魔法探偵の助手。

雪月海桜

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第三章【昼下がりの恋歌】

危険物。

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「透夜先生に、紫音くん……本当に居たんだ……」
「真昼、すまんな。ついて回るなんてストーカーみたいな真似して」
「い、いえ。先生にならいくらでも……ストーカーでも素敵です!」
「いや、ガチのストーカーじゃないからな!? というか、犯罪はさすがに止めてくれ。先生はまだちゃんと先生で居たい」

 わたしと若菜ちゃんは、透夜先生の車の後部座席に乗った。このまま詳しく話を聞こうと思ったけれど、保護者の同意なくドライブしていたら、先生といえど誘拐になってしまうらしい。世知辛い世の中だ。

 先生を本物の犯罪者にする訳にもいかないし、あまり遅くなっても親御さんに説明する方法に悩んでしまう。

 どうしようか考えあぐねていると、それまで思考を巡らせるように静かだった助手席のシオンくんが、ポケットから銀色の懐中時計を取り出して、何かを唱えた。とーや先生とわたしの名前が聞こえた気がする。
 すると、そこからカチカチと小さく響いていた秒針が、ぴたりと止まった。

「……これで、この車の時間は、外の世界と切り離されたよ」
「え……?」
「つまり、ここで何日何年過ごそうと、外に出たら車に乗り込んだ瞬間と変わらない時間のまま。車内での時間は『なかった』ことになる」
「なにそれつよい」
「えっ、ここでめちゃくちゃ寝たりぐうたら過ごしても出たら時間過ぎてないとか、最高かよ……。シオン、ちょっと今度家でそれを……」
「魔力の無駄遣い、ダメだよ」
「いやいや、休息は大事ですって。俺の体力気力が回復するんで決して無駄遣いじゃ……」
「だーめ」

 とーや先生が何とかねだろうとしていたけれど、シオンくんにあえなく却下される。そこ二人の力関係は相変わらずなようだ。
 学校で教師と生徒として過ごすより自然体なやりとりに、微笑ましく感じてしまう。

 シオンくんのあの時計は、どうやら魔力吸収のための装置ではなく『時間』を操るものらしい。ある意味最強ではないか。
 けれど納得したわたしとは違い、この状況に未だに戸惑う若菜ちゃんは、恐る恐るシオンくんへと視線を向けた。

「あの、それって、もしかして……」
「うん。真昼さんのメガネと同じ。魔法だよ」
「魔法……! すごい、紫音くんも魔法が使えるんだぁ」

 若菜ちゃんにわたしたちを信じて話して貰うためとはいえ、わたししか知らなかった秘密を知られてしまうのは、何だか胸が締め付けられる気持ちだった。
 けれどシオンくんは、何でもないことのように話を続ける。

「うん。でもね……僕の時計ときみのメガネは同じじゃない。率直に言うと、きみのメガネは未承認の危ないものなんだ」
「未承認……?」
「そう。認可されていない危険なもの。入手した経緯や、その効果、いろいろ聞かせて欲しい」
「え、えっと……危険って、そんな、私はこれのおかげで……」

 シオンくんの言葉に、動揺する若菜ちゃん。そうだ、今不安なのは、わたしなんかじゃなくて若菜ちゃんだ。
 わたしは若菜ちゃんの警戒を解くように、いつもの調子で声をかけた。

「若菜ちゃん……前にさ、夕崎くんを止めようとして、わたしが盛大に転んだことあったでしょ?」
「え、うん……なんか、夕崎くんの様子がおかしかった時の……」
「あれも、未承認の魔法道具のせいなの」
「えっ!? ……それじゃあ、いつかこのメガネも、暴走するかもしれないってこと?」

 ショックを受けたようにする若菜ちゃんは、震える手でメガネのつるに触れる。それはそうだろう、いつも愛用しているそれが、危険物かもしれないのだ。

「うん。それでみゆりさんやご両親……トーヤを傷つける可能性も、ゼロじゃない」
「!」
「それでも、きみは自分の願いを優先させる?」

 少し冷たい言い方だ。それでも、若菜ちゃんにはこれ以上ないくらい刺さったようで、しばらくしてから、緩く首を振った。

「それじゃあ、そのメガネについて、教えてくれるかな? まずは、どんな効果があるのか。きみの認識しているものを教えて欲しい」
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