魔法探偵の助手。

雪月海桜

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第三章【昼下がりの恋歌】

蝋燭と恋心。

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 そういえば、今にしてみると思い当たる節が少しだけあった。

 運動は苦手だといつも体育では隅っこに居た若菜ちゃん。
 けれど昨日の体育では、わたしのときめき無双にこそ手も足も出なかったものの、その後の試合では良い立ち回りをしていたのだ。
 それは昨日偶々審判をしていて気付いたこと。一緒のコートに居たのでは気付けない、ちょっとした身のこなしや、全体を見渡す視野の広さ。

 それから、穏やかでゆったりとした雰囲気の彼女が時折見せる、キラキラの眼差し。大きめのメガネでわかりにくいけれど、顔立ちも可愛らしい。それこそ、いつもの三つ編みをほどいてメガネを外せば、円川ヒナに似ているのではないか。

「……ねえ、姫乃ちゃん。若菜ちゃんが円川ヒナと知り合いっていうのは、どの情報筋なの?」
「ああ、今朝テレビで披露していた新曲があるじゃない? あれのCDを真昼さんが持っていたの」
「CD?」
「そう。今朝宣伝していたように、あの曲のCDは今日発売なのよ。にも拘らず、先週持ってるのを偶然見掛けたの。本人には誤魔化されちゃったけど、そんなの、関係者しかあり得ないでしょう?」
「なるほど……」

 姫乃ちゃんは、若菜ちゃんと円川ヒナが同一人物かもしれないとは考えていないようだ。
 それもそうだろう、クラスメイトがアイドル。ましてや、キラキラなアイドルと真面目な委員長だ。共通点なんてない。それでも、どうにもひっかかった。
 けれどやっぱり確信を得られずに、わたしはもやもやとする。

「ほら、みゆり。実験、火を使うんだから気を付けて」
「はあい」

 今はわたしの苦手な理科の授業中。けれど理科室で行われる実験は、座学に比べて嫌いじゃない。
 同じ班になった姫乃ちゃんと、ひそひそと授業に関係ない話をしながら、物の燃え方の実験をしていた。

 目の前にある瓶の中、酸素がなくなると、蝋燭の火は消えてしまう。
 酸素は、人が生きるのにも必要なもの。火が燃えるのにも、酸素が必要。

 生きることと何かが燃えることは似ているのかもしれない、なんてぼんやり考えながら、酸素を絶たれ、消えてしまった蝋燭の焦げた先を眺める。

 燃えることが出来ないのは……何か燃えるような情熱や願いを叶えられないのは、生きられないのと同じ。
 わたしにとって、今のそれは恋だった。この自覚したばかりの恋が燃え続けている今は、毎日がとても鮮やかに彩られている。
 でももし、その燃えるための酸素となる恋の相手、シオンくんが居なくなってしまったら。わたしは耐えられるだろうか。

 季節は夏の盛りを迎えてしまった。卒業までの時間は、残り短い。それどころか、シオンくんは未承認の魔法道具の回収のためにここに居るのだ。
 もしあと二つが見つかってしまったら、卒業を待たず居なくなってしまうかもしれない。

「……」

 わたしはちらりと別の班のシオンくんへと視線を向ける。
 彼は魔法使い。住む世界が違う。今こうして同じ空間で過ごせていることが奇跡なのだ。
 彼の真剣な横顔を見ながら、わたしは溜め息を吐いた。

 魔法使いが科学を勉強するなんて、少し不思議な感じだ。魔法は、何もないところからいろんなものを生み出すことが出来る。空のポットには紅茶が湧くし、熱源が何もなくてもランタンは灯る。
 きっと酸素のない場所でも炎を燃やすことが出来るに違いない。

 魔法なら、どんな不可能も叶えられる。

「わたしも、魔法使いになりたいなぁ……」
「は……?」
「えっ、口に出てた!?」
「みゆり、理科が嫌いだからってそんな現実逃避……」
「わ~、違う違う! 今のなし!」
「おいこらそこ! 実験中騒ぐな!」

 とーや先生に叱られて、シオンくんにくすりと笑われる。そんな細やかなことで、わたしの恋心は蝋燭のように消えることなく、何度だって激しく燃え上がるのだった。


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