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一章
2.世界樹の森の中で。
しおりを挟む霧がかった森の中を進む。
世界樹の周辺にかかったこの霧は、強力な幻惑の結界だ。
世界樹に対して近づこうとした者は、どんな者であれ例外なく、霧によってその進行を阻まれる。一瞬で方向感覚を狂わせられる天然の結界は触れれば最後、後に待つのは永遠に出られない迷いの森への片道切符だ。
それを知っているからこそ、この森に近づく者は多くは居ないが、逆に霧にさえ触れなければ良いので昔は物好きな研究者なんかはよく入り浸っていた。
そんな凶悪な結界も、勇者が持つ女神の加護の前では無力のようで、霧の外へはあっという間に辿り着いた。……とは言っても私からしたらただ霧が晴れただけで特に変化は感じないけど。
後ろを振り返ってみれば、世界樹が雄々しく天に向かって生えているのが見える。
世界のどこにいても見える程巨大で、雲をも突き抜ける大木だ。帰りはそこに向かって一直線に歩くだけでいいので、帰り道を印すことはせずに適当に辺りを見渡しながらぶらぶらと歩き回る。
上や下を見ながら歩いていると、木の上になっている実を見つけた。
「あ、リリン!」
黄色の滑らかな薄皮を纏ったその果実はリリンといい、色や見た目に多少違いはあるものの味は完全に前世のリンゴそのものという、異世界物定番の不思議な果物だ。
森の甘味は貴重なので、夜のお楽しみに取っておく。
大切にポーチの中に入れて、私は再び歩き始めた。
それから暫く経って、朝食用の山菜や薬草を採取し終わった私はふと立ち止まった。
「……おかしいな」
それなりに歩いてきたが、魔物の姿が一向に見られない。
いつもなら、そろそろ一匹ぐらい姿を見せてもいい頃合いのはずだ。朝食の最後の材料にしようと思っていた魔物の肉だったが、いくら何でもこんなに魔物がいないのはおかしい。呑気に朝食とばかり言っている場合ではないかもしれない。
魔物は繁殖が早い。
動物が高い魔力に当てられて変質する魔獣とは違い、魔物はその地から溢れ出た魔力の残滓によって自然に生まれてくると言われている。
なので魔物は親を必要とせず、どんなに狩っても、ほっておけば一月程でその数は元に戻ってしまう。なので、人々は定期的に魔物を狩らなければいけなかった。
私がよく魔物を狩るのもその一環なのだが、逆に狩りすぎてしまっても怯えた魔物が森の外に溢れてしまうなんてことになりかねない。まだ森の外には出られないし、上手い事調整していたのだが、そんな魔物の数が少ないということは、私以外の何かがこの森で魔物を狩っているということだろう。
それが、突然変異した魔物なのか、強力な魔獣なのかは分からないけど、ほっておけば森の生態系が崩れ魔物が森の外へ溢れるのも時間の問題だろう。
まだ人の存在も確認できてないけど、もし居たとしたら、間違いなく少なくない被害が起きる。だからといって見過ごしていい訳じゃないし、見過ごしたくもない。
魔素を魔力に変換して、それを周囲に波のように押し流す。これは探索魔術の一種だ。
流された魔力を伝って、私の脳裏に森の造形が事細かに浮かびあがる。
そして、それとは別に微かな違和感。言わば空白とも呼べる空間が出来上がる。
これは、私の魔力が別の生物の持つ魔力に触れた影響で生まれた空白だ。この探索魔法は魔力同士が接触すると掻き消えるという性質を利用して、敵の位置を大まかに把握することを主軸にしている。つまり、空白が浮かんだ地点に魔物が存在しているということだ。
でも、これは………
確かに私の探索魔術は生物の魔力が集まる空白を探知した、したが…………魔物が1箇所に固まっている?
私が感知した空白の箇所は、まるでそこに生物が何匹も集まったかのように、斑な模様していた。
それは魔物達が集団で行動しているという事だ。
ーーーー何か異常事態が発生しているのは明らかだった。
普通の一般的な魔物であれば、さほど不思議なことでもないが、ここ世界樹の森に関しては別だ。この森の魔物達は個々の力が強すぎるが故に、自尊心が高く集団での行動を嫌う傾向にある。それはここ数百年以上もの間、ずっとこの森で生活してきた私が言うんだから間違いない。
「まずは、原因がなんなのか確認しなきゃね」
疑問に思いながらも空白の地点に向かって、思いっきり走り出す。
元勇者の頃の身体能力と、その後の鍛錬によって鍛えられた身体は、華奢な見た目とは似つかわしくない程の力を発揮する。見た目が変わらないのだけは疑問だけど、可愛い見た目を維持出来るというのはそれだけで有難かったので、特に気にすることもなかった。
木々の隙間を縫うように、目的地に向かう。スピードで言うと音速1歩手前、並の人間では反応すら出来ないスピードで地面を蹴って、時々木を蹴ったりして立体軌道しながらも進んでいく。
これ自体には特に意味は無いけど、ただ走るだけだと芸がないし、単純に手持ち無沙汰でやってたらいつの間にか癖になってしまっていた。
元々、動画を見ながらゲームとか、読書しながらゲームの作業とか、そういったどこか手持ち無沙汰な時に別のことを始めちゃうのは私の悪い癖だ。それは勇者だった頃も今も変わらない。
徐々に近づいてきた空白の空間に気を引き締め直す。
相手はこの森の魔物たちが群れになって挑む程の相手だ。流石に魔王程強くはないだろうけど、それでも油断していい相手でもないと思う。
ある程度近づいた所で私はスピードを緩めて、慎重に進んでいく。
カン!カン!
だんだんと近づいて行くと、剣戟がぶつかり合うような甲高い音が聞こえてきて、それと同時にーー
「ーーーーな!ーーーとーーーは……む!」
「ーーーでよ!あん……でーーー!」
聞こえてきたそれは、魔物の鳴き声なんかじゃなくて、これはまるで……
「人の……こ…………え?」
ーーーーえ……ひ、と?…………人っ!?人間がいる!?
今までの慎重さなんて忘れて、私はそちらに向かって走り出した。遂に出会えるかもしれない人という存在に、ただ嬉しくて、でも不安で、どうすればいいかわからなくて、上手く考えがまとまらないまま、いつの間にか彼らの目の前まで来てしまっていた。
慌てて、木の裏に隠れる。
幸いな事に彼らは戦闘に集中しているせいか、こちらには気づいてはいなさそうだった。私はそれをいいことに、ちらちらと木の裏から顔を出しながら彼らを観察する。
全部で4人の男女のバランスのとれたパーティだ。
装飾でゴテゴテに飾られた剣を手にしているこの世界では珍しい黒髪の少年。
青いローブを纏った如何にもな魔術師風のメガネを掛けた青髪の男性。
白に青い刺繍が通ったコートを羽織った回復役らしき金髪の女性。
緑色のワンピースのような民族衣装を着て弓を射る茶髪エルフの女性。
性別も職業も違うのに、彼らの雰囲気はどこか懐かしくて思わず凝視しているとーーーー金髪の女性が振り返ってこちらを見た。
目が合った、と思った時には時すでに遅し。
「…………ぁ……」
「……え?」
金髪の女性が驚きのあまり声を上げる。
どうすればいい……何か言う?………でも何を…………わからない。わからない。わからない。
こういう時なんて言えばいいか、どうすればいいのか、パニックになった私は耐えきれず女性に背を向けて走り出してしまった。
「あ、ちょっと!」
後ろで女性が何か言っているけど、混乱した頭はそれを理解しない。
どうやら私は長い引きこもりの間に、対人恐怖症にもなっていたらしい。
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