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第八章 巡り合い
第八章 巡り合い
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朱野(あけの)ショッピングモール4階、掲げられた青地に赤でSOSと刺繍された旗。
パタパタと風にたなびく旗を見上げるレディ・オーガと特殊部隊ダーククロウの戦士たち。
玄関のシャッターは開けぱっなし、誰も出てこない。
「レディ・オーガ」
柿木園(かきぞの)が呟いた、小さく。
「どうやら、来るのが遅すぎたようだ」
日本刀を握る手に悔しさが滲み出る。
「“まだ中に残っている”ぜ、野郎ども、BB(ボーンブレット)を用意しろ、火炎放射器を使う場合は周囲の引火に注意しとけ」
柿木園たち《ダーククロウ》の戦士は、各々の銃器を構え、朱野ショッピングモールに突入。
予想通り、朱野ショッピングモール内には人っ子一人おらず。
机の上の紙コップにはジュースが残っており、読みかけの雑誌、電源落ちた開けたままのノートパソコン。ほんの少し前までは人の生活していた形跡があった。
「まるでメアリーセレスト号だな」
メアリーセレスト号はミステリー好きには有名な話。1872年、ポルトガル沖で漂流しているところを発見されたメアリーセレスト号。船内には煙の出ているパイプ、食べかけの食事など、つい今しがたまで人がいた形跡を残し、人間だけが消えていた。
人の消えた原因は諸説あり。
メアリーセレスト号と違うのは床や壁に、飛び散った血の跡。
《ダーククロウ》に属していればアンデッドが暴れ回ったことが解る。アンデッドの姿は無いので、外に出た行ったと読むのは容易い。
もっと早く来ていれば助けることが出来たのに、そんな思いが戦士たちの胸中を貫く、それでもショッピングモールを見回る《ダーククロウ》、それが課せられた任務。
マネキンの後ろから、禿頭の顔中に血管を浮き上がらせたアンデッドが襲い掛かってきた。
慌てず戦士は銃を撃つ。発射された弾丸がアンデッドに命中、脳天を撃たれたわけでもないのに倒れ、ピクリとも動かなくなる。
銃声を聞きつけ、ショッピングモールに残っていたアンデッドが、わらわらと出てきた。
「眠らせてやれ、安らかに」
レディ・オーガの号令の元、一斉射撃。
がむしゃらに突撃をかますアンデッド、無駄なく規則正しく発砲する《ダーククロウ》。
白い刃の日本刀を抜き、レディ・オーガもアンデッドを斬る。
10分が経つ頃には、動くアンデッドはいなくなっていた。
日本刀を鞘に納めると、見払っていたのかと疑いたくなるうような、タイミングでポケットの中のスマホが震えだす。
スマホを取り出し出る、相手は別動隊を率いていた柿木園。
「――生存者を発見したのか」
連絡を受け、生存者の元に駆けつけたレディ・オーガと《ダーククロウ》の戦士たち。
壁に凭れている中村(なかむら)、撃たれた腹に巻かれた包帯は血で滲んでいる。
「特殊部隊の人ですね、待っていました……」
にっこりと中村は笑う、力の無い笑顔、だからこそ力のある笑顔。
柿木園が応急処置をしているが、青を越えて白に近い顔色、微かな息遣い、助からないのは見て取れる。
「ここが化け物に襲われる前、子供たちが2人、追放されました。まだ遠くへは行っていないはず、お願いします、保護してあげてくださ――い」
言い終えると息を引き取る。特殊部隊が来ると信じ、それだけを告げるため、気力だけで生きていた。
「ああ、解った。必ず保護してやるさ」
中村の瞼を閉じさせるレディ・オーガ。
すくっと、立ち上がり、
「防犯カメラのチャックだ、早急に情報を集めろ。ぐずぐずしている暇はねぇぞ」
号令をかける、すぐさま《ダーククロウ》は行動を開始。
《ダーククロウ》の戦士たちの仕事は早い、朱野ショッピングモール玄関に設置されている防犯カメラをチェック、保護対象が東方向に向かったことを掴む。
玄関の防犯カメラは、更なる人物を映しとっていた。
「こ、これは隊長を呼ばないと」
呼ばれたレディ・オーガの見るモニター。
開かれるシャッター、様々な姿に変貌したアンデッドを率いて、鈍色のパーカーを着たおじさんが金属製の横笛を吹き鳴らし、出てくる。防犯カメラに気が付き、マカロフを発砲、映像が乱れ、あららと砂嵐。
「ここにいたのか、GGD(ジージーデー)」
見た目こそ中肉中背、どこでも見かける面立ちの鈍色のパーカー姿のおじさん。本名不明、GGDと名乗り、GGDと呼ばれる男。
アンデッドを生み出すテロリスト、盛綱市もりつなしで起こった爆破事件の犯人、現時点までで起こっているアンデッド事件の主犯、《ダーククロウ》が追っている主敵、レディ・オーガの因縁の相手。
もう少し早く来ていれば避難民を救えたばかりか、GGDも捕らえることが出来たかもしれなかった。《ダーククロウ》の戦士たちは悔しい気持ちを堪える。
「子供を追うぞ」
レディ・オーガの判断、GGDは追跡をさせないためにカメラを破壊したため、どこへ向かったのかは解らない。
なら東へ向かったと解っている子供たちを保護するのが先決。
「盛綱市(もりつなし)からは逃がしゃしねぇぜ、GGD。テメーの行きつくべき場所は監獄か地獄のどっちしかねぇんだからよ」
ニヤリと八重歯を見せ、微笑む。戦士たちは八重歯が鬼の牙に見えた。
◆
いつもなら沢山の人が行きかっている道、多くの人が生活している場所。今は誰の姿も見えない町。
いつもと同じで、いつもと違う不思議な光景。
誰もいなくなった町で生きて歩いているのは秀介(しゅうすけ)と功一郎(こういちろう)だけ。
またもあてもなくさまようことになった。けれど2人は落ち込んではいない。落ち込んでいても状況は明るくなることはないのだ。
どんな時も2人でいれば、何とかなる。そういう思いを胸に持ち、秀介の能力でアンデッドとの接触を避けながら歩いて行く。
普段、歩きなれている道でも自分たち以外の人が居ないと、不謹慎かもしれないが、何故か妙なテンションが湧いてくる。
お腹が空いてきたので弘一郎が腕時計を見ると、どうりでお腹が空くはず、お昼の時間になっていた。
「そろそろ、飯にするか秀介」
「うん、そうだね、僕もお腹ペコペコなんだ」
道に座って食べるのも行儀良くないので、どこかいい場所がないかなと辺りを見回す。
「ねぇ、あそこで食べようよ、弘一郎くん」
指さしたのは、道の向かいにあるお洒落な外観の喫茶店。
「同意見」
車の走っていない道路を渡り、2人で喫茶店に向かう。
からんからん、ドアを開けると上部に付いているカウベルが鳴る。
「おじゃましますー」
とりあえず秀介は挨拶、返事は帰ってこない。
店内に秀介と弘一郎は入った、恐る恐るなのは無意識。
店内は町と一緒で無人。
テーブルの上に背負っていたリックサックを下ろし、弘一郎はチャックを開ける。
中身は保存食やプラスチックの食器類、医薬品や応急処置セット、携帯ラジオ、発煙筒など、中村はいろんなものを詰めてくれていた。
「秀介、お昼はカレーでいいか?」
喫茶店の中にアンデッドがいないか気配を探っていた秀介。アンデッドの気配は無し、人のいる様子も無し。
「いいよ、僕は辛口でお願い」
小さい頃より秀介は辛口が好み、弘一郎は甘口。
「OK」
レトルトのカレーとご飯を取り出す。
多少の後ろめたさを持ちつつ、キッチンに入って鍋に水を入れ、コンロの上に置く。
料理は秀介の得意分野で担当だけど、レトルト食品ぐらいは弘一郎だって調理出来る。温めるだけのレトルト食品を調理と言っていいのかは解らないが。
温まったカレーとご飯をプラスチックの食器に盛り、
「いただきます」
「いただきます」
2人で辛口のカレーと甘口のカレーを食べる。
バクっと一口、
「わぁ、このカレー美味しいや、レトルトなのにね」
「すげぇ、めちゃ美味いじゃないか」
がつがつ食べる。
どうやら中村は、かなり上等なレトルトカレーを入れてくれたようだ。多分、値段は4桁いく。
ごちそうまの後、秀介と弘一郎は食器を洗う。
洗剤はリックサックの中に入っていなかったので、店のものを使わせてもらった。
弘一郎は携帯ラジオのハンドルを回して充電、スイッチを入れる。
『――盛綱市の皆さん、外を出歩いてはいけません、必ず救助隊は来てくれます。それまでは安全な場所に立て籠もっていて下さい。繰り返します、盛綱市の皆さん、外を出歩いてはいけません――』
綺麗な声の女性アナウンサーが予想通りのことを話していた。
あまり期待はしていなかったけれど、大した情報も目新しい情報も無かった。
スイッチを切る。携帯ラジオは持っていても損はないので、リックサックの中にしまう。
「秀介、これからどうする。一層のこと、ここに立て籠もるか?」
電気も水道もガスも使え、リックサックの中には、まだ沢山の保存食が残っている。
ここは喫茶店なので食料もストックしてある。悪いこととはいえ、今は非常事態、それらを使わせてもらえば、割と長く立て籠もれる。
「……」
真剣な顔で秀介はキッチンを見つめていた。視線の先にあるのは裏口のドア。
それだけで、弘一郎はピンときた。
「来ているのか」
秀介は頷く。
「集まってきている、ものすごい数」
弘一郎はリックサックを背負い、金属バットを握る。
「秀介、逃げるぞ」
「うん」
2人で玄関へ。
裏口のドアが破られ、アンデッドどもが飛び込んでくる。
ぐずぐずしていたら、奴らの仲間になってしまう。急いで外へ出ようとした。
「待って、弘一郎くん」
立ち止まる秀介、
「こっちにも集まっている……」
弘一郎は後ろを向く、アンデッドどもはキッチンまで来ている。店内の窓を見れば、表通りにもアンデッドの群れが集まってきているではないか。
「前門の虎後門の狼かよ」
前も後ろもどん詰まり、玄関側の表通りは、まだ完全に包囲されていない、ならば選択は前に進む。
秀介の手を取り、玄関のドアから外へ飛び出す。
咄嗟に秀介はドアを閉じた、これで少しは足止めになるはず。
集まってきているアンデッドの群れ、複雑怪奇な姿をした奴らも混じっている。
「秀介には、指一本も触れさせないからな、死にぞこないども!」
金属バットを振り上げ、殴りかかる。
お洒落な外観の喫茶店が一望できるマンションの屋上、鈍色のパーカーを着たおじさんGGDは、金属製の横笛を吹いていた。それは楽しそうに楽しそうに。
襲い来るアンデッドの群れを弘一郎は金属バットで殴り叩き、時には盾にして防御、正拳突きも混ぜながら攻撃。
脳天目掛け、金属バットを振り下ろす。
お約束の弱点の頭が殴られ、陥没したにも拘らず、平気で襲ってくるアンデッド。
金属バットで何回殴っても殴っても、何体殴っても殴っても、アンデッドは立ち上がった。
複雑骨折した骨が伸びて鉤爪になったり、傷口から触手が生えてきたり、不気味な変貌するアンデッドもいる。
「くそったれめ」
全然減らないアンデッドの群れ、これじゃじり貧状態。
頑張って秀介はドアを抑え、喫茶店内のアンデッドが出てこないようにしていた。
ドアの窓が割れ、何本ものアンデッドが腕を突き出す。ドア自体も限界、慌てて秀介は離れる。
ドアが倒壊、店内にいたアンデッドどもが一気に出てきた。弘一郎は噛まれないようにするのが精一杯、正しく危機的状況。
「諦めるものか!」
玄関から出てこようとするアンデッドを秀介は両手を伸ばし、必死に店内に押し戻そうとした。
秀介の手が触れた途端、アンデッドは崩れ去る。
もしかしたらと、アンデッドの群れの一体に触れてみたら、たちまち崩れ去った。
一体だけではない、秀介が手を触れる度、アンデッドは崩れ去っていく。
屋上で崩れ去るアンデッドを見たGGD。笛を吹くことも忘れ、喚起にあふれた顔を浮かび上げた。
秀介が触れればアンデッドが崩れ去る。理由は解らないが、これなら何とかなる、希望が湧きあがった。
一生懸命、アンデッドの数を減らしていると、喫茶店の窓ガラスが砕け、アンデッドどもが外へ溢れだす。
一気にアンデッドの数が増加、弘一郎は秀介を引き寄せ、守りの構えを取る。
隙間なく包囲され、逃げる方法は強行突破のみ。しかしそれは噛まれただけで、仲間にされてしまうアンデッド相手では無謀な行為。
今にも襲い掛かってきそうなアンデッドの群れ。
ならせめて秀介だけでも逃がそうと、弘一郎が覚悟を決めた時、黒塗りのワンボックスカー、ハンヴィー、ジープの一団が現れた。
タイアを軋ませて急停車、ドアが開き、黒い軍服を身にまとった男たちが飛び降りる。
何が起こったのか? 秀介と弘一郎が戸惑っていると、先頭のワンボックスカーのドアが開き、レディ・オーガが降り立つ。
「伏せろ、小童ども」
の掛け声で、秀介と弘一郎は道路に伏せる。考えた行動というより、自然に体が動いた行動。
「FIRE」
レディ・オーガの号令一発、《ダーククロウ》の戦士たちは、一斉に火炎放射器を発射。
あれだけ殴っても倒せなかったアンデッドたちが、炎に焼かれて倒れていった。人の姿を留めたアンデッドも異形の姿に変貌したアンデッドも、ことごとく。
杉本(すぎもと)巡査が言っていた特殊部隊が到着したことを秀介と弘一郎が気が付いたころには、アンデッドは全滅していた。
「ありがとうございます、特殊部隊の方々ですよね」
立ち上がり、土埃も払わずにお礼を言おうとした秀介、
「あれ?」
ポテンと倒れる。レディ・オーガの手には銃のようなものが握られていた。
「この野郎!」
弘一郎の血液が沸騰、一瞬で頭のてっぺんまで上り、手加減は時空の彼方へ飛び、激怒の全力を込めた拳でレディ・オーガを殴ろうとした。
「!」
背後の気配を感じた途端、柿木園に当身を食らわされ意識を失う。
レディ・オーガと《ダーククロウ》が来てしまった。天敵が来てしまった。
屋上のGGD、悔しそうに顔を歪ませ、見つからないよう身を隠す。
単語
パタパタと風にたなびく旗を見上げるレディ・オーガと特殊部隊ダーククロウの戦士たち。
玄関のシャッターは開けぱっなし、誰も出てこない。
「レディ・オーガ」
柿木園(かきぞの)が呟いた、小さく。
「どうやら、来るのが遅すぎたようだ」
日本刀を握る手に悔しさが滲み出る。
「“まだ中に残っている”ぜ、野郎ども、BB(ボーンブレット)を用意しろ、火炎放射器を使う場合は周囲の引火に注意しとけ」
柿木園たち《ダーククロウ》の戦士は、各々の銃器を構え、朱野ショッピングモールに突入。
予想通り、朱野ショッピングモール内には人っ子一人おらず。
机の上の紙コップにはジュースが残っており、読みかけの雑誌、電源落ちた開けたままのノートパソコン。ほんの少し前までは人の生活していた形跡があった。
「まるでメアリーセレスト号だな」
メアリーセレスト号はミステリー好きには有名な話。1872年、ポルトガル沖で漂流しているところを発見されたメアリーセレスト号。船内には煙の出ているパイプ、食べかけの食事など、つい今しがたまで人がいた形跡を残し、人間だけが消えていた。
人の消えた原因は諸説あり。
メアリーセレスト号と違うのは床や壁に、飛び散った血の跡。
《ダーククロウ》に属していればアンデッドが暴れ回ったことが解る。アンデッドの姿は無いので、外に出た行ったと読むのは容易い。
もっと早く来ていれば助けることが出来たのに、そんな思いが戦士たちの胸中を貫く、それでもショッピングモールを見回る《ダーククロウ》、それが課せられた任務。
マネキンの後ろから、禿頭の顔中に血管を浮き上がらせたアンデッドが襲い掛かってきた。
慌てず戦士は銃を撃つ。発射された弾丸がアンデッドに命中、脳天を撃たれたわけでもないのに倒れ、ピクリとも動かなくなる。
銃声を聞きつけ、ショッピングモールに残っていたアンデッドが、わらわらと出てきた。
「眠らせてやれ、安らかに」
レディ・オーガの号令の元、一斉射撃。
がむしゃらに突撃をかますアンデッド、無駄なく規則正しく発砲する《ダーククロウ》。
白い刃の日本刀を抜き、レディ・オーガもアンデッドを斬る。
10分が経つ頃には、動くアンデッドはいなくなっていた。
日本刀を鞘に納めると、見払っていたのかと疑いたくなるうような、タイミングでポケットの中のスマホが震えだす。
スマホを取り出し出る、相手は別動隊を率いていた柿木園。
「――生存者を発見したのか」
連絡を受け、生存者の元に駆けつけたレディ・オーガと《ダーククロウ》の戦士たち。
壁に凭れている中村(なかむら)、撃たれた腹に巻かれた包帯は血で滲んでいる。
「特殊部隊の人ですね、待っていました……」
にっこりと中村は笑う、力の無い笑顔、だからこそ力のある笑顔。
柿木園が応急処置をしているが、青を越えて白に近い顔色、微かな息遣い、助からないのは見て取れる。
「ここが化け物に襲われる前、子供たちが2人、追放されました。まだ遠くへは行っていないはず、お願いします、保護してあげてくださ――い」
言い終えると息を引き取る。特殊部隊が来ると信じ、それだけを告げるため、気力だけで生きていた。
「ああ、解った。必ず保護してやるさ」
中村の瞼を閉じさせるレディ・オーガ。
すくっと、立ち上がり、
「防犯カメラのチャックだ、早急に情報を集めろ。ぐずぐずしている暇はねぇぞ」
号令をかける、すぐさま《ダーククロウ》は行動を開始。
《ダーククロウ》の戦士たちの仕事は早い、朱野ショッピングモール玄関に設置されている防犯カメラをチェック、保護対象が東方向に向かったことを掴む。
玄関の防犯カメラは、更なる人物を映しとっていた。
「こ、これは隊長を呼ばないと」
呼ばれたレディ・オーガの見るモニター。
開かれるシャッター、様々な姿に変貌したアンデッドを率いて、鈍色のパーカーを着たおじさんが金属製の横笛を吹き鳴らし、出てくる。防犯カメラに気が付き、マカロフを発砲、映像が乱れ、あららと砂嵐。
「ここにいたのか、GGD(ジージーデー)」
見た目こそ中肉中背、どこでも見かける面立ちの鈍色のパーカー姿のおじさん。本名不明、GGDと名乗り、GGDと呼ばれる男。
アンデッドを生み出すテロリスト、盛綱市もりつなしで起こった爆破事件の犯人、現時点までで起こっているアンデッド事件の主犯、《ダーククロウ》が追っている主敵、レディ・オーガの因縁の相手。
もう少し早く来ていれば避難民を救えたばかりか、GGDも捕らえることが出来たかもしれなかった。《ダーククロウ》の戦士たちは悔しい気持ちを堪える。
「子供を追うぞ」
レディ・オーガの判断、GGDは追跡をさせないためにカメラを破壊したため、どこへ向かったのかは解らない。
なら東へ向かったと解っている子供たちを保護するのが先決。
「盛綱市(もりつなし)からは逃がしゃしねぇぜ、GGD。テメーの行きつくべき場所は監獄か地獄のどっちしかねぇんだからよ」
ニヤリと八重歯を見せ、微笑む。戦士たちは八重歯が鬼の牙に見えた。
◆
いつもなら沢山の人が行きかっている道、多くの人が生活している場所。今は誰の姿も見えない町。
いつもと同じで、いつもと違う不思議な光景。
誰もいなくなった町で生きて歩いているのは秀介(しゅうすけ)と功一郎(こういちろう)だけ。
またもあてもなくさまようことになった。けれど2人は落ち込んではいない。落ち込んでいても状況は明るくなることはないのだ。
どんな時も2人でいれば、何とかなる。そういう思いを胸に持ち、秀介の能力でアンデッドとの接触を避けながら歩いて行く。
普段、歩きなれている道でも自分たち以外の人が居ないと、不謹慎かもしれないが、何故か妙なテンションが湧いてくる。
お腹が空いてきたので弘一郎が腕時計を見ると、どうりでお腹が空くはず、お昼の時間になっていた。
「そろそろ、飯にするか秀介」
「うん、そうだね、僕もお腹ペコペコなんだ」
道に座って食べるのも行儀良くないので、どこかいい場所がないかなと辺りを見回す。
「ねぇ、あそこで食べようよ、弘一郎くん」
指さしたのは、道の向かいにあるお洒落な外観の喫茶店。
「同意見」
車の走っていない道路を渡り、2人で喫茶店に向かう。
からんからん、ドアを開けると上部に付いているカウベルが鳴る。
「おじゃましますー」
とりあえず秀介は挨拶、返事は帰ってこない。
店内に秀介と弘一郎は入った、恐る恐るなのは無意識。
店内は町と一緒で無人。
テーブルの上に背負っていたリックサックを下ろし、弘一郎はチャックを開ける。
中身は保存食やプラスチックの食器類、医薬品や応急処置セット、携帯ラジオ、発煙筒など、中村はいろんなものを詰めてくれていた。
「秀介、お昼はカレーでいいか?」
喫茶店の中にアンデッドがいないか気配を探っていた秀介。アンデッドの気配は無し、人のいる様子も無し。
「いいよ、僕は辛口でお願い」
小さい頃より秀介は辛口が好み、弘一郎は甘口。
「OK」
レトルトのカレーとご飯を取り出す。
多少の後ろめたさを持ちつつ、キッチンに入って鍋に水を入れ、コンロの上に置く。
料理は秀介の得意分野で担当だけど、レトルト食品ぐらいは弘一郎だって調理出来る。温めるだけのレトルト食品を調理と言っていいのかは解らないが。
温まったカレーとご飯をプラスチックの食器に盛り、
「いただきます」
「いただきます」
2人で辛口のカレーと甘口のカレーを食べる。
バクっと一口、
「わぁ、このカレー美味しいや、レトルトなのにね」
「すげぇ、めちゃ美味いじゃないか」
がつがつ食べる。
どうやら中村は、かなり上等なレトルトカレーを入れてくれたようだ。多分、値段は4桁いく。
ごちそうまの後、秀介と弘一郎は食器を洗う。
洗剤はリックサックの中に入っていなかったので、店のものを使わせてもらった。
弘一郎は携帯ラジオのハンドルを回して充電、スイッチを入れる。
『――盛綱市の皆さん、外を出歩いてはいけません、必ず救助隊は来てくれます。それまでは安全な場所に立て籠もっていて下さい。繰り返します、盛綱市の皆さん、外を出歩いてはいけません――』
綺麗な声の女性アナウンサーが予想通りのことを話していた。
あまり期待はしていなかったけれど、大した情報も目新しい情報も無かった。
スイッチを切る。携帯ラジオは持っていても損はないので、リックサックの中にしまう。
「秀介、これからどうする。一層のこと、ここに立て籠もるか?」
電気も水道もガスも使え、リックサックの中には、まだ沢山の保存食が残っている。
ここは喫茶店なので食料もストックしてある。悪いこととはいえ、今は非常事態、それらを使わせてもらえば、割と長く立て籠もれる。
「……」
真剣な顔で秀介はキッチンを見つめていた。視線の先にあるのは裏口のドア。
それだけで、弘一郎はピンときた。
「来ているのか」
秀介は頷く。
「集まってきている、ものすごい数」
弘一郎はリックサックを背負い、金属バットを握る。
「秀介、逃げるぞ」
「うん」
2人で玄関へ。
裏口のドアが破られ、アンデッドどもが飛び込んでくる。
ぐずぐずしていたら、奴らの仲間になってしまう。急いで外へ出ようとした。
「待って、弘一郎くん」
立ち止まる秀介、
「こっちにも集まっている……」
弘一郎は後ろを向く、アンデッドどもはキッチンまで来ている。店内の窓を見れば、表通りにもアンデッドの群れが集まってきているではないか。
「前門の虎後門の狼かよ」
前も後ろもどん詰まり、玄関側の表通りは、まだ完全に包囲されていない、ならば選択は前に進む。
秀介の手を取り、玄関のドアから外へ飛び出す。
咄嗟に秀介はドアを閉じた、これで少しは足止めになるはず。
集まってきているアンデッドの群れ、複雑怪奇な姿をした奴らも混じっている。
「秀介には、指一本も触れさせないからな、死にぞこないども!」
金属バットを振り上げ、殴りかかる。
お洒落な外観の喫茶店が一望できるマンションの屋上、鈍色のパーカーを着たおじさんGGDは、金属製の横笛を吹いていた。それは楽しそうに楽しそうに。
襲い来るアンデッドの群れを弘一郎は金属バットで殴り叩き、時には盾にして防御、正拳突きも混ぜながら攻撃。
脳天目掛け、金属バットを振り下ろす。
お約束の弱点の頭が殴られ、陥没したにも拘らず、平気で襲ってくるアンデッド。
金属バットで何回殴っても殴っても、何体殴っても殴っても、アンデッドは立ち上がった。
複雑骨折した骨が伸びて鉤爪になったり、傷口から触手が生えてきたり、不気味な変貌するアンデッドもいる。
「くそったれめ」
全然減らないアンデッドの群れ、これじゃじり貧状態。
頑張って秀介はドアを抑え、喫茶店内のアンデッドが出てこないようにしていた。
ドアの窓が割れ、何本ものアンデッドが腕を突き出す。ドア自体も限界、慌てて秀介は離れる。
ドアが倒壊、店内にいたアンデッドどもが一気に出てきた。弘一郎は噛まれないようにするのが精一杯、正しく危機的状況。
「諦めるものか!」
玄関から出てこようとするアンデッドを秀介は両手を伸ばし、必死に店内に押し戻そうとした。
秀介の手が触れた途端、アンデッドは崩れ去る。
もしかしたらと、アンデッドの群れの一体に触れてみたら、たちまち崩れ去った。
一体だけではない、秀介が手を触れる度、アンデッドは崩れ去っていく。
屋上で崩れ去るアンデッドを見たGGD。笛を吹くことも忘れ、喚起にあふれた顔を浮かび上げた。
秀介が触れればアンデッドが崩れ去る。理由は解らないが、これなら何とかなる、希望が湧きあがった。
一生懸命、アンデッドの数を減らしていると、喫茶店の窓ガラスが砕け、アンデッドどもが外へ溢れだす。
一気にアンデッドの数が増加、弘一郎は秀介を引き寄せ、守りの構えを取る。
隙間なく包囲され、逃げる方法は強行突破のみ。しかしそれは噛まれただけで、仲間にされてしまうアンデッド相手では無謀な行為。
今にも襲い掛かってきそうなアンデッドの群れ。
ならせめて秀介だけでも逃がそうと、弘一郎が覚悟を決めた時、黒塗りのワンボックスカー、ハンヴィー、ジープの一団が現れた。
タイアを軋ませて急停車、ドアが開き、黒い軍服を身にまとった男たちが飛び降りる。
何が起こったのか? 秀介と弘一郎が戸惑っていると、先頭のワンボックスカーのドアが開き、レディ・オーガが降り立つ。
「伏せろ、小童ども」
の掛け声で、秀介と弘一郎は道路に伏せる。考えた行動というより、自然に体が動いた行動。
「FIRE」
レディ・オーガの号令一発、《ダーククロウ》の戦士たちは、一斉に火炎放射器を発射。
あれだけ殴っても倒せなかったアンデッドたちが、炎に焼かれて倒れていった。人の姿を留めたアンデッドも異形の姿に変貌したアンデッドも、ことごとく。
杉本(すぎもと)巡査が言っていた特殊部隊が到着したことを秀介と弘一郎が気が付いたころには、アンデッドは全滅していた。
「ありがとうございます、特殊部隊の方々ですよね」
立ち上がり、土埃も払わずにお礼を言おうとした秀介、
「あれ?」
ポテンと倒れる。レディ・オーガの手には銃のようなものが握られていた。
「この野郎!」
弘一郎の血液が沸騰、一瞬で頭のてっぺんまで上り、手加減は時空の彼方へ飛び、激怒の全力を込めた拳でレディ・オーガを殴ろうとした。
「!」
背後の気配を感じた途端、柿木園に当身を食らわされ意識を失う。
レディ・オーガと《ダーククロウ》が来てしまった。天敵が来てしまった。
屋上のGGD、悔しそうに顔を歪ませ、見つからないよう身を隠す。
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