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第三章 廃墟に潜む者

何気ない日常の終焉

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 河川敷での喧嘩から一週間が過ぎた、慧と辰夫はみどりへの告白作戦を練ったのだが、いいアイデアが浮かばす。
 武術は習っていても、色恋沙汰は習うものではない。そのことに関しては慧も辰夫も、とても初心な少年であった。
 大きなマンションにある206号室に辰夫の家族は住んでいる。中間管理職の父と母と辰夫の3人暮らし、祖父とは別々。
 自分の部屋のベットに寝そべり、何気なく携帯アプリを辰夫は弄っていた。
「!」
 あるサイトに書き込まれたネタに目が留まる。
「これだ!」
 告白作戦のアイデアが浮かび、早速、慧に電話を入れた。


 いつものように仲良く、慧と辰夫とみどりは揃って登校。
 大きな欠伸をする慧。
「どうしの慧ちゃん、寝不足?」
「うん、ちょっとね……」
 昨夜は遅くまで、辰夫の作戦会議に付き合わされた。
「なぁ、みどり、覚えてるか? 子供のころ、よく蝉を取りに行った林」
 学校から、少し離れたところにある山の麓にある林。幼いころ、よく3人で蝉取りに行った。正式な名前は知らないが、慧たちは蝉の森と呼んでいた。
「うん、覚えてるよ。奥にお化け屋敷みたいな洋館がある、あそこでしょ」
 みどりの林の思い出では、蝉より洋館の方がくっきりと残っていた。理由は本人が言った、お化け屋敷みたいなので。
 それを聞いた辰夫の心中のみでニヤリ。エサを放つタイミングは今しかない。
「その廃墟に幽霊が出るって噂を聞いたんだ。みんなで見に行かないか」
「それホント! 行く行く行く行く行く行く、絶対に行く」
 瞬間に食いつく、魚に例えるなら、ブルーギル。
「よーし、幽霊を捕まえに行くわよ、慧ちゃん、辰夫くん」
 こうなったみどりを止めるのは不可能、辰夫の作戦通り。
「わ、分かった、一緒に行こう、みどりちゃん」
「ふん、何が出てきても俺がぶちのめしてやる」
 2人の了承を受け、みどりは大喜び。
 辰夫はみどりに気が付かれないように、慧に向かいガッツポーズ。
 昨夜、サイトで見つけた昔の遊び場所でのお化けの噂。これを利用して、ミステリー好きのみどりを誘い出し、カッコいいところを見せて、告白する。それが辰夫の立てた作戦。


 夜、ちょっと、出かけてくると言って、慧は待ち合わせ場所のコンビニの前に向かった。
 約束の時間には少し早かったけれど、コンビニの前には、既に辰夫とみどりが来ていた。慧に気が付いたみどりは大きく手を振る。
「辰夫もみどりちゃんも、早いんだね」
「楽しみで楽しみで、じっとしていられなかったの」
 体からミステリー好きのオーラが惜しげもなく放たれている。
 辰夫は無言ではあったが、目は例の計画を実行するのを待っていられないと語っていた。
「出発よ、レッツゴー」
 話を持ち掛けたのは辰夫だったのに、テンション最高潮のみどりが先陣を取り、林へ向かう。

 夏の昼間であれば林の中は四方八方から蝉の声が響き渡るが、まだ夏は来ていないし、今は夜なので静か。
 木々の生い茂る夜の林は不気味。
 子供のころから遊び回っていたので、懐中電灯の明かり一つでも、慧たちは迷うことなく、奥へ奥へ進む。
 やがて開けた場所に出る。そこには朽ちた洋館が建っていた。噂話ではとある金持ちの建てた別荘だとか。ありし頃は立派な建物だっただろうが、今は見る影もない。これではみどりがお化け屋敷というのも当然。
「本当に、何かでそうだな……」
 場を盛り上げるため、わざと辰夫は怖そうに言う。
 3人で壊れた玄関のドアをくぐり、廃墟の中へ。
 中は広い、懐中電灯の明かりの中に割れた窓や壊れた壁、床に散乱する瓦礫や鉄パイプ、ゴミなどが映し出され、不気味な感じを盛り上げていく。
 本人に気付かれないように、辰夫はみどりに接近。ネットで知った吊り橋効果を狙う。
 辰夫の立てた作戦に従い慧は、辰夫とみどりから離れようとした。こっんとつま先に何かがぶつかる。懐中電灯を当ててみると、それは中身が空の青い色のガラス瓶。
「なんだろう、これ」
 慧が青い色のガラスの空き瓶を拾おうとした時、奥で物音がした。
 3人同時に音の聞こえて来た場所に、懐中電灯を向ける。
 明かりに映し出されたのは乱れた短い髪、限界まで見開かれた黄色く濁った眼、開かれた口の歯茎からは白い釣針の様な、長さバラバラの歯が並び、首は異様に長い。その首には3つ並んだホクロ。
 まさしく怪物、ワイシャツにジーンズといった日常的な服装が、恐ろしさを際立たせている。
 顔が180度回り、頭が下に顎が上になり、長い首を左右に揺らしながら、慧たちを見ている。
 知性は感じられない眼は3人の中でただ1人の女性であるみどりを見て、鼻をヒクヒクさせ、匂いも嗅いでいる。
「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
 恐怖のあまり辰夫が悲鳴を上げ、床を這いずって逃げ出してしまう。
 四つん這いになった怪物が、襲いかかて来た。狙われているのはみどり。
 咄嗟に慧は落ちていた鉄パイプを拾って怪物を打つ。ほとんど条件反射だったものの、クリーンヒット。
 吹っ飛ばされた怪物は床にバウンド。起き上がるなり、割れた窓から外へ飛び出し逃げ出す。
 よっほど、怖かったようで慧に縋り付きみどりは泣きじゃくる。
 辰夫のことを心配した慧が顔を向けると、廃屋の隅で蹲って震えていた。

 帰りはみんな無言。今晩のことは黙っていることに決めた。あんな恐ろしいことは思い出したくはない。


     ☆


 林の中を山の方に向かって怪物は逃げていた。
「見ぃぃぃつぅぅぅぅけぇぇぇた~」
 その目の前に1人の男が立ち塞がる。 
 灰色のトレンチコートを着た、ひどく痩せた体。コールタールの様な色合いの髪のオールバック。顔は病的なほどに青白い。
「おやおや《聖水リベラシオン》に手を出しましたか……。これはこれで、実験の成果の一つといえますね」
 怪物は青白い男に襲い掛かろうとしたが、それよれも早く、青白い男の手が怪物の頭を掴む。
「さぁ、バイト料です。受け取りなさい」
 跡形もなく怪物の頭が消し飛び、体が地面に倒れる。
「安心してくださ~い。あなたの恋した女も、あたくしが後を追わせてあげますから、感謝してください」
 青白い男の薄気味悪い笑い声が林の中に木霊した。


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