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第二章 最終決戦

第二章だけど、最終決戦。

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「クレア・ティナ・シフォンハート! 参る」
 名乗りを上げ、両手でクレアは銃巌神殿(じゅうがんしんでん)の大きな戸を開く。
 深い緑色の鎧を身に着けた、輝くブロンドのショートの女性。身長は彼女も気にするほどに高い。
 間違いなく、美少女の部類に入る。よく女性を花に例えて表現することがあるが、彼女は庭園で手塩にかけて、育てられた花ではなく、自然のままに育った、野生の力強い花。
 緑色の鎧腰にはあるのは鞘ではなく、ガンベルト。
 銃巌神殿の奥には岩に刺さった2丁の大型拳銃がある。シルバーモデルの自動式拳銃の【天空】と黒い回転式の拳銃の【大地】が刺さっている。
 古来より【天空】と【大地】を引き抜いたものは、世界を救う勇者になるとの伝承が、代々、銃巌神殿で語られていた。
 2丁の大型拳銃の刺さった岩まで続く回廊には、神官たちが並び、品定めするようにクレアを睨む。
「やれやれ、怖い怖い」
 クレアは肩をすくめる。物心ついた時からクレアは老師の元で銃戦闘の修行を積み、15歳になった今は、免許皆伝の2丁拳銃使い。
 赤い絨毯の敷かれた道を進み、2丁の大型拳銃の刺さった岩を目指す。
 口では何も言わないが、神官たちは目でクレアに引き抜けるわけないと、高をくくっていた。何故ならば今まで多くの筋骨隆々の豪傑たちが力任せに【天空】と【大地】を引き抜こうと試みて、誰一人、引き抜けなかったのだから……。
 神官たちは内心、こう思っていた。屈強な男たちがチャレンジしても引き抜けなかった【天空】【大地】を少女のクレアが引き抜けるものかと。
 ゆっくりと両手を伸ばし、クレアはグリップを掴む。すると、2丁の大型拳銃は何の抵抗も見せず、するりと岩から抜ける。
「あれ、抜けちゃった……」
 あんまりにも簡単に抜けたため、クレアは拍子抜け。
「なんか、軽い」
 2丁の拳銃は見た目に反し、とても軽い。これは【天空】と【大地】にクレアが選ばれた証拠。
 神官たちの最初の反応は沈黙、続いて驚き。
「抜いたぞ」
「勇者だ!」
「彼女こそ、伝説の勇者だ」
「ついに勇者が現れたぞ!」
 さっきまでの態度はどこへやら、神官たちは神職であることも忘れ、大喜び。
 クレアを取り囲んで祝福、大祝福。
 取り囲まれたクレアは照れくさそう。

 今日、銃巌神殿にて、勇者が誕生した。


 この世界は危機に瀕していた、魔王ブーガ率いる魔族の侵攻によって。
 以前より、魔族はいた。たとえ群れを成しても統制は取れておらず、侵攻してきても、一国の騎士団レベルであれは容易に討伐出来ていた。
 ところが突然、魔王ブーガが現れ、魔族は強くなった。
 その強力になった魔族を率いる魔王ブーガは、己が指揮することで魔族に秩序を生み、統制のとれた軍隊へと作り変え、人間たちに侵略を仕掛ける。
 多くの国が陥落させられ、このままでは世界は魔族に支配されてしまうのも時間の問題かと思われた。
 人々は縋った。魔族が世界を支配しようとするとき、それを打ち砕く、勇者が現れると言う伝説に。


 アザン王国。この世界でも指折りのアザン王立騎士団を有する、軍事国家。
 今、アザン王国はオークの侵攻を受けていた。魔族の中でもオークは下級に属し、軍を作る知性は無かった。ただ、大勢で暴れるだけ。
なのに魔王ブーガの台頭の後、知性に似たものを得る。
 今、浅黒い肌を持つ大型のリーダーオークの元、オークは軍隊を結成して、アザン王国に攻め込んできた。
 リーダーオークの鳴き声、人間には分からないが、オークしてみれば『進撃しろ!』の合図なんだろう。侵攻の勢いが増す。
「臆するな、我々が敗れればアザン王国は魔族の手に落ちるぞ!」
 団長も負けじと、騎士たちを鼓舞。
 騎士たちの士気は高まった。しかしオークの進撃の力は凄まじく、名だたるアザン王立騎士団でも、持ち堪えるのが精いっぱい。
「くそっ、このままでは、持ちこたえられん」
 悔しそうに団長が、言葉を漏らす。
 その時、1頭の白毛馬がオークの軍隊に突っ込んできた。手綱を取るのは深い緑色の鎧を身に纏ったクレア。
 手綱を離し、馬の背に立つ。鞍を蹴り上げ、ジャンプ。腰のガンベルトに差した大型の2丁拳銃【天空】【大地】を抜き、オークの軍隊のど真ん中に着地。
「さぁ、おっ始めるわよ」
 襲いくるオークの群れにダンスを踊るように華麗に舞い、右手の【天空】と左手の【大地】をぶっ放す。
 次々に撃たれて、吹っ飛ばされていくオークたち。
 【天空】と【大地】は自らの内部で、弾丸を生成できる。それ故に弾切れはない。
 力任せに振り下ろされた斧を【大地】を盾代わりに受け止め、もう一方の【天空】をオークの眉間に突きつける。
「あたし、ポークの調理は得意なんだよね」
 轟く銃声。
 唖然とするアザン王立騎士団。何が起こっているのか理解できないでいた。
 今度は逆方向でオークが空中に殴り飛ばされる。見てみれば無精ひげを生やした黒髪の細マッチョの大男がオークを殴り飛ばしていた。手には赤銅色の大きなハンマー、蛇腹文様が特徴。
 そのハンマーの銘は【ライトニング】と言う。
 業物のハンマー【ライトニング】を使う大男のことをアザン王立騎士団の何人かは知っているらしく、その名を口にした。
「最強の傭兵、アーガトンだ」
 流浪の戦士、アーガトン・バッハシュタイン。魔族の侵攻以前は傭兵をしながら、放浪していたアーガトン、今は魔族討伐の旅をしている。
 重いハンマーを軽々と操り、オークを殴り続ける。強力になっているにもかかわらず、ことごとく粉砕されていくオーク。
「やるね、おじさん」
 ウインクを送り、あたしも負けていられるものかと、オークを撃っていく。
 同時に左右から向かってくるオークを左右両手に持った【天空】【大地】で撃ち抜き、続けさまに背後から襲いかかってきたオークを後ろ向きのまま、撃つ。
 クレアの攻撃範囲は360度。
「思い出した。あの緑の鎧の娘、勇者クレア様だ!」
 騎士団の1人が叫ぶ。
 伝説の勇者に最強の傭兵。2人の乱入は騎士たちたちに勇気を与えた。
「俺たちも負けていられない」
「そうだ、オークどもに、アザン王立騎士団の力を見せてやろうぜ!」
 士気の高まった騎士たちも武器を構え、オークに向かっていった。

 アザン大国を侵略しようとしたオークは全滅。
「ありがとうございます。これで我々は救われました」
 団長が、直々にクレアにお礼をいい、お辞儀。
「いや、まだだ」
 首をクレアは横に振る。
「ブーガを倒さないと、本当に救われたことにはならない……」
 クレアの戦いは魔王ブーガを倒すまで終わらない。彼女の魔族討伐の旅は続く……。

「待って、おじさん」
 街道を進む、アーガトンを呼び止めるクレア。
「あんたもブーガを討つつもりなんだろ?」
 頷くアーガトン。
「あたしもなんだ、どう、一緒にやらない?」
 しばらくは無言で歩いていたが、突然、足を止めた。
「俺はアーガトン・バッハシュタイン」
 手を差し出す。
「あたしはクレア・ティナ・シフォンハート」
 大きなその手を両手で握りしめる。クレアがアーガトンを相棒に選んだ理由の一つにあったのが、自分よりも背が高いから。
 これなら、クレアは可愛い女の子に見てもらえるかも。
 この世界の最強のコンビの誕生の瞬間である。


 クレアとアーガトンのコンビは魔族に支配された国々を次々と開放。
 解放された国はクレアとアーガトンの協力者となり、2人の存在そのものが、希望となり、人々を勇気づけ、皆の強い原動力となる。
 奮い立った人間たちは、魔族の陣営を、どんどん押し返して行く。


 辺境にある村。
「えっ、恋人が魔族に連れていかれた」
 宿屋で食事をしていたクレアとアーガトンは村の青年から、そう告げられた。
 この村だけじゃない、魔族から開放された町や村で、子を浚われた親、親を浚われた子、恋人を浚われた男と女、親友を浚われた人たち、何度も何度も、聞かされた話。
 集めた情報によれば浚われたものたちは、魔族の本拠地に連れていかれたらしい。
 話を聞くたび、クレアは皆にこう言った。
「安心しろ、ブーガを倒して、あたしが連れて帰って来てやるさ」
 そして、ついにクレアとアーガトンの無敵コンビは魔族の本拠地、魔王ブーガの住まう、深暗城(みあんじょう)の前に立つ。
「随分と薄気味悪い城ね。こんな城に住んでいたら、根暗になって、世界征服なんて、妄想に取り憑かれるのも頷ける」
 深暗城を見上げるクレア。
 明かり1つの存在も許さないような素材で作られた暗黒の城、闇の中に城があるというより、城自身が闇を生み出しているよう。
 アーガトンは腰の革ベルトにぶら下げていた業物【ライトニング】を手に取る。
「分かってるって、その前にあいつを片付けないと」
 クレアもガンベルトのホルスターから【天空】と【大地】を抜いて構える。
 深暗城の扉の前には、門番なのか巨大なモンスターがいた。体は毒々しい色の殻に包まれたトカゲ、尻尾の先には3本の鋭い針、2本の長い首の先にはライオンの頭、口からは二股の舌が出ている。なにかいろいろ混ざっている。
 モンスターの口から液体が吐き出された。クレアとフーガトンは軽く躱す、後ろにあった岩に液体が当たると、煙を上げて溶けだす。
 酸性の液体を躱されても、尻尾を振り回して攻撃。
この攻撃も避ける。尻尾の先の針が岩盤状の大地に突き刺さった。針は形からして、いかにも毒があるぞと主張していた。
 前足の鋭い爪がクレア目がけ、叩き付けられる。
 それを【天空】の銃口で止め、
「危ないじゃないの」
 【天空】を発砲、前足を撃ち抜く。さらに【大地】を撃ち、モンスターの殻を粉砕。
 モンスターの叫び。
 アーガトンはハンマーを振り上げ、力の限り、モンスターの頭にぶち当てる。頭蓋骨が砕け、1つの頭が垂れ下がる。
 まだ頭は、もう一つ残っていて、口を開き、むやみやたらに酸性の液を吐き出す。
 前足を撃たれ、殻の一部の破壊、おまけに頭を1つ潰されているために、狙いは定まらず、ヒットしない。
「じゃあね」
 【天空】と【大地】で残った頭に何発も撃つ。モンスターの巨体が倒れ、動かなくなった。
 【天空】と【大地】をホルスターにしまい。
「さて、いよいよ、ラストステージね」
 巨大な入口の扉を開け、クレアとアーガトンは深暗城に突入。

 城の中は薄暗く、湿気を帯びた空気と冷気が漂う。
 あちらこちらから、不気味な気配が発せられていた。その中を進むクレアとアーガトン。2人とも一言もしゃべらない。
 少し開けた場所に出る。すると、毛むくじゃらの魔物、芋虫を巨大化したような魔物、上半身は蛇で下半身がサソリの魔物、亀の甲羅からぬめぬめした緑色のナマコの様な体が出ている魔物etc。気味の悪い魔物が湧いて出てくる出てくる。
「団体様のお出まし、流石はラストステージ。面白くなさてきたわね」
 恐れなど微塵もない、微笑みさえ浮かべ、引き抜く【天空】と【大地】の2丁拳銃。
アーガトンも【ライトニング】を構えた。
 深暗城の魔物は本拠地だけあり、どいつもこいつも強力。正しクレアもアーガトンもここまでやってきただけあり、ことごとく、蹴散らし、 魔王ブーガのいる深暗城の最深部を目指す、このぐらいの魔物などでは、2人は止められない。


 最深部の大広間にたどり着くなり、クレアとアーガトンは背筋が凍りつくような、とてつもない“力”を感じ取った。
 大広間の床全体には巨大な魔方陣が描かれている。魔法陣は床だけではなく、壁や天井にも書かれている。
「後、少しだったんですがね~ぇ。こんなにも早くに来てしまうなんて、予想外~」
 大広間には灰色のローブを纏った男が立っていた。コールタールの様な色合いの髪をオールバックにして、病的なまでに青白い顔に、ひどく痩せた体。 
「お前が、ブーガか……」
 静かにクレアは問う。
「左様でございます、あたくしめが魔族の長、魔王ブーガでございます」
 仰々しく、丁重に、そしてわざとらしい挨拶。
 クレアもアーガトンも気が付いていた。大広間に漂う、とてつもない“力”はブーガから出ているのではないことに。
 確かにブーガは、今まで倒してきたどんな魔族よりも巨大な力を持っている。
 だが、そんな力も霞んでしまうほどの“力”は大広間全体に書かれた魔方陣から発せられていた。
「ここで何をしている……」
 警戒は解かない、クレアはいつでも戦える体制を維持。
「よろしい、ここまでたどり着いた~、ご褒美です、教えて差し上げますね~ぇ~」
 ブーガはオーバーすぎる身振り手振り混じりで、話し始める。
「あなた方も考えたことがあるでしよう。何故、あたくしたち、魔族が、突然、強くなったのかを」
 その通りである。その謎はクレアだけではない、多くの人が、その謎を解き明かそうとした。解明できれば、魔族の対抗手段になりえる。結局、誰も謎を解明できなかったが。
「それはね~ぇ、このあたくしがぁぁ、魔皇神(まおうしん)タルナファトス様の御声を聴いたからで~す」
 魔皇神タルナファトスの名前を聞いたクレアは驚く。
「魔皇神タルナファトスだと」
「!」
 クレアだけではない、普段、寡黙なアーガトンも驚いていた。
 神話の彼方に登場する神の名をクレアもアーガトンも知っている。傲慢、憤怒、嫉妬、色欲、強欲、嫉妬、怠惰、悪意、憎しみ、恐怖、劣情、憎悪、殺意など、ありとあらゆる負の感情の神、絶望の帝王、最凶、 最悪の悪神。その存在を危険視され、生まれた瞬間、他の神々に葬られた魔皇神タルナファトス。
「神話では退治されたことになっていますが、それは誤りなのですよ~ぉ。本当は世界と世界の狭間に封印されただけなのでぇす。タルナファトス様は今もご健在~。あたくしはその御声を聴きました。そしたら、どうでしょう、とてつもなく強くなっちゃって、魔王になっちゃいました。そしてそしてそして、魔族たちにもタルナファトス様の御声を聞かせてみたら、ほ~らほ~らほ~ら、みんなみんなみんなみんな、強くなっちゃいました~」
 小踊りするように体を動かしながら、嫌味たらしい笑みを顔全体で浮かび上がらせる。
「それが、突然、魔族が強くなった原因ね……」
 誰も解けなかった謎があっさりと解けた。それもそのはず、神話の彼方の存在、魔皇神タルナファトスを誰が想像できようか。
「声を聴いただけでぇぇ、ここまでの力の得たのです。ならばタルナファトス様、そのものを召喚すれば、あたくしたち魔族は究極の種族になれる。きっと、なれます。魔族が究極の種族になるのですよ、あたくしたち、魔族がぁぁっ。素晴らしいと思いませんか? 思うでしょ、ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇね~ぇ」
 興奮気味に意気揚々と語る。
 魔皇神タルナファトスの召喚、それこそが魔王ブーガの、そして魔族の真の目的。この大広間に描かれた魔方陣はそのためもの。
 ふと、クレアは魔方陣に黒い滲みがあるのに気が付く。滲みは1つだけではない、あっちこっちにある。
「血」
 アーガトンが滲みの正体を口にした。
「魔方陣だけでは、タルナファトス様は呼べませんからね~ぇ」
 嫌な予感が鎌首をもたげて、クレアを締め上げる。
「まさか……」
 町や村で魔族に浚われた人たちは……。
「生贄にしたのですよ。浚ってきた人間全員のその身は、タルナファト様の降臨のために使わせてぇぇ、もらちゃいました~」
 耳障りな声で、けたたましく笑う。
 ブーガの耳障りな笑い声を聞き、クレアの怒りがこみ上げてくる。クレアが連れ帰ってきてやると約束した時、誰も彼れも、喜び、希望を露わにした。
 その希望も約束も打ち砕かれた。怒りが湧き上がるのを抑えられない。
 アーガトンも怒っている。ハンマーを持つ手が震えている。
「あら~、何ですかぁ、その顔。人間の分際でタルナファト様の役に立ったのですよ、感謝して欲しいものですね~ぇ」
 【天空】と【大地】を抜く。
「ブーガ、お前を許さない!」
 アーガトンも【ライトニング】を構えた。
「お前たちも、魔皇神タルナファトスの供物にしてくれる」
肌の色と同じ色の炎を両の掌から放つ。
 クレアとアーガトンは左右に散り、青白い炎を躱す。
躱しながら【天空】を撃つ。
 弾丸をバリアーで受け止めたブーガの顔面め掛け、ハンマーが振り下ろされる。
「ひぃ」
 慌てて後ろへ飛びのいたブーガ、魔法で生み出した矢を放つ。
 全ての矢をハンマーで叩き落とす。
 新たな矢を放とうとしたブーガに【天空】と【大地】を連続で撃つ。
 それをバリアーで避けても、間合いを詰めたアーガトンの【ライトニング】の攻撃がくる。
 無敵コンビの容赦のない連携に、ブーガは追い詰められていく。
 舌打ちすると、
「こうなったら、仕方がありません」
 大きく後ろにジャンプ。
「あなた方の相手はぁぁぁぁぁぁぁ、タルナファトス様に任せましたあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 人の耳では理解できない、不可解な呪文を一気に唱える。
 大広間に満ちていた“力”が凝縮し、魔方陣の中心へと吸い込まれて行った。
 魔方陣の中心に黒い渦が生まれ、そこから白い手と黒い手が端を掴んで、体を持ち上げ、渦から“そいつ”は現れた。
 クレアもアーガトンも越える身長、緋色の長髪なびかせ、瞳のない真紅の目、真っ赤な唇。
 魅惑する色気、女性なら誰でも恨めしく思う程の均整の取れたグラマーな体の美女、こいつが魔皇神タルナファトス。何故か左半身が真っ暗で、存在感が感じられない。
 クレアの鳥肌が立つ。それだけの“力”をタルナファトスは放っていた。それだけではない、負の感情の神だけあって、吐き気を催すような不快感も放っている。
「お2人さん、タルナファトス様の生贄になれることを名誉に思いなさいね~ぇ」
 戦闘で乱れた髪を整えながら、勝ちを誇った表情で、さらに後方へとブーガは下がる。
 大広間全体を揺らす、タルナファトスの咆哮。
「生贄になるなんて、まっぴらごめんだね!」
 問答無用で連続発砲。
 全弾命中したにもかかわらず、タルナファトスの巨体は数歩、下がっただけ。今まで戦った魔族は【天空】と【大地】をここまで撃たれたら、立ってはいなかった。タルナファトスよりも、はるかに大型の魔物でさえも立っていらないのに。
「なんて、頑丈な女なんだ」
 めげずに何度も引き金を引く。
 タルナファトスが右手を上から下に下げた。すると、天井から黒い稲妻が現れ、クレアを襲う。
 無駄のない身のこなしで、黒い稲妻を全て躱す。外れた稲妻は堅い床板をいとも簡単に打ち砕く。
「危ないじゃない、こんなもの当たったら、一巻の終わりじゃないの」
 言葉通りの破壊力。当たったら、命は残らない。
 愚痴をこぼしながらも縦横無尽に動き回り、黒い稲妻の攻撃を避けながら【天空】と【大地】を撃つ。
 ハンマーの頭を掴み、捻って、引っ張る。ハンマーの頭が柄から外れ、頑丈な金属繊維を編み込んで作ったワイヤーを伸ばす。このワイヤーがハンマーの頭と柄を繋いでいた。
 ハンマーを振り回し、風切り音を奏でてゆく。
 アーガトンの業物のハンマー【ライトニング】は殴りつけるだけではなく、こんな使い方もできる。だから空飛ぶハンマーというあだ名があり。
 ただ単に振り回しているのではない、ハンマーはまるで、意志があるかのように空中を舞い踊り、タルナファトスに向かう。
遠心力のついたハンマーは黒い左半身に命中したが、何の手ごたえもなく、左半身を通り抜けた。
 右手を下から上に上げるタルナファトス。
 今度は床から炎の柱が吹き上がり、アーガトンを襲う。
 アーガントも炎を躱してから、クレアの横に並ぶ。
「おい」
「分かっている、あの左半身に攻撃しても何のダメージは与えられない。右半身に攻撃を集中させる」
 頷くアーガトン。
 2人は同時に右半身を連携連続攻撃。
 弾丸がめり込み、空飛ぶハンマーを打ち据える。かなりの攻撃が当たってもタルナファトスに倒れる兆候はない。
 右から左に右腕を振る。今度は真空の刃が生まれ、放たれる。
 クレアもアーガトンを素早い動きで、攻撃をヒットしないようする。真空の刃の掠ったクレアの深い緑の鎧の脇が裂けていた。
「やれやれ、あっちの攻撃は1発でも当たればお終い。こっちの攻撃を何発当てたら倒せるのか。なんと、まぁ、不利な戦いだこと」
 軽口を叩いていても、攻撃を躱し、攻撃を与えていく。
 右手を前方に突き出すタルナファトス。そこに強力な衝撃波が生まれた。
 直撃コース。この衝撃波は避けれない、とっさに判断して、衝撃波目がけ【天空】を撃つ。
 衝撃波に命中した弾丸は相殺。
 間髪入れず、放たれる衝撃波。突然のことに【天空】のタイミングがずれて、衝撃波を相殺しきれなかった。
『やばい』
 クレアがそう思った時、アーガトンが彼女を突き飛ばす。
 衝撃波はアーガトンに命中。本来なら即死級の威力だが、弾丸で威力がそがれたために命拾いしたものの、重傷には違いない。
 躊躇することなく、クレアはアーガトンに【大地】を撃つ。
 弾が当たると、傷がみるみる塞がっていき回復。【大地】はこんな使い方も出来る。回復の弾は体内で消えるので、残らないから安心。
 【天空】と【大地】は攻防魔法治癒一体の2丁拳銃。
 のっそりとアーガトンは起き上がり、落としたハンマーを拾う。
「あれを頼む……」
 クレアに近づき、静かにアーガトンは言う。
「本当にいいのか?」
 頷くアーガトン、決意は堅い。それを知ったクレアも決意を固める。
「分かった。じゃぁ、あたしも覚悟を決めたわ。切り札を使う、時間稼ぎ頼んでもいい?」
 もう一度、アーガトンが頷くのを確認したクレアは【大地】をアーガンに向けて撃った。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
 衝撃波を受けても、表情の変わらなかったアーガトンは苦悶に表情を歪めた。それでも倒れるのを踏みこたえる。
 一拍の間を置いて、気合を発して【ライトニング】を振り回し、タルナファトスに立ち向かう。
 アーガトンの動きは明らかに向上している。先ほど、撃ち込まれた弾丸の効果は強化。数秒の激痛を堪えることで、運動能力を向上させる。数秒とはいえ、その激痛は想像を絶するほどのもの、弱った人間ならショック死する。
 タルナファトスに、攻撃を行う間を与えない程の遠心力を付けた連続業物ハンマー【ライトニング】の攻撃。
 アーガトンが戦っている合間に、一度、深呼吸してから【天空】と【大地】を重ね合わせた。
「【混沌】」
 そう唱えたとき、シルバーモデルの自動式拳銃の【天空】と黒い回転式の拳銃【大地】』が融合。銀色と黒の混じった巨大な大砲へ姿を変えた。
「これで最後だ!」
 アーガトンが離れると同時に、引き金を引く。光と闇が混ざったような波動がタルナファトスの上半身を貫く。
 あれだけの攻撃を受けてもビクともしなかったタルナファトスの右上半身が砕け散り、暗い左半身は霧散して消える。
 残った下半身も倒れた瞬間、右半身はバラバラに砕け散り、上半身と同じように下半身は消滅。
 床に散らばったタルナファトスの破片は蒸発するように消えてゆき、凄まじい“力”も不快感も消えた。
 【混沌】モードは【天空】と【大地】の切り札、最強の必殺技。だが、この技を使うと、力を失い、ただの重い鉄の塊になってしまう。再び使えるようになるためには、約1年の時間が必要。
 弾丸の効果の切れたアーガトンは座り込んで、肩で息をしていたが『俺は大丈夫だ』のアイサイン。
 ただの鉄塊になった【天空】と【大地】を床に置き、予備に持っておいた普通の拳銃を抜く。
 クレアは大広間を見回すが、どこにもブーガの姿は見えない、気配すらない。
「あいつ、逃げたな……」


 魔皇神タルナファトスが倒され、魔王ブーガが姿を消したことにより、魔族は弱体化。
 魔族は、次々と駆逐されていき、やがて、その姿を見かけなくなった。
 こうして、この世界に平和が訪れた。


 伝説通り、世界を救ったクレアとその相棒のアーガトンは、どの国でも歓迎された。
 大切な人を生贄にされた人の中には、誹るものはいたが、その数は僅か。
 多くの民は2人を称えた英雄と。
 それでも、姿を消したブーガのことを考えると、クレアもアーガトンも心の底からは喜べなかった。
 あの魔王ブーガのこと、このまま引き下がるとはとても思えない。
 いろいろな国の協力を得てブーガを探索するも、発見には至らず。




 戦闘で破壊された深暗城の大広間。姿を消したブーガはここに戻ってきていた。
 タルナファトスが倒れた位置に来ると右手を前に出し、呪文を唱える。
 床から闇を凝縮したような半球の物体が浮き上がり、右掌の上に乗った。
「タルナファトス様の魂。これがあればタルナファトス様を復活させることが可能です」
 左手も前に出す。呪文を唱えると、左手のひらにも闇を凝縮したような半球のタルナファトスの魂が乗る。
「この世界の魔族もお終いですねぇ。そう、この世界ではねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
 耳障りな笑い声を上げた。
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