右肩上がりで、桑鶴は毎日上機嫌だ。夏生バージョンのCM放映開始と同時に100万という大台に乗ったが、勢いは一向に衰えない。むしろ更に勢いづいている。業界には1500万ダウンロード超えという有名アプリがあるが、レシピアプリを複数入れるのは珍しいことではないため、桑鶴は先行アプリをクレインマジックの壁とは思っていないようだ。
 
「ところでハルキチ、伊達巻を自分で作れる人間に、うちのアプリは必要だと思うか?」

 久々の真顔で訊いてきた桑鶴に、悠は即座に答える。

「いや、不要だ」

 そもそも料理のできない人間は、伊達巻を自分で作るという発想がないから、伊達巻の作り方を検索したりもしないだろう。そういう人間にとってはまだレシピ数が少ないためにいろいろ見ることができるクレインマジックは有効だが、既に料理スキルを身につけている人間には必須のアプリではない。むしろ丁寧すぎて迂遠だ。
 
 クレインマジックは、「どんどん料理ができるようになる」をキャッチコピーのひとつとしているが、料理上級者が入れるアプリではないだろうし、まだレシピ数も既存の同種類のアプリに比べて少ない。

 これは明確な計画の元で、旬を取り入れることが料理にとって大事だと夏生が思っているからだと本人から聞いた。季節毎に、その季節ならではのレシピが今後増えていく。当然クリスマス前にはローストチキンなども公開される予定だ。
 
「ハルキチはさすがにわかってるな。君のその、クレインマジックの内側の人間でありながら公平な視点を持っているのは素直に凄いことだと俺は思うぜ。その上で訊こう。料理初心者だけで、リリース1週間で100万というダウンロード数が出ると思うか?」
「いや、それは俺も疑問に感じていた。評価が広がればそういった数字は付いてきて当然だが、予想との誤差が大きすぎる。料理初心者以外の層もアプリを入れているとしか思えない。何が、この爆発的な数値の伸びに直結しているのかはわからないが」
「そうか! やはり君は大学を出たらうちの正社員になるべきだな! なんなら今すぐ中退して入社してくれたっていいんだぜ?
 それじゃ、君に開示していなかった情報から答えを教えてやろう。君たちふたりをCMに起用したから、さ。それ以外の理由はない。少々悔しいが、アプリの出来というよりも今は君たちの話題性が先行している。電話が鳴らないから気づかないだろうが、問い合わせ自体はとんでもない数が来てるんだ。あれは誰だ、取材したい、とかな。雛子が日に日にやつれていったのはそれが原因なんだぜ」 
「そうだったのか……」

 残業いたしません・そんたくいたしませんが合言葉の総務部長が、リリース以降見るからに疲弊していくのは何故なのだろうと悠も気になっていた。問い合わせ対応であんなになってしまうのか、と背筋に悪寒が走る。

「とりあえずクレインマジックのサイトにQ&Aコーナーを作って、君とナツキチのことはそこに記載することで問い合わせを減らすことにした。ああ、安心しろ、ナツキチは『弊社開発部長の四本夏生』と書いたが、君のことは『学生アルバイトなので詳細は控えさせていただきます』と明記するからな。
 いやー、イケメンパワーは凄いな! 俺もここまでの反響は予想外だった! 全く、驚きだ」

 桑鶴自身『黙っていれば美少女と見間違える』と言われる華奢で一見可憐な容姿をしているのだが、完全に自分のことは棚に上げている辺りが面の皮の厚さか年の功かなのだろう。
 その桑鶴が、顎に手を当てて唸っている。

「俺としては、この機を逃すつもりはない。そこでだ、有料会員向けに、ナツキチの声をカットしていないレシピ動画のフルバージョンをアップすることにした。それと、動画サイトの公式チャンネルにCMで使ったようなメイキングを流す。現場感溢れる奴をな。せっかくの好機だ、ナツキチの人気を落としたくない。そのためには次々と動画をアップする必要がある。本人もそこは了承済みだ」
「なるほど、それは俺にも有効な手に思える。広告収入もあるかもしれないが、四本さんのファンから搾り取るということか」
「おいおい、言葉が悪いな。リクエストしてくるユーザーは、有料でもいいから見たいって言ってくれてるからこその判断なんだぜ。そもそも、現状提供している有料サービスに要素としてプラスするだけだ。ユーザー側にデメリットは何もないさ。……それと、君が試食しているところもついでに入れたいんだが」
「……そこでまた、俺を使う気なのか? 既に大学でも有名らしいぞ」

 眉間に皺を刻んで迷惑だと語調に含めて告げると、桑鶴がニヤリと笑った。これは桑鶴が悪いことを考えているときの顔だと、最近の悠はわかるようになってきている。

「ボーナスは100万出そう」
「ひ、ひゃく!?」
「考えてもみろよ、月額税込440円の有料会員が1万人増えたら、うちはどうなる?」
「……くっ」

 単純計算で月に400万、それが1年続いたら4800万。クレインマジックの有料会員は初月お試しで無料だが、サブスクリプションでは解約が面倒でそのまま放置するユーザーも多いという。アプリ自体の機能も、有料の機能も今後充実していくから、有料会員の魅力は増していく。それも、有料会員の割合を全ユーザーの1パーセントとしての試算だ。

 無料でも十分に使えるアプリだが、有料にすると尚使い勝手が良いとなれば登録数も伸びるだろう。
 稼げるときに稼ぐという桑鶴の戦略上、夏生と悠で稼いだ知名度を有料会員への誘導へ使うのはあながち間違いではない。ベンチャー企業の滑り出しとしてはレアな成功例になるのではないだろうか。起業後一年以内に廃業する企業はかなり多い。

「今提供している動画自体は、既に収録したものを音声カット含めて編集しているだけだから、フル動画の提供は金の掛かることでもないしな。ナツキチのことは決定事項として、君のことは君に決定権を預けようと思う。さて、どうする? 少し考えるか?」
「登録数は伸びると、確実に言えるのか?」
「ナツキチのCMリリース前に既にあった反響を考えろよ。……そうだな、俺が一点だけ懸念しているのは、ナツキチはともかくとして、一般人であるハルキチの知名度が上がることで、身バレして君にストーカー被害とかが出たら嫌だということだ」
「そうしたら、どうするつもりだ?」
「責任は取るさ。オートロックでセキュリティが厳しいマンションを会社の経費で借りてもいい。扱いとしては社員寮だな。君は既にクレインマジックの欠けてはならないスタッフだ」
「そうか」

 ストーカー被害は今のところないが、街を歩いていて「あっ、あの人クレインマジックの?」という声を聞くことがある。デフォルトの表情が仏頂面なのはCMをよく見ている人間ほどわかっているようで、大学以外の場所では直接話しかけられたことはない。
 だが、今後どうなるのだろうと漠然とした不安を感じることもあった。しかし桑鶴は自分ではブラックとか最初は言ったくせに、親身にアルバイトである悠のことを考えてくれている。
 
「わかった。俺が食べてるところ程度で収益が上がるなら、使えばいい」
「君は思い切りがいいな。そういうところが大物だ」

 きっぱりと悠が告げると、桑鶴は目を細めて笑った。
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