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第三章【昼下がりの恋歌】
お母さんと。
しおりを挟む翌朝、筋肉痛に重い身体を引きずりながら目覚めたわたしは、溜め息を吐く。
結局、昨日はあの後シオンくんの顔をまともに見るのが怖くて、放課後に第二音楽室にも行かなかった。
見ていて欲しいと願ったのに、やっぱり見ないで欲しかったなんて、乙女心は複雑である。
けれど一日経った今ならあらゆるものがリセットされているかと、わたしは気持ちを切り替えた。
一晩寝ると忘れるまではいかずとも、わりとさっくり切り替えられる強メンタルだ。
支度をして、お母さんの用意してくれた朝ごはんを食べながら、ふと、リビングでついていたテレビへと視線を向ける。
「あ、円川ヒナだ……」
テレビに映っていたのは、昨日話題に出た小学生アイドルだった。生放送らしい朝の番組のワンコーナーに出ている彼女は、メイク要らずの愛らしい顔立ちにふわふわの髪、それからひらひらキラキラのアイドルらしい衣装を着ている。
そのお人形さんのような外見とは裏腹に、同い年とは思えないしっかりとした受け答えをする彼女は、若菜ちゃんの知り合い(仮)なだけあり優等生な印象だ。
可愛くてお利口で大人っぽくてみんなに愛される、画面の向こうの女の子。無い物ねだりとわかってはいても、やはり羨ましく感じてしまう。
「こんな子なら、あれこれ悩んだりもしないんだろうなぁ……」
「みゆり、何か悩みでもあるの?」
「えっ」
無意識に口に出していたようだ。お母さんの声にはっとして、わたしは慌てて首を振った。
「ううん、何でもない! えっと、小テストは赤点続きだけど、ちっとも悩んでないよ!」
「……それは少し危機感持って欲しいわ」
それはそう。しかし今さら頑張ったところで過去の失敗は変えられないのだ。前だけ向いて生きていたい。
「……本当に何にもないならいいんだけどね。近頃帰りも遅いし、ちょっと心配してたのよ」
「あ……それは……」
放課後の第二音楽室の秘密は、親にだって内緒だ。それに、シオンくんのお仕事のためとはいえ、男の子と会っているなんて知られるのは、何となく恥ずかしかった。
動揺し、わたしはあからさまに話題を逸らす。
「ね、ねえ、ヒナちゃん今日のダンスちょっとぎこちないね、足の運びが遅いっていうか!」
「……そこまでアイドルのダンスに詳しくないでしょうに」
「……えへ」
勢いよくテレビを指差すわたしに対して、お母さんは肩を竦めた。
「ねえみゆり……危ないことだけはしちゃダメよ。でも、今しかできない経験もきっとあるから……あなたの思うように時間を使うといいわ」
「お母さん……」
「みゆりはお勉強はいまいちでも、そういうのはちゃんとわかってるものね」
「うん……! あのね、わたし、最近前よりもっと、学校が好き。毎日ね、いろいろ楽しいんだ!」
「そう……よかった。でも何か困ったことがあったら、ちゃんとお母さんに話してね」
「うん、わかった。ありがとう、お母さん」
放任でも過保護でもない、信頼から得られる自由は、わたしに自信を持たせてくれる。
わたしはお母さんの見送りを受けて、元気に学校へ向かうのだった。
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