5分で読めるブラックユーモア

夜寝乃もぬけ

文字の大きさ
6 / 19

「20231231」

しおりを挟む
4歳になる私の娘、千夏はとてもお喋りだ。
「ママきいて」からはじまり、延々と喋っている。

新しい言葉を覚えるとすぐに使いたがった。
こうやって成長していくのね。とわが子の成長をしみじみと噛みしめる。


それは千夏と公園に向かっている途中だった。

「いぬ「ねこ」「くるま」「しんごう」と娘は目に入るもの、すべてを列挙してくる。
「千夏ちゃん、ほんとおしゃべり好きだよね」私は言うと
「すきー」と満面の笑みを浮かべる。

「20220621」

急に千夏が数字を口にした。
「あら、千夏ちゃん。数字、言えるようになったのね」
「うん。20220621」

どこかにそんな数字が書いていたのかな。
その時の私はあまり気にもせず、数字が言えるにようになった千夏を誇らしく思っただけだった。

でも、千夏はあれから、よく数字を口ずさむようになっていた。

「20220604」
「20220711」
「20220824」


「20220918」
今日もテレビに夢中になりながら千夏は数字を口ずさんでいた。
「千夏ちゃん。よく数字を言ってるけど、それなんの数字?」
私は気にって千夏に聞いた。
テレビを見ていた千夏は私を振り返る。
「うーん。わからない」と首をこくりと横に傾けてそっけなく答える。

「ふーん。そう。じゃあ、どこで見たの?」
「みえるの」

千夏をテレビを指さした。
「……見える? 数字が?」
「うん」
千夏をそう答えると、私に背中を向けふたたびテレビに夢中になった。

テレビでは歌のお兄さんとお姉さんが、子供たちと楽しく踊っている。
数字なんてどこにも映っていなかった。

数字が見える……。うーん、わからん。
子供の世迷言。私はそう解釈して深く考えなかった。


そんなある日。

「20221113」
「おや、千夏ちゃん。数字を覚えたのかすごいな」
この日はおじいちゃんとおばあちゃんが家に来てくれていた。

千夏はクレヨンで絵を描きながら「20221113」と口ずさむ。

「おおーすごい、すごい」
おじいちゃんとおばあちゃんは千夏に拍手をする。

「そうなのよ。この子、最近変な数字ばっかり言うのよ」
私は洗い物をしながら、振り向いて言う。

「20221113」

洗い物を終えた私は手をふきながら居間へと戻った。

「できた」

千夏は書き上げた絵を私達に見せる。
「これはおじいちゃでしょ。そしてこれがおばあちゃん。そしてこれが、ちかとママ」
千夏は人の形をした楕円をそれぞれ説明する。

「おお、上手じゃの。ところで、この数字はどういう意味なんじゃ?」

千夏が描いたおじいちゃんの絵。
その頭上に20221113という数字が書かれていた。

「みえるの」

千夏をそう答えて、おじいちゃんの頭上を指さす。
みんなそこに注目するが何もない。

私達は顔を見合わせてしばらく沈黙する。

「おばあちゃんには見えないの?」

おばあちゃんが自分の頭上を指さして言う。

「うん。みえない」
「ママには?」

私はきくが「みえない」と同じく答えた。

「日付かしら」
おばあちゃんは、じっと絵を見て答える。
「おおーなるほど。20221113。2022年11月13日というわけか」

確かに。今まで口ずさんでいるときは日付と思わなかったけど、文字で書くとそれは日付に見える。

2022年11月13日。

それは今日から一週間後だった。

「なんじゃろうな。なにかいいことがあるのかな」

おじいちゃんはにっこりとほほ笑む。


だが、いいことはなかった。
2022年11月13日。おじいちゃんが亡くなった。
心臓麻痺だった。


千夏が見えるという数字はその人が死ぬ日付だった。


私もおばあちゃんもあの事は誰にも言わず秘密にした。
私は千夏にその数字を人前で言わないこと。と強く言いつけた。
千夏はあの数字が悪いものと認識して言わなくなった。
でも、それと同時にしゃべる回数も減った。


2023年1月1日。
年が明けた。


「千夏ちゃん。今日、公園にいく? 千夏ちゃん。千夏ちゃん聞いてる?」
千夏は下を向いており返事に答えてくれない。今日はいつになく元気がなさそうだった。

「千夏ちゃん」

私は顔を覗き込むように見る。
すると千夏がポロポロと涙を流し始めた。

「どうしたの。千夏ちゃん」私は心配そうに聞く。
「ごめんない。ごめんない」と千夏は言いながら「ママにも……すうじがみえるの」と言う。

ドキっとしながら私は聞いた。

「……いつなの? いえ、なんて数字なの」

「20231231」

2023年12月31日。

あと一年ほどで私は死ぬ!?

「それと」千夏は鏡の方を指さした。
そこには千夏と私が映っている。

「まさか」

私は背筋が冷たくなるのを感じた。

「ちかにも、おなじすうじがみえる」

私は千夏を強く抱きしめた。
涙が止まらなかった。


この子はあと一年ほどしか生きられない。
私も同じ日に死ぬ。
何か事故に巻き込まれるの。
どうやったら防げるの。
どうしたらいいの。
一日中そんな事を悶々と考えて、落ち込んでは涙を流すの繰り返しだった。
そして泣き疲れて千夏と一緒に寝た。

次の日の朝。

このまま悲観してはダメだ。気を取り直そう。私はそう思い千夏に話しかけた。

「千夏ちゃん。今日は公園へ行こう。そして、千夏ちゃんが好きなもの食べよ」
「うん。いく」

千夏は元気に答えてくれた。この子なりに気を使ってくれているのかもしれない。

「あとね。千夏ちゃんが見える数字。あれ、言ってもいいよ」
「いいの?」
「うん。いいよ。ごめんね。数字が見えても我慢させて。千夏ちゃんには悪いことしたね。千夏ちゃんが見える数字、これからママにも教えて」
「わかった」

笑顔で答えた千夏を私は抱き寄せた。

人はいつか死ぬ。
それが迫ってくるのが分かると恐怖する。
私は日を追うごとに怖くてどうしようもなくなるのかもしれない。
でもそれまで精一杯、千夏と一緒に生きる。そう決めた。




公園に向かっている途中だった。
「ママ、あのひともおなじすうじ」
千夏はすれ違った人を振り返り言った。

「えっ?」

私も後ろを振り返り、その人を見る。
もちろん私には数字なんて見えない。

「私と千夏ちゃんと同じ数字?」
「うん。20231231」

2023年12月31日。あの人もその日に死ぬの?……偶然?

「あっ、あのひともおなじすうじ。20231231」

千夏は見る人見る人。同じ数字が見えると言う。
公園でもスーパーでも駅前でも。



「20231231」


千夏は家に帰る途中もずっとその数字を口ずさんでいた。

……2023年12月31日。

千夏と私だけじゃない……。
もしかしてみんな死んじゃうの。
みんな死ぬ……。
それなら。

……まあいいか。

さっきまで気を張っていたが、そう思うとスーッと肩の力が抜けていった。

「20231231」

千夏はまだその数字を口ずさんでいる。

2023年12月31日に何かが起こる。
いえ、もしかしたら何も起こらないかもしれない。

でも、ちょっと楽しみになってきた。
私は千夏と一緒に口ずさむ。

「20231231」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

静かに壊れていく日常

井浦
ホラー
──違和感から始まる十二の恐怖── いつも通りの朝。 いつも通りの夜。 けれど、ほんの少しだけ、何かがおかしい。 鳴るはずのないインターホン。 いつもと違う帰り道。 知らない誰かの声。 そんな「違和感」に気づいたとき、もう“元の日常”には戻れない。 現実と幻想の境界が曖昧になる、全十二話の短編集。 一話完結で読める、静かな恐怖をあなたへ。 ※表紙は生成AIで作成しております。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百の話を語り終えたなら

コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」 これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。 誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。 日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。 そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき—— あなたは、もう後戻りできない。 ■1話完結の百物語形式 ■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ ■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感 最後の一話を読んだとき、

処理中です...