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第八章 再会

慧とみどり

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「ここはどこなんだろう……」
 辺りを見回しながら、とぼとぼと慧は歩いていた。
 ここは一体、どこなのか? 闇の中なのか光の中なのか、昼なのか夜なのか、夢なのか現実なのか。もしかしたら、ここはそんなもの何の意味もなさない空間なのかもしれない。
 現在地を調べようとスマートフォンを探してみても見当たらず、東西南北さえも解らない。
 だから慧は前だけを向いて進むことにした。
 不思議なのは、かなり歩いたにもかかわらず、全然、疲れない。
 しばらく、歩いていたら、目の前に誰かがいるのが見えた。白銀色の 髪の毛に黄金の瞳の幼い少女。
 周囲をを見るも悍ましく恐ろしい化け物に取り囲まれ、幼い少女は怯え、震え、泣いていた。
 取り囲む化け物の名前は傲慢、憤怒、嫉妬、色欲、強欲、嫉妬、怠惰、悪意、憎しみ、恐怖、劣情、憎悪、殺意など、ありとあらゆる負の感情。
 助けを求めている幼い少女。
 微塵も迷いも見せず、慧は駆け出す。
「泣かないで、今、助けるから」


 布団の中で、ゆっくり慧は目を開く。
「また、この夢か……」
 15年前から、何度も見た夢。あの幼い少女は、一体、誰なんだろうか。
 見知らぬようで、よく知っているような感じがする幼い少女。いつも助けようとする寸前で、目が覚めてしまう。
 今、何時かと時計を見てみる。
 時間によれば二度寝ができるか、期待してみたが、そろそろ仕入れの時間。
 これは二度寝は諦めるしかない、長くなった髪の毛をかき分け、なごり惜しそうに、慧は布団から出た。


     ☆


 マンションのみどりの部屋。廃校に巣食っていた怪物、その怪物から、助けてくれたのは慧。
「あの力はタルナファトスのものだ」
 クレアは断言。
「それでも、あの子は慧ちゃんよ、私の幼馴染みの男の子の」
 廃校で現れたのは慧。間違いない、自分が慧を見間違えないと、自信をもって言える。
 15年前に死んだはずの、それも当時の姿のままで。
 だからといって、幽霊には見えなかった。
 そもそも幽霊になった男の子が、ポニーテールにするもおかしい。
 みどりとクレアの間に沈黙が訪れる。
 みどりからすれば、幼なじみで告白した相手の来栖慧。
 クレアからすれば、タルナファトスと同じ力を使う、正体不明の相手。
 すぐに、そんなことを話している場合ではないと、2人は思い直す。
「まずは、どうあれ、慧ちゃんを探してみましょう」
 このままでは、何の解決にもならない。今は慧を探すのが一番大事。
「同感、あいつはタルナファトスの力を持っているなら、ブーガとの関連があるかもしれない」

 見つけるのは苦労するかと思われたが、予想以上に、慧の所在は、あっさりと判明した。


 たこ焼きの屋台車。側面にたこ焼き屋『黄色いリボン』と書いてある。
 慧の前にあるのは、熱したたこ焼き用の鉄板。材料は特製出汁入りの生地、ゆでだこ、紅ショウガ、天かす、干しエビ。しっかりと質を見極めて、仕入れてきたものたち。
「一皿、貰えるかしら」
 はい、分かりましたと、鉄板の窪みに生地を流し込もうとした慧の手が止まった。
 そこに立っていたのはみどり。
「アーガトン。久しぶり」
 運転席にいるアーガトンにクレアは挨拶。
 軽くアーガトンは会釈。15年の月日が経っているため、髭や髪に白いものが混じっている。
「どうして、ここが分かったの」
 何を言っていいのか、何にも思い浮かんでこなかったので、尋ねてみることにした。
「黄色いリボンとポニーテールで、検索してみたら、この屋台がヒットしたのよ。この屋台、可愛い子が焼いていて、それで美味しいって。わりと評判よ」
 ここに来るまで、みどり自身、半信半疑だったのだが、ビンゴだった。
「たこ焼きは恵美ちゃんの好物だったものね。それに、そのリボン、恵美ちゃんのものでしょ」
 頷く慧。来栖医院の焼け跡でアーガトンが拾い、渡してくれた形見。
 その形見の黄色いリボンで髪型を恵美と同じポニーテールにしているのは、妹への哀悼の気持ち。
「場所を変えよう、みどりちゃん」


 移動先は安いビジネスホテル。
「「タルナファトスを吸収した!」」
 みどりとクレアが、同時に声を揃えて驚くのも無理はない。
 タルナファトスの生贄にされ、逆に吸収して、暴れたときの記憶はおぼろげで、あいまいだが、今の慧の状態は、それ以外にあり得ない。
 タルナファトスを吸収した後、すぐにアーガトンに保護されたのは幸運。
 突然、途轍もない力を手に入れてしまった慧。それを制御するためにアーガトンから、過酷な特訓を受ける。
 長い長い時間を要したが、剛三の稽古も下地になっていたこともあり、今日にいたり、何とかタルナファトスの力を使いこなせるようになった。
 たこ焼きを摘まみながら、話を聞いていた一同。
 冷蔵庫にあったコーラを飲んで、一息ついたクレア。
「怒りや憎しみに支配されるな。一気にタルナファトスに飲み込まれてしまう。そしたら、あたしは容赦しないから」
 魔皇神タルナファトスは負の感情の神、怒りや憎しみは力の源。同じ言葉を師匠の剛三から、聞かされたことがある。
 もし慧が魔皇神タルナファトスに飲み込まれてしまったら、この世界の終わりを意味する。そうなったら、クレアは、それを阻止するため、全力で慧を倒す。
「あれから、歳も取らなくなった、どんな傷も簡単に治ってしまう。僕は人間じゃなくなってしまったんだね……」
 悲しそうな顔をする慧。
 スーッとアーガトンは慧の胸を指さす。
「前にも言った。ここが人間なら、お前は人間だ」
 その言葉は慧だけではなく、みどりにも勇気を与えた。
「そうよ、慧ちゃんは慧ちゃんよ。私が保証する」
 自信満々、堂々と言い放つ。
 みどり、アーガトン。双方の言葉は、とても嬉しい慧。
「みどりとアーガトンが、そこまで信じているなら、あたしも信じることが出来る」
 アーガトンは異世界では共に旅をして魔族と戦った相棒。半年の付き合いだが、みどりは信頼できる人物と確信している。その2人が、ここまで信頼しているのなら、慧は信頼に値する人物。
「で、これから、どうするの?」
 尋ねるみどり。慧との再会は嬉しいこと。しかし、今の現状は、その喜びにいつまでも浸っていることを許してくれない。
「そうだな、ブーガのタルナファトス復活の野望は失敗したが……」
 クレアは腕を組む。廃校の怪物を見れば、まだブーガは諦めたとは思えない。
 このままブーガを野放しにはしておけば、慧の家族に起きたような、悲劇が繰り返されてしまう。
 テーブルの上に慧がガラスの青い小瓶を置く、中身は空。
「その瓶には、聖水リベラシオンが入っていたんだ」
 慧が小瓶の正体を話す。
「聖水(リベラシオン)?」
 首を傾げるクレア。
「確か、フランス語で解放って意味よね」
 大学で少し、フランス語を齧ったみどり。
「これを服用すると、人間は怪物になってしまう。変異魔物、僕とアーガトンは、そう呼んでいる」
 慧に告げられ、驚きと言うより、衝撃がクレアとみどりを直撃。
「人を怪物に変えるなんて、もしかして、あの廃墟の怪物も、その聖水リベラシオンで……」
 みどりに頷く慧。廃校にいた怪物も同じ。
「そんなことやってやがったのか。魔族が壊滅したから、人間で補おってはらか、ブーガめ、相変わらず、嫌なことばかりを」
 実にに碌でもない計画、深暗城で逃がしたのが悔やまれる。
「あの目守町は実験の場所だった。廃校に一定の数の変異魔物を集め、数が揃ったら、どのぐらいで、町の住民を全滅できるか、変異魔物の力を図るための」
 慧からブーガの計画を聞かされた皆。この中で、唯一、ブーガと会ったことのないみどりも、ブーガの凶悪さが、しみじみと理解できる。
 アーガトンの特訓を終えた慧は、あの屋台車で資金を稼ぎながら、ブーガを追い、日本中を旅していた。そして目守町での計画の情報を掴み、駆けつけた。
 計画は阻止できたが、あの場所にはブーガは不在。
「まだ日本にいることは間違いないんだ」
 今までに慧がアーガトンと一緒に掴んだ情報を総合すると、ブーガが海外へ出たと言う形跡は無く、確実に日本に潜んでいる。
「隠れるのはうまいからな、あたしの世界でも、中々、尻尾は掴めなかった。そのくせ、悪だくみだけは、ちゃつかり実行しやがる、狡猾に」
 クレアの世界と同じように、この世界でも、ブーガは狡猾に悪だくみをやっている。
「手がかりは、この聖水(リベラシオン)なんだ。これを追っていけば、きっと、奴の尻尾を掴める」
 聖水(リベラシオン)の入っていた青い小瓶を慧は見つめる。これはブーガへ繋がる道しるべ。
「よし、解ったわ。私の方でも情報を探ってみる」
 テーブルの上の小瓶を摘み上げる。
「これ以上、みどりちゃんを巻き込むことなんて、出来ないよ」
 みどりを自分の家族の二の舞にしたくない。
「私は引き下がらないわよ。それにあの時の返事を聞かせてもらってないしね」
 たちまち、慧の顔は真っ赤かに染め上げられてしまい、何も言えなくなってしまう。
「あたしだって、許せないのよ。そのブーガって奴がね」
 怪物、その情報をみどりは探っていった。その手のハガキと手紙。怪しげな人物からの情報。なかには、あからさまにガセネタと分かるものも多かったが、子供のときから育て上げたミステリー好きの感性を働かせ、信じるに値する情報を吟味してゆく。
 慧、クレア、アーガトンも裏で情報を集める。

 みどりは収拾された情報を洗い重ねていく。
 やがて、一つの形が見えてきた。
 屠或組(とあるぐみ)という名の暴力組織。最近、急速に勢力を伸ばしてきている。
 そして屠或組にはこんな噂がある。屠或組は鉄砲玉として、敵組織に化け物を送っていると。
 屠或組の事務所の前に来たみどりとクレア。
「みどり、さっさと、乗り込もう」
 これから先は、探っても埒が明かないので、直接乗り込むことにした。
 頷いて同意を示したみどりはクレアと共に、事務所の正面玄関から、堂々と入る。
 中に入ると、絵にかいたような暴力面のおじさんたちが、みどりとクレアを睨み付ける。
「ここは女子供の来るところじゃねぇ、出て行け」
 有無を言わせずに恫喝。
「ここに聖水(リベラシオン)があるって、聞いてね」
 暴力面のおじさんの恫喝に、怯えを見せず、みどりは直撃砲をぶちかます。
「なんで、聖水(リベラシオン)を知ってんだ!」
 いかにも頭の悪そうな奴が口走り、ボロを出してしまった。
 聞かれてしまったからには、この後の展開は一つ。
「テメーら、生きて帰れると思うなよ!」
 たちまち、2人を取り囲む。
 みどりを守るようにクレアは立つ。
 殴りかかってくる暴力面のおじさんにカウンターパンチ。続けて、襲いかかってきた暴力面のおじさんの顔面にもパンチ。さらに飛びかかってきた相手を蹴っ飛ばす。
 3人がのされて、暴力面のおじさんたちはクレアが只者ではないと判断。
 幾人かの暴力面のおじさんたちが、見る見るうちに怪物に変化。どうやら聖水リベラシオンの服用者の中には、変身をコントロール出来るものもいるらしい。
 一斉に襲い掛かろうとした時、窓を突き破って、慧が飛び込んできた。両手に持った大型拳銃の【天空】と【大地】をクレアに投げ渡す。
 見事にキャッチ。
「これさえあれば、百人力」
 【天空】と【大地】を構える。
 怪物と暴力面のおじさんたちは【天空】と【大地】をおもちゃだと考えた。なんせ、見たこともない大型拳銃。それを軽々と投げたのは小柄な慧。それを受け取ったのは少女のクレア。
 舐めきって襲いかかってきたセイウチ怪物の拳を【天空】で払い【大地】で顔を殴りつける。
 【天空】と【大地】は効果によって、クレア本人には軽いが、他者にとっては見たままの重量がある、はっきり言って鈍器。そんなもので、殴られたのでは、たまらない、鼻血を撒き散らし、セイウチ怪物は昏倒。
 右から来た牛怪物を【天空】で殴り、左から襲ってきたガマ怪物の腹を【大地】で突く。
 振り返りざまに【大地】でとかげ怪物を殴りつけるクレア。
 怪物化していない暴力面のおじさんの1人が白鞘の刀を振り降ろしたが、【天空】と【大地】をクロスさせて、挟み込み、捻って刀身をへし折る。
 驚きで動きを止めた暴力面のおじさんの股間を蹴り上げる。
 一方、慧も腰に差していた木刀を抜き放ち、構える。
 力任せに殴りかかてきたカメレオン怪物の胴に一撃を入れ、上から襲いかかってきたコウモリ怪物を叩き落とし、返す木刀でドーベル怪物を薙ぐ。
 みどりの背後から襲いかかってきた蜘蛛怪物。咄嗟にみどりは伏せて、身を守る。
 急いで駆けつけ、蜘蛛怪物に面を叩き込む。
 終わってみれば慧たちの圧勝。
 残った暴力面のおじさんを慧、クレア、みどりで取り囲む。アーガトンも入ってきた。もしもの場合に備えて、外で待機していたのだが、出番の必要はなくて済む。
 完全に観念した残った暴力面のおじさん。
 このメンバーで、一番、迫力のあるアーガトンが、前に進み出る。
「聖水(リベラシオン)はどこで手に入れた?」


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